第10話 早すぎる告白



「んなっ……!誰が変態だゴラァ!?」


思わず蹴ってしまって若干反省しようとしたが――罵倒していたが一応反省している……筈――直後にガリアの大声でその気が吹き飛んだ。元から反省していないとも言う。ふてぶてしい少女である。


「落ち着いてよ、ガリア。驚かせたのは僕達なんだからさ。それよりスイちゃん……鉱石が作れるって言ったよね?少し話を聞かせてもらえないかな?」


ジールがガリアを止め、自分達が蹴り飛ばされる要因になった鉱石作成の話をスイに問う。


「思わず蹴ったことを問題にしなければ話します」


そうスイが言った。まことふてぶてしい少女である。


「問題になんてしないよ。そんな些末なことで失なわれた技術を知る機会を台無しになんてしたら処刑とかされてしまうかもしれないしね。教えてくれるかい?」


スイは少し考える。ここで教えるのは簡単だ。だが別にスイは魔族達と戦うために行動するわけではない。あくまで狙いはヴェルデニアの消滅であり、教えた技術で魔族との戦争が激化されてはたまらない。


「……少し……条件を付けたいです」

「うん。金でも特殊な魔導具だろうと僕達のコネの利用でも何でも良いよ」

言質は取れたが裏切られては困る。あくまで言葉でしかない。だから確実にしておきたい。

「……血の誓約を求めます」

「!?」

「……何処で知った」


ジールが驚愕に表情を染め、ガリアが低い声で問う。


「何処で知ったか等は今は何をしても答えないので諦めてください」

「……今は?」

「はい。誓約後に話します」


スイは二人に血の誓約という決して覆すことが出来ない究極の契約をすることで協力者になってもらおうと思ったのだ。魔族であることを教えて。とはいえ誓約を違えば罰によっては死ぬ可能性が高いものだ。中々やっては貰えないだろうとは思っていたのだがガリア達の表情は真剣でもしかしたらいけるのかもしれない。

まあスイからすれば奴隷の三人にはいずれ教えるつもりであったし権力を使うことの出来る協力者を手に入れられるチャンスなのでこれ幸いと予定を早めたのだ。……出会って一日で魔族であることを明かそうとしているがスイに気にした様子はない。それに最終的には知るのだ。であればついでに権力持ちと繋がっておくに越したことはない。


「……内容次第……だね」

「そう難しくはないです。私にあらゆる面で協力して欲しいなと思いまして」

「……あらゆる面……具体的には?」

「私への危害を直接的・間接的を問わずにしないとか不利益になる行動を取らないとかですね」


不利益になる行動……便利な言葉だ。正体がばれるのがスイにとって不利益になるのだから魔族であることを誰かに教えることなど出来ない。


「……ん~、どうかなガリア?僕達の権力を乱用しないとか色々条件を付ければそう悪くはならないと思うけど君が決めて」

「ああ……それなら問題は特に無いと俺も思う。こっちもそれなりに条件を付けさせて貰うがいいな?」


権力を持っているものを味方にするのが目的なので了承する。血の誓約はお互いの血を受け皿に入れ特殊な魔法を唱えることで完成する。特殊な魔法は簡単に教えられないのだろう。魔法陣を描いた布を受け皿の上に置くことで代替するようだ。ちなみにスイはその魔法を知っている。滅多に使うことはないだろうが。


「この場にいる者に誓約を与え、その命をもってそれを履行させよ」


ジールが魔法陣の起句を唱え血の誓約が発動する。淡い赤色の波動が部屋全体に染み渡るように弾け、溶けるように消えていく。


「さて、君の要望通り僕達は君に危害と不利益をもたらさないことが確定された。君は僕達の権力を使うことは出来ても乱用することは出来なくなった。満足かな?これで教えてくれるよね?」

「はい。教えます。でもその前に……」

「ん?何かな?」

「部屋の前に誰か待っているようなので対処をした方が良いんじゃないかなと思います」

「誰が…………あっ!…ローレアか!どうしようガリア!?すっかり忘れてたよ!」

「落ち着け!スイ…お前達だけで外に出てろ。良いか!絶対にどっか行くなよ!分かったな!逃げたら冒険者ギルド全部に懸賞金かけて追い掛けるからな!」

「逃げないので怒鳴らないでください……でもやりたいことが今日あったのでお詫びでタウラススパイダーの糸がいっぱい欲しいです。二人にいつまでもこんな服着せたままなのは気分的に嫌なので」


そうしれっと言うとガリアが微妙な表情になった。


「別にただでくれなんて言わないです。お金なら払うので融通して欲しいです」

「……分かった。出来るだけ用意はしてやる」

「じゃあそういうことで。皆行こう」


呼ばれた三人は凄く申し訳なさそうな顔をしていた。三人のために衣食住の衣を揃えようとしただけなのに解せない。武器や大量に出した鉱石を指輪に収納して三人を連れて部屋を出ていく。

部屋から出ると妙齢の美女が立っていた。この美女が恐らくガリア達の言っていたローレアという女性なのだろう。だがそれよりも気付いてしまった事がある。スイが美女を見て美女もまたスイを見て驚く。分かってしまったのだ。スイの目の前に立つ女性が魔族であることを。二人して固まってしまう。まさか魔族であることが一発で分かるとは思っていなかった。見た目は人族と何ら変わらない。だが分かってしまう。

美女は明らかにスイを警戒している。しかし恐らくではあるがこの美女は敵ではない。そう感じたスイは何も言わず会釈だけして通り過ぎることで美女の敵ではないことを示した。美女はまだ警戒しているようだったがスイは振り返らない。一瞬の出来事だったので三人は気付かなかったみたいだ。



「あっ、スイちゃん!こっちこっちぃ♪」


一階に降りるとシャーリーに呼ばれたので受付へと向かう。すると、シャーリーが流れるようにスイの身体をお姫様だっこの状態にすると受付の中へと連れていく。あまりに自然にされたので反応できなかった。ある意味凄い技術だ。そのままシャーリーの膝の上に乗せられる。


「あの……」

「お話が終わるまでここにいてねぇ♪」


どうやら何らかの方法でシャーリーと連絡が取られていたらしい。そういった方法があるかもと考えておくべきだった。スイは舌打ちしたい気分を隠してシャーリーに抱き抱えられたまま待つことになる。大人しく座ってクッキーらしきものをシャーリーに食べさせられているとギルドに最初に来た際のあの眼光が鋭い女性が入ってくる。


「あっ、ファナさん休憩ですかぁ?じゃあ私が出てきますねぇ♪スイちゃん大人しく待っててねぇ♪」


そう言ってシャーリーはスイを椅子に残したまま受付の方へと戻っていく。ファナはスイを見ると思わずといった風に少し微笑む。その微笑みを見てスイは思ったことをそのまま言葉にする。


「……笑うと可愛いですね」


そう言うとファナは動揺した。思わず言ったスイが引くくらいに。


「かっ、か、か、川、可愛い!?だ、だりぇが!?」


こんな動揺する人現実に居るんだなぁとスイは現実逃避ぎみに思う。何か面倒だったのだ。言わなきゃ良かったと本気で思う。


「……ファナさんが笑うと可愛いと言いました」

「そ、そ、そんなことあるわけないでしょぉ!?」


あ、これ面倒だなと思ったので思わずスイはアルフを見て一言。


「命令、ファナさんどうにかして」


と投げ出した。投げ出されたアルフは嫌がる顔をしたが命令は遂行しなければならない。アルフは必死にファナを止めるために褒めたり時には厳しく言うことで何とか落ち着きを取り戻させることに成功した。あとでアルフには何かご褒美でも与えることにしよう。

そんなことをして過ごしているとあの妙齢の美女が帰るようでジールとガリアが一言二言美女と言葉を交わしながら降りてきた。美女はガリアに何かのメモのようなものを渡したあと二人に見送られながら帰っていく。既に日は暮れ始めているので早めに帰るのだろう。二人が緊張していたのか安堵のため息をついたあとスイを見付け、何か残念そうな表情でため息をつく。失礼な態度である。スイはほんの少し不満げに立ち上がると二人に近付いていく。


「糸……」

「催促すんじゃねぇよ!すぐに用意はさせるから待ってろ!ファナ、タウラススパイダーの糸をありったけ持ってきてくれ」

「タウラススパイダー?はぁ、分かりました」


ファナが何処かに歩き去っていく。恐らくそちらに保管してあるのだろう。途中でシャーリーにも声を掛けていたので量はありそうだ。


「スイ、さっきの部屋に来い。話の続きだ」

「分かりました。でも、今度はちゃんと誠意を見せていただけると嬉しいです」


そう告げてガリアを見るとガリアが苦々しい顔で去っていったシャーリーの方を見ている。


「……はぁ、分かった。そうだ、今渡しとくか。ローレアがお前に会いたいとさ。お前何かしたのか?」

「……いいえ?でも心当たりはありますね」

「何かしたって言うんじゃないのかそれ?」

「……私は何もしてません」

「……そうかよ、ほらそのメモの所に居るらしいから明日行ってこい」


全然信じられていない。本当に何もしていないのに……。スイは少し理不尽を感じながら部屋の中に入る。入るとジールが机の下から何かの魔導具を取り出し停止させる。あれがシャーリーへと知らせた魔導具なのだろう。かなり小さいもので言われなければ見過ごしそうだ。停止したのを確認したが一応<断裂剣>に魔力を込めて一時的な空間の断絶をする。


「これで大丈夫かな……?」

「おい、お前今何を……」

「私の正体は魔族です」


そう告げた瞬間二人から強烈な闘気が迸り、ガリアが何処からか両手剣を二本片手ずつで持つという凄い戦闘スタイルを見せる。ジールもまた左手に杖と右手にナイフを取り出す。いきなりの戦闘態勢に驚いたが、スイは動揺しない。こうなるかもしれないことは考えていた。なのでスイは小さく両手を上げて戦闘の意思が無いことを示す。二人は警戒しているものの少しだけ闘気が薄れた。


「二人とも落ち着いてくれると嬉しいです。そもそも私に危害を加えたら誓約で死にますよ。私の話を聞いてくれたらさっきの誓約は破棄することに了承しても良いです」

「………………」


剣を降ろしはしたが睨むのはやめないガリアと今だ警戒を解かないジールに魔族が相当憎悪の対象になってるんだなぁと自分が置かれている立場の危うさを再認識したところでスイが自分の知る全ての情報を簡潔に話し始める。……決して説明が面倒だった訳じゃない……多分。


「私は魔王ウラノリアの娘で吸血鬼のスイ、ヴェルデニアは魔族を支配する能力を持つ、私はヴェルデニアを消滅させるために生まれた、魔族は決して人族や亜人族と敵対したくてしているわけではない、魔王ウラノリアは人族、亜人族、魔族の友好的関係を築こうとしていた、あと、私は愛されていた?」

「最後の情報だけ要らねぇ……」


ガリアが何故か毒気を抜かれた表情をしている。理由は知らない。後ろでアルフが「白狼族じゃなかった……!?」とか呟いてる。髪が白いからか同族に間違われていたようだ。


「その情報の真偽は?何をもってそれを信じろと?」

「魔王ウラノリアの持っていたアーティファクト三種、<断裂剣グライス><黒羽ティル><次元の指輪>の所有で娘であることの証明を、魔王ウラノリアがヴェルデニアによって殺されていることで敵対の意思を、千年前までは三種族が敵対関係に無かったことで友好的関係を築こうとしていたことの証明を……どうでしょうか?」

「……なら、何故貴女は日の出る時間に歩けるのですか?それにヴェルデニアは魔族の支配が出来るのでしょう?どうやって貴女が対抗するのですか?」

「それに関しては私が生まれること自体が魔族として異質であったことで解決します。私はウラノリアの手によって作られた魔族です。発生の段階で色々と手を加えたようで日中でも特に変わらず行動出来ます。まあそもそも魔族は確かに昼は好きじゃないですけど行動出来ない訳じゃないですけどね。ヴェルデニアの支配は魔族の核……素因と呼ばれる物に刻み込まれている魔素を支配するもののため人工的に作られた私にはその刻み込まれた魔素が存在しないため支配されることはありません。基幹素因と呼ばれる魔族の発生時の核にしかヴェルデニアの支配は使えませんから後から付け加えられても外部装置に近いですから特に関係はありません。また支配自体も強制するものですが一部の魔族は力で押さえ込むことが出来ます。まあ、それが出来るのは魔王と呼ばれる存在ぐらいのようですけど。そして私にはそれに加え父様からの愛がありますので更に対抗できます」

「最後が意味分からんが……とにかくお前は純粋な魔族じゃなくてヴェルデニアを消滅させるためだけに生まれた魔族……じゃない、吸血鬼ってことで良いのか?」

「まあ、そうらしいです。私も生まれてそう時間経ってないので事情を完全に知っているわけじゃないですけど。あと一応発生のプロセス自体は他の魔族と変わらないみたいなので魔族で良いです。……ふぅ、真剣に話すと疲れる……」

「…………信じたい気持ちはありますけど簡単に信じちゃいけない感じもしますね。反応に困ります」


とりあえずガリアとジールの敵対は防げたようだ。スイはほっと一息付くと呟く。


「……糸まだかなぁ」


……最優先事項は糸のようだ。ガリアとジールは残念そうな表情にまたなってしまった。

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