第18話 農業の街ホレス
街の中は色々な建物に緑は勿論、赤や黄色、紫や青等の多種多様な植物が絡まっている。大体は花を付けていて色彩豊かな花の街といった風情だ。だが、これなら"農業の街"ではなく"花の街"にした方が親しみやすくなると思うのだが農業である理由はちゃんとあるらしい。
昔の勇者が"コメ"と呼ばれる物を栽培したのが始まりらしい。恐らくその勇者は私と同じ日本人なのだろう。コメは米に違いない。あと栽培するのは米じゃなくて稲の筈だがそこは伝わらなかったか勇者が教えなかったのだろう。とにかくそのお陰で今私が久し振りのご飯を楽しめているからその勇者には感謝しよう。
と、ここまでを西風の王味亭~ホレス支店~の店長さんに教えて貰った。王味亭は個人店かと思っていたが、意外にも色々な街に支店を出しているチェーン店だったようだ。嬉しい。但し料理は本店であるノスタークのものより少し劣る感じがした。それでも充分美味しいのだが。ちなみに出された米は米に似て非なるものだったが味にそこまでの違いがある様には感じなかったしそこまでは気にしないでおこう。
「じゃあアルフ君達は何か出来る依頼を探しておいで」
王味亭から出た後にギルドへと向かう。ギルドは他の建物と同様に植物だらけだ。中に入ってからカレッドさんがアルフ達、正確にはアルフとステラの二人に対して言う。
「竜牙の皆さんは?」
私がそう問い掛けるとウォルさんが呆れた顔をする。
「あのなぁ?俺達は既に依頼を受けてるんだぞ?お前の護衛っていう必要か分からん依頼をな。護衛依頼で対象者から離れるやつが何処に居るってんだ?」
「それもそうでしたね。まあ、街の中で護衛が必要になることって滅多に無さそうですが。ちなみに護衛依頼を出したのは私という事になっているのですか?それともガリアさんですか?」
「スイちゃんが表向き依頼を出したことになってるよ。依頼料は先払い、期間は帝都イルミアに着くまで、その間の食事や馬の餌代はスイちゃん持ちってことになってる。実際はギルマスから既に色々貰ってるから気にしなくて良いよ」
「そうですか。着いたらガリアさんにお礼でも贈らないとですね。勿論竜牙の皆さんにも」
「そんなこと気にしなくて良いんだよ?スイちゃん」
「いえ、私が贈りたいだけですので」
「良いじゃねぇか、貰っとけよ」
「リーダー」
若干咎めるようにカレッドさんがデイドさんに呼び掛けるがデイドさんの続いての言葉に納得した。
「んで、貰った物の礼にスイが困ったときに手助けって形で返せばいい。それなら良いだろ?」
「う~ん。まあ、スイちゃんがそれで良いなら」
「私は元から渡すつもりでしたのでそれで良いです」
そんな会話をしていたらアルフ達が行った方から言い争う声が聞こえてきた。拓が言っていた「初めて行った冒険者ギルドでは絡まれる」というテンプレは私ではなくアルフ達の方に起きたようだ。私はほんの少しだけどういうものかなと期待しながら向かってしまうのだった。気になってしまうのだから仕方無いよね?
──フェリノ視点──
私達はホレスについてから王味亭で食事したあとすぐにギルドへと向かった。向かっている最中に見た街並みはノスタークのような詰め込めるだけ詰めたみたいな雑多な感じではなく、家や店に規格でもあるのかみんな似通った建物できちんと整備されていて歩きやすかったが少し違和感を感じた。私は意外にノスタークを結構気に入っていたようだ。前を歩くスイはカレッドさんと良く喋っている。もしかしてだけどスイはあんな感じの男性が好きなんだろうか?
「じゃあアルフ君達は何か出来る依頼を探しておいで」
振り返ったカレッドさんが私達にそう言う。まあ私やディーンはまだ冒険者ではないので実際は兄さんとステラの二人に言ったのだろうけど。
「了解。じゃ掲示板見に行くかぁ、簡単なやつがいいな。さっさと帝都に着きたいし」
兄さんが言った掲示板は冒険者達への依頼が張り出されたボードのことだ。ランク別に分けられていて兄さんとステラはDランクだからそんなに難しい依頼は受けられない。私達はDランクの掲示板へと向かう。
「どれも時間かかる依頼ばっかだなぁ。どうする?」
中にあったのは大体が街の中の雑用依頼ばかりで複数日拘束ばかりのものだった。まあ、ランクの低い依頼なんて大体こんなものだ。街の外に出る依頼の方が少ない。
「すぐに終わりそうなものでも軽く見ても二日はかかるわね……スイに訊いてみましょう。長く居ても良いと言うならこの依頼を受けてみたいし」
そう言ってステラが指を指したのはニードルレインの討伐だった。ニードルレインは単体だとEランクで群れの規模でD~Cランクになる鳥型の魔物だ。ニードルレインの攻撃方法は急降下からの嘴のみだ。この鳥の魔物は名前の通り針のように細くて急降下中のニードルレインは見付けづらい。けど一度急降下したら方向転換できなくてそのまま地面に突き刺さるっていう間抜けな魔物でもある。簡単に狩れるから人気があるかと思いきや実はそんなことはない。ニードルレインから取れる素材は肉くらいしかないのにそれすらも細いために微々たる量しか取れなく逆に不人気な魔物だ。そのくせニードルレインは繁殖力が高くて、群れの規模によってはそれこそ雨の様に隙間無く降ってくるため見付け次第倒さないと街は無理でも村一つ位なら普通に壊滅させてくる面倒な魔物なのだ。
それなのにその依頼が残っているということは貼り出された直後か誰もやりたがらなかったか挑めば誰か死ぬ程の規模になってしまっているかのどれかだ。貼り出された直後なのを祈りたいけどその依頼書はどう見ても貼り出された直後ではない。その間ずっと放置されていたのだとしたらかなりの規模になっているだろう。DランクどころかCランク、いや、下手をしたら特殊個体すら発生してBランクになっている可能性すらある。
危険な依頼だがそれをステラが選んだ理由は良く分かる。一度だけスイがノスタークの王味亭の厨房を借りて料理をしてくれたことがある。その際にスイが使った食材がニードルレインの肉なのだ。あの「からあげ」という料理は美味しかった。もう一度食べたいな。スイが作ったのはまだ幾つかありはしたがどれも堪らなく美味しかった。皆お腹一杯になるまで食べたものだ。
残念なことにノスタークにはニードルレインの依頼は殆ど出てこなかったためその一回限りだったが忘れられない。ここにある依頼のニードルレインはかなりの群れだろう。つまりその分多く「からあげ」が食べられる!そう思ったら凄くやる気が出た。
「"からあげ"だったよな……あれは美味しかった」
「僕はそれと一緒に出てきた"てりやき"の方が好きかなぁ」
兄さんとディーンが思い出しているのか少し顔が緩んでる。多分私も二人とあんまり変わらない表情してるんじゃないかな?ステラは表情は普通だけど言い出しっぺだから間違いなく思い出してるでしょうね。
私達四人が顔を見合わせてスイに訊きに行こうとして振り返ったその時に横から私達に向かって誰かが話し掛けてきた。
「おいおい、お前らまさかこれを受けるつもりか?やめとけやめとけ。お前らみたいなちっこいのが行ったところで死ぬだけだからよ。ってうん?お前ら奴隷なのか。主人に命令でもされたか?そんな命令を出す馬鹿にはこの俺が言ってやる!任せろ!」
私達の話を聞く前に自己完結してしまった人はかなり大柄で筋肉質な身体をしていた。私が見たことのある人の中で一番筋肉質だったのはガリアさんだったけれどこの人はガリアさんより凄い。身長は二メートルを越していて横幅もかなりある。そして、胸のところには冒険者ランクでAを示すバッジが付いていた。
親切心から言ったのだろうけどそんなことは関係ないのか兄さんが怒った。というか私達も怒った。命の恩人のスイのことを何も知らないのに馬鹿呼ばわりだなんて!!ちょっと変なところいっぱいあるけど良い子だし馬鹿じゃないもん!!その人に何を言ったのかまでは興奮してて覚えてないけど皆凄い剣幕でその人に怒ってたのは覚えてる。
そして、気付いたら私達の目の前にスイがいてその人も何故か私達も投げられて伏せみたいな格好にされたのは分かった。そっと投げられたのかあんまり痛くはなかったけどそれでも驚いた。スイが私達を投げたのにも驚いたんだけどそれ以上に投げられたことに気付かなかったのがびっくりした。ガリアさんやジールさんに鍛えられて多少は強くなってる自信があったから余計にスイの強さが分からなくなった。
……というか何で投げられたの?
そう思ってたらスイがこっちを見て一言
「皆……後で少しお話ししようか?」
何か余計なことを言ったことだけは良く分かった。
──スイ視点──
気になって向かった先では大柄な男の人が立っていてアルフ達の方が怒ってるみたいだった。絡まれた訳じゃないのかな?アルフが怒っているのは何となく想像出来るけどちょっと大人な態度を取ることが多いステラまで怒ってるとは思ってなかった。フェリノやディーンは言うまでもない。可愛い顔をこれでもかと怒ってますって顔にしてた。何あれ可愛い。後で二人をもふろう。
怒ってるみたいだからどんなことで怒ってるのかなって思って野次馬が出来ていたので聞いてみることにした。どうやらあの人がアルフ達の主人である私の事を馬鹿呼ばわりしてそれで怒ったらしい。嬉しいけどそこまで怒ることかな?内容を聞いた限りでは口は少しばかり悪いけれど親切心から言ってるみたい。あの人に謝った方がいいかな?
そんなことを考えているとアルフ達の
「スイの事を馬鹿呼ばわりすんな!あいつ確かに何かどこか抜けてるし頭良いのにアホなことするしやることなすことどれも変だけど良いやつなんだ!」
「そうだよ!見た目はお嬢様っぽいのに全然気品なんてないもん!それに昼夜問わずに私のことを撫でに来るけどどうしても微妙に手が奥まで届かなくて少し頭を下げてあげると満足するような可愛い子だもん!」
「それに金銭感覚も完全に崩壊してしまっているわね。あとは自分に対しては無頓着だけど他人に対しては凄く優しい子よ」
「スイ姉さん最初会った時なんて下着を……」
それ以上はいけない。私は慌てて真っ先にディーンを掴んで放り投げる。あとアルフ達も。あの人は不機嫌そうに顔を歪めているからアルフ達から私に標的を変えるために投げておこうかな。アルフとディーンは少し強めに投げてあげましょう。
「皆……後で少しお話ししようか?」
私がそう言うとアルフ達は皆顔を青くした。
「いってぇ!てめぇ何しやがる!」
男の人が起き上がってきて私に怒鳴る。標的が上手く私に変わったみたいで良かった。その男の人はアルフ達の方を見て顔色が悪くなっていることに気付き、私の方を見る。アルフ達の主人又は上の立場に私が居ることが分かったのだろう。こちらを睨み付けてくる。
「えっと……喧嘩両成敗かな?」
内容は何となく知っていてアルフ達の方が先に怒鳴ったのは分かっているけど投げ飛ばした理由が思い付かなかったので適当に濁すことにする。
「喧嘩じゃねぇ!そいつらがいきなり突っ掛かってきたんだ!」
「そうですか。すみません。……皆謝りなさい」
「だってそいつがスイのこと」
「謝りなさい」
「……分かった。いきなり怒鳴ってすみません」
まだ不服そうではあるがアルフが頭を下げる。それを見て三人も頭を下げて謝罪する。
「……はぁ、いやこっちも悪かった。主人のことそんなに好きだとは思ってなかったからな。あぁ~、貴女様が主人か……ですか?」
「はい。後私は貴族ではないので無理に敬語は使わなくて大丈夫です」
「四人も奴隷を持っているのに?」
「はい。親の遺したお金があってそれでこの子達を買っただけです」
そう告げると小さく「遺産で奴隷なんざ買うなよ」と吐き捨てるように言う。どうやら奴隷のことをあまり許容しない人物のようだ。スイ的には好ましい人物ではあるが今回はそれが良い方には向かわなさそうだ。
なので少しばかり適当に言っておくことにする。
「この子達は私の幼馴染みでして全員親が居ないんです。私も元々は孤児院で育ちまして今の親に引き取られたんです。その後両親が亡くなった時にこの子達を引き取った人がどうも奴隷商人だったみたいで…。しかもどうやってか正式な奴隷として登録されてしまっていたので仕方なく私が主人として買うことになったんです。奴隷契約を解かないのは万が一皆が再び奴隷にされるようなことがあっても大丈夫なようにしてるんです。それで帝都の方には両親の知り合いがいるそうですのでそこで保護してもらおうかと思い移動しているのです」
嘘ばかりの説明がころころと出てくるスイにアルフ達が呆れたような目をしているが残念なことに男は気付いていない。それどころかスイの言葉を完全に信じてしまっているようだ。少し涙を浮かべている。ムキムキの男性の涙目とか誰得なのだろうか。
ちなみに後ろの方で事態がどう動くか見ていたカレッド達もまた呆れた目をしていた。ウォルとレフェアは最初に会ったときに適当な理由を告げたのを思い出しているのか遠い目をしていた。
「そうか……そんなことがあったのか。よし!俺が帝都まで付いていってやる!安心しろ!そこらの冒険者を雇うよりも安全で危険のない旅を保証してやる!」
「竜牙というパーティーを雇っていて既に払えるお金があまり無いんです。言ってくださることは非常に嬉しいんですが雇う事が出来ないんです。すみません」
間髪入れずスイは断ったのだが男は諦めない。いや諦めてほしいのだが。
「大丈夫だ!金だけならそれなりにあるからな!無料で良いぞ!どうせ王からも呼ばれてるしな!同行者が居ようが別に構わん!」
「……(断る方が不自然かな……面倒だなぁ)本当に良いのですか?」
「ああ!気にするな!」
「それならお願いしたいです」
「おうよ!そうだ!まだ名前を言ってなかったな。俺の名前はジェイル。
「ああ、私の名前はスイといいます。この子達はアルフ、フェリノ、ステラ、ディーンです。よろしくお願いしますジェイルさん」
反応が薄かったのが不満だったのか少し顔をしかめたがすぐに戻す。恐らくかなりの名声を得ている人物なのだろうが生憎とスイは知らない。実のところジェイルが王に呼ばれているのはSランク昇格のためなのでかなりの実力者ではあるのだが、スイからしたら「技量はあるが全体的に力が足りない人族」の範疇を抜け出さない。ちなみにガリアやジールは「技量と力が強く人族から少し抜け出しかけてる超人」となる。
言うまでもないがスイはガリアやジール程度であればあしらえるほどには強い。魔神王を相手にできる程度に強くなるのが基準という元の基準が違いすぎるためある意味仕方無いのだが12歳程度に見える少女が大柄な男性を投げ飛ばしたり明らかに強い魔法が撃ち込まれても片手で受け止めたりそれより強い魔法で消し飛ばすのは見ていていっそシュールですらある。
ちなみにガリアに模擬戦をしないかと頼まれたときの事である。その模擬戦後のガリアさんのアルフとの鍛練はやたらと気合いが入っていていつもよりアルフは怪我をしていた。
「スイ……良いのか?」
アルフが声を潜めながら訊いてくる。
「断る方が不自然だからね。まあ大丈夫だとは思うけど不都合が出たら無理矢理血の誓約でもするから大丈夫だよ」
「使えるのか?」
本来なら血の誓約には魔法陣が描かれた紙が必要だからかアルフが訊いてくる。
「ん、父様の部下であるグルムスって人が創ったのが切っ掛けの魔法らしいからね。勿論使えるよ」
「……マジか」
「うん。父様達が創った魔法はまだ幾つかあるからそういうのもいずれ使う機会があるかもね。無い方が良い魔法もあるけど」
「無い方が良い魔法って気になるけど知りたくはないから詳細は聞かない」
「それが良いよ。そうだ、あとアルフ達のこと私が鍛えてあげるよ」
「…?それは嬉しいけどどうしていきなり鍛えるって話になるんだ?」
その言葉に対しスイはにっこりと笑ってあげる。実際は笑ってはいなかったようなのだが雰囲気は伝わったようでアルフ達は皆顔色を悪くしていた。
先程の口撃はスイに怒られる程度にはまずかったようだ。アルフ達は自分達に行われるであろう鍛練という名の憂さ晴らしに遠い目をすることで応えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます