第16話 次の街へ
悶えるのをとりあえずやめて部屋から出ることにする。外へ出ると着いた時には暗くなっていた筈なのに今はもう太陽が上りはじめていて街を照らし始めている。まだ早いのか通りには人が居ない。
昨日はアルフ達と別々に部屋をとったためまだ眠っていることだろう。私が起きると何故かアルフ達は気付いて起きるのだ。
このままこの街に残っても面倒事しか残っていないだろうからガリアさんに後始末を任せた上で出ていきたいところだが、出ていくにしてもガリアさん達に連絡しておくべきだろう。そう思い冒険者ギルドの方へと足を向ける。
冒険者ギルドに着くと中からはまだ早いというのに既に何人もの声が聞こえる。とは言っても昼間に来るよりは少ないだろう。そう思いながら私が中に入ると途端に声が途切れた。
聞こえていた感じでは十人程度を予想していたのだが中には二十人程度いた。その人達は一階のテーブルを幾つか繋げた場所に纏まっていて二つのグループに分かれているようだった。
奥にいるグループは私を見て居心地悪そうにしている。手前のグループにはガリアさんが居て何となく状況を把握する。恐らく私を守ろうとするグループと魔族は危険であると主張するグループにでも分かれて言い争っていたのだろう。
「スイか。少し待っててくれ。頭固いこいつらを黙らせてみるからよ」
こちらを見ずにガリアさんはそう言ってくる。
「あっ、その事なんですがそれはもう良いかなって」
そう告げるとガリアさんがこちらに顔を向けた。その表情は訝しげだ。
「どういうことだ?」
「冷静になって考えてみたんですけども、私はこの街を離れた方が良いという結論を出したのでガリアさんにその連絡をしに来たんです」
「離れた方が良い理由?」
「はい。大暴走ってノスターク以外の街でもきっと観測されてますよね?」
「迷いの森は他の異界に比べて頻度が高いからな。間違いなく他の街でも観測されてる筈だ」
「なら今回の規模も分かってる筈です。そしてそれがノスタークにかなりの被害を及ぼすであろう事も」
「そうだな。それがどうした?」
「どうやって鎮圧したのかの説明をどうするつもりですか?」
問うとガリアさんは難しい顔をして黙ってしまう。
「他の街はノスタークを守るために兵を送ってるかもしれません、鎮圧されたのを観測していてどうやったのかを訊きに来るかもしれません。どちらでもノスタークに人が送られてくるのは間違いないと思います。その時に私が鎮圧したと言うのは構いません。けれどそれは私が魔族であるというのを知りながら放置したと取られかねません。ノスタークにとってあまり良い影響は与えないでしょう」
「確かにな…お前が離れたらそれが無くなるのか?」
「いいえ。けれど私が居るのと居ないのとでは取れる手段が変わります。私が居ればどう誤魔化そうとも疑いの目は私に向くでしょう。なら、私が居なければ……いえ、大暴走発生時に私が居なかったと言って欲しいだけです。そうすれば私は追手を気にしなくて済む、ノスタークは見知らぬ魔族に助けられたと説明出来る。追わなかった理由は大暴走を一人で鎮圧する危険な魔族を刺激したくなかったとでも言えば良いでしょう。勿論その<危険な魔族>と私は無関係で……どうでしょうか?この街に残るのを渋る人もそれくらいの協力はしてくれますよね?」
そう告げながら奥のグループを見ると全員目線をずらした。それもそうだろう。何せあの規模の大暴走となればこの中の何人が犠牲になっていたか分からない。もしかしたら全員亡くなっていた可能性だってある。例え助けたのが魔族であっても命の恩人だ。それを無視するのは難しいだろう。
「そう……だな。お前の言う方法ならノスタークもお前も悪くはない…だろう」
ガリアさんも理屈は分かるが感情がそれを許さないのだろう。渋い表情で考え込んでいる。
「もし、それで納得しづらいなら頼みたいことがあるんですけど聞いてくれますか?」
「あぁ、何でも言ってくれ。こいつらも助けられた命の分くらいは……働くよなぁ?」
ガリアさんが物凄い剣幕で奥の人達を睨み付ける。普通に怖い。睨まれたら少し泣きそうになるかも。
「えっと旅に必要な物の準備と……今度この街に来たときには受け入れれるように根回しして欲しいです」
「……他は?」
「えっ……?特には無いですけど」
「……何処に行くかとかは決めてるのか?」
「いえ、そもそも何処に街があるか知らないです」
「お前何処に向かって何をするつもりだったんだ?」
「適当に直進してたら何処かの村とか街に着くかなって思ってました。食料が足らなくなったら魔物を狩って食おうかと」
「……悪いこと言わんからやめとけ。用意するのは地図と移動手段、食料と他の国や街の説明だな」
呆れた顔でガリアさんが私を見る。だって仕方ないと思う。私の知識は父様からの譲り物だ。千年もあったら国や街の知識の大半は役に立たない。未だに残ってると思う国は父様が治めていた魔の大陸の最大の国、今は名前が変わっているかもしれない<魔国ハーディス>、亜人族の最強種である竜族が治める<天の大陸>――国というより大陸そのものが竜族の住み処――と海の中で生きる海棲種と呼ばれる亜人族が治める<海の都ロフトス>位だと思う。人族の国や街が千年間残り続けるというのはかなり至難だろう。
「……(まあ、そういう理由もあるけど少し抜けた私を見せることで皆の私への印象が<危険な魔族>から<ただの力を持つ魔族>にランクダウンすれば良いかな)」
そんな思考をしているとは誰も思っていなかったらしく数人が明らかに気が抜けた表情をした。それを見てスイは成功したことを察する。そして、ついでに気になっていたことを言っておく。
「あの……後もう一つお願いしたいことがあって」
「あん?なんだ?」
「個人的なことなんですが……衝動中の私の事を忘れて欲しいです。少し恥ずかしかったので……」
そう言ってスイは本人も気付いていない程度に上目遣いで頬をほんのり朱に染めて口にする。スイは確かに感情が出ることは殆ど無いが全くではない。当たり前だ。別に人形姫と呼ばれていたからと言って実際に人形だったわけではない。感情が出る沸点のようなものが人より異常に高いだけで無い訳ではないのだ。
そして忘れてはいけないのがスイはかなり美しい少女である。常は無表情で人間味に欠けるために普段見ることが出来ないであろうその恥じらう姿に渋っていた全員の心境が一致した。
「……(((((魔族だろうと可愛いから良いかな)))))」
さっきまで反対していたのは何だったのかと訊きたくなるほど見事なまでの変わり身だった。
スイの無意識に取った行動で妙に協力的になった人達により旅の準備を順調に進めていたら突然ギルドのドアが開き、慌てた様子でアルフ達が入ってくる。そしてスイを見付けていきなり叫んだ。
「俺達を置いていくつもりか!?」
「一生懸命やるから連れていってよ!」
アルフとフェリノはそう叫んでスイの元へと駆けてくる。その後ろでステラとディーンは少し不安げな表情をしている。
「……えっ?何で置いていくって話になるの?」
そうスイが言うと四人は一瞬呆けて、ステラだけは少し考えて何か思い当たる事でもあったのか恥ずかしそうに少し下がった。
「私最初に命令した時に皆に言わなかった事があったよね?今から命令するよ。これからは吸血衝動が起こる前に皆から血を貰うよ。良いかな?」
「えっ?あ、あぁ……ってことは置いていかないって事……だよな?」
アルフが不安そうに口にする。
「最初から皆連れていくつもりだったからガリアさんやジールさんに鍛えてもらったんだよ?置いていくわけないよ」
そう言うとアルフ達は安堵の表情を浮かべる。スイからしたら無理矢理連れていく上に吸血のための餌のような扱いをしているのに何故その反応なのかがいまいち分からない。普通は嫌がるものではないのか。
「そっか。良かったよ。あと……ごめん!」
困惑しているとアルフが頭を下げる。その後ろでフェリノ達も頭を下げているため訳が分からない。
「何の謝罪?アルフ達何かした?」
「スイが転生者って俺達に教えたのは吸血しづらいから俺達から話を振って欲しかったんだろ?なのに気付かなかった。そのせいでスイが隠してたのに魔族であることも皆に知られた。だから……俺達に愛想尽かして居なくなるのかもって……」
「そんなこと考えてたの?愛想尽かして居なくなるなんてするわけないよ。するつもりなら最初からアルフ達を買ったりしない。これからも私が皆を振り回すつもりなんだから……分かった?」
「そっか……。分かった」
アルフ達が安心しきった顔で椅子に座った後にガリアさんが私とさっきまで話していた内容をアルフ達にも教える。
「お前達も聞け。今夜準備が整い次第お前達は帝都イルミアに向けて出発することになる。イルミアへはおよそ一月の道程となる。途中の村や町なんかの情報を知ってないと面倒だからちゃんと覚えとけよ?」
「私は一回聞いたから準備を手伝ってくるよ。アルフ達は聞いといて」
そう言い残して私はギルドを出て食料や馬車を見に行った。
――ステラ視点――
「まあ、途中の村や町の情報とか言ったが大したもんはない。お前達にとって一番居心地が悪いのは間違いなく帝都イルミアだ。ノスタークは法国セイリオスの領土だから亜人奴隷は少ない、とは言ってもイルミア帝国との境目だから居ない訳じゃないがな。その帝都イルミアでは亜人奴隷を推奨してる。お前達は見下されるだろう。いや人扱いすらさらないかもしれん。しかし、ここのやつらの意識を変えない限りスイの目的は達せれないだろう。三種族間の友好を目指すあいつからしたらイルミアという国は何処までも邪魔な敵でしかない」
ガリアさんが何を言いたいのかはすぐに分かりました。
「つまり……スイがイルミア帝国を敵として排除する動きをしないように見張れということでしょうか?」
「あぁ。あいつはリスクのある行動を避けているみたいだからそこまでいかないかもしれないが……リスクが無いと万が一にでも判断したらするかもしれん。俺はあいつがどういう行動をするかいまいち読めないからな。警戒しておくに越したことはない」
ガリアさんはそう言いましたが起こる可能性は低いと考えているようです。ですが、ディーンを除いた私達三人にはそれが現実に起こる可能性が決して低くないことを知っています。スイに買われてすぐに出会ったあの黒服の五人組……スイの何かに触れてしまい死んでしまった。悪人であることは分かりましたが、あまりに躊躇のない殺人でした。
しかし、スイと少なからず接して分かったのは彼女は譲れないところ以外は優しいということです。私達の意見を聞いたり、要望を受け入れたりとおよそ主従関係にあるとは思えません。確かに友達のようにと言われはしましたが…。
「まあ、頭の良いやつだ。言い聞かせたら大丈夫だとは思うが一応頭に入れとけ」
「分かった!スイのことは任せて!」
フェリノが勢い込んで言います。この子はスイの面倒を見るのが好きなようなので名目を手に入れたのが嬉しいのでしょう。可愛いですね。確かにスイなら言い聞かせたら大丈夫な気がします。
もしも、万が一その事態が起きそうになれば言い聞かせましょう。その時アルフと目が合ったので目だけで頷きました。アルフも同じ考えに至っていたようです。
一応途中の村や町の事を教えてもらいましたが、確かにそれほど問題は無さそうでした。道程を頭の中で整理しているとガリアさんが話し掛けてきました。
「これはスイにも言ったんだがな。剣国アルドゥスの方で<勇者>が召喚されたらしい。ヴェルデニアへの対策の<勇者>だから相当強い筈だ。敵対はするなよ。まあ、目的が一緒なんだから手を組む可能性の方が高いと思うけどな」
勇者の召喚。それは神代の時代に造られたアーティファクト<神門>で異世界に呼び掛けて人間に来てもらうのです。<神門>を通る際に呼び掛けに使った魔力が全て勇者へと注がれるようで使った魔力が大きければ大きいほど勇者は強くなる。ヴェルデニアがどれだけの強さかは分かりませんが、人族側の最前線であるアルドゥスではある程度予測が付いているのでしょうね。かなりの魔力を込めたのは間違いないでしょう。
「<勇者>……どんな方なのでしょうか?」
「悪いがそこまでは分からなかった。悪人でないことを祈るだけだな」
「そっか。まあ、<勇者>とはまだ会わないだろうから気にしても仕方ないだろ。今はイルミアだ」
アルフの言う通りですね。今は勇者の事を気にしても仕方がない。イルミアで私達がどう過ごすべきかを考えている方が良いかもしれません。とは言ってもいつも通り過ごすだけで大丈夫でしょう。それより私達を見下した人に対してスイが怒らないように見張っている方が辛そうです。逆にスイが私達のせいで見下されたら……自制できるでしょうか?少し心配ですね。頑張りましょう。
「イルミアにはローレアが居てる。何かあれば助けを求めろ」
「ローレアさんがイルミアに?あの人は何をなさっている方なのですか?」
「あ?知らなかったのか?イルミア帝国の大臣をしているよ。他国との通商関係やら何やらを色々と担当してる。やってることが多すぎて何大臣かは知らん」
「凄い人だったんだな……」
「あぁ、凄い人だよ。とりあえず手紙は書いとく。それを見せたら少しは便宜を図ってくれるだろう。スイの事を気に入ってるようだしな」
ローレアさんが凄い人ということは分かったのですが……あの人は二ヶ月近く帝都に帰っていなかったということになるのではないでしょうか?大臣なのに良いのでしょうか。今は帝都の方に戻っているようですが。
「あぁ、あと一応言っとくか。イルミア帝国と法国セイリオスは表面上は友好的だが実際はその真逆だ。だからノスタークから来たとかは言わない方が良い。腹の内で変なことを考えられたくはないだろう?」
「分かった。スイにも伝えとくよ」
「そうしとけ。まあ、伝えとくのはこれぐらいか。あとはスイの所で手伝ってこい。今夜中に出られなくなる」
「はい……ガリアさんありがとうございました」
私がそう言うとアルフ達も頭を下げました。ガリアさんはばつが悪そうに手を振りました。
「……スイに伝えとけ。悪かったと……あとここのことは任せろと」
「分かりました」
私は一言それだけを伝えてギルドから出ていきました。スイの元へと向かうために。
一方その頃スイは
「どうしてお肉が梅みたいな味なの……?野菜も石みたいに堅い……?魚が苦い、甘い……?不思議食材過ぎるよ……。王味亭でレシピ教えてもらおうかなぁ……」
割と本気で頭を抱えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます