第82話 深き道・中間地点
何なのだろうかこの少年は?影の衣の効果によって性別どころか声すら印象に残りづらいが口調と態度、身体の動かし方等で少年、それもかなり若いと見たがそれならそれでこの深き道に居るのも不自然な話だ。そもそも影の衣の効果も知っていないというのも変な話だ。
アーティファクト、影の衣は確かにそれほど目立った功績はないが決して皆無というわけでもない。ウラノリアの部下であるグレウフェイトが使っていたというのは周知の事実だしその姿形は広く知られている。何より羽織ればすぐにその効果は分かるのだ。それを知らないというのは意味が分からない。
「どうしたの?」
フードを被った少年が私に向かって声を掛ける。
「ん、何でもない」
そもそもこの少年は何故私に話し掛けてきたのかそれが一番分からない。魔族と知らずに話し掛けてきたならまだしも知っていて話し掛けてきたのだ。理由がいまいち分からない以上そこまで信用できない。私は静かに腰に差してあるグライスに念話で話し掛ける。
「……(どう思う?)」
<……私は警戒する必要はないと思う。主様はどう思うの?>
「……(目的が分からない。完全に信用はしない方が良さそうって感じかな)」
<……主様がそう思うならそうすれば良いんじゃないかな?>
「……(グライスの意見は参考になりづらい)」
<……そう言われても困る。私の意見は警戒不要だと思っているけれど主様が信用できないならしなくて良いとも思う。敢えて言わせてもらうなら誓約までしたのだしその辺りは信用してあげたらとしか>
「……(そう、だね。分かった)」
<……参考にはなった?>
「……(それなり)」
<……なら良かった>
グライスとの念話を終えると改めて少年を見る。少年は念話で話していたことには気付いていないのか前を見つめている。というか実際には数秒も経っていない念話であったので気付かれていたら驚くのだが。
「……あぁ~、どうしよ」
「……ん?何が?」
「え?前」
困った声で少年が呟いたので問い返すと前を指差されたのでそちらを見る。
「……」
見た瞬間逆に無数の目で見返される感覚はかなり震えるものがある。スイ達の目の前には暗闇からこちらを伺う無数の赤い目が出現していた。その全ては飢えに苦しむ飢餓感漂う目であり見返された時に餌として認識されていることを否応無く自覚させられた。
「……倒すしか」
「ないかなぁ?」
お互いに顔を見合わせスイはグライスを少年は腰に差していた蒼い透明に近い直剣を抜く。
「……そう言えばこれもアーティファクト?」
「何で知らないの。それは凍海剣イグナール。キーワードは凍てつかせよと砕かれよだから!グライス、断て!」
スイは少年が持つアーティファクトを雑に説明するとグライスを横薙ぎに振るう。進路上に居た蛭のような魔物、バブルリーチは裂かれその中身をぶちまけながら地面に紫色の染みを作っていく。その染みは突如として泡を吹き出す。その泡は地面が溶かされたことで発生しているものだ。それに気付いたスイは咄嗟に離れた。
「体液が強力な酸みたい。気を付けて」
「了解!イグナール、凍てつかせよ!」
少年はイグナールをスイと同じように横薙ぎに振るうと一瞬にして空気が凍り氷結の世界を作り出す。吐く息すら凍るような極寒の世界だ。それが局所的とはいえ発生したので急な体温の変化にバブルリーチの動きが鈍る。
「グライス、別たれよ」
スイは今度は先程とは違う文言を唱えてグライスを振るう。すると起きた現象こそ同じでバブルリーチは裂かれたがその身体から体液が出てこない。スイは血管を一切傷付けずに細胞単位で筋肉や臓器を裂いたのだ。ほんの少し出る筈の体液もグライスが消し飛ばしているので万が一もない。
「イグナール、砕かれよ!」
少年がイグナールを極寒の世界に突き立てると内部で凍り付いていたバブルリーチは粉々に砕け跡形も残すこと無く消えていく。
「うわっ、破壊力高い」
振るった張本人は思わぬ結果に若干引いていたが。
「
残ったバブルリーチ達はスイの極悪なまでの過剰な魔力によって現出した炎によって焼かれその姿を残すこと無く消えていく。
「……ん、後の処理任せた」
スイは初撃で内臓をぶちまけさせたことを後悔していた。蚯蚓等が苦手なスイにとってバブルリーチは身体を震えさせるのには十分すぎた。それでも倒すために動いたのは凶獣の時と違い自らが動かねば死ぬからだ。それがなければスイは震えて動けなくなっていたことだろう。その辺りの事を知っているわけではないだろうが気分悪そうにしているスイを見て大体察したのか何も言わず少年は死体を処理していく。
「終わったよ。ちょっと移動したらご飯でも食べようか」
少年が休憩も兼ねてそう言ったのに対しスイは頷いた。少し離れた所にあった岩陰にスイ達はテントを作っていく。勿論魔導具等ではなく即席で作った岩のテントだ。スイはテントを持っていないし少年もまたそのような魔導具があることを知らないのでこうしたのだ。
火を使えば煙が籠るのでしっかり空気穴は作ったので換気の心配も要らない。強いて言うならばそれほど大きく作られていないので向かい合わせになることだけが心配だろうか。
「それは?」
スイの目の前で少年が出したのはかなり大きめのブロック上の肉だ。スイの肉のイメージはロアータイラントの梅味のイメージなので少年が取り出した肉もまた梅のような味がするのだろうか。
「?肉だよ」
「それは見たら分かる。何味?」
「え?に、肉味?」
「……肉味?」
「そう……かな?」
お互いに微妙に噛み合っていない会話をしながら食事を自分達で用意する。スイは料理がまともに出来ないと思っているので今までに露天などで買っていた料理で少年はごく普通に肉を焼き始めた。その肉は入り口でも食べた猪の魔物の肉だ。
「料理……出来るんだ」
「出来ないの?」
「出来る。出来るけど食材がまともじゃないのが多くて出来ない」
「どういうこと?」
「お肉が梅味だったり野菜が堅かったり魚が苦かったり甘かったり?」
「何それ。それって一部の特殊食材でしょ?他のやつはそんなことないと思うけど?」
「特殊……食材?」
「うん。さっき言った梅味の肉みたいなの。特殊な調理法を使えば美味しくなるらしいやつ。技術的には料理人の間で秘匿されてるみたいだしそうそう見掛けないけど。他のやつは見た目のままだよ。肉は肉の味がするし野菜も堅くないし魚が……苦いのはあるけどそこまでだったり」
その少年の言葉に愕然とするスイ。考えてみれば唐揚げや照り焼きをアルフ達に振る舞ったことを思い出した。あの時は鳥の形してるのだし鶏肉の筈だと思い込んで調理したがまさにその通りだったのか。というか何故その時の事を忘れていたのか。
「……ありがと」
「お礼を言われることはないと思うけどどういたしまして?」
そんな風に過ごしているとかなり外が暗くなっていた。どうやら朝か夜かの違いしかこの異界には無いらしく境界線が曖昧な夕方が無いらしい。突如として真っ暗になったので少し焦る。
「とりあえず今日は休もうか」
「そうだね」
少年は指輪から寝袋のようなものを出すと端に寄り寝転ぶ。スイは逆の端に寄ると壁を突き出させるとその上にシーツを引いて布団を被る。この布団やシーツは塔にあったものだ。ベッドも持ってきているが足場が悪いので無しにした。
そしてお互いに挨拶もなく寝息を立て始める。本来異界で休憩する際は見張りを立てるのだがこの岩のテントは周囲から見たら巨大な岩にしか見えず視界も空気穴以外無いので見られる心配がないこと、二人とも例え寝ている最中に奇襲を仕掛けられても逆に勝てること、そもそも魔物の接近に気付けることなどからお互いに寝ることにしたのだ。その日の夜は何事もなく朝まで寝られた。
「さて、ここからは中間地点……だよね?」
「看板が置いてあるし間違いない」
スイ達の目の前にあるのは武骨な鋼の看板だ。看板にはただ「深き道・中間地点」と書かれている。これを書いたのは勿論クライオンだ。
「ここから先は正気を失いかねない魔物が出現するらしいけど大丈夫?」
「僕は大丈夫。そういう君こそ大丈夫?」
「大丈夫だよ。じゃあ行こうか」
二人が万が一転移されたら困るということで手を繋ぐ。こういう異界の中の区切りではたまに転移してバラバラになることもあるのだそうだ。お互いに一歩を踏み出し中間地点に足を踏み入れた瞬間空気が凍った。
「…………」
お互いに声も出せない。冷や汗が二人の顔を垂れる。何かが後ろに居るのが分かる。振り向いてはいけない何かだ。その何かはぬちゃっとした足音を立て二人の傍を通る。害意は感じられない。少年の羽織る影の衣の効果により二人が見えていないからだ。しかし動けば最後気付かれることだろう。その何かはおぞましい音を立てながら何処かに向かっていった。
そこでようやく二人は自分達が見知らぬ場所に居ることに気付いた。やはり入った瞬間転移されていたのだろう。手を繋いでいなければお互いに離れていたかもしれない。
「……は……は……」
二人の息が荒い。お互いに顔を見合わせると二人は同じ結論に至った。
「「……二人じゃ無理」」
完全な敗北宣言であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます