第197話 罪の記憶



男は何処にでもあるような村で生まれた。今思えばそこは廃棄された村だったのだろう。街の管理下に置かれている筈の村にはただの一回も徴税官が来たことは無かった。少なくとも男が五歳の頃に物心着いてから十二年もの間来たことは無い。流民によって生まれた村でないことは村の中心部にある開拓碑と呼ばれる物があることから理解した。

何かあったのかそれとも何時からか見捨てられていたのか分からないが村は閉塞感に包まれ村の中で完結していた。税を納めなくて構わないのなら自分達が食っていけるだけの量は普通にあり蓄え自体もそこそこ出来る。年に一度の収穫祭はそこそこ楽しいものだ。まあ村人だけで完結してしまっている以上物珍しさは全く無いが。

そんな村で生活していた男は不満など持っていなかった。外の世界についてまるで知らないのだから不満を持ちようがなかったというのがこの場合正しい。

そんな所に一人の行商人がやってきた。よくよく見ると馬車には幾つかの大きな傷があった。そのことから魔物に襲われ方角も分からないまま走らせて逃げてきたのだろうと察することが出来た。行商人の男にも傷があり到着した早々倒れてしまった。そしてそれを見付けたのは男の姉だった。

姉は必死の思いで看病を続け五ヶ月もの月日が経つ頃には行商人の男は完治まではしていないものの生活に支障が出ない程度には回復した。男自身もそれは喜んだ。五ヶ月もの間姉と共に看病をしていたからだ。その時に行商人はこの村の外の話をした。

行商人によって語られた話は恐ろしくも美しい外の世界だった。魔物が出てこないこの村では有り得ないほど外は危険に満ちているそうだ。街道を行けば魔物を見掛けない日など殆ど無いという。寧ろ見掛けなかったらそれは不幸の先触れだとすら言われているそうだ。

街は活気に溢れ魔物を勇猛果敢に打ち倒す冒険者の存在、悪の手先とでも呼べる魔族に獣の耳を持つ脅威の身体能力の持ち主である亜人族など男が知らないことを語る行商人は何処か誇らしげだった。

それから数ヶ月程村に居て生活していた行商人は村の皆に見送られながら直した馬車に乗り込み街へと帰還することになった。その隣に男の姉を乗せて。いつの間にか仲良くなった二人は男女の仲へと発展していたようだ。

それから数年の後男も村を単身飛び出すことになる。数ヶ月に一度程度ではあるが村へと届くようになった姉からの手紙は男の気持ちを昂らせたのだ。行商人の男によって語られた幾つもの話はまだ若い男の心を揺さぶった。それから数年を掛けて男は準備をして村を飛び出した。片手には木製の棒に石を括りつけた斧もどきを持ち背嚢には収穫出来た野菜と行く前に奇跡的に仕留められた鹿の肉を入れて男は旅をした。

道中はそれ程危険な場所ではなかった。何せ魔物が居ない。行商人の男もそこは疑問に思っていたようだが考えても分かるものではないだろう。ただし獣が多い。熊に襲われた、狼に襲われた、鷲からも襲われた。熊からは何とか逃げた、狼とは死闘を繰り広げて勝った、鷲は狼の肉を放り投げてその間に逃げた。逃げてばかりではあったがそもそもこんな斧もどきで何が出来るというのか。狼は倒しただけでも頑張った方だと男は胸を張れる。

約一月道を幾度か間違えながらも街へと到着した。そこは凄まじく活気に満ち溢れていた。巨大過ぎて地平線にまで広がる外壁、どこを見ても人が溢れかえり喧騒がそこかしこで響き渡る。初めて男が目にした街はこの国の首都、帝都イルミアであった。

男はまず最初に金を稼ぐ手段としてダンジョンに潜る事にした。行商人の男から帝都イルミアのダンジョンについてある程度の知識を持たされていたからだ。勿論触り程度ではあるが事前に知識を持つか持たないかでは雲泥の差がある。ここでは魔物が狩れる。魔物についての事前の知識は仕入れてある。男は堅実に魔物を狩り節約に節約を重ね友誼を仲間や知り合った商人と深めあった。

そうやって生活するだけでも楽しかった。何せ村ではやることが全て決まっている。ルーティーンのように決まりきった行動しか取らないのだ。命の危険こそあるがこれだけでも男は幸せだった。三十の半ばまでそうやって過ごしてきた。中堅としてギルドからも信頼を寄せられていた。

しかし身体の衰えはどうしようも出来ずダンジョンの中で怪我をした。ただの怪我ならば魔法で治せたはず。しかし傷を負わせた魔物には毒でもあったのか半身に麻痺が残ってしまった。こんな状況でダンジョンに潜るなど不可能に近い。男の人生は強制的に閉ざされた。

だがその程度で挫けるような生き方はしていない。冒険者が出来ないのならば商人だとでも言わんばかりに自分の持つコネを使い商人として大成してしまった。元より才能はあったのだろう。節約していた金に商人との友誼、怪我をした直後からの行動という悩まずにした行動力。様々な要素が絡んだのは間違いない。

まあどちらにせよ男は商人として大成した。店舗を構え自分で呼び込みを務める必要が無くなってしまった。そしてそれが悪かったのだろう。いつしか男は傲慢になり始めた。

指先一つで人を操れてしまう全能感、言葉一つで人を下に置くことの出来る優越感、男を狂わせるには十分過ぎた。そんな中ある一等地が目に付いた。彼処に店舗を構えれば更なる金が手に入るだろう。そう思った男はその土地を買う旨を不動産に伝えたら信じられない言葉が返ってきた。既にあそこは売約済みであり買いたいのならば地主となったものと話をしてくれというものだ。

馬鹿げている。この辺りの土地は殆どが自らの物だ。ギルドですら自分に刃向かえる者は居ない。それなのに売らないだと?腹が立った男は不動産と別れた後にその後ろをついて行き護身用として持っていた短剣で延髄を刺し貫いた。半身に麻痺が残るといっても既にその大半は解毒されているのか身体に大した支障は残っていない。強力な魔物相手にはこれでも不安が残るが鍛えてもいない人を殺す程度なら造作もない。

初めて男は人を殺したが特に何も感じはしなかった。邪魔な石を退かした。そんな気分だった。一等地は手に入れた。そこに店舗を構えればかなりの収益が手に入った。やはり自分の見る目は悪くなかった。それに味を占めた男は気に入った土地があれば買い取ることにした。正規で買い取ることもあれば借金を無理矢理被せその担保に買い取ることもあった。まあ買い取るとは言ってもその土地にはその土地の需要がある。その為大半の土地の所有者は残して金や物を納めさせるという形を取った。

ただそれすら嫌がる者達には男の子飼いの部下を差し向けた。それでも粘った者には直接出向いてその首を落とした。そして隠滅した後改めてその土地を購入した。

男はある日良い土地を見つけた。パンを売る店のようだ。勿体ない。自分ならもっと上手く使うのに。そう思った男は親切心という巫山戯た仮面を被りその家族に近付いた。幸せそうに笑う三人家族。何故か酷く苛ついた。



「……」


男の記憶を読んだスイは無言でディーンに向けて投げた。形はどうあれ商売自体はかなり真っ当なものしかしていなかった。ここで殺しても恨む人の方が多いだろう。ある意味厄介な存在である。しかも今現在恨むだけの理由があるものはそれこそメリーしかいない。スイが殺すのは間違いだと思うのだ。


「ん、ふぅ……ディーン」


スイは椅子にもたれ掛かるように座ると一息ついてから傍に立つディーンに声を掛けた。ディーンは無言で近寄る。


「メリーを呼んできてくれる?」


この物語の結末を決めるのはあの子でないと駄目なのだ。そう告げるとスイは男に足を乗せる。せめてこれくらいはしないと自分の憂さを晴らせない。気分の悪いものを見ることになったのだからこれくらいはさせて欲しいものだ。スイは誰に言うでもなくそうぼやきディーンの到着を待つことになった。

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