第76話 苛められっ子の正体
「あ、あの……」
私の目の前にいる猫耳の少年がおどおどしながら声を掛けてくる。とても強大な魔力を持つ者の態度には見えない。
「……何?」
「えっと、貴女は誰……なんでしょうか?」
「ん、スイ。貴方は?」
「え、あっ、はい。僕の名前はユニと言います」
「そう、ユニ貴方はどうして力を使わないの?あんな変態に嫌がらせを受けたりして嫌じゃないの?」
スイの中であの熊人族の獣王の息子とか言っていた者は変態に固定されたようだ。スイの身体は少なくとも大人には間違えても見えない。それなのにそういう対象にほんの少しでも見られたというのは見た相手が変態であると確定させるには充分すぎたようだ。
とは言ってもこれに関してはスイの考えの方がおかしいのだ。何故ならスイは自分で言っていたのだ。猫人族の身長はスイの身長程度で止まると。ならばスイが大人か子供かを見極める術は殆ど無いのだ。ただ若い見た目の大人と見られても何ら不思議な事ではない。
「…………」
「答えたくないの?それとも答えられないの?」
スイの問いに対して口をつぐむユニに更に問いを重ねるがユニは頑として話をしたがらない。
「スイ様その話は一旦置いて今日泊まるところを探した方が良いのではないでしょうか。そろそろ暗くなりますしその子供も今は話す気が無いようです」
アスタールの言葉に私は頷いた。
「ん、じゃあこの子の家に向かおうか」
「え!?」
「……泊めて?」
私がそう言うとユニは凄く動揺したのでユニの耳元に顔を寄せて思いっきり甘い声でもう一度囁いてあげたらユニは顔を真っ赤にして小さく頷いた。
「……(なるほど、これが女性の武器ですか。恐ろしい)」
何故か酷く苛ついたのでアスタールの足を踏んづけておいた。
「ここが僕の家だよ」
そう案内されたのはスラム地区に程近い場所にある小さなボロ家だった。屋根や壁に穴が空いていないだけ他の家よりかはマシだがやはりボロいと言わざるを得ない。しかし入った瞬間私はその印象を改めた。中は明らかに外の外見と一切一致しておらずかなり綺麗になっていて何処かの高級ホテルだと言われても信じられるほどだった。
考えてみたらユニの姿は他の亜人族に比べて小綺麗な格好をしていたのでこの可能性も考えておくべきだったのかもしれない。しかも学園にも使われている空間拡張魔法が使われているようで面積がどう見ても一緒ではない。それを見てアスタールも驚いていた。
「驚いたかな?この家を見せるのはスイ達が初めてだから他の人がどう思うかいまいち分からないんだよね」
「…………ユニ、貴方は誰?」
「僕は猫人族のユニだよ?」
「…………あぁ、そうか。ユニも偽名か。猫人族でもない。もう一度聞くよ?貴方は誰?」
私はユニの言葉に私でも気付きにくいほど微かな嘘の色を感じて問い掛ける。するとユニは少し驚いて先程までの気弱そうな男の子といった雰囲気を一瞬で崩す。
「ふぅん、結構演技は練習したからバレないと思っていたんだけどなぁ。君も同類か」
ユニはそう言いながらも特に気にしてもいないようでそのままソファに飛び込んで横たわる。私もそれを見て適当な椅子に座る。
「え……そこは普通に座るのですね」
何故か警戒していたアスタールが私の姿を見て変な顔をしていた。特に何もしていないのに。
「それでスイ?君こそ誰か訊きたいんだけど?」
「ユニが誰か言ってくれたら言うよ」
「良し、分かった。僕の名前はクライオンだよ」
そう言って何故かどや顔をしたユニもといクライオンに首を傾げる。アスタールは驚いているので何か有名な人なのだろうが生憎私は知らない。
「そう、私はスイ。魔王ウラノリアと北の魔王ウルドゥアとの間の子だよ。簒奪者ヴェルデニアを殺すため色々試行錯誤中」
「えっと、それだけ?」
「ん、何が?」
「クライオンだよ?」
「……何処かで聞いた気はする」
「スイ様先程お教えした者ですよ」
「あぁ……獣国の外に居る亜人族は賢人七割、中に居るのは愚者が二割に被害者一割だっけ?」
「そうそう、それだよ!」
「でもクライオンはエルフじゃなかったっけ?それも偽名じゃないの?」
「スイ様それはありません。クライオンが世界に掛けた魔法に自身の名を騙ることを禁ずると言うものがあります。破ればその者には恐ろしい罰が下ると言われています。子供でも知っている話ですので騙ることはまずありません」
アスタールが言った言葉に私は驚く。世界に魔法を掛けたというのか。とてつもない魔力と想像力が必要になるのにそれを実行できるとは信じられない。少なくともスイには現在保有している素因が全回復したとしても到底魔力が足りるとは思えない。
「ふふふ、驚いてるね!でもタネは簡単なんだよ。ただ僕の魔力じゃなくて世界に存在する魔力に働きかければいいのさ。その魔法を実行しているのは魔物が発生する要因となる魔力だから世界にはそう悪い影響がないってわけだよ。なかなか考えたでしょう?まあ完全に使い切れば魔物が発生しなくなる筈なんだけどそれをすると困ることにもなるからね。だからちょっとだけ残したんだよ」
その言葉を信じるならば神代の時代には跳梁跋扈していた魔物達が少ない理由も良く分かる。てっきり狩られて居なくなったからだと思っていたがそもそも発生自体がしづらい状況だったのか。
「まあそれをした結果異界と呼ばれるものが複数出現するようになったんだからどうなのかなとは思ったけどね。一般人が襲われづらくなったと思えば成功だとは思ってる。大暴走が無ければだけど」
恐らく異界が発生した要因は私を安全に育てるために父様が作った迷いの森の異界化のせいだ。そのせいで世界に『異界』という素因が発生して定着してしまったのだろう。恐らくその素因を持つ魔族は発生出来ない筈なので素因を見付けたら破壊すれば今異界と呼ばれるものは全て壊せることだろう。それが良いことかは分からないが。この世界は良くも悪くも魔物と深い関係を持ちすぎている。
「まあ良いや。とりあえず貴方がクライオンなのは分かった。それで話を聞かせてくれる?異世界からの転生者さん?」
私がそう言うとクライオンはにやりと笑った。この家の中はあまりにも地球に酷似しすぎている。まずこの世界では家の中で靴を脱ぐという習慣がない。その理由は別に面倒だからとかではなく大暴走が起きた際にすぐに逃げ出せるようにだ。なので全ての家で逃走時に持っていく荷物などは分けて保管されていたりする。靴も履いている時間が惜しいと基本的には履きっぱなしだ。唯一脱ぐのは履き替えるときと水浴びの時ぐらいではないだろうか。スラムの者などは靴を履いていないものも多いが。
なのにこの家では靴を脱ぐためのスペースがあったし自然にクライオンは脱いでいた。家の中に絨毯が敷かれていて靴で上がっても大丈夫なようになっているにも関わらずだ。扇風機らしきものがあったり台所がしっかりされていたりと他の家ではあり得ない箇所がいくつも存在する。まあそれよりも一番そう思ったのはパッと見た際に見付けた言語帳だ。もう分かってくれと言わんばかりにテーブルの上に置かれている。これで分かるなと言う方が難しい。
「あぁ、分かったよ。スイちゃん。同郷の者よ」
にっこりと笑うクライオンに私はほんの少しだけ警戒を強めながら椅子に浅く座り直した。
――ある獣達と魔族少女と異界の勇者――
納得できないがとりあえず何も言わないようにしたタンドは周りにあまりに強力な存在が此方を見ていることに気付いていた。だから魔族と思われる美女と美少女相手に敵対心を見せなかったのだ。まあ元から戦うつもりは無かったのでそれは簡単だったが。
「……(けど、この相手は何だ?この世界にはどれだけ強力な存在が居るって言うんだ?前の世界の竜王なんか簡単に捻り潰せそうな存在が少なくとも二体は居るなんて。前の前の世界の魔王よりやばい感じがする美女にスイ、それとこの美少女もか。ここのギルマスも前の世界の剣聖なんか鼻歌混じりに倒しそうだ。もう意味分かんねぇ)」
タンドはかなり混乱していた。二つの異世界を救った程度ではこの世界ではある程度力がある者であれば達成できると言うことなのだろう。
「……(自信無くなるなぁ。この調子じゃ魔神王どころかそこに辿り着くまでにぼこぼこにされそうだわ。もう大人しく過ごして元の世界に戻る日を待っていようかな。幸いこの世界で年を取らないようには女神様がしてくれたし。でも死ねばそれも出来ない。女神様はこの世界がこんなに危ない場所だと分かっていたのかな?いやあのぽやぽやした女神様が知ってるわけないな)」
混乱しながら考えているとそっと全く気付かない内に肩に小さな雀のような鳥が留まっていた。そしてその鳥が耳元に近付くととてつもない圧力を感じた。
『大人しくしてるですよぉ?じゃないと貴方の首から上を消し飛ばすですぅ。あの子に手を出したりぃスイに手を出したらぁ……生きて帰れると思わないことですぅ』
そう囁くとチュチュと雀のような声を出して恐ろしい存在が離れていった。
「……(まさか、さっきのが感じた二つの強力な存在の一つ!?あんな見た目なのに!?)」
タンドが混乱から元に戻るのはかなり時間がかかったのは言うまでもないことだろう。
「……(シェティスが何か言ってるけど何言ってるんだろ。まあ普通に考えたら脅迫かな?イルナから宜しくって頼まれてたし多分間違いないかな。それよりイルナは何処に行ったのかな?)」
私は固まったタンドを見ながらイルナが何処に行ったのか考えていたらイルナを見付けた。空を飛び回っている。
「……(イルナって飛べるんだ。今度もふもふしながら乗せて貰おう)」
スイが知ったら悔しがりそうなことを考えているとイルナが何処かに飛んでいく。そして飛んでいってから暫くして小さい竜を口に咥えて戻ってきたって何してるの!?私が驚いてアイスを食べるために持っていたスプーンを落としたのは仕方ないと思います。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます