第9話 失われた技術の再現



獣人というのはその身に多種多様な獣の特徴を体現する。それは見た目にもそうだが身体能力の一部が異常に発達していたりと見た目だけでは分からない特徴も持つ。今回はその代表的な特徴の一つ、見た目のことでスイは困っていた。端的に言おう。彼等用の服がないのだ。白狼族の二人の特徴は頭の上辺りに狼の耳があり、お尻の付け根辺りにふさふさの尻尾があるのだがこの尻尾が…とにかく邪魔だった。あまりにふさふさ過ぎて服の中に入れようにも入りきらないのだ。



王味亭から三人を連れて出てきたスイはシャーリーに書いてもらった地図を持ち歩き、西の宝という宝石店にしか思えない看板を提げた服屋へと入る。中は宝と言うだけあってかなりきらびやかで明るい色の服が多かった。

スイは三人に服を自分で選ぶように指示を出した。前世では服というのは弟が選んだ物ばかりであり、また何を着ても大体似合ってしまったために選ぶということをしたことがなかった。そのためスイはセンスがあまり良いとは言えなかった。


「自分で着る普段着と寝間着をとりあえず……四…いや五着選んで。高くても良いから遠慮しないで」

「あの……スイさん……この店の服は安いのでも銅貨一枚はするみたいなのですが本当に大丈夫ですか…?」


ステラが心配そうにスイに問い掛けてくる。なので銀貨を五枚程渡して買うように言うと頭を下げてから服を選びに二人の元に駆けていく。アルフとフェリノはさっさと選びに行っていた。ある意味大物だと思う。その大物二人が何故か耳と尻尾を垂らしてスイの元に戻ってくる。その手に服は持っていない。疑問に思っていると二人がスイが想定していなかった言葉を発する。


「着れる服が……無いです」

「……えっ」

「獣人用の服が無い訳じゃないんです。ただ……尻尾が……入らなくて……」

「そっか……(どうしようかな。特注させるのは構わないけどそれまでこの服を着せるのはやらせたくないし……うぅん、仕方無いか。面倒だけど作るかな。素材さえあれば錬成ってのが出来るみたいだし。というかこのドレスも父様が錬成した魔導具もどきの服なんだね。初めて知ったよ)」


知識の中に役に立ちそうなものがあるか調べた結果、地味に高性能なドレスだったことも知って微妙な気持ちになった。娘のためを思って作ったのだろうが、スイとしては自分が着ていた服が四十代半ばのおじさんに作られているということはあまり知りたくなかった。

そんなことを考えているとステラが戻ってきた。若干緑色が多いのはエルフが森の民とも呼ばれるからだろうか。似合っているだろうが年頃の娘として緑というのはどうなのだろうか……?スイは店員に自分の寝間着も頼んでおいた。ドレスで眠ると皺になるし寝づらいのだ。二人には悪いが服は少し待って貰うことにする。

ステラの服とスイの寝間着を買ったあとは武器などを見に行ったのだがスイの目から見るとどうも質が悪かったりしたので何も買わずに出ていく。三人は惹かれた武器があったようだが、スイからしたら自分が錬成した方が強い武器が出来ることが分かったのでもう用はない。来たのは武器の形や仕組みを覚えて錬成のイメージを固めるためだ。買うためではない。



その後、三人を連れて――途中で服は見えないように指輪に収納したら三人に驚かれた――冒険者ギルドへとやってくる。服の素材となる魔物の生息地をスイは知らないので教えて貰いたかったのだ。しかし、そこでいきなり躓くことになる。マスターに止められたのだ。


「駄目だ。教えられん」

「えっと、どうしてですか?」

「スイのいう魔物は間違いなくタウラススパイダーだろう?そんな危険な魔物の生息地に子供だけで行かれても困る。そもそもそれ以前に何でそんなこと聞くんだ?依頼も受けれんだろうが」

「タウラススパイダーの糸で錬成をして服を作ろうかなと思ったので」

「はぁ!?錬成!?しかもそれで服だと!?」


何か凄い驚かれた。錬成はそんなに難しくないし、使えるなら服はそれほど複雑なものでも無いだろうに何故こんなに驚くのだろうか。


「どうしましたか?」

「……スイ、ちょっとこっち来い!」


そう言い残してマスターは二階に上がっていく。少し慌てて追い掛けていくと三人も付いてくる。マスターはそのまま二階受付の奥へと入っていったのでスイも中に少し頭を下げながら入っていく。中に入ると優しげな容貌をした二十代半ばに見える男性が座っている。マスターはその人の隣に腰掛けると若干頭を抱えたままスイに座るように手招きする。スイが対面に座ると後ろに三人が控える。控えるというより怒られるのを待つ子供のように居心地悪そうにしている。


「ガリア?いきなりどうしたんだい?もうすぐローレアが来るっていうのに子供達を連れてきて」


優しげな容貌をした男性が少し困ったようにマスター――ガリアというらしい――に声を掛ける。ガリアは小さくため息を付くと話し始める。


「スイ……ああ、その子が失われた技術の一つをさらっと使えるとか言ってきてだな。俺一人じゃ各所を黙らせにくいからお前に対処を頼もうと思ってな。頼まれてくれるよな?ジール」


ガリアがスイを指差しながら話すとジールがスイを興味深げに見つめながら口を開く。


「へぇ……この子は何を使えるって?」

「錬成だそうだ」

「…錬成かぁ。本当に使えるのかい?」


ジールがスイから目を離さないままに問い掛けてくる。


「……ん、使えるけど作ったやつを取り上げられたら嫌なので使いません」


そう答えるとジールが返答が意外だったのか少し困ったように笑う。


「取り上げないから使えるなら使って見せてくれ」


ガリアが助け船を出す。言質は取ったのでスイは指輪から幾つかの鉱石を取り出す。鉱石を見ると二人、いや後ろの三人も合わせて五人は唖然としたがスイは取り上げられないと言質を取っているので気にしない。


「……滅多に採れないアズライト鉱石がこんなに大量に……こっちは火山の火口にしか無いトグラス鉱石かな?それにこれは採掘するまでは触れただけで削れるステイル鉱石。それがこんな大きさなんて……」

「とんでもねぇな……だがこれだけの量を常に持ち歩けていたっていうのかその指輪……嘘だろ……」


スイは三人に振り返り問う。この機会に三人の武器を錬成してしまおうと思ったのだ。


「ねぇ……皆はどんな武器を使うの?錬成するから教えて」


三人が慌てて首を振るがスイがじっと見つめていると答えが変わらないと思ったのか三人がそれぞれの希望を言う。アルフは剣でなるべく大きい方が良い、小さいと軽すぎて振った瞬間に刀身が折れるそうだ。獣人の中でもかなり力が強いんじゃないだろうか。

フェリノもまた剣、アルフとは違い軽めの剣を要望してきた。ステラは弓が欲しがったが鉱石で弓など重たすぎて持てないので小剣を出来たら二本欲しいと言ってきた。スイは要望を聞くとすぐに錬成に取り掛かる。


アルフの剣は少し重たいが丈夫で折れづらいアズライト鉱石を刀身にする。切れ味はあまり無いがアルフの戦い方は切るのではなく叩き潰すようなので大丈夫だろう。鍔は採掘したあとは強固に固まるステイル鉱石を、柄は魔力を流しやすいトグラス鉱石を使う。適性に火と土のようなので相性は抜群だろう。そして鉱石を並べ終えると錬成を始める。錬成で形を整える際にしっかりと分子結合まで行い、魔力回路を剣内部に作る。こうすると柄から送られた魔力をスムーズに刀身まで送ることが出来るうえ魔力の無駄な浪費もかなり少なくなるであろう。

アルフの剣を五分もかからずに作り終えたあとはフェリノの剣に取り掛かる。その際に適性が分かっていないことを思いだし、フェリノに問うとアルフと同じ火と土らしい。なのでトグラス鉱石を柄に、鍔もまたステイル鉱石にしたあと指輪から追加でグラム鉱石という重力を纏う鉱石を刀身に組み込む。グラム鉱石を見てガリア達が驚いていたことは省略。グラム鉱石だけ少し多く魔力を取られたが許容範囲なので無視する。

やはり五分かからずに今度はステラの小剣に取り掛かる。ステラの小剣はグラム鉱石をそのまま小剣の形にする。面倒になったわけじゃなくある魔法を付与するのにグラム鉱石が一番良いのだ。それを二本と言っていたが敢えて四本作る。ふと思った魔法を追加しようとしたらもっと追加で作るべきだろうが今はこれでも厳しいだろうと判断したのだ。ちなみに作り終えたときにガリアとジールは頭を抱えていた。貴重な鉱石がかなり無造作に扱われたのだ。売れば相当なものになるであろう。上位の冒険者であれば無一文とまではいかなくても暫く貧相な生活になるだろうそれぐらいの額だ。

ちなみにこの世界における鉱石や宝石等は普通の石等が魔力を帯びることで変質した物であり、人工的に作り出すことが出来る。但し、魔力を適切な量と複数の属性を完璧な比率で与える必要があるためかなりの難度を誇る。スイが持つ鉱石の大半は魔王であるウラノリアが作り出したものなので実はスイも作り出せる。

スイは全て作り終えたあとに汗を流れていないが拭う振りをする。特に理由はない。したかっただけだ。ふと見ると二人が神妙な表情をしていた。


「スイちゃん……だったよね。錬成をどうして使えるのかな?」


ジールが問い掛けてきたので逆にスイが訊く。


「それよりどうして錬成の技術が失われているのでしょうか?これはそう難しい技術じゃない筈なのですが?」

「難しくない……かぁ。そうかぁ……スイちゃんは凄いんだねぇ……」


何かジールが遠い目をしている。ガリアが苦々しい表情で吐き捨てるように言う。


「ヴェルデニアっていうくそ野郎な魔族がな。三百年前くらいに人族や亜人族の優秀な技術者を軒並み攫っていったんだよ。当時の戦力じゃ魔神王率いる魔軍とかいうのに抵抗できなかったんだ。そのせいで今は錬成や魔術付与の技術は魔族専用みたいになっちまってる。今も魔族との小競り合いは続いているが撤退させるのが限界で攻められたら小国だったらすぐに呑まれちまうだろうな」


人族や亜人族の力を削ぐためかと思ったが多分違う。父様の知識にあるヴェルデニアは子供みたいなやつだ。恐らく知識の独占を望んだのだろう。


「……ということは鉱石が作れるのも忘れ去られたと言うことでしょうか?」


そう問うと二人がガバッとスイに詰め寄ろうとしたのでスイは無言で二人の胸を右足の爪先だけで蹴り飛ばす。十二歳程度にしか見えない少女が大人二人を、しかも片方は明らかに鍛えているガリアを蹴り飛ばしたことで場の空気が凍った。


「十二の少女に二人の大人が抱きつこうとするとか普通に気持ち悪いです……変態……」


スイの空気を読まない罵倒だけがやたらと響いた感じがした。

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