第75話 苛め



「………………」


私はイライラしながら歩いていた。精神操作されていると分かっているのに私より強い力で抵抗を無効化されたせいだ。私の精神操作をして何の得があるのか分かりはしないがどうやら獣国の状況を改善してほしいようだ。改善出来たなら私にとっても得にはなるがそれを強制されるのは非常に、そう非常に苛つく。

けれどどうやっても抗え切れずこうして不貞腐れながら歩いているのだ。別に私は自分が強いだとか思っているわけではない。そもそもまだ素因自体完全に治っていないので強いわけがない。

しかしこうも簡単にやられてしまうとまるで父様が弱いと言われているような気がして腸が煮え繰り返るような怒りに苛まれる。その怒りは精神操作を仕掛けてきた本人もそうだが自分自身に対してもだ。私が父様を貶めてしまっているのが何より許せない。

そんな感情を抱きながら歩いているとスラム地区を抜けたようで人族の街に似た風景が広がり始めた。見た限りではノスタークの風景を十分の一程度だけ再現したような何とも言えない風景だ。人によっては街ではなく村や集落と呼んでもおかしくないだろう。


「頭おかしい風景ですよね。街と呼ぶのもおこがましい。集落か村に変えたら良いと思いませんか?」


アスタールが私がさっき考えたことを言ったため一瞬反応に遅れる。いやまあ反応出来たとしても否定しづらいから返事を返せたかは怪しいが。


「……まあ……ん」


曖昧に誤魔化したがアスタールはにこやかに笑う。


「まあ変な街ではありますが良いところも多少はあるのですよ。まずは意外と食事が美味いことに案外宿の防犯体制などがしっかりしていること、あとは手先が器用ですので装飾品の類いは芸術品のようです。まあそれ以外は特にありませんが」


街の評価をした筈なのにたった三つしか良いところが出てこなかったことに正直驚く。誰かの評価ならまだしも街の評価で三つしかないのだ。どれだけ酷い街だというのか。見ている限りでは特に何も……何…も……あってしまった。

私が見付けたのは人族の街にも時折居るあの商人だ。奴隷商が居たのだ。売っている商品はスラム地区に多く居た種族の狸人族だ。彼等は揃って襤褸切れを着させられ地面に座らされている。座らせている奴隷商の種族は熊人族のようだ。


「今代の獣王は熊人族のようですね」


アスタールの言葉は確信した様子があったので疑問に思い顔を見ると首都で奴隷を扱うことが出来るのは獣王の種族だけだというのだ。


「でも獣王ってコロコロ変わるのにそんなことして大丈夫なの?もし次の獣王が奴隷の種族だったりしたら大変なことになりそうだけど」

「奴隷は四年だけなのですよ。殺すことは認められていないので実質只の下働きですね。それでも待遇は悪いので度々反乱が起こってますが」

「反乱って……」

「とは言っても死者も出ない単なるストライキなんですけどね」


最早何処から突っ込めばいいのか分からなくて口をつぐむ。というより反応に困る。私が反応に困っているの見てアスタールは苦笑いを浮かべる。


「まあ気にしても仕方無いですよ。ほら、現に今奴隷として並べられてる者の顔を見てください。あんなに睨んで今にも噛み付きそうな表情でしょう?奴隷として教育を受けた者の目には到底見えない」

「確かに……あっ、というか噛んだ」


客として来たらしい犬人族の男性が噛み付かれて痛そうに手を振っている。噛み付いた奴隷の男性は奴隷商に叩かれていたけど奴隷商にも噛み付いていた。


「……何とも言えない光景だなぁ」

「これを見た後だと人族の奴隷教育が凄いんだなぁと良く分かりますよね」


奴隷自体に良いイメージが無いためそこには同意する。心を折り屈服させ従順にさせる。その点はかなりえげつないだろう。


「……まあそこはどうでも良い。とりあえず行こうか。どうやらさっさと前に行ってほしいみたいだからさ」


話していると先程同様に精神操作を仕掛けられて抵抗出来ず私の身体は歩き始めた。心なし先程より早い。何か急ぐ必要があるのだろう。思惑に乗ってやる理由はないが今回は乗ることにした。


「……今回だけだからね」


私は誰に聞かせるわけでもない言葉を呟くと何処かで誰かが頷いた気がした。



街の中心部に近付くにつれ徐々にしっかりとした建築物が並び始めた。ここまで来ると人族の街と変わらないだろう。ただ亜人族は種族が多数存在するためか住居と思われる者は色々と方式が違った。

かなり平べったい家があったり逆に六階建ての細長い家があったり地下に続いているのか入り口のみの家があったりと見ていて飽きはしない。ただ住もうと思わないが。

とりあえず面倒ではあるがこの街に一泊は確実にしないといけないだろうし宿を取ろうとしてアスタールに案内させようとして衝撃の事実が発覚した。


「宿はありません。誰かの家に泊めてもらうか自分の家を建てるしか方法がありません。じゃなきゃ私があんなとこに屋敷を建てる必要ないじゃないですか。ちなみに無許可で建てると壊されるんですよね」


確かにアスタールの屋敷はかなり遠い。まさかあれは亜人族に壊されないためだとは思っていなかった。


「亜人族は耳も鼻も良いですから半端に近いとすぐ違和感に気付いて壊しに来るんですよ。本当三回も壊された時には周囲に居た亜人族を全部殺害してしまいましたよ」


亜人族を殺した理由が邪魔だからとは聞いていたがそんな動機で殺したのだとは思っていなかった。殺すのはやりすぎだとは思うが三回も家を壊されたなら怒るのも無理はないかなと思う。


「……でも殺すのは」

「すみませんスイ様。それは出来なかったです。何故なら殺しに来たのは彼方からだからです。彼等は私の家を壊した挙げ句アルマを妾にしようとし尚且つ私が金を持っているから奪おうとして殺しに来たのですよ?最初は友好的に接してやったというのに彼等はそれを鼻で笑って踏み潰したのです。何でそんなやつらの為に死んでやらなければならないのですか」


思っていた以上に周囲に居たらしい亜人族は屑だったようだ。アスタールの言葉に嘘は感じられない。といってもそもそも半眷属のようなアスタールは私に嘘等は付けなくなっているのでこれが真実なのだ。


「……なら殺して良し」

「それは良かったです」

「というより屑は発見次第殺害するくらいで良いよ。更正が出来るなら良いけど大抵は出来ないから殺して。私の目的には屑は要らない」


私がそう言うとにこやかに笑ってアスタールは頭を下げた。


「さてと、でも私に何をさせたいのかな。中心部に何かがあるのは分かっているけど」

「中心部には獣王の住む王城と闘技場位しか無かった筈ですが」

「むしろ闘技場が王城の近くにあるってことに驚くんだけど」

「まあ武術大会の優勝者が王になりますからね。恐らく戦い終わった後にすぐに王城に行けるようにとか訳の分からない理由でしょう」


話している内に中心部に到着した。目の前にあるのはコロシアムのような形の建物だ。これが間違いなく闘技場だろう。その奥にちらっと見えた尖塔が王城だろうか。


「そういえば武術大会はいつ開催なの?」

「武術大会は今年ですのでそろそろ参加受付をしているのではないでしょうか……ああ、ほら彼処で受付をしていますね」


アスタールが指を指した方を見ると可愛かったり綺麗だったりする亜人族の女性が列になった亜人族の男性達と話をしている。内容は闘技場でのルールのようだ。

相手を殺してはいけない。殺害すれば失格。場外に出たら失格。場外に出た者を攻撃すれば両者失格。武器や魔法の使用は無制限、但し使い捨てのアイテム等は使用不可。等々のルールを女性が説明していて男性もしっかりと頷いている。まあその後口説いていたので真剣に聞いていたかは怪しいが。


「まあ普通のルールだね」

「所詮は亜人族が考えた大会ですからね。ルールを細かくしても守れないんですよ。それでどうするのですか?まさか出場して亜人族を支配するのですか?」

「しないよ。面倒臭い。それより……」


私が見た先に居たのは気弱そうな男の子だ。頭にはちょこんと小さな猫耳が生えている。私が偽装した猫人族の男の子だ。


「ああいう子が好みなのですか?」


馬鹿なことを言うアスタールの腹をパンチして内臓をぐちゃっとさせると想像以上に食らったせいかその場にうずくまる。そんなことをしているとその男の子に大柄な熊人族の男の子がやって来て何やら小突いたりしている。苛めっ子と苛められっ子の関係のようだ。おかしいな。何で反撃しないのだろう。あの小さな男の子の方が強いのに。

小さな男の子から漏れる魔力は素因を七、八個は持っている魔族と変わらないほど強力なものだ。苛めっ子になるならまだしも苛められっ子になる理由が分からない。


「アスタール、あの子の魔力は分かる?」

「いたた……はい?……うわっ、何ですかあの子」


アスタールも気付くのに遅れたということはあの子は力を押さえているということなのだろう。もしかしたら魔族?いや魔族なら私が近くに居れば分かる筈。だからあの子は間違いなく亜人族なのだろう。

……っ、精神操作を仕掛けられたのであの子が目的なのだろう。私はまだ痛そうにしているアスタールを連れて男の子の方に歩いていく。

男の子は私が二歩近付いただけでまだ遠くだというのに接近に気付いたようでパッと此方を見る。苛めっ子の方はまるで気付いていないようだ。大分近付いたところでようやく苛めっ子が気付いたようで此方を見るとじろっと気持ちの悪い視線で私を見る。


「へぇ、猫人族にもこんなのが居たんだな。おい、お前!俺が飼ってやる!有りがたく思えよ!」

「気持ち悪い。寝言は寝て言え」


私が間髪入れずに言い返すと反抗されると思っていなかったのか苛めっ子が顔を赤くしている。


「こんなのより私は貴方に興味があるな。ねぇ?」

「ぼ、僕?」

「そうだよ。貴方と話がしたいかな。一緒に来てくれる?」

「お、おお、お前!俺が誰だか分かってるのか!この国の獣王の息子だぞ!不敬罪で殺してやる!それが嫌なら今すぐ頭を下げて飼ってくださいと言え!」

「知るか。気持ち悪い。親の権力で威張るとか頭悪い。後気持ち悪い。寝言は寝てから言えって言ったよね?後本当気持ち悪い。とりあえず死ねば?」


私がそこまで言うと顔を赤くしまくった熊人族の男の子が剣を抜いて上段で切りかかろうとしたので手首に掌打を当てて剣を抜くとそのまま剣を奪って男の子の股間を切り裂いた。


「去勢してあげたよ。有りがたく思ってね」


私はそう言うと剣を男の子の足に刺すと一目散に苛められっ子を連れて逃げた。あっ、アスタールは自力で逃げてた。眷属なのになぁ。

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