第96話 あやつりにんぎょう、かいらいのおう、くるいしもの



「ん、ということで一緒に帰る事になった。短い間だったけどありがと」

「気にしなくて良いよー。まあまさか朝帰りしてくるとは思わなかったけど」


そう言ってニヤニヤしてるクライオンがかなり鬱陶しかったのでとりあえず近付いて腹を殴っておいた。悶絶しているクライオンは放置してフィム達とも挨拶を交わす。


「はい。スイちゃんこれを持って行って。指輪があるからいつでも食べられるのでしょう?お腹空いたら食べちゃって」


そう言ってフィムは幾つもの弁当箱を渡してくる。断ろうとしたら涙目で見てきたので耐えれずに受け取る。美人の涙は強いと思った。今度何か困ったことがあれば涙を流して頼んでみようかななどとスイは考えた。


「スイちゃんこれも持って行っちゃって。クライオンったら手に入れるけど基本使わない魔導具たちだよ。許可は貰ってるから気にしないで!」


ユウはごちゃごちゃした大量の魔導具を持ってくる。用途がいまいち分からないものもあるが丁寧に使用方法が書かれた紙も渡されたので有り難く受け取っておく。


「はい」


そしてイスティアが渡してきたのはスイが最も欲しがっていた物だった。


「これは……」

「話を聞いてから思い浮かんだから」


スイの手に乗せられたのは素因。色は濃い茶色だ。土の素因「崩山ほうざん」だ。


「拾ったやつだから気にしなくて良い」


まさかルーフェと一緒かと思ったがそもそもスイの素因が傷付いている話はしたことがないので偶然だろう。というかそれならそれで何でこんな高位の素因が落ちてるのかが非常に気になるが。後どうやって見付けたのかさっぱり分からないが理を追加するようなクライオンだ。素因位なら見付けられそうではある。


「ありがと。嬉しい」


スイが素直に感謝を述べると何故か三人とも後ろによろめいた。顔が真っ赤になっていて風邪でも引いていたのかと少し心配になる。


「え、可愛い。何あの笑顔……天使?」

「くっ、お持ち帰りしたくなる。駄目だ耐えろ私」

「……女の喜びを与えたくなる」

「「やめなさい」」


ひそひそ声なので良く分からないがとりあえず分かるのは妙な目でイスティアに見られてそれを二人が止めたということだ。何故か身の危険を感じたのだが気のせいだろう。


「もう時間も無いんだろう?早く行ってあげたらどうだい?」


クライオンがそう言ったのでスイは頷く。


「ん、また会いに来れたら来る。それまで元気でね」


スイがそう言うと四人は笑顔でスイを送り出してくれた。スイもまた笑顔で行くのであった。



「お?挨拶は済んだのか?」

「ん、済んだ。もう出発?」

「おう、もう確認は済んだからな」

「待たせてごめん」

「いやつい五分くらい前に終わったから気にすんな」


そう言って男性は他の人に出発することを伝える。既に御者席には全員座っていたのでスイが乗り込むとすぐに出発した。それ程広いわけではないので首都をすぐに出ていく。徐々に遠ざかる首都を見てスイは今更ながら自分を操りここに来させた者の事を考えた。一体何をさせたかったのだろうか。特に何も無いので恐らく何かしたのだろうが何をしたのかさっぱり分からない。


「まあ良いか」


スイはそう呟くと首都から目を離した。結局考えた所で分からないのだ。それならこれからのことを考えた方が有意義である。行商人達が向かう先は法国セイリオス。ノスタークが一応所属している国である。イルミア帝国が亜人奴隷推奨に対して真っ向から反対している国家だ。


「良い国だと良いけどね……」


呟いたスイの目が妖しく輝いていた事に誰も気付かなかった。それはスイも気付かないものだった。



――ある獣と魔族少女と異界の勇者――

「は?」


思わず唖然とした私はスプーンを落としたことにも気付くのが遅れた。イルナが何処かに飛んで行ったと思ったら何処からか拾ってきた小さな竜を咥えて戻ってきた。意味が分からない。

私の声にタンド達が此方を見る。そうしている内にイルナは私達の前に音も無く降り立つ。既にイルナの事はこの街に知れ渡っているので動揺した人達は居ない。これもガリアさん達のお陰だ。


「えっと……イルナ。その、口に咥えてるのは?」

『竜だが?』


何を訊いているのかと言わんばかりの態度のイルナ。


「いやそうじゃなくて、どうして咥えてるの?」

『ふむ。それは……ウルドゥアよ。この竜を治せ』


イルナはローレアさんの方を見てそう言う。ウルドゥア?まさかローレアというのは偽名なのだろうか。ローレアさんは苦笑いしてイルナから竜を受け取る。竜はパッと見ただけでも傷だらけだ。まだ生きているのが不思議に思えるほどに傷が無い場所がない。


「ふぅ……一応名前は隠していたのだけど?」

『む?そうであったか。なら今の名は?』

「ローレアよ」

『侍女の名か。亡くなったのか』

「えぇ、それでこの子を治せばいいのかしら?」

『ああ、傷痕すら残すなよ』


イルナの言葉にローレアさん?ウルドゥアさんかな?が頷くと竜に手を翳す。その手から暖かな光が溢れてきて竜を包み込む。目に見えて傷が治っていく。魔法とは違うその現象に私はイルナを見る。


『ん?ああ、あやつの素因の力よ。確か治癒であったか?治療だったかそんな感じのものだ。その威力は魔法などよりも遥かに強いのでな。こうして連れてきたわけだ』

「ふぅん。そっか。私も使いたかったけどそれなら難しそうね」

『まあやれるものはウル……ローレアだけよ』


ローレアさん凄い。私もそんな特化した力が欲しくなってくる。私の素因は未だ確定?してないので可能性はある。あると思いたい。


「はい。治ったわよ。それでこの子は一体?」


ローレアさんが三分程度で手を離すと竜は意識こそまだ戻っていないようだが傷は何処にも存在しなかった。インスタント並に簡単に治してしまうローレアさんは魔王の中でもそれなりに特殊な位置に居そうだ。


『うむ。この娘は現竜王よ。幼くして竜王の位置に立たされた傀儡の王よな』


何か凄くきな臭くなってきた感じがした。それはタンド達もそうだったようでそっと出て行こうとしたので私は回り込んでタンドの裾を引っ張った。タンドは嫌そうな表情を見せたがすぐに諦めたように戻ってきた。巻き込まれ体質な主人公ゆうしゃよ、諦めろ。


「竜王ね。でもそれなら例え傀儡であったとしても相当な力を持っていないとおかしいわよね?なら何故この子はこんなに傷だらけだったの?」


ローレアさんの言うことは確かに疑問である。そもそもこの場に居るのもいまいち分からない。私もそう思ってイルナを見る。


『知るわけなかろう。我は空を飛んでいたら見付けただけよ。状況など知らん。起きてから訊け』


それはそうだ。イルナもまさかこの場で竜王に会うなど想定しているわけもない。私達は妙に納得した。そんな時ローレアさんの腕の中に抱かれた五十センチ程度の竜がもぞもぞと動いた。暫くもぞもぞ動いてから目をゆっくりと開ける。その瞳は瞳孔が縦に開いていて美しい金の瞳だった。


「ここは?あたしはだーれ?」


見た目と似て可愛らしい女の子の声で厄介事を持ってきた感じがした。



――剣国の勇者――

「王様、僕勇者になるよ。とりあえず情勢と状況と武器とか薬とかの生産体制とか色々教えて。後出来たら魔族との関係も教えて。それから」

「待て待て待て待て。何週間も帰ってこないと思ったらいきなり何だ。勿論勇者としてやってくれるのは有難いが」

「あっ、勇者って言っても僕は女の子のために勇者になるんだ。そこを勘違いしないでね。その子と国だったらその子を取るから。それで早く教えてよ。一部の魔族と協力関係にあるんでしょ?分かってるから。多分魔王ウラノリア関係だよね?それで戦ってるのはヴェルデニア派の魔族だけって事かな?まあ良いけど」


僕がそこまで言うと観念したのかアレイドははぁっと大きなため息を吐いてから話していく。概ね予想通りで何とも言えない。そう思ったのはアレイドもなのか少し微妙な雰囲気になる。


「ふぅん、じゃあ未央さんと晃さんにも伝えておきなよそれ。じゃないとウラノリア側の魔族を攻撃しちゃうよ?」

「そう、だな。というか勇者よ」

「勇者って呼ぶな。僕は拓也だ。勇者って呼んで良いのはあの子一人って決めてるんだから」

「いや本当にお前に何があった。ふぅ、まあ良い。タクヤよ。何処でその情報を知ったのだ?」

「普通にこの城の書斎だよ」

「待て。その書斎は私の書斎だよな?」

「だから?」

「いつ忍び込んだ?」

「頻繁に忍び込んでるから覚えてないな。でも召喚されて目を覚ましてから二日目くらい?そろそろ読む本無いからもう忍び込まないよ安心した?」


僕の言葉に頭を抱えるアレイド。頭抱えるまで行かなくて良いだろうに。まるで僕が悪いかのように扱うのはやめてほしいものだ。


「そう……か。いや分かっていた筈なのにな。タクヤは他の勇者とまるで違うと。ヘラムに行った筈なのに何故か異界の攻略をしているし。意味が分からん」

「分かんなくて良いよ。とりあえずさっき言ったやつ資料にでもまとめて僕に後で届けさせてよ。そうしたら僕がこの戦争を、いや魔族との争いそのものを無くしてやるから。それが彼女の願いでもあるだろうしね。ということで早く用意してね。じゃ」


言うだけ言うと僕はさっさと部屋から出て行った。色々と準備しないとなーと考えながら来る途中で捕まえた魔族と話をしようと思った。早く彼女が安心して笑顔でいられる世界を作らないとね。そして人でありながら怪物のような存在が動き始めた。

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