第14話 凄いけど色々とおかしい主
ディーン視点
一ヶ月は月の日、火の日、水の日、花の日、雷の日、石の日の六日間を一週としてそれを五週で三十日。一年はそれを十二回で三百六十日だ。スイ姉さんと出会ったのは二ヶ月ちょっと前のことだから七十日程度になる。
最初の一月位はスイ姉さんのことを警戒してはいたんだけど、同じ亜人族のアルフ兄にフェリノ姉、ステラ姉も全然警戒しないし、スイ姉さんと接していて思ったのはとても優しく僕に触れるなあってことだ。そのうち自分よりも年上の三人が警戒していないのに自分が警戒しても意味がないなって思って警戒をやめた。
九歳になったばっかの僕に出来ることもないしさ。そういえばスイ姉さんに六~七歳に思われてて若干傷付いたことを思い出した。年の割には小さいですよ!悪いか!
勝手に傷付いちゃったけど今僕はスイ姉さんに連れられてノスタークの色んな所を見て回っている。スイ姉さんの目的の一つの友好的関係の構築っていうやつだ。スイ姉さん表情変わらないから一部の人には気味悪がられてるんだよなぁ。教えた方が良いのかな?疑問に思っていると一緒に歩いているフェリノ姉がこっちを見て首を横に振っていた。言わない方が良いってことだね。まあ、教えても傷付くだけだろうし。
アルフ兄を除く僕達はたまにスイ姉さんに連れられてノスターク中を歩き回ることになっている。今みたいに僕とフェリノ姉だったり、ステラ姉とフェリノ姉だったりとその時その時で変わる。アルフ兄を連れないのはスイ姉さん曰く鍛えれば伸びる筈だからガリアさんに付きっきりで鍛えて欲しいかららしい。
僕達もガリアさんに鍛えて貰っているけどスイ姉さんが言うには基礎を三人に教えることが出来てもガリアさんとタイプが違うからそこまでは鍛えられないだろうって言われた。だから僕達はアルフ兄には内緒でスイ姉さんに鍛えて貰っている。スイ姉さんは本当に十四歳なのかな?
「ん、灼火岩……?どう作るんだろう。分からないなぁ。サンプルでも取りに行こっかなぁ」
考えていたら雑貨店で気になるものをスイ姉さんは見付けたらしい。時折街を歩いているとこうして気になるものを見付けてはサンプルを取りに行くっていう流れが出来ている。
灼火岩は衝撃を与えると急に燃え始めるちょっと怖い石だ。そんな危険な物のサンプルを気軽に取りに行こっかとか言えるスイ姉さんは凄いと思う。
「ギルドに確かフラムリザードの討伐もあったし丁度良いね。残ってたら良いけど」
フラムリザードと聞いて少し僕の表情は硬くなったと思う。だって単体でもCランクのそこそこの強さを持つ魔物である。僕もその依頼を覚えてるけどあれは群れでの討伐だったはずだ。注意書きに特殊個体が居る可能性大とか書いてあった。群れだとBランクになるうえ特殊個体によってはAランク相当になる筈だ。何でそんな危険な依頼をついででこなそうとするのだ。やっぱりスイ姉さんの基準は明らかにずれている。
「あ、あれって危ないんじゃないの?特殊個体居る可能性大って書いてあったよ?」
僕は少し気になってスイ姉さんに問い掛ける。
「特殊個体って高く売れる筈だよね。見付けたら今日は少し高いものでも食べに行こうか」
スイ姉さんに危険の文字は無いのかもしれない。いやスイ姉さんにとっては特殊個体であっても大した脅威にはならないということなのだろう。その普段通りの態度に少しだけ安心した。油断さえしなければ死ぬことはないということだろう。信じるには理由が小さいかもしれないけどスイ姉さんの魔法を見た後だと信じられるのだ。あの規模の魔法なんて普通の人なら発動するどころか陣が刻まれる前に力尽きる事になるだろう。あの時の事は色んな意味で忘れることはないだろう。主に死にかけたという面で。
それは少し前のことだ。
「魔法が発動しない?スイ姉さん魔法使ってたよね?どういう事?」
「……ん、発動はしてる。けど……見て貰った方が分かりやすいかも。ジールさんにも見て貰ったけど教えてくれなかったの。それでディーンやステラなら分かるかなって。とりあえず使ってみるから何か分かったら教えてほしいの。本当なら自分で考えることなんだろうけど私は理論も知らないし感覚でしか使ってないから考えてもいまいち分からないの」
僕とステラ姉に相談したいことがあると言ったスイ姉さんからの思ってもいなかった内容に少し驚く。というかスイ姉さんは魔法を良く分からないままに使っていたのか。僕の治療をしたのはスイ姉さんらしいのでちょっと怖くなる。もし制御に失敗してたら僕死んでたんじゃないだろうか。
「……
スイ姉さんが比較的簡単な火球の魔法を唱える。普通に発動しているように感じる。けど僕達が少し目を凝らすと原因が分かった。スイ姉さんの前世には魔法が無かったという話だし分からなくて当然なのかもしれない。
「えっと……見た目は出来てると思うの。だけど…」
「中身がないんだよね?仕方無いと思う。だってスイ姉さんのしてることは模倣だもん」
「……模倣?」
「うん。見た目は凄く綺麗に出来てるけど多分これってイメージがジールさんの魔法じゃないかな?」
「どうして分かるの?」
「見たら分かるよ。ねぇ?ステラ姉」
「そうね。スイ?魔法というのは自由なのよ。固定されたものなんて一つもないの。あやふやで形あるものじゃないの」
「……それで?」
「えっとね、スイ姉さんの魔法に中身がないのはイメージが出来てないからなんだよ。魔法はイメージが重要なんだ。特に詠唱破棄の魔法ならより濃いイメージが必要になるんだよ。スイ姉さんの魔法はジールさんの真似事だ。ジールさんのイメージじゃないんだから幾らやっても中身なんて出来ないよ」
「魔法は自分の心がそのまま映し出されるのと変わらないの。だから一人一人魔法の形も量も質も何もかもが違うのよ。だからスイが魔法を模倣する限り、成長はないわね。スイの魔法はスイだけの魔法なのよ。逆に私の魔法は私だけの、ディーンの魔法はディーンだけの魔法になるのよ」
「……私…だけの魔法……ん、ありがとう。何か掴んだ感じがする。もう少し頑張ってみるよ」
「うん!頑張って!スイ姉さんなら出来るよ!」
スイ姉さんを応援してから僕達も鍛練を再開する。その時はこれだけで済んだんだ。けれど二日後に魔法が使えるようになったとスイ姉さんは言った。早いよ。ちゃんと出来てるかの確認のためにガリアさん達も呼んで街の外に出てくる。街の外なのはスイ姉さんの魔力保有量が多いため規模によっては鍛練場が壊れかねないからだ。
「よし、危険なようならすぐに止めてやる。安心して撃つと良い」
ガリアさんがスイ姉さんにそう言って安心させている。小さな子供に魔法を教えるときに良くやる手法らしい。僕も小さな頃にお母さんがそうやって教えてくれた。今はもう教えて貰えないけどその時の安心感は覚えている。スイ姉さんも緊張……してたかは分からないけどどことなく安心しているように見える。
「ん、なら行きます」
少し深呼吸をしてスイ姉さんは魔力を編んでいく。僕の倍はありそうな膨大な魔力で一つの魔法を打ち出そうとするスイ姉さんを見てジールさんは静かに防御魔法の
「……
魔力を編み終えたスイ姉さんは静かに聞いたことのない魔法を唱えた。完全にオリジナルのスイ姉さんだけの魔法だろう。唱え終わった瞬間に編まれた魔力はまっすぐに放たれ、地面に接触する寸前で一気に膨れ上がり、辺り一面を一瞬にして火の海へと変えてしまった。
「っ!?ジール!!」
「
ジールさんの魔法は
「すみません。思っていた以上に威力がありました」
「大丈夫だ。気にすんな……いや、やっぱ少しは気にしろ。威力があるから巻き込まれでもしたら簡単に死ぬだろうしな」
「しかし、凄い威力ですねぇ。スイちゃんの魔法とまともにぶつかれば抵抗できないかもしれません。スイちゃんは魔王の持っていた素因を持ってるからなんでしょうが、魔法を使うものからしたら妬ましく感じる程の才に思われるでしょう」
「ん、程よく目立つ程度にします」
「あぁ、それが良いと思うぜ。ところでスイ、冒険者ランクはどれくらいが良い?少なくともBランク程度にはなりそうだが」
「?年齢制限に引っ掛かるんじゃ?」
「いや、才ある者を年のせいで動かせないのは宝の持ち腐れだとか昔の人が言ってな。ある程度の実力を持つものなら特例で認められるんだ。どうする?」
「……見習いのままで」
「上げないのか?どうして?」
「ん、まだ目立ちたくないので……ヴェルデニアを消すための勝算がないうちは見付かりたくない」
「なるほど、分かった」
こんなやり取りがあったらしいのだが僕達は辺り一面の火の海を見て「あっ、死ぬ」とか思ってたせいで聞き逃していた。ちなみにイメージについて聞いたら
「処刑場」
とか言ってた。聞かなきゃ良かった。
そして、今僕達はギルドでアルフ兄とステラ姉と合流して岩石地帯と呼ばれる場所でフラムリザードの討伐をしていた。フラムリザードは普段は這いつくばる赤い蜥蜴なんだけど近付くといきなり二足歩行になり、お腹の下に隠してある武器を使って攻撃してくるのだ。
武器は剣や槍、弓や杖などといったものまで多種多様である。何を持っているのかが直前まで分からず厄介な魔物だ。武器の種類で指揮官型、戦士型、遠隔型と分かれる。指揮官型は杖等を持つ個体で火属性の魔法を時折飛ばしてくる。指揮官型が居ると他の個体との連携が上手くなるため見付け次第すぐに攻撃することになる。戦士型は剣や槍を持つ個体で近接戦を仕掛けてくる。単体だとそれほど強くもないが数が多いと連携を繰り広げてくる。遠隔型は弓や投石をしてくる。一見地味なのだがこの投石で投げてくるのは灼火岩のため結構危険なのだ。
連携をしてきて数も多い場合があるフラムリザードはかなり厄介な魔物だと言えるだろう。今のように数十を越える投石をされればまず普通の冒険者なら即座にお陀仏となるであろう。スイ姉さんは面倒そうな雰囲気で右手を振り抜く。
「
その瞬間に数十を越える灼火岩は強烈な風に煽られてその進路をフラムリザードの方へと変えて落ちる。途端に目の前の岩石地帯――灼火岩が至る所に落ちている――は途轍もない熱量を発し火の海に変わる。灼火岩の火はすぐに収まるため五分もしないうちにその火は消えていく。百はいた筈のフラムリザードはその数を大きく減らしていた。それでもまだ二十は居るだろう。火への耐性が高い筈のフラムリザードがこれほどやられたのはスイ姉さんの魔法に吹き飛ばされて首を折ったり鎌鼬にやられたのだろう。これだけの群れなので何処かに特殊個体が居る筈だがその姿が見えない。もしかしたらさっきの魔法で吹き飛んだ中に居たのかもしれない。
「数が減ったからさっき話した通りアルフ、フェリノが前でステラは二人の援護、ディーンは私の後ろにいて。私は危険じゃない限り手を出さないから頑張ってね。ちゃんと動いたら大丈夫だと思うから」
僕も鍛練はしているけどまだまだだ。こういう時に動けないのは悔しいけど力不足なのは自分が良く分かっている。それにそもそも僕に渡された武器では多数を相手取るのに向いていない。僕に渡されたのは鉤爪という武器だった。スイ姉さん曰く僕はこれが一番良いらしい。剣とかを渡されると思っていたので少し驚いた。
だけど剣と比べて使ってみて分かった。剣を振るには僕は小さいし単純に腕力も足りなかったのだ。鉤爪自体に大した攻撃力はないがこれには毒などを付けて戦うのが普通らしい。
そのため<-
三人は順調にフラムリザードの数を減らしている。アルフ兄は<破断剣コルガ>で叩き潰している。防御越しにそのまま潰しているのでかなりの力業だ。内蔵された魔法が肉体強化系とは聞いているが無茶苦茶だ。あれやっぱり剣じゃないだろう。
フェリノ姉はとにかく素早い。瞬きの間に既に後ろに回って急所を一突きで倒している。<穿光剣フィーア>に内蔵された「
つまりステラ姉が一つの剣を動かせば残りの三剣全てが別々に動くのだ。かなり操るのに苦労しているのが遠目からでも分かる。しかし、スイ姉さんが援護する前に全てのフラムリザードが死んだようだ。三人はこちらに戻ってくる。
「ん、全部死んでるみたいだね。皆お疲れ様」
その一言と共に僕達はフラムリザードの身体をスイ姉さんの前に運んでいく。その間にスイ姉さんが灼火岩を大量に集めている。少しの回収でお願いしたいところだ。そうして僕達は回収を終えたあとノスタークへと戻っていく。このあと僕達は後悔することになる。
何故、僕達はスイ姉さんの存在が何かを忘れていたのかと……。
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