第198話 メリーの選択
「……この人が私のお父さんとお母さんを?」
メリーが男の顔を見て私に問い掛ける。それに対して私は椅子に腰掛けながら頷く事で返す。記憶を読む限りでは間違いなく手を掛けていた。この男は誰かを殺す時は他の誰にも任せず自分一人で殺していた。子飼いの部下の誰にも殺人をさせていなかったのだ。そこには驚いた。勿論子飼いの部下達に包囲させたり痛め付けさせたりはしていたようだがトドメだけは自分で刺していた。
「そう……ですか」
メリーの表情を窺い知る事は出来ない。本人ですら恐らく全く整理が付いていないからだろう。困惑、憤怒、悲嘆、歓喜、様々な感情が混ざり過ぎて理解出来ないのだろう。
「……スイ様、私は何をしたら良いのでしょう」
途方に暮れてしまったメリーが私に対して言葉だけを向けてくる。その視線は未だ倒れたままの男に向けられている。
「さあ?メリーが望む通りの行動を取れば良いと思うよ。放置するも良し、殺すのも良し、衛兵に突き出すでも良し。メリーが決めるんだよ。私個人としての考えでは殺してやりたいけどね。ただ私怨じゃないから衛兵に突き出すでも良いかなとは思ってる。ドゥレの怪我もそう深くないしレンにも良いお灸になっただろうしね」
「私の望む通りに……」
メリーは男に近付いていく。男の意識は落ちているので反応することは無い。反応したとしても縛ってあるから特に何も出来はしないのだけど。
メリーは徐に足をあげると男の身体を蹴る。何度も何度も蹴り続ける。メリーは特に鍛えているわけではないので元とはいえ冒険者としてそれなりに活動していたらしい男には痛痒を与えることは出来ていないだろう。私は蹴り続けるメリーを置いて一旦部屋の外に出ていった。
「ん……酷だったかな?」
一人言を呟くとドゥレ達の居る店先に戻る。そこではレンが泣きながら謝っていてインリがぺしぺしレンのお尻を叩いていた。うん、放置しとこう。ちなみにドゥレはおろおろしていた。
眷属になったとしても元々戦わないような人達だと大して能力の向上は無いようだ。能力が上がっているのならレンのお尻は今頃パンパンに膨れ上がっていることだろう。音もぺしぺしなんて可愛いものじゃなくなっていた筈だ。
暇になったので適当に工作でもしておく。特に魔導具とかではなく手頃な石を削って形を整えて遊んでいるだけだ。石を削って鮭を咥えた熊を作った辺りで一時間程度が経ったので戻ることにする。さて、メリーはどういう選択をしたのかな。
戻った時に真っ先に見えたのは立ち尽くすメリーだ。呆然としていて私が戻ってきたことにも気付いていないだろう。そしてその足元には倒れた男が居る。やはりメリーの蹴り程度では傷を負う事も無かったようで目立った怪我は無い。唯一顔辺りを蹴られたのか鼻血が出ている。
男は散々蹴られたからか流石に意識は戻っているようだ。結界で身体全体を縛ってあるので一切の身動きが取れなかったことだろう。戻ってきた私を見て何か得心がいったように目を閉じる。
「……スイ様、私……わたし!!」
メリーは最後には殺すという選択肢は取らなかった。部屋にはナイフが置いてある。取って首を切れば間違いなく殺せたことだろう。けれどメリーはその選択はしなかった。それはそれで間違いなく正しい選択なのだろう。
「ん、良く頑張ったね」
泣き付いてくるメリーの頭を撫でてあげる。メリーの身体は震えていたが暫くすると震えは治まり泣き疲れたのか眠ってしまった。メリーの身体をベッドに横たえると男に近付く。
男は身体を器用に捩らせて身体を起こしている。そして男は近付いてくる私に対して何の反応も示さない。ちなみにこの場には男の子飼いの部下達も居るのだが魔法で無理矢理気絶状態を維持しているので解かない限りは起きることは無いだろう。
「……スイ…といったか」
「ん、そう」
「彼女は私が殺した者の娘か」
「そうだよ」
「そうか。まあそうだろうな。何故彼女は私を殺さなかったのだろうな」
「さあ?ただ殺すのが最善の選択ではないってことだよ。貴方には分からないかもね」
「そうだな。私には分からないな。あらゆる事で殺人という選択肢を入れ続けた私にはきっと一生分からないのだろう。スイ、君なら私を殺せるのか?」
「問題なくね。貴方を殺すことに抵抗は無いよ」
「そうか。彼女が望まない以上君が私を殺そうとすることは無いのだろうな」
「……まあそうなるね」
「ならば交渉といかないか?」
「交渉?」
「そうだ。交渉。私の力はそれなりにあると自負している。それらを君達の為に使う事を私から保証しよう。代わりにこちらが望むのは安全だ。命の保証と言い換えても構わない。どうだろうか?それなりに良い提案だと思っているが」
私がメリーの感情より優先されると感じたらしい男は私に対してひたすら言葉を重ねる。私をそれを聞きながら寝た振りをしているメリーを見る。
「……勿論彼女にも同様の保障をしよう。最大限の支援をする。どうかな?」
それを聞いた瞬間メリーは近くに置いてあったナイフを取ると男に近付き首元でそれを振るう。避けることも出来ずに男の首はすっぱりと裂け目を丸くしたまま男は首から鮮血を噴き出しながら身体を倒す。今度は起き上がることはなかった。
「なら!!ならお父さんとお母さんが死んだのは何でだったの!!何で殺したの!!何で!何で!何でお父さんとお母さんは死ななきゃいけなかったの!!何でよぉ……!!」
メリーは完全に激怒していた。手に持ったナイフで男の身体を滅多刺しにしていく。動かない男の身体に更に苛つくようでナイフの刺し方はどんどん荒くなっていき幾つかは適当に振るったせいか男の身体を掠めるだけになっている。
「うあああぁぁぁん!!お父さん!!お母さん!!」
メリーは瞳から滂沱の涙を流しながらその手が止まることは無い。私はメリーに近付くとその手からナイフを取り上げる。適当なところにナイフを投げるとメリーの身体を抱きしめる。
「……うぅぅあぁあぁぁぁ!!」
「ん、存分に今は泣くといいよ。泣いて泣いて泣き疲れても泣いてそして次に向かいなさい。泣いて止まることなんて両親はきっと求めていないから。だから今はいっぱい泣くの。泣いて止まってしまわないように。前が涙で滲んで見えなくなる事がないように」
「あぁぁぁぁぁぁ!!うぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「泣いて泣いて……私はそれが出来なかったから」
スイの呟きは泣き続けるメリーの耳には届くことは無かった。
今度こそ泣き疲れて眠ってしまったメリーを抱き締めながらスイは男の方を向く。男は呆けた顔で絶命している。一番最初の時点で致命傷だったのだろう。スイは男を見て魔法で隠蔽しながら血液と共に浮かせると適当な方向に吹き飛ばす。吹き飛ばす過程で身体が粉々になった気がしたがどうでもいい。
ついでに子飼いの部下の男達も同じように纏めるとまた適当な方向に吹き飛ばす。「ギッ」と変な声を上げたような気がしたけれど粉々になった男達の事など気にしても仕方が無いだろう。そうしてスイはメリーの方を見ると涙を流すその瞳に指を添えて拭う。
「ん……とりあえずこれでこの件は終わりかな?」
「それで良いんじゃないかな」
ずっと喋らなかったディーンが返事を返す。身体は見えないけれどそこに居る事は分かるのでディーンを引き寄せる。そしてその尻尾を触る。くすぐったそうに身を捩るけど離れる気は無いようで大人しく撫でられている。
「スイ姉?」
「ん、何でもないよ」
そう、何でもない。こうして泣いているメリーを見て羨ましくなどなっていない。その筈だ。その筈なんだよ。どれだけ言葉を繕ってもその小さなしこりはスイの頭の中にずっと残り続けた。
「……私は前に進めているのかなぁ」
返答を求めていない呟きは誰にも返されることなく部屋の中に染み溶けて消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます