第168話 体育祭中に雑事をこなそう



アルフの試合は何事もなく終了した。実力で大きく勝っているのだから当然だがそれでも少しだけ心配ではあった。主にアルフが試合会場粉砕とかしないか、もしくは相手の防具を過剰に高く見てしまって木っ端微塵にしないかと。アルフ自体が傷付くことはほぼ無いのでその辺りは気にしていない。

一日目の試合が終了してアルフは他の競技に行くようだ。アルフが私に気付いて手を振っている。可愛い、いや格好いい。どっちでも良いか。アルフがこっちに来ようとしたが先生に呼び止められてすぐに移動することになったようだ。申し訳無さそうにこっちを見るので手を振り見送る。そろそろ私も用事があるからね。

アルフを見送った後私は学園を抜けて宿に向かっていた。そこに居るのはクド達だ。ディーンは体育祭自体に対して興味が無いのか立ち並ぶ屋台に一度も目を向けることなく私の後を付いてきた。ディーンの忠誠って結構重たいよね。嬉しくない訳じゃないんだけど。


「ということで来たよ」

「何がということなのかは分からんが来たか」


体育祭が始まる前に会ったのはあの一度だけだったから数日振りである。その間一応大丈夫だとは思ったが監視だけはしておいた。特に逃げる様子も無かったので敵対するつもりが無い事は良く分かった。


「それで本当に眷属になる?死ぬかもしれないよ?」

「ふむ。気にする事はない。そもそも私達は本来ならクーデターで死んでいた身だ。そして助けた者が貴様の手のものなのだろう?ならばこの命は貴様から渡されたものだ。存分に気にせず使うといい」


クドの言葉に頷くヒナを見て私も少しだけ緊張する。元々眷属化の成功率はおよそ十五%というかなりの低確率だ。二人を眷属化すると片方、もしくは両方とも死ぬ可能性が高い。少なくとも友好関係にある者をその危険に晒すのはなかなか気が進まない。だけどここで踏み止まっていればきっとアルフを眷属にすることなど出来ないだろう。


「もし死んだらしっかりサンプルだけは回収するよ」

「当然だ。私の死を無駄になどするな。まあ私が死ぬことなどありえん。このクドを舐めるな」


恐怖も緊張も感じていない様子でクドが笑う。ヒナは死ぬ事など何も感じていないようだ。いや気にしていないのか。


「分かった。なら始めるよ」


クドをベッドに押し倒す。立ったままでやれば暴れるからだ。傍目からは少女に押し倒される青年という極めて事案にしか見えない光景だ。クドの首筋に牙を突き立てる。クドの血は濃い感じだ。ソースがたっぷり掛かった肉のような味。色んな血の味があるのだなぁなどと下らない事を考えながら血を入れ替え続ける。


「ん……ぷはっ」


血の入れ替えが終わった。後はどうなるか分からない。強烈すぎる痛みに発狂するか死ぬか受け入れて眷属になるのか。クドを見ていたらヒナにくいっと軽く袖を引っ張られた。振り向くとヒナが首元を露わにしてベッドに腰掛けていた。だからスイは何も言わずヒナの首筋に噛み付いた。

血の入れ替えが終了してから三十分が経過した。コルンやリンの時は早く終わったがあれは二人が鍛えていたからだ。だがクドとヒナはどう見ても戦える存在ではない。だけど二人は熱を出し魘されながらも決して死ぬものかと強い意志で耐えている。


「もどかしいね」

「……僕もいずれ眷属にしてね」


ディーンがこの状況を見ても眷属化を求めて来た。今じゃないのは流石に死ぬからだろう。私もしない。流石に九歳が耐えれる痛みではない。


「大きくなってその時まだ眷属になりたがっていたら考えてはあげる」


スイはそれだけを言うと二人の観察を続ける。眷属化のプロセスは血の入れ替えによって魔力的に染め上げていく。身体の作りを壊す。再構成する。の三つだ。

魔力的に可能な限りその人物を魔族側の魔力に似せ身体の作りを壊す。魔族は素因が無くならない限り死なないのでその特性を生かして治すのだ。そうして再構成した身体が眷属の身体となる。言葉にすると簡単だがこれは限りなく博打に近い。つまり眷属は魔族の遠隔操作出来る身体のような扱いに世界を誤認させることで治癒を促すのだ。失敗すれば当然そのまま死ぬ。身体がぐちゃぐちゃになっているのだから。しかも治る時もとてつもない激痛を味わうのでそちらでも死ぬ可能性がある。

今のクド達は一応世界の誤認は成功しているので一つ目の峠は超えている。今は二つ目の峠、再構成だ。この再構成もかなりの難関だ。魔力的に回復しなければそのまま死に魔力的に回復することには成功してもそれが内臓の役割を果たさない可能性も高い。そもそも内臓ではなくその形をした魔力の塊でしかないのだ。当たり前だが元と同じ働きはしてくれない。

見ている限りでは魔力的に回復し始めてはいるので峠の二つ目は越えかけているとみても良い。ただし動作が正常でないとそのまま死ぬので危険だ。しかも痛みは最初から最後までずっと続くのでそちらに意識が持っていかれると成功しない可能性が高くなる。一応痛みは意識するなとは言ったがどこまで効果があるかは不明だ。


「ぐっ……死ぬ…ものか……!私は死なぬ!決して死ぬものか!」


クドがそう叫ぶとクドの身体の中で暴れ回っていた魔力が一気に収束に向かう。成功だ。


「ぅ……にぃさま?にぃさまが……がんばってる……わたしも…がんばらないと」


徐々に意識が覚醒して来たのかそれともクドの叫びに反応しているだけなのかヒナの魔力が落ち着いて来た。クドの叫びに反応したのならブラコンが過ぎると思う。別に構いはしないが。


「眷属に…なったら血の繋がりなんて………」


いやちょっと待って。不思議な言葉が聞こえた感じがした。ヒナの方を思わず振り返るが意識を再度失ったのか目を瞑っていた。魔力は安定しているのでこちらも成功している。


「……ディーン」

「スイ姉、多分気にしないのが正解だと思う」

「そう……だね」


というか関わりたくない。ヒナの片想いなのかクドもそうなのかで大分変わるがそもそもそこまで知りたくもない。


「……リーシャの方も行こうか」


私の言葉にディーンは頷いた。二人をそのままベッドに寝かせてから隣の部屋に入る。そこでは私が来たことに気付いたリーシャが素早い反応で私の前に跪いて靴を舐めようとした。そしてディーンに鼻先にボラムを突き付けられていた。


「何ですかこの失礼な少年は」

「何この主従の言葉の意味を理解してなさそうな頭の弱い女は」


リーシャも大概だがディーンの言葉の鋭さが半端じゃない。


「私はスイ様に忠誠の証を立てようとしただけです。貴方のようなまだ小さい子供には理解できませんでしたか?」

「主人の苛立ちを理解出来ない忠犬ぶった駄犬ほど要らないものはないね。忠誠を誓うならそれこそ命も魂もその全てを捧げて生涯を費やせ。間違えても主人にお零れやおねだりをするような存在など要らない。死んでやり直せよ。ましてや自分の性癖を満たすために主人を求めるなど言語同断。死ねば良いと思うよ」


リーシャがボロボロに言われている。そこに大人と子供という境界は存在しなかった。途中から反抗出来なくなってきたのかリーシャは最後には涙目になっていた。ここで私が何か言うと変な波乱を巻き起こしそうなのでとりあえずベッドに腰掛けて避難しておく。リーシャの教育係にディーンとかどうかな。上手く手綱を握ってくれそう。


「ごめ、ごめんなさいぃぃぃ!!」

「泣いて謝れば許して貰えるとでも?甘いな。スイ姉、ちょっとこいつの事もう少し躾けたいから少しだけ離れていてくれるかな」

「あっ、うん。ドゥレ達の方に居るから終わったら来てね」


とりあえず今後はリーシャの言動に悩まされない感じがするので少しだけ気分が良くなった。部屋を出る時ショックを受けた表情のリーシャの顔が凄く印象に残った。あんまりやりすぎないようにね?

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