第106話 騎士団



股潜りゴリラを抱えながら今私は馬車に乗っている。私の馬車?ではなく商人の男性、ドゥレの持ち物だ。やはり馬車は貴重だったのか盗賊達も壊さずに奥に隠していたのだ。

馬は多少怪我してはいたが捕まえた当日だったためか殺されていたりはしなかった。ドゥレの奥さんの名前がインリでその娘で私の肩に寄りかかって寝ちゃってるのがレンだ。先程まで特に会話はしていなかったのだが何故かレンに気に入られたらしい。レンは肩に寄りかかってきていたが私の身体はそれほど大きい訳ではないのでずり落ちそうになる。仕方無いのでゆっくり膝に下ろしてあげた。


「すみません。うちの娘が」


申し訳無さそうにインリが謝ってくる。ドゥレは御者をやっているので話は聞こえていない。


「大丈夫だよ。この位で怒ったりなんかしないから。何ならインリも乗ってきても良いよ?」


冗談めかしてそう言うとインリは一瞬ポカンとした後すぐにクスクスと笑う。


「ではお言葉に甘えて」


まさかの冗談に本気になられてインリは向かいの椅子から立ち上がるとスイの隣に座る。そうして肩に寄りかかってきた。するとようやく気付いた。インリの肩が若干震えている。これは恐らくスイが怖いとかではなく盗賊に捕まった時の事を思い出しているのだろう。きっと捕まった時もこうして馬車でのんびりと過ごしていた筈だ。それが一瞬にして地獄へと叩き落される恐怖はそう簡単には拭えないだろう。

気付いたスイはゆっくりと手を伸ばすとインリの頭を抱えて膝に乗せる。突然の事に多少驚くインリだが振り解こうとはしない。二人を膝に乗せたスイは内からかなり縮小化したケルベロス(一つ首にした)とヒーク、うさちゃんなど小さな動物系を出した。二人に纏わり付かせるようにすると耳を柔らかく塞いであげる。何となく耳が手で塞がれた時は感じる手の熱がリラックス効果がありそうだからだが効果があるかは分からない。


「暫く休むといいよ。これからは私が貴女達を守ってあげるから。二度と怖い目には合わさないと誓うから」


囁くような声だったがインリは聞こえたのか頷くと静かに寝入っていった。スイは寝入ったのを確認してから考えていた。


「……(盗賊達が出るのは当然今の世界の状況が悪いからだ。大暴走に対抗出来るのは大型の街のみで村や小型の街は基本的に発生した時点で見捨てられる。しかしそれじゃいつまで経っても盗賊達は決して居なくならないし治安もそれほど良くはならない。大型の街だけ治安が良くても仕方無い。どうにかしてその辺りも変えないとね)」


スイが考えている最中に馬車が急に止まる。スイが何か起きたのかと窓から覗くとどうやら前方に兵士達が居るようだ。


「どうしたの?」

「スイ様、どうやらオルディンの騎士団のようです。何でもこの辺りには魔族が潜んでいる可能性が高いらしく巡回警備中だそうです」

「えっ、あっ……」


ふと思い出したのは帝都に行く途中にしたガリアとの通信だ。あの時確かスイはオルディン方面に魔族が逃げた事にした筈だ。であればこの騎士団は居もしない魔族を探して警戒しているということか。いや今はスイが居るから無駄ではないのかもしれない。


「ん?でも何でそれで私達を引き留めるの?」


そうなのだ。今騎士団は何故かスイ達の前方に留まり進路を妨害している。馬車はそう簡単には曲がれないしあれだけ近くに留まられると方向転換して迂回することも出来ない。


「それなんですがスイ様、どうやら私達の護衛をしていた冒険者の一部がオルディンに逃げ込めていたようでどうやって盗賊から逃げたのかを聞きたがってます。今は少し待たせてますがすぐに訊きに来るでしょう」

「ん、面倒だなぁ。まあ良いや。私が話しするよ。ドゥレは此処に居てね」


そう言うと膝の上で寝かせていたインリとレンを股潜りゴリラ二体を枕にしてゆっくり座席に下ろすと馬車から降りる。降りてきたのが私だからか騎士団の人達は不思議そうな表情を浮かべている。


