第13話 凄いけど変な主
アルフ視点
俺達は冒険者ギルド地下に作られた鍛練場でガリアさんとジールさんから戦う術を学んでいた。俺とディーンはガリアさん、フェリノはガリアさんとジールさん二人、ステラはジールさんに重点的に教えてもらっていた。
俺は魔法が苦手だからだけどディーンはジールさんが教えられないからだそうだ。ディーンがずっと使ってた魔法はかなり特殊な魔法らしく兎人族以外には使えないらしい。フェリノは剣も魔法も鍛えて臨機応変に動けるようになりたいと。難しいと思うんだけどな。ステラは魔法が得意な代わりに身体が虚弱なエルフの例に漏れず華奢だから近接戦を鍛えるよりそのまま魔法を鍛えた方が良いってジールさんに言われてた。
それでスイだけどジールさんとステラの魔法を見て覚えようとしている。詠唱破棄の技術は二百年位前に出来たものらしくてスイは使えなかったからだ。
あの時作って貰った俺の武器は<
フェリノの武器は<
初めてスイから離れて行動したあの日以降、ローレアさんという女性がスイに時折会いに来るようになった。その時のスイは少し喜んでるように見える。見えるって言っても雰囲気的にそう思うだけで表情には一切出ないんだけどな。
何か並んでるのを見たら親子っぽく見えるし多分実際そうなんじゃないかなって思う。もし、親子であってもスイを利用しようとするようなやつなら関わりを少なくするように言うつもりだった。見た感じ悪い人じゃなさそうだし大丈夫そうかな。
で、話は戻るけど俺は今ガリアさんと模擬剣で試合をしていた。ガリアさんはギルドマスターになる前はSランクの冒険者だったみたいで物凄く強い。剣速は早いし一撃一撃がかなり重たい。今も降り下ろされた剣を何とかずらすことで耐えてる感じだ。攻めに転じることすら出来ない。二ヶ月近くこうして手合わせをしてるけど一向に勝てる気がしない。
「もっとしっかり耐えろ!でないと死ぬぞ!」
横薙ぎに振られた剣を受けきることが出来ずに俺は壁際まで吹き飛ばされる。壁にぶつかった時に頭を打ってしまってくらくらする。何とか立ち上がろうとするけど力が入らない。
「ふぅ……一旦休憩にするか」
「……っ、はい!」
悔しいけどいつまでもへこたれはしない。へこたれる暇があるならその分もっと強くなれば良いんだから。
足がふらつくから剣を杖代わりにして歩き、試合を見ていたスイの元に行く。スイの膝には何故かフェリノが膝枕されていて尻尾をもふられてる。スイの発作みたいなものだ。スイの右隣にはディーンもいて頭の耳をふにふにされてる。
そのディーンは俺達の前だと魔法を解くようになってた。必要があるときには耳や尻尾を隠すだろうけど隠さないってことは一応信頼の証みたいなものなのだろう。最初の頃は警戒されてたけど今はそんなことない。というか多分理由は分かってる。ステラのことを意識しているみたいなのだ。好きな人の前で偽りたくないってことなんだろうけどそれでいいのかお前……。
「アルフ……ダメ出しが必要?」
スイがそう問い掛けてくる。頷いておいた。スイは想像以上にスペックが高い。というか高すぎる。転生する前から出来たみたいだ。体力が無くて実際に動けたわけじゃないらしいけど。
スイは何でもこことは違う世界で過ごして死んだらこの世界に来てたらしい。隠す必要もないし勇者召喚とかあるくらいだから別に良いってことで教えてくれた。
教えられた理由が生まれた瞬間から何でも出来て化け物呼ばわりされるよりもある程度の知性を持った状態だから化け物じゃないですよってアピールしたかったから、らしいのだけど元から凄いなら意味ない感じがするんだよな。
「攻撃をまともに受けすぎ、身体が硬いから柔軟を頑張らないとね。あと芯はずらさないと一撃が重くなって次の行動に移りづらいと思うよ。受けても大丈夫そうなら力だけならアルフの方が強いと思う。だから押し返せるなら押し返した方が次の動きに繋がるんじゃないかな。まあ、ガリアさんはたまにそこにフェイント入れてくるからそこは見極めて。目や腕、足の動き、力の入れ具合でそれがフェイントか本命か分かるから。あと受けずに躱すことも考えて。アルフは全部の攻撃に律儀に反応しちゃってるから攻めれなくなってる。アルフがする攻撃も一撃が軽い。無理矢理攻撃するくらいなら一旦離れて体勢を戻した方が良い。剣以外の攻撃方法もちゃんと考えて。足元の石を蹴飛ばすでも良いし一回剣から手を離して殴ったり蹴るのもありだと思う。実戦になったら剣だけじゃないだろうから。試合出来るうちに身に付けれるように頑張ってね」
今回初めて俺とガリアさんの試合をちゃんと見たのにスイは俺の駄目なところを見極めたみたいだ。というか力の入れ具合とかなんなんだよ。遠くから見てた筈なのにそんなの分かったのか?ガリアさんに勝てないから何かヒントが得られないかと思って見てもらったけど、思った以上にちゃんとした助言がもらえて驚いた。凄いとは思ってたけど武術でも習ってたのかな。
「とりあえずアルフ、今日はもう終わりにしてくれる?依頼を受けて欲しいの」
スイは十二歳――実際は十四歳らしいけど――だからギルドの依頼を受けれない。俺とステラのパーティーに同伴って形でしか依頼をこなすことが出来ない。ガリアさんとジールさんはスイが魔族でかなりの力を持ってることを知ってるけどギルド員は二人だけじゃない。納得のいく説明が出来ないからこうしてちょっと手間を掛けないといけないんだ。
「それは良いけど……何の依頼なんだ?」
「ん、
当然だけどスイの知識の大半は魔王であったウラノリアの知識だ。つまり、ウラノリアが知らない知識はスイも知らないってことだ。だからスイは灼火岩のサンプルを取って知識を増やしたいのだろう。たまにこうして何かのサンプルを手に入れるためにスイは適当な依頼を見繕ってくる。金も手に入るし経験も積めるから俺からしたら願ったり叶ったりだ。
もし危険なようならスイが手を出してくるとは思うけど、守られる立場に甘んじたくない。出来る限り早くスイの前……は無理でも隣に立てるくらいには強くなりたい。
「分かった。今から行くのか?」
「ん、その前にお風呂で体を流してきて……言いたくないけど……汗臭い」
「うっ、分かったよ」
実は以前スイが俺とガリアさんの鍛練を確認しに来たときに物凄く取り乱したことがあった。理由は今言われた通り臭いだ。表情はやっぱり変わってなかったけど。その時スイのした行動のあまりの規格外振りに居合わせた全員――冒険者やギルド員もいた――驚いたものだ。
「……もう我慢できない。したくない」
ガリアさんとの鍛練を終えて休憩していたら、武器職人達に錬成と鉱石作成の技術を教え終わったのかスイが鍛練場まで降りてきていた。鍛練が終わったのを確認したスイが多分――結局この時行かなかった為理由は不明――依頼を持ってきたのか近付いてきて何故か途中で立ち止まるとそう言った。
「……お風呂入りたい……けど無い。無いなら作る」
「スイ?どうした?」
様子がおかしいので近付いていくとスイはあからさまに避けたあとにこう言い放った。
「……少し臭うから離れて」
年下の少女に臭いと言われてまるで雷が当たったかのような衝撃に襲われる。硬直してしまっているとスイはおもむろに鍛練場の壁に近付いていくと右腕を振りかぶり殴り付けた。
スイが轟音と共にたった一撃で壁に拳の何倍もの穴をぶち抜いたことでその場にいた者達から一切の音と動きが消える。そのままスイは再び右腕を振りかぶり打ち抜く。左腕は壁の方に伸ばして錬成で補強しているようだ。ガリアさんが慌ててスイを止めようと駆け寄っていく。
「お、おい!何してんだお前!」
「ギルドは壊れないようにしてるので大丈夫です。それよりガリアさん…あの、臭うので出来たら離れてください。鼻が妙に良いみたいで物凄くきついんです」
ガリアさんも臭いと言われて多少衝撃を受けたみたいだが、すぐに持ち直す。
「そんなことは後回しだ!何ギルドの壁ぶっ壊してるんだ!本当に大丈夫なんだろうな!」
「それでしたら大丈夫です。設備を一つ追加したいだけです。ここくらいしか作れそうな所無いんです。完成したらギルドの方に譲ります。なので…お願いです。お風呂入りたいんです。身体は魔法で幾らでも清められたとしても、どうしてもお風呂入りたいんです。だから許してください」
スイのあまりに必死な態度にガリアさんは怒りが抜けてしまったみたいでどうしようか迷ってるようだ。
「……本当にギルドは大丈夫なんだな?」
「しっかり補強してるので天変地異でも起きない限りは大丈夫です」
「ギルドに譲る?」
「私は要らないので。使えたらそれで良いです。お風呂の設備は私が揃えます。そのあとの管理は放置しても良いですし使ってくれてもどちらでも。上手く使えば多少のお金ぐらいなら取れるようになるかと思います」
「………ギルドに異常が発生しないなら好きにしろ」
「……!ありがとうございます」
表情は変わらなかったがガリアさんにもスイが喜んだのは分かったようだ。少し苦笑いをしている。
そして、およそ十五分ほど轟音が鳴り響いた後、スイがお風呂――銭湯というものをイメージして作ったらしい――と呼ぶものが出来ていた。ぶち抜いた岩盤は鉱石作成の材料に、壁の部分はそのまま鉱石作成でギルドの壁と一体化していた。スイはとても満足そうな雰囲気でガリアさんに設備の使い方を教えている。
ちなみに俺だが暫く衝撃が抜けきらず呆然と立ち尽くしてしまっていた。可愛い少女からの否定と離れられたのは年頃の男にとってはあまりに大きすぎる衝撃だった。
シャワーと呼ばれているもので身体をさっと流し、スイの元へと戻る。スイは未だに発作中だ。
「……ん、戻ってきたね。じゃあ、行こうか」
俺が戻ってきた事に気付いたスイはそう言って二人を持ち上げて……
「いや、離せよ」
「えっ……駄目?」
「うん」
渋々と言った感じでスイは二人を離す。分かってはいたけどスイの力は物凄く強い。腕一本でまだ子供だとはいえ二人を軽く持ち上げるのだから相当だ。持ち上げられた二人はさっきまでの蕩けた表情――スイに撫でられると気持ちいいのだ。魔性の手と密かに呼んでる――は驚愕の表情に変わっていた。
「おい、スイ行くならこれを持ってけ。ようやくお前ら用のが出来上がったんだ」
ガリアさんがそう言って小さな黒い箱の様なものを渡してくる。
「あっ、出来たんですね……トランシーバーみたい」
「トラン?お前の言ってた通信用の魔導具の名前か?」
「魔導具ではないですけど……言っても理解されないと思うのでそれで良いです。とりあえずこれで何かあったら連絡出来るので出来て良かったです」
「あぁ~……それなんだが……出来るのは指定された地点への連絡だけだ」
「……つまり?」
「俺の持ってる対のやつにしか連絡出来ない」
「……微妙な」
「そう言うな。職人連中が連日連夜頑張って作ったものだぞ。いずれお前の言ってた通りに何処にでも連絡出来るようになるかもしれないが今は無理だ」
「……そうですか。完成したら教えて欲しいです」
「あぁ、分かってる。金を出したのはお前だからな。一番に渡してやるよ」
少し気になったので訊いてみる。
「なぁ?スイ幾ら使ったんだ?」
「白金貨五枚」
「!?」
「滅茶苦茶だよな。良く分かるぜ」
さらっと言われた金額に頭が真っ白になってたらガリアさんが共感していた。その横でスイは「それだけで済んで良かった」とか言ってた。色んな意味でスイは凄い……凄いけど変なやつだ。これから先もこんな風に驚くことがあるんだろうなぁと思うと少し未来が不安になったアルフであった。
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