第349話 シィとリム



淡々と死体を持ち広場の隅に積み重ねていく。街の規模はそれなりに広い為に時間が掛かるがスイは一人ずつ殺す度に晴れやかな気持ちを味わっていた。


「……はぁ……楽しい」


そう呟くスイの頬は紅潮しており幼い姿に似合わぬ色気のような物が溢れていた。しかしその姿を見る者は既にこの辺りには居ない。派手に暴れたせいか街中で隠れ潜む者達が出て来たのだ。その為スイは一人を殺す時間が長くなっているがそれさえも愛しく感じ始めていた。


「楽しいけど……拓達も放っておけないしなぁ。あまり時間は掛けない方が良いのかな」


既に夜の帳が降り始めており夜目が効くスイですら少し見えにくくなっていた。本来なら街灯が点いている時間だが恐らくスイが殺した誰かがそれを管理していた者達だったのだろう。


「今日はもう終わりにして明日からまた探そうかな。拓達も数日くらいなら指輪の中身とかで生きていけるよね?」


スイは数日でこの街を完全に落とし切るつもりだった。途中で手に入れた名簿のような物から街の住人が少なくとも一万は超すことが分かっている。名簿のような物というのは明らかに違法行為によって作られた物らしかったからだ。恐らくは人身売買のリストと思われる。


「ふふっ……楽しみだなぁ」


街の全員を殺した後は火事場泥棒では無いが色んな店の物を奪うことにしよう。食料や家具店の上質そうなベッド等所々気になる物があったし今からスイの気持ちは浮かれてしまう。


「後はエデル、アウラリア、クデ……貴方達三人を苦しめた後に殺すだけ……楽しみ」





それから二日を掛けて街の住人を一人一人苦しめた後に殺して行った。途中拓が見に来たけれど私を見てもう少し?と訊いてきたので頷くと分かったと返してまた外に戻って行った。拓達は私が一人でやりたがっているのを理解してくれているようで嬉しい。


「あ……今殺したのってクデってやつじゃない?」


少し恐怖で老けたのか怯えた表情を見せて何やら喚いていた亜人族の男性を良く見ると街の所々で絵などで見掛けた男だった。喚いていただけで何の印象も持たなかったので殺した後にようやく気付いた。あくまでクデは当時生きていた亜人族の子孫というだけなので別に構わないのだが少し損した気分だ。


「……まあ良いか」


まだエデルとアウラリアが残っている。二人は魔族なので見た目に変化は無いだろう。成長か退化のどちらかを使って居る可能性もあるがそれでも姿が大きく変わる訳では無い。


「あ、こいつに二人の居場所聞いておけばよかった」


やっぱり損した気分になった。腹が立ったのでクデの死体の四肢を砕いておいた。





それから更に一日経って分かったのは二人はどうやら他の町との交渉で出掛けているということ。日程的に恐らく明日頃には帰ってくる筈だろう。というか仮にも祭りの日に街の長夫婦が居ないのはどうなのだろう。クデが居るから大丈夫という事なのだろうか。


「でももう戻ってくるのか。まだ殺し切れてないんだけどなぁ」


隠れるのが上手で中々見付けるのが手間取ってきた。これならいっそさっさと街の中の物を奪ってから建物ごと壊してしまった方が良いかもしれない。いやまあ食料などに関しては既に奪っているのだが。


「……うぅん、一人一人潰して回りたいんだけどあんまり時間掛けすぎるのもなぁ。拓達には食料渡したから大丈夫だとは思うけど流石にずっと待機は暇だろうし」


スイが呟いていると隣にあった瓦礫がガラッと崩れる。スイが目線を上げると瓦礫の中から小さな腕がひょこっと出てきた。まるでホラー映画のような動きに目を見張るがその腕はふらふらと揺れていたかと思うと瓦礫を少しづつ撤去し始めた。片手で割と大きな瓦礫を除去していくその姿に思わず見ていると、ある程度取ったあとに腕が少し引っ込みその瞬間勢い良く下から瓦礫を弾いて中から人影が出てきた。


「ゲホッケホッ、あぁ〜、埃っぽいよぉ。エホッエホッ」


亜人族の女の子はそう言葉にすると私を見て動きを止める。


「……あ、この街を壊していってる魔族さんだよね!ありがとう!私シィって言うんだけど貴女の名前は!?」

「え、あ、スイ」

「スイちゃんだね!ありがとう!いやぁ、こんな可愛い子だなんて思わなかったよ!」


シィと名乗った女の子はスイに近寄ってぺたぺたと頬を触る。あまりにも近すぎる距離感にスイが少し固まっているとシィは何かに気付いたかのように顔を上げるとスイの身体を持ち上げた。