「どうされましたか?私達は早く街に戻りたいのですが」

「これは失礼を。ドゥレ殿が雇っていた護衛の冒険者達がオルディンのギルドに報告していましてどうやって盗賊から逃げ出したのか盗賊達のアジトは何処なのか等をお聞かせ願えたらと思いまして。聞いた後はすぐさま討伐隊を編成して出発させてもらいます。良ければご協力の程お願いします」


隊長らしい人が丁寧な口調で話す。スイを貴族とでも思ったかは分からないがどちらにせよそれなりに好感は持てる。商人に対してもそこまで下には見ていないようだ。これがイルミアの兵士であればそうはならないのだろう。セイリオスはあまり人を下に見ない土地柄なのかもしれない。いやそうでなければ差別されている亜人族とわざわざ交流を持ったりはしないか。


「盗賊達の目を盗んで逃げ出したんだよ。襲撃が成功して気が緩んで大騒ぎしてたからその隙にね。私は偶然その場に居合わせた冒険者だよ」

「冒険者…ですか?失礼ですがお名前を聞かせて貰っても大丈夫でしょうか?」

「ん、スイだよ。まあ冒険者と言っても見習いだけどね。ホーンドラビットでも狩ろうと思って外に出てたら偶然盗賊達に見付かっちゃって捕まったの。アジトに関しては分からない。形振り構わず逃げてきたから何処にあったかは見てないんだ。逃げ出してすぐに盗賊達の怒鳴り声が聞こえたからね」


スイの淀みない嘘の説明にドゥレが引き攣りそうになる顔を何とか普通に戻そうと後ろで必死に頑張っていた。それを見て兵士達は恐怖で未だ強張っているのだと勘違いしていた。


「そうでしたか。商品に関しては残念でしたが命あっての物種というもの。生きていて良かったです。まだ盗賊共が追いかけてきているかもしれません。良ければこのまま護衛に騎士を幾人か付いて行かせましょう」

「ありがとうございます。お言葉に甘えたいと思います。騎士様、盗賊達は数十は居ました。どうかお気をつけ下さい」

「お気遣いに感謝をします。ジュダ、リユハはドゥレ殿達に騎士を数名連れて護衛に当たれ!」

「「ハッ!」」

「我々は引き続き盗賊達と魔族の捜索を続ける!ではスイ殿我々はこの辺りで失礼したいと思います」

「はい。頑張って下さい」


スイがそう言うと隊長らしい人というより指示を出しているし隊長で良いだろう。隊長は敬礼をすると移動して行った。残ったのは十名程の騎士だ。その内の二人は隊長に呼ばれていたジュダとリユハだ。ジュダは三十代前半に見える薄茶色の髪と瞳の男性だ。武器は背中に担いでいる長大な槍だ。二メートルは軽く超えているだろう。リユハは二十代半ばに見える女性で若草色の髪と瞳を持ち背中にこれまた長大な弓を担いでいる。二人が特殊なのかと思ったが良く見ると残された騎士達もそれなりに大型の武器を持っている。


「この武器が気になりますか?」


武器を見ていたからかジュダが声を掛けてきた。


「はい。皆大型の武器を持っているのでどうしてかなって」

「この辺りには迷いの森以外にもう一つ小さな異界がありましてその名も鬼哭きこくの谷と言う場所です。鬼哭の谷には大型の魔物が生息しているのですがその全てが通常の武器ではまともに傷を付けられず大型の武器で無理やり身体を壊すように攻撃しなければ倒せないのです。しかも異界自体は小さいせいかすぐに小規模の大暴走を起こしまして定期的に狩らなければオルディンに被害が及ぶのですよ。いつ起きるか定かではないのでいつも騎士達はこうやって担いでいるのですよ。早い時は一月に三回も起きたことがありますからね」

「大変ですね」

「ええ、ですが奴等はそれなりに美味いですし武具や防具にもなりますからね。今では死傷者もそう出なくなりました。まるで祭りのようになっていますよ」


そう言って笑うジュダに悲壮感はまるで無く本当に祭りのようになっているのだとよく分かった。


「楽しそうですね。参加は難しいと思いますが一度小規模なものを見てみたいですね」


起きない方が最も良いのだろうが街の住人自体が危険視していないのであればいっそ見るのも良いだろう。

この時の言葉が余計だったのかもしれない。まさか本当に大暴走が起きるとは思っていなかったのだ。けれどそれは私の望むものでは無かったと初めに言っておこうと思う。

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