第17話 道中
既に日は落ち辺りは暗闇、本来なら閉じられている筈の門は人目を忍ぶように薄く開いていてそこから二台の馬車が出てくる。一つは整った顔をした若い男が御者を務めていてもう一つには明らかに年若く御者をするような年齢には見えない少女が御者をしていた。馬車二台を見送る者は居らず、門の警備をしている兵士は見えている筈だが声をかける者は居ない。誰もが見なかった振りをしているのだ。そのまま馬車二台は街を走り去り、静かに門が閉められた。
街から暫く進ませた先で二台の馬車が止まっていた。これ以上進ませると村が見えてくるので面倒なことになりかねないからだ。二台の馬車の内一台はスイ達が乗っていてもう一台はガリアより付けられた護衛だった。
「まさか≪竜牙≫のメンバーが護衛に付くとは思ってませんでした。てっきり私達だけで行くのかなって」
火の番をしているスイの言葉を受けて同じく火の番をしている≪竜牙≫のメンバー、カレッドが苦笑いをする。
「そんなわけないだろう?子供達だけで国境越えなんてさせられるわけがない」
「……ん、それもそっか」
「確かにスイちゃんが強いから護衛の必要はないんだろうが……まあ、見た目的にな」
考えてみたら当然だろう。子供達だけで街から街への移動なんて普通はしない。それにそんなことさせたと万が一分かればノスタークの評価は一気に落ちることだろう。例えポーズであっても大人の冒険者を連れていくのが当たり前だ。その辺りを深く考えていなかったスイはガリアへの感謝を心の中でする。
「あぁ、そういえば紹介していなかったな。ほら、俺達のパーティにはまだ二人いるって言ってただろ?残りの二人だ。寝ているところを無理矢理運んできたから今寝てるんだけどさ……というか何で起きないのか……しかも寝てるのは俺以外全員だけど」
そう言って馬車で寝ている紹介された二人は見覚えがあった。というか名前も知ってる。
「あっ、ウォルさんにレフェアさん」
「ん?知ってたのか?」
「はい。ノスタークに入る前に馬車に乗せて連れてきてもらったんです。そこにオルドさんという方とグイードさんという方も乗っていたんですが別のグループだったんですね」
「あぁ、オルドは運び屋ってやつだよ。スターホースっていう珍しい馬を飼っていてね。目的地まで早く着いてくれるからたまに利用させてもらっているんだ。冒険者じゃないから≪竜牙≫のメンバーではないが、ほぼ≪竜牙≫のメンバーだな。今は帝都の方に連絡で行ってくれてる筈だよ。グイードという人は知らないなぁ。多分、同席しただけの人だろう」
「そうなんですね……それにしても良く私の護衛なんて引き受けましたね。自分で言うのも何ですが色々と厄介でしょう?私としては有り難いのですけども」
「ん~、スイちゃんとギルドで話していた感じでは特に危なくなさそうだし、それに帝都に行く用事もあったからね。どうせ行くなら可愛い子達と一緒に行きたいじゃないか」
「確かにフェリノやステラは可愛いですけど……そういう目で見たら怒りますよ?」
「そんなことするわけないだろう?」
「まさか……ディーンですか?」
「違うよ!?」
「……大穴でアルフ?」
「だから違うって!?」
「まあ、冗談です」
「スイちゃんは無表情で喋るから冗談か分からないんだよ……」
そんなくだらないことを話していると馬車から交代のためにアルフが出てくる。
「スイ、交代するから馬車で寝てろよ」
「……ん、アルフ任せるね……カレッドさん変わらずに接してくれてありがとう」
「あ、あぁ」
「じゃあ、おやすみなさい」
スイが一言告げて馬車へと戻った後、暫くしてアルフにカレッドが訊く。
「なぁ、君は奴隷なんだよな?」
「そうだけどそれがどうかした?」
「いや、少し訊きたくてさ。君は奴隷だから主人であるスイちゃんに付いていくのか?」
「違う。俺は…スイに助けてもらった。力まで与えてくれたし信用もしてくれてるみたいだからさ。その信用に応えてやりたいんだ。スイのために力を振るいたいんだよ。だから付いていくんだ」
「そうか……」
「それにスイはたまに抜けてるんだ。それがちょっと心配でもあるからさ。近くで支えてやれたらなって」
アルフはそう言って少し笑う。奴隷であるアルフ達と仲良く接している様子のスイにカレッドは魔族にも色々居るのだなと今までの偏見を棄て、少し考えを変えた。
夜が明けスイ達は少しでも早く移動しようと馬車に乗り急がせる。大暴走発生時に居なかったことにするには出来る限り遠い方が良いからだ。朝食は王味亭で作ってもらったサンドイッチを指輪から取り出して移動中に食べると昼過ぎまでノンストップで走らせる。この世界の馬は地球の馬と違い、かなりの速度かつ長時間走れるようでノスタークから村を一つ隔てた所に存在する国境線へ到着した。
「……そういえば国境線って何処にあったの?」
カレッドから国境線を越えたと言われたのだが、それらしきものは見当たらない。ちなみに国境線を通ると魔導具でギルドの方に伝えられるようで、その時間に通過したことを記録される。アリバイが欲しい今は可能な限り早く到着する必要があったということだ。通過したことで馬車を急がせる理由は無くなった。馬の疲労もあるだろうしこれからはゆっくり走らせれば良いだろう。だが、通過したという国境線が見当たらないため少々不安になる。
「あの石碑だよ。あれが国境線だ」
カレッドがそう言いながら腕を伸ばした先にあったのは地面に刺さるかのように佇む二メートルはありそうな長方形の石碑だ。周りは平原で大きな石が殆ど無い中な為、人工物だと一目で分かる。国境線と言われても実際は検問等があるわけではなく魔導具で仕切られた一種の結界のようなものなのだろう。
「検問とかがあるわけじゃないんだね」
「犯罪歴があるような者が通れば即座に分かるらしいからね。必要ないんだろう」
「犯罪歴がどうして分かるの?」
「えっ?え~っと、それは分からないかなぁ。アーティファクトだからとしか答えようがないよ」
「アーティファクト?あの石碑は魔導具じゃ?」
「アーティファクトと同期してるんだってさ。あの石碑はアーティファクトの効果範囲を拡げてるだけらしい」
「なるほど。あれは範囲指定の魔導具なのか。それでも壁の一つもないのはどうなんだろう……」
「壁を作るって大陸を横断するほどのものは作れないだろう?半端に検問所を作っても通らなければ意味がないわけだし。それに余程の壁でない限り小さな魔物の体当たりでも壊されてしまうよ」
「それもそっか」
「……なぁ、スイ」
馬車の速度を合わせカレッドさんと雑談していたらアルフが呼んできたので振り返る。
「どうしたの?」
「俺達は一応奴隷だよな?」
「そうだね。奴隷として扱うことはあまり無いと思うけど」
「それは嬉しいけどさ。仮にも主人であるスイが何で馬車の御者をやってるんだ?出てきた時は急いでたし代わること出来なかったから今まで言わなかったけど普通こういうのって俺達がやるんじゃないのか?」
「私がやりたいだけだから気にしなくて良いよ?」
そう答えるとアルフは変なものを見るかのようにスイのことを見る。何故そんな目をされなければならないのか。
「まあ、スイだしな……馬とか馬車を扱ったこととかあるのか?」
「無いよ?昨日初めて乗ったけど結構簡単だね」
「……それはスイだけの感想だと思うぜ?」
「そんなに難しくないよ?」
私がそう言うとアルフはやっぱり変なものを見るかのように見てくる。そんなに変なのだろうか。少し自信がなくなってくる。
「スイちゃんそろそろ街に到着するよ。御者をやりたいのは分かるけどそろそろ交代した方がいいと思うよ」
私が自信を少し無くしかけていたらカレッドさんが話し掛けてくる。
「交代した方が良いってどうしてですか?」
「スイちゃんの見た目は貴族のお嬢様って感じだからね。それが御者なんてしてたら面倒なことになりそうだからさ」
見た目は特に気にしたことはなかったがカレッドがわざわざ言うということは貴族のように見えるのだろう。やりたかったからとはいえそれが問題に繋がるのならばやめることに特に反対はない。
「そうですか。ならアルフかステラに御者をお願いして良いかな?」
「じゃあ私がやるわ。剣を使うアルフが御者をやってたらいざって時に動きづらいだろうし私なら魔法も使えるからね」
「ん、じゃあお願い」
御者を代わるため少し馬車を停める。ステラが御者台に移動して再び馬車を進め始める。
「スイちゃんが貴族のお嬢様に見えたら他の冒険者達も絡んでは来ないだろう。無駄に面倒事を増やす理由は無いからね」
「冒険者が絡んで来るの?衛兵とかの目とかを気にしてるのかと」
「それもありはするけど冒険者って結構女に飢えた連中が多いんだよ。スイちゃんが御者をしてるのを見られたら"奮発した服を着て街に出てきた可愛い村娘"に見えるし間違いなく絡んでくる。貴族のお嬢様っぽく見えたら冒険者も流石に絡まなくなるからね」
「ふぅん……私よりステラやフェリノの方が可愛いと思うけどそっちは?」
「う~ん、スイちゃんの従者っぽく振る舞ってみたらどうかな?間接的にでも貴族と関わりがあるように見えたらある程度は避けられるんじゃないかな?あとそろそろ街が見えて……あぁ、ほら、見えてきた。あそこが農業の街ホレスだよ」
そう言われて見た先にあった街は遠目から見ても不思議な見た目をしていた。まず街を囲う壁が色も種類も多種多様な植物によって作られているのだ。更にその壁はそのまま上空まで伸びて街の中心部付近で絡み合いドーム状になっているという地球では決して見られないであろう光景を作り上げている。
「……農業って何だっけ?」
スイの中での農業のイメージと今見ている光景は明らかに違う。植物だけで壁が作られている光景はまあギリギリ出来るかもしれない。植物だけで小さな通路のようにしているのを地球の何かの番組で紹介されていたのを見たことがあるし壁っぽくすることは出来るかもしれない。
だが、50メートルはあるであろう高さの植物が垂直に大空に向けて伸びて行き、途中でいきなり方向転換してドーム状に絡み合う光景は無い。あまりに巨大すぎるし管理が出来るとも思えない。
「いつ見ても訳分からん街だなぁこいつは」
デイドがそう言う。ということはこんな光景はここでしか見られないということだろう。それもそうだ。この光景は間違いなく何かのアーティファクトかそれに近い魔導具によるものだ。そんなかなりの力を持っているアーティファクトか魔導具が大量にあるなら魔族からの侵攻を難なく撃退できるはずだ。少なくともヴェルデニアにいいようにされはしない。
「とりあえずこの街を通り過ぎるとしたら早くて三日、遅くて五日位の滞在かな?」
少し考えていたらそんなことをカレッドは言う。
「どうしてそんなに長く滞在するの?」
気になったので訊いてみると意図的に自分を避けてずっと喋らなかったウォルが返事をする。
「冒険者には暗黙の了解ってやつで立ち寄った街や村では何でも良いから依頼を受けるというのがあるんだよ。旨味の良い依頼を出せない村とかが困らないようにするためのルールだ」
そう教えてくれた後は再び顔を逸らしてしまう。
「……私ウォルさんに嫌われてるんですか?」
気になったので訊いてみる。カレッドさんは苦笑いしている。顔を逸らしながらもウォルが答える。
「別にお前が嫌いなんじゃない……だが、そのどう扱えば良いのか分からないんだ」
「魔族が嫌いですか?」
「殺してやりたいほど憎んでるよ。あいつは俺の大事な人達をわざわざいたぶって殺した。だから……」
「……その魔族の名前か特徴教えてくれませんか?」
「そんなの訊いてどうする?あいつは俺が見付けて必ず…」
そんなの決まってる。その魔族は要らない。私の邪魔にしかなりそうにないし消し去ってあげよう。
「いえ、止めはあげます。その魔族を見付けたら半殺しにしてウォルさんにあげます。だから教えてくれませんか?お願いします。その魔族は残しておきたくないんです」
「……魔族はお前の同類じゃないのか?」
そう訊いてきたウォルさんに思わず苛つく。そんな魔族と私が同類?心外にも程がある。少し殺気でも漏れてしまったのかウォルさんが身体を硬くする。漏れた殺気をおさめてウォルさんにちゃんと教えておく。
「魔族だからといって私の同類じゃないですよ?そんなやつと私を一緒にしないで欲しいです。お願いしますね?冗談でもちょっとは苛つきますから」
それにしてもウォルさんは正直そこまで強くない。私のほんの少しの殺気程度であそこまで身体を硬くするようなら弱い魔族にすら勝てないと思う。復讐心だけは立派だけど。
そんなことを考えていたら馬車が街にかなり近付いていた。門の前には幾つか馬車が停まっている。荷台には大量の木箱が載っているため商人の馬車なのだろう。
「あの木箱の中から美味しそうな匂いがするぜ。中身は干し肉だな。香辛料かなんかで味付けされたやつもあるみたいだ」
空気を読まずにアルフがそんなことを言う。いや読んだ上で空気を変えようとしたのかもしれない。あと気になるのが匂いとか殆ど漏れていないのに何で分かるのかと。そもそも干し肉の匂いってどんなのだろうか?
「街に着いたらご飯にしようか。結構急いで来たからちゃんと食べられなかったしお腹がいっぱいになるまで美味しいもの食べよう」
そう私が言うとフェリノやディーンもお腹が減っていたのか目を輝かせる。ステラは御者をしているため良く分からないが皆と同じだろう。さて、王味亭のように美味しい料理を出してくれるところを探してみようか。少しだけ楽しみにしていよう。
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