「ねぇ!もしかしてだけど街の東側にある屋敷も潰しちゃった!?」

「潰したよ。どうして?あと持ち上げないで」

「潰しちゃったかぁ……もしかしてそこで私くらいの女の子も殺しちゃった?」

「……いや見てないと思うけど。もしかして殺し損ねた?だとしたらまた戻るんだけど」

「駄目、殺さないで!」


シィはそう言うとスイの身体を持ち上げたまま東側へと向かっていく。スイは何か面白そうだったので持ち上げられたまま行く事にした。持ち上げ方が案外優しかったのとシィの身体が柔らかくて良い匂いがしたのも決め手だった。

東側に着くと屋敷前にシィと同じくらいの女の子が居た。屋敷の残骸で暖を取っているという中々凄いことをしている。その女の子はシィに気付いたらしく立ち上がるとシィと抱き合っている。抜け出そうとしたスイごとである。何やってるんだこの子達は。色々と凄すぎる。


「無事だったのねシィ」

「瓦礫の中からリムに会いたくて這って出たよ!」


ホラーかな?スイはそう思ったのだがリムと呼ばれた女の子は何故か感動したらしくシィと一層抱き合っている。後そろそろ私を離して欲しい。二人の身体は柔らかいけれどだからこそ窒息しそうになるのだけど。それ以前になんで私ごと抱き合ってるのこの子達。


「シィ……」

「リム……」


まあ何となく分かってはいたが二人は恋仲なのだろう。どう見てもストリートチルドレンにしか見えないシィと貴族かそれに属するであろうリムとの間に何があるのかは分からないが正直興味は無い。あと間に私を挟んだままイチャイチャしないで欲しい。何この子達私の事見えてないの?キスまでしてるけどさ。

多分十五分ぐらいイチャイチャした後、邪魔になってきたのかシィとリムがそっと手で私を押した後またイチャイチャし始めた。いや気付いてたのなら最初から抱き合わないでよ。必死にそっと抜け出そうとしていた私が馬鹿みたいじゃないか。


「…………殺していいかなぁ」


何故か凄く腹が立ったのでそう呟くとようやく二人は私を見た。


「オホン、えっと確かに私は貴女の恨む者の子孫です。貴女なら分かるでしょうが私は魔族、エデルとアウラリアの娘です」

「……いつ生まれたのかは知らないけど少なくともろくな生活を送ってないのは分かるよ」


本来魔族というのは生活していくにつれ素因を少しづつでも集めていき強くなっていく存在だ。しかしリムに与えられている素因は基幹素因のみ。つまり地道に素因を集める事すら許されず取られていたという事だ。


「ええ、まあ、あまり愉快な生活では無いでしょう。だからこそそれを破壊してくれた貴女に最大限の感謝を」


リムはそう言うと頭を下げる。慌ててシィも同じように下げる。殺して回っている存在に感謝の念を送る二人に歪なものを感じるがそれだけ二人にとっては生きるということが苦痛だったのだろう。


「……はぁ。まあ良いか。貴女達二人は殺さない。けれど街は壊す。貴女達も逃げれば?」

「いいえ、私達は逃げません」

「うん、私達は逃げないよ」


その言葉にスイが首を傾げると二人は互いの手を握る。


「シィは亜人族ですしそう長くは生きられません。病気も持っていますし」

「精々生きられて二年らしいよ」

「ですからシィが死ぬ時に私達は死のうかと」


二人はそう言ってイチャイチャし始める。


「別に魔法で病気も治して眷属にすれば長く生きられるでしょ?」


スイの疑問に二人は顔を見合せて首を横に振った。


「「長く生きる事に意味なんてあるの?」」


二人の言葉が重なった。何となく分かった。二人の中には既に希望等の明るい言葉は存在せずあるのは深い絶望だけなのだろう。だからこそ二人は互いに死ぬことを望んでいるのだ。だけど間違えても自死以外は認めたくない。だからスイの言葉に反論するのだ。


「ん、まあ良いや。何年ぐらい生きるつもり?仕方ないから少しだけ手伝ってあげる」

「そうですね……一年でどうでしょう。この街の食料程度でしたら精々その程度しか持たないでしょう」

「じゃあ一年だけこの街に一切の魔物も人も来ないようにしてあげる」


スイの言葉に二人は弾けるような笑みを見せた。

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