第15話 鮮血の化粧



皆が気付いていない内にフラムリザードの特殊個体――ジグフラムリザード――を始末して回収する。群れを減らすように見せてピンポイントに鎌鼬の塊と灼火岩をぶつけるのはなかなか面倒だった。

皆からは特殊個体がいないことが不思議に思われていたけど「居なくて残念だったね」とはぐらかしておいた。三人が弱いわけではないが倒せそうになかったのだ。それを知れば怒られるかもしれないが無理に挑んで怪我などしてほしくはない。

魔物と灼火岩の回収を終えてノスタークへと帰る。街の壁が見えてきた所で異変に気付く。まだ夕方だというのに既に街の門が閉ざされていて兵士達が武器を構えているのだ。明らかに臨戦態勢である。もしや自分の正体が何らかで漏れたのかと思ったがどうやら違うようだ。門へと近付いていっても此方を見ておらず、遠くをひたすら見つめている。少ししてから一人の兵士が気付いて声を張り上げる。


「おい!少し門を開けてやれ!子供が外にいる!」

「無理だ!今開けたら結界が壊れる!魔法で回収しろ!」

「壁の上まで引き上げろってか!無茶言うんじゃねぇよ!さっさと開けろ!」


どうも待っていても門が開きそうになかったので魔法で壁の上まで上がることにする。


「土壁(ウォール)」


階段状に幾つもの土壁を作り壁の上まで登っていく。案外魔力を使ったので兵士が無理と言ったのも良く分かる。アルフ達は私の魔法を何回か見てるからか驚きはしなかったが、壁の上の兵士達は目を丸くしていた。階段を登り切り兵士達の方へと向かう。


「警戒されているみたいですが何があったのか訊いても良いですか?」

「あ、あぁ、迷いの森で魔物が溢れたみたいでな。それだけなら何ともなかったんだが……同時に大暴走スタンピードも発生したみたいでな。こっちの方に一直線に逃げてるみたいなんだ。弱い魔物なら良いんだが、迷いの森の魔物は最低でもCランク以上だ。君も魔法が得意なようだから多分要請が来ると思う。俺達も抵抗はするが……もし守れなかったらすまない」


大暴走スタンピード……異界化した土地でたまに起きる現象で、強力な魔物が弱い魔物を喰おうと襲い掛かり逃げられた場合に発生するらしい。襲い掛かった魔物が強力であればあるほど規模は大きなものとなる。

魔物も必死に逃げるからか規模が大きいと一つの街を軽く呑み込んでしまう程だ。小規模であっても村程度であれば地図から消してしまうだろう。今回のは迷いの森という長期に渡って異界化している土地から溢れる程の大量の魔物が一斉に逃げているということだ。かなり大規模なものとなるだろう。


「そうですか……あとどれくらいで到着するかは分かっていますか?」

「そうだな……既に姿を魔導具で確認している。あと一時間もしないうちに到着するだろう」

「早いですね」

「魔物の中に特殊個体が五体ほど確認されているようだ。そのうちのロアータイラントのせいだ。咆哮で魔物達の速度が上がっているんだろうな」


ロアータイラントはAランクの魔物だ。それが逃げているということはAランクのかなり強力な個体かSランクの魔物、又は更にそれより危険な凶獣きょうじゅうと呼ばれる災害級が発生源かもしれない。ノスタークは決して武力に秀でた街というわけではない。このままいけば確実にこの街は地図から消え去ることだろう。

流石に二ヶ月以上過ごした街が無くなるのは嫌なので、ガリアに指示を仰ごうと冒険者ギルドの方へと向かおうとすると既に門の近くまで来ていたようで声を掛ける。


「戻ってきてたか。こっちの方まで来てくれるか」


門から飛び降り風を起こして着地する。


「怪我人が居てな。治癒を頼みたい」

「分かりました。私じゃないと駄目なんですか?」

「いや、人数が多いから手伝いだな。俺は治癒魔法が使えないからな」


ガリアさんに連れられて門の内側にある扉の中に入る。その途端に甘い匂いが漂ってきて知らず喉を鳴らす。妙に喉が渇く。


「森の監視をしてくれてたんだが逃げる際に魔物とやりあうことになったらしくてな。助けてやってくれ」


そう言って連れていかれた場所に居たのは右腕が今にも千切れそうになっている人やお腹を喰われたのか横腹がごっそり無くなっている人、頭からだらだらと血を流して呻いている人が居た。部屋には何かの魔導具が設置されていて死にそうな人の命を繋いでいるようだ。刻落としの魔珠に近いものなのだろう。


神癒コールヒール


治癒の高位魔法を使う。何故か妙な焦りを感じる。すぐに治さないといけない!…………どうして?


「神癒、神癒」


ひたすら魔法を使う。甘い美味しそうな匂いのする血の匂いから逃げるように治し続ける。すぐに血の匂いから離れたい。でないと私が私でなくなるような感じがする。


「神癒」


最後の一人まで何とか治癒し終わる。何とか自分を保てたと思っていたらガリアさんに連れていかれる。


「まだ結構居るんだ。頼む」


その言葉にくらっときたけど私は頷く。扉を開けるとさっきよりも強烈な甘い匂いで頭がぼんやりする。けれどそれを押し殺してひたすら魔法を使う。治しきるとまた別の部屋に行って治す。その砦に居た殆どがこちらまで逃げてきているようだ。

とにかく治す、治す、治す。息が荒くなりながらも何とか全ての人を治しきれた。とにかく休みたい。気持ちが悪い。後ろから追い付いてきたアルフ達が心配そうに私を見ている。


「……おい、スイ」


ガリアさんの低い声にビクッと震える。怒っているようだ。何故だろうか。


「付いてこい」

「……はい」


ガリアさんに付いていって入った部屋にはソファと机だけがあり、奥の方のソファにガリアさんは座って私を手前のソファに座るように促す。


「いつからだ?」


その質問の意味が分からずに首をかしげる。


「いつから血を飲んでないんだ?」

「……飲んだこと…は無いです」

「そうか……やっぱりか」


そう言ってガリアさんは額に手を当て考え込む。私はさっきから起こっている妙な喉の渇きの正体が吸血衝動であることをようやく理解する。理解した瞬間から身体が震え始める。自覚したことでより衝動が強くなったようだ。だけど……この一線を乗り越えたくないと今更ながらに思う。飲まなければ死んでしまうと分かっているのに私はその一歩を踏み出せなかった。


「……飲まないと死ぬのは知ってるのか?」

「……はい。知識の中にありました。吸血鬼は週に一度は飲まなければ死ぬと……今までずっと耐えれていたから大丈夫かなって思っていたんですけど」

「お前が耐えれていたのはまだ血の味を知らなかったからだろう。お前が転生とやらをしているのは知っている。血を飲むことへの抵抗もあるだろう。だが無理矢理にでも飲ませてやる。こんな下らない理由で死なれちゃ困るからな。嫌でも飲ませるぞ」

「……分かりました」

「嫌かもしれないが…お前は見て分かるぐらい消耗してる。今飲まなくてもすぐに吸血衝動に呑み込まれるぞ。暴走する前に飲んどけ。それでも自制は難しいだろうがな」

「……ん、私の意地で迷惑を掛けます」

「……この街の連中にお前が魔族であることは間違いなくばれるだろうな。だから俺からお前に提案がある。まあ、飲んでても飲んでなくても提案はするつもりだったが」

「分かってます。大暴走の鎮圧ですよね?」

「あぁ、それでだな。お前の力は多分お前が思ってるより遥かに強い。最強とまで言われた魔王の力の殆どを受け継いでるんだから当たり前なんだが」

「……大暴走を私一人でやれってことですよね?」

「……何で分かんだよ。発生源はSランクのグランドタイガーだ。お前なら大丈夫だろう。というかどうこうなる未来が思い付かん。魔物でお前を傷付けられるのは凶獣位か?街の連中は魔族であることが分かったらお前に襲い掛かるかもしれないが大暴走をお前が食い止めたら俺がお前を守ってやる」

「言ってることは格好良く聞こえますね」

「全く格好良くねぇよ。普通なら死ぬ場所に一人で行ってこいって言ってるんだぞ。最悪の人間だよ」

「気にしないでください。血を飲まなかった私が悪いし、ノスタークは私も好きだから守りたいです。ガリアさんが守るためにその選択をしたなら私は応援します」

「そうか。感謝する……スイこっちに来い」

「何ですか?」


ガリアさんに近付いた瞬間に短剣でガリアさんは自分の右腕を切りつける。赤くて綺麗な血が滲んでくる。辺りに美味しそうな甘い匂いが漂ってきて私の頭の中は血を飲みたい衝動で埋め尽くされた。


「……っ!?」

「我慢するな。飲め」


そう言って伸ばされた右腕が私の口の前まで来たところで私の意識は消えた。



気が付いたら私は街の外で一人立っていた。熱に浮かされたように頭がぼんやりとする。自分がここまで一人で歩いてきたのは何となく分かっているが、何故ここに来たのだろう?あぁ、そういえば私はガリアさんの血を飲んでたらここに来たら血をいっぱい飲めるって言われたから来たんだった。ガリアさんの血……美味しかったな。今から来るのも美味しいのかな?後ろで喚いている人達も美味しそうだけど、あれはデザートで残しておこう。今は前菜が来るのを待つ。


「……来たね♪」


少し待つと前から沢山の血袋達が我先にと私に命を捧げにやって来る。ああ、なんて愛おしいのだろう。思わず笑みがこぼれる。その愛情には血も肉も魂さえも愛してあげることで応えてあげることとしよう。

先頭を走る小さな犬に近付いてそっと顎を撫でて吹き飛ばす。顔が破裂して私にその命を捧げる。顔にかかった血を舐めると甘い味が口内に広がる。その後ろにいた大きな犬を首を抱き締めてそのまま捻じ切る。首から大量の血が吹き出てきたので全身で浴びる。


「ふふっ♪」


気分がかつてないほどに高揚している。血を飲んだり浴びたりするのがこんなにも愉しいことだったなんて知らなかった。くるくるとその場で回転しながら魔力を編んで蜘蛛の巣のように周囲に張り巡らせる。私を素通りした愚物にはその姿すらも残してあげない。

張り巡らせた魔力に火の属性を持たせて焼き焦がす。前にいる愛しい子達は魔力を絡めて宙吊りにする。そして二十はいるであろう子達を一纏めにして潰す。雨のように降り注ぐ鮮血に私の気分はどんどん高まる。事ここに至ってようやく血袋達は私の存在を無視しなくなる。


「そんなに後ろが怖いの?でもだからって私の事を無視しちゃ駄目だよ……?あはっ♪あはははははっ♪あはははははは!!!!」


気分が良くなって嗤っている私を見て好戦的な血袋達は一斉に飛びかかる。私はそれを撫でて風船のように弾けさせ、踏んで地面に赤い花を、抱き締めて綺麗なシャワーへと変える。

魔力を糸のようにして刺し何体かも分からない数を空中へと運び、中から外へと出るように魔力を操ることで花火のように弾けさせる。気持ちが昂り嗤いながら壊して潰して消して弾けさせて刺して切って抉って血を浴び続ける。既に地面には血の池が出来ている。後で飛び込んで遊ぼう。


「ねぇ…♪もっと、もっともっともっと……頂戴♪」


血袋達が別の方へと逃げようとするのが見えたので追い掛けて無防備な喉へと牙を突き立てる。断末魔が耳に心地良い。もっと聞きたくてより深くに突き刺したら痙攣して動かなくなってしまった。失敗した。とりあえず飲んだら美味しかった。干からびるまで飲もうと思ったけど他にもいるので一旦諦める。また飲みに来よう。

逃げられないと分かった瞬間、血袋達は連携をして数体を逃がすために私に掛かってきた。どうせ無駄なのにその努力が涙ぐましくて思わず逃がそうとした血袋を先に殺してしまった。泣き声らしきものを上げながら私に向かってきたので手足を叩き折り、見えるように首に牙を突き立ててゆっくりと命を奪ってあげた。何と愉しいのだろう。これだけやってもお代わりがいっぱいいる。今日は最高の日だ♪


「あれ?もう終わりぃ?」


一時間もしてないのに気付くと一際大きな血袋以外もう居ない。いやその大きな血袋も既に手足は逆に曲がり、腹部があり得ないほどに凹み既に息絶える寸前だ。私は楽しませてくれた血袋へ慈愛の笑みを浮かべながらゆっくりと首に手を回して抱き締める。そして首に牙を突き立てゆっくりと命を飲み干していく。そして愉しかった時間は終わった。

思った以上に数もいてお腹がいっぱいになってきた。デザートが残っているが…まあ、良いだろう。あれは何時でもいける。私は血溜まりの中に眠るように飛び込んで、そして意識を手放した。



「……っ!!??」


今私は二ヶ月以上過ごした王味亭の最初に借りた部屋で一人布団にくるまって悶えていた。なんだあれ、凄く恥ずかしい。ガリアさんの血を飲んだ瞬間から、気分が良くなって普段なら絶対にしないであろうことをこれでもかとやっていた。

無表情、無感情な声が私の普段だ。だけど、衝動に突き動かされた瞬間、恍惚とした表情や気持ちの悪い笑顔、どこまでも嫌悪感を抱かせる甘い声音。あれが私の衝動なのだろうか。単なる衝動ならあそこまではならないのだろう。飲まなかったことによる渇望衝動というやつだ。二度と絶対にならないようにしよう。あれは危険だし何より恥ずかしい。血を飲むことへの忌避感?そんなものあの衝動を発生させないためなら幾らでも捨ててやる。


「はぁ……ガリアさんは大丈夫かな」


守ってやると言われた。だからばれても大丈夫……だと思う。何とかしてくれると思うが、もし無理ならこの街を離れることになるだろう。ノスタークはかなり居心地が良かったが、私の目的はここに永住することじゃない。ヴェルデニアの消滅と三種族間の友好的関係を築けた後はここに永住するのもありとは思うがそれまでは駄目だ。


「………………!!」


とりあえず今は皆があの出来事を忘れて欲しいと思いながら暫くじたばたするだけだ。スイが復活するのはあと五時間も後の話だ。

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