第12話 亜人の子供、魔族の母親



「あら?貴方は確か……」


奴隷商の男が出てきたことで三人の表情が一変する。アルフは牙を剥いて睨み付け、フェリノは顔を蒼白にして震え始め、ステラはキッと睨んではいるものの足は遠ざかろうと後退りしてしまっている。そんな中先程まで無表情だった筈のスイが突然別人になったかのように奴隷商の男と話し始めたのを見て三人は表情こそ変わらなかったが内心は驚愕で埋め尽くされていた。本当のスイがどちらか分からなくなりそうなものだったが三人はその笑みがどこか薄っぺらい仮面のように感じて少し安堵した。


「その節はどうもありがとうございました♪"それら"をお嬢様が高く買ってくださったお陰で一気に大金持ちでございますよ!」

「そう……良かったわね。ところでこんな所に居るのは……"これ"が理由かしら?」


そう言ったスイは後ろで倒れたままの子供を見る。


「はい。"それ"はこれから帝都の方で売りに出そうと思っていたのですが逃げ出しまして…ここでお嬢様と会ったのも何かの縁ですかねぇ。お手間を取らせてしまったようですし、お嬢様が"それ"を欲しいようでしたらあげますよぉ?」


そう言って厭らしい笑みを毒々しさすら感じられる程に歪めてスイを見つめてくる。


「…………なら貰っておこうかしら?あって困るものでも無いでしょうし……何より私が欲しいわ」

「そうですかぁ♪では早速主従の儀を行いましょうか?」

「えぇ、お願いするわ♪」


スイは<断裂剣>でスッと右手の人差し指を切ると差し出された受け皿に入れていく。受け皿に溜まっていく血に男が胸元のポケットから出した筆を付け、子供の首にあったらしい奴隷紋へと血で書き加えていく。


「これでお嬢様の物となりました。私はこの街での用も済みましたしこれから街を離れようと思います。もしまた会うことがあれば贔屓になさってくださいねぇ?ではこれにて♪」


厭らしい笑みを浮かべながらまるで暗闇に溶けていくように男が居なくなった。居なくなった途端スイはほっと安堵のため息をつく。どうもあの男が苦手なのだ。この街でもう会うことは無いようでスイは少し安心した。


「…………とりあえず宿に戻ろうか」


スイは子供をお姫様だっこして宿へと戻っていく。それを三人が慌てて追い掛ける。……尚ルーニに二日連続で人を連れ帰った為に若干呆れられてスイは少々憤慨した。やはり誰にも気付かれなかったが。



「スイ姉さん助けてくれてありがとうございます!」


昨日買った子供は朝になってようやく起き、寝ずに看病してたスイ――アルフ達に知られたら面倒なため寝静まるまでスイは寝た振りをしていた――から事情を聞き終えるとすぐさま頭を下げて大きな声で感謝の言葉を叫んだ。


「……ん、お礼は良い。というかしないで」


スイは少し耳を抑えながらそう告げる。ちなみに大声を出したために三人は飛び起きることになった。


「何故ですか?」


子供は本気で疑問に思っているようだ。


「……ん、そもそも助けて欲しいと言ってきたのはアルフ達だし、貴方を私は手放す気がないからむしろ嫌われても仕方無いと思ってる。だからお礼なんてしないで」


手放す気が無いと言われたことで子供は自分が奴隷として買われたのだと理解したようだ。顔が蒼白になっている。小さいながらも奴隷の事は教えられているのだろう。


「……とりあえず名前教えてくれる?」

「………ディーンです」


小さい声だったため聞き取り難かったがスイにはしっかりと聞こえた。こういう時自分のスペックの高さに少し驚く。意識せずとも大声も囁くような声であっても似たように聞こえるのだ。


「ディーン……貴方は亜人だよね?」


確信をもってそう問い掛けるとディーンは顔を強張らせる。


「……どうしてそう思ったんですか?」

「ん、魔法で姿を偽ってるんだよね?多分……兎人族ウェアラビットじゃないかな?発動している魔法は偽装、隠蔽、認識阻害を束ねて一つの魔法にした兎人族特有の魔法、[夢幻ファンタジア]だと私は思ったんだけど間違えてるかな?」


スイは他の皆が眠っている最中にディーンが発動し続けている魔法の解析も行っていた。普通なら抵抗されたりして解析など到底出来はしないのだが、気絶していたため完全に解析するまでに至っていた。


「…………合ってます」


抵抗は無駄だと思ったのかディーンは素直に認める。


「えっと……ディーン、私は貴方を奴隷として買ったけど別に何かさせるために買った訳じゃないから。多分貴方を解放してもまた戻ってくる。そんな気がするの」

「……?」

「理由とかは訊かないで。私にも良く分かってないから」


スイは自分でも理解出来ないのに何故か確信していた。間違いなくこの子供、ディーンは自分の元に来るべくして来たのだと。


「あと酷いこととかはするつもりないから制限は特にない。自由に過ごしてくれて良い。アルフ達と同じ命令だけはさせてもらうけど」


アルフ達と同様の命令を告げるとディーンはぽかんとしていた。暫く動きそうに無かったので昨日作ることが出来なかったアルフとフェリノの服を作ることにした。

最初は要望に合わせようとしたのだが、作っている最中にセンスが無いことが露呈してしまい結局西の宝にあった服を真似することとなった。その際に驚愕の事実が発覚したのだ。


「スイ……あの…下着が欲しいのだけど……」


フェリノがおずおずといった感じでスイに話し掛ける。


「……ん?………………あぁ……そういえば必要だね」


完全に考えていなかったらしいスイの反応を見てフェリノとステラは嫌な予感を感じ、スイに恐る恐る問い掛ける。


「…えっと……あのスイ?そんなことないと思うけど……下着…着けてる…よね?」

「ん?着けてないよ?」


言い切ったスイを見て二人は愕然とし、そして即座に行動した。アルフをフェリノが部屋の外まで蹴り出し(文字通り蹴り飛ばした)、ステラがディーンを蹴り出されたアルフの上に乗るようにふわっと投げる。そして、そのまま扉を閉めて鍵を閉める。凄い早業だった。思わずスイが拍手してしまうほどには。

まあ、それをしたせいで二人が目をつり上げて怒り、スイに下着を作らせて着せた。その時の二人の迫力は本当に怖かった。本気で泣きそうになった程度には怖かった。尚、この時に二人から敬語が外れて仲良くなる切っ掛けになったことは良かったと思う。



現在スイは一人で行動していた。アルフ達には先にギルドの方へと向かってもらい、スイはローレアが居るという屋敷に向かっていた。ローレアが魔族であることを隠したままにしたいのであるなら四人を連れていくと、話したい内容も話せなくなるのではないかと思ったからだ。実際はアルフ達はスイが魔族であることを知っているうえに――ディーンには朝に魔族であることを言って驚かれた――奴隷でもあるため誰にも言わないようにすることも出来るのだがこういうのは心情的な問題だ。アルフ達にはギルドの鍛練場でガリアとジールに鍛えてもらうように簡単な手紙も書いて渡してある。

屋敷に着くと待っていたのか中から使用人らしき男性が現れてスイを中へと案内してくる。中は落ち着いた雰囲気で統一されていて雰囲気を損なわない程度に絵画や花などが飾られている。廊下を少し歩いて一つの扉の前で男性は止まるとそのままゆっくりと扉を開いていく。


「ようこそ、スイ。お入りになって」


許可をもらったので中へと入る。後ろで男性が一礼すると部屋の外に待機したまま音を立てずに扉を閉めた。


静かなる箱サイレントボックス


閉まった瞬間にローレアが何かを囁いた。疑問に思っているとローレアが悪戯が成功したかのように少し笑う。


「ふふ、やっぱり分からないみたいね。吃驚したかしら?」

「吃驚……?いえ、何をしたのか分からないだけで特にはしてないです。言葉から推測すると部屋の中の声が外に漏れなくなるかその逆の魔法ですか?でも詠唱してなかったですよね?心の中での詠唱ですか?それともこの千年の間に魔法の技術自体は向上していて詠唱の破棄……というよりは詠唱そのものを必要としない魔法が体系化されたということでしょうか?」


いつもよりも少し早口になったスイが矢継ぎ早に質問していく。問われたローレアは思っていた反応と違い少し困惑しているようだ。


「推測だけで当てちゃうなんて……凄いわね。これもあの人がしたのかしら?」


ローレアが最後に呟いた「あの人」という単語からスイはローレアがどういう立ち位置の者かを理解する。


「父様の関係者ですか?なら…ローレアというのは偽名で恐らく……特徴的に北の魔王ウルドゥア様でしょうか?」


スイが推測してそう問い掛けるとローレアは信じられないと言わんばかりに驚いている。推測は当たっていたようだ。


「え、えぇ。当たっているわ。でも出来たらウルドゥア様だなんて言わないでね?」

「はい。今はローレアさんですよね?」


そう答えると何故か不服そうな表情になる。


「そうじゃなくて……ってもしかしてそういう知識は入っていないのかしら?」

「……?そういう知識とは?」

「私とあの人……ウラノリアがどういう関係か分かっていない?」

「父様との関係?私の作成に携わったことがあるとかじゃないのですか?」

「あの人は本当に……!はぁ、私とウラノリアは夫婦よ。つまり、貴女の母親ということになるわね。とは言っても母親と呼ばれるようなことは何一つしていないのだけどね……」


そう言って少し俯く。しかし、スイにとって大事なのは何かしてもらうことではない。母親が居て生きていた、それだけで充分なのだ。


「そんなことどうでもいいです。会えたというだけで充分です……母様」


そう呼び掛けるとローレア――ウルドゥア――は少し目を潤ませ、スイに近付くと優しく抱擁した。そこに込められているのはどこまでも深い愛情だ。スイも抱擁を返す。ウルドゥアは恐らく千年という長い期間をひたすらに待ち続けていたのだ、スイの言葉で多少なりとも報われた気持ちになったのならば良かったと本当に思う。暫く抱擁をした後はどちらからともなく離れる。


「ごめんなさいね?少し取り乱しちゃったわ」

「大丈夫。私も母様と出会えて少し取り乱したから」


お互いに少しよそよそしくなってしまった。思った以上に恥ずかしかったのだ。ウルドゥアが少し咳払いをして真剣な表情に変わる。スイもまた雰囲気が変わったことを察し、真剣な――見た目には一切の変化はない――表情に変わる。


「スイ……貴女が作られた理由を知っているわね?」

「……ヴェルデニアの消滅、三種族間の友好的関係の構築ですよね?」

「ええ、それで合ってるわ。ただ、私もウラノリアもね、貴女が危険な目に合って欲しくはないの。幸せに生きていけるならそんなことしなくても良いと思ってる」

「分かっています。分かった上で私はヴェルデニアを消滅させに行きます。これは変わりません」

「……そう。分かったわ。ありがとう…スイ」

「それより疑問に思っていることがあるので出来たら教えて欲しいです」

「何かしら?魔法のこと?」

「それも後で教えて欲しいですが……知りたいのは最初に会ったときは凄く警戒してたのに今こうして歓迎されたのが良く分からないです」


そう言うとウルドゥアが凄く申し訳なさそうな顔をして言う。


「あ~……その、それはね。うん。ちょっと貴女の目覚める時を数年くらい勘違いしてて……ね?その、ごめんなさい」


先程までの真剣な表情から一転、今目の前で頭を下げているのが自分の母親なのだ。それを思うと何とも言えない気分になったスイであった。

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