第95話 行商人



「ご馳走様でした」


食事を終えてスイが手を合わせる。片付けを手伝おうとするとフィムに遮られる。なので結局食事中しなかった話をすることにした。


「ん、とりあえず私から話そうか。深き道に入った後私は…」


スイは深き道で行ったことを一部を隠しながら話す。とは言っても隠したのは自分が弱音を吐いたことなどなので実質全て話したのだが。

少年については話そうか迷ったのだが包み隠さず話すことにした。どちらにせよあの少年はスイの正体を知っている。ならばクライオンと会う可能性がそれなりにあるからだ。

勿論手に入れたアーティファクト癒狂の人形についても話した。武具修復液の話をするとクライオンは酷く残念がったがスイが少しジト目(側から見たらただ見ているだけ)で見ると冗談だよと笑って答える。


「うん、まあその少年が良い人なら良いかな。助けたいなんて言われてときめいちゃったんだろう?なら仕方ないか」

「ときめ?いやそんなことはないけど」


確かに言われた時は凄く嬉しかったが別にそういう訳ではない。少年は良い人であるのは間違いないがそういった関係になりたいかとか言われても全く想像が付かない。何故だろうか。隣に居るのは自然に感じるが恋人というよりかは家族と言った方が関係性としては合っているかもしれない。それを言ったら結婚したいのかとか訊かれそうなので言わないが。


「ふぅん、まあ良いか。じゃあ次はこっちの話かな。まず結論から言おうか。ごめん、スイちゃんの手助け必要無くなっちゃったや」


てへぺろと言葉で言いながらクライオンが笑う。


「どういうこと?」

「いやあ、君が行ってから僕は僕で動いたんだよ。それで適当にやった動きが巡り巡って獣王に届いたみたいでさ。何故か作戦が成功した?」


クライオン自身あまり信じられていないのか疑問を浮かべながらそう言う。


「ん、まあその動き自体はどうでも良いけど作戦が成功したってことは獣王は手助けを確約したと思って良いの?」

「うん、それは間違いないよ。契約もしたからね。魔神王は君が倒さないと後々影響が大きそうだったから亜人族達には魔軍と戦ってもらうことにした。それで良かったかな?」

「良い。気を遣ってくれてありがと。でもそれなら貴方からの助力は得られないと思った方がいいの?」

「へ?なんで?」

「だって何も手伝えてないし見返りだって用意出来るか分からない。クライオンが自分達の為に参加しなかったとしても私には止める理由がない」

「あー、そう思われても仕方ないの…かな?まあそんなのは気にしなくて良いよ。どっちにせよ君が勝たないと将来は真っ暗なんだ。今でこそ魔族との戦いは均衡しているけど少し前、じゃない。何百年前だっけ?まあそのくらいには凄い攻められて殆どの大陸が落とされていたんだから未来では完全に支配下に置かれていてもまるでおかしくない。僕は自分が死んだ後に子供達にそんな人生送って欲しくないな。だから僕は現状が打破出来るなら全力を注ぐよ。そこに見返りを求める気持ちなんて無い」


そう言い切ったクライオンを見てスイは考え違いをしていたことを素直に謝罪する。通常の交渉ならスイの考えは間違いではない。誰しも得られるものがないものなど断りたいだろう。だがこれはそういうものではない。未来を手に入れるための行動なのだ。強いて言うならば見返りはその望んだ未来か。


「まあ格好良いことを言っても終わった後なら見返りは欲しいかな?貴族位とかどう?」


そう付け加えたクライオンに思わずスイが溜息をついたのは致し方ないと思う。



「あぁ、それとスイちゃんに言わなきゃいけないことがあったんだ」


お互いの状況を伝えた後スイ達は居間でジュースを飲んで寛いでいた。スイの持つ物は色はピンクと紫が半々で混ざったような気持ちの悪いものだが味はミックスジュースだ。この世界のものは色や形、食感などそう言ったものを度外視すれば味自体は良い物が多い。色にはせめて頓着して欲しいとは思うが。


「何?」

「スイちゃんが言ってた行商人だけど明日には発つから話ぐらいは通しておいた方が良いんじゃないかな?ギリギリまで帰るのを待ってくれていたみたいだし」

「先にそれを言って」


スイが非難じみた目で言うと思ってはいないだろうが反省を浮かべるクライオン。行商人達の場所を聞いた後スイはそこに向かう。

着いた先では行商人達が獣国で買った物なのか大量の荷物を馬車に載せており正に帰る準備の真っ最中だった。ふと思ったスイは何気無い動作で割り込むとそのまま荷物を載せ始めた。あまりに自然に入られたせいかスイが居ることにも気付かずに一緒に荷物を載せていく。


「ふぅ、これで載せ終わったな。後は挨拶だけして明日の朝発つ。今日はもう終わりで良いぞ。挨拶は俺からしておく」


スイと話したリーダー格の男性がそう言うと他の者は思い思いに過ごし始める。酒場に向かう者や世話になった人の元へと向かう者、宿屋で寝るために部屋に戻っていく者。スイはそれを聞いた後自然な動作でリーダー格の男性の背後に並んだ。まだ誰も気付いていない。スイの動作が自然過ぎるのだろうか。

その後後ろを付いてまわりながら一緒に挨拶回りをしていく。その間全く疑問を浮かべられなかった。流石にそろそろ辛い。

そして挨拶回りが終わった後馬車に腰掛けて一服し始めたのでスイも隣に座る。流石に隣に座ったら気付くだろうと思っていたのだが男性は気付いた様子もない。なのでそっと少しずつ近付いていく。ほぼ触れる距離まで来たのに気付かれない。何か認識阻害でも使っていただろうかとスイが真剣に悩み始めていると頭にぽんと手が置かれる。あぁ、ようやく気付いたかと男性を見ると自然に乗せられていた。手は撫でるように動いている。優しい手付きで少し眠たくなってくる。むしろ触っているのになぜ気付かれないのだろうか?

少し欠伸が出そうなのを我慢していると男性の手がゆっくりと押し倒してきた。そして男性の膝の上、俗に言う膝枕状態になる。その状態で頭を撫でている男性にそろそろ気付けよと怒鳴るべきか迷う。というか本当は気付いているのではないだろうかと男性の顔を下から覗き込む。男性はスイの顔を全く見ておらず気付いた様子がない。

しかし撫でられていると本当に眠たくなってくる。膝枕状態で寝やすくなっているから余計に。スイは必死で耐えていたが元々それなりに疲れていた為か我慢も虚しく瞼が落ちていく。最後に見た景色はまるで父親のように優しい表情で撫でる男性の顔だった。



「おーい、起きてくれないか?」


スイの身体が少し揺さぶられる。本当に軽く揺らされただけだがスイは目を覚ます。眠たい目をこすりながら周りを見ると最後に居た馬車の中でというか未だ膝枕状態で寝ていた。男性が少し困った表情でスイの身体を揺さぶっていた。

しかも良く見ると周りに他の行商人達が居る。どうやら寝ているスイを起こさないようにしていた結果朝になってしまったらしい。荷物を載せているので元々馬車の中で寝るつもりだったらしいが申し訳ないことをした。


「ん、ごめん」

「いや、構いはしないがいつ来たんだ?全然気付かなかったぞ」


やはり全く気付いていなかったようだ。これは男性達がそういった事に気付きにくいだけなのかそれともスイの溶け込み方が自然過ぎただけなのか。両方かもしれない。

素直に荷物載せの段階から居たというとそれまで鈍いなぁなどと言っていた他の行商人達が一斉に固まる。どうやらスイが気付かれない内にリーダーの男性の膝枕で寝たと思っていたらしい。まあ普通はそうだろう。

信じない者もいたのでその時に耳にした会話の一部を抜粋して話すと愕然としていた。この表情を見れただけで楽しかったのでほぼ半日気付かれなかったことには目を瞑ることにした。いや多少影が薄いのかと真剣に悩んだくらいだからだ。


「今日発つんだよね?まだもう少し時間があるならちょっと挨拶してから出たいんだけど駄目?」

「いや良いぞ。まだ最終確認してないからな。すぐに戻るなら構わない」


男性がそう言ってくれたのでスイはクライオン達に挨拶するため戻っていく。それを見ながら男性は顔を押さえた。


「娘のように接してた。魔族なんて言われても……俺達と何も変わらないんだな。お前達、俺は帰ればレクトに魔族についてを伝えようと思う。お前達も証言してくれないか?」

「分かりました。我等の見たままを言います。ユルド様」


ユルドと呼ばれた男性は立ち上がると膝の上のほんの少しの温もりを感じた。まだ小さな少女から渡されたイングルム、その中に入っていた少女の使命。それを思うとあまりに先が暗く感じる。ユルドは祈った。あの少女の行く末が明るい事を、その為に出来る限り松明を持って一緒に付いてあげようとそう思った。それは果たして自らの思考なのか分からないままに。

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