第330話 私の力
パパの服を血だらけにしちゃったけど考えてみれば魔法で無理矢理取ってしまえば良いと気付いたのでサッと取って廃工場から出た。血の匂いでそろそろ吸血鬼としての欲求が抑えきれなくなりそうだったからだ。
「……あれ?いやおかしいよね?」
「何がだ?」
この二年以上当たり前と言えば当たり前だが血など飲んでいない。吸血鬼族は飲まなければ少なくとも衝動が起きて暴れ回るという話だったはずだ。勿論さっきまであの名前も知らない男に吸血鬼としての特性を取られていたからという可能性も無くはないが、例えそうであったとしてもスイ自体の身体が変わった訳では無い。
「飲まなければ……いや、そもそも飲む必要は無い?」
実際は分からない。だがもし飲まなくてもいけると言うのであれば何故そのような現象を魔族は全員が持っているのかさっぱり分からない。
「……考えても分からないか。じゃあいいや」
理由はどうであれ答えが出る問題でもない為、スイはあっさりと考えるだけ無駄と諦める。
「なぁ。みどり……というか名前も思い出しているから違うか」
「ん?そうだね。一応スイって名前だけど……パパにはみどりって呼ばれたいな。記憶が戻って性格も変わったように思えるだろうけどみどりとして過ごした記憶まで消えた訳じゃないから」
「そうか……分かった」
「それでどうしたの?」
「ああ、いやあいつらのことどうしたものかなと」
そう言ってパパは廃工場の方を見る。成程、幾ら私が彼等が死体が動いていただけだと言っても信じる事は出来ないだろう。首謀者も人とは違う存在になっていたと言っても見た目は変わらないし、ましてや苛立ちに任せてぐちゃぐちゃにしちゃったので気付くことも出来ない。
「私が何とかするよ」
警察が幾ら情報規制やら操作をしたところで人数が人数なので絶対に無理がある。そもそもつい数十分前生きていた様に見えるのだ。無茶がある。
「何とか出来るのか?」
「無理を……三、四回位したらいける」
改竄の力を使えば無理なく事実をねじ曲げられる。ただリュミとは違い私の改竄はあそこまで強くないし基幹素因という訳でもない。魔力量に任せてやればギリギリいけなくもないかなと言ったところだ。
「大丈夫なのか?」
「ん、疲れるだけだから大丈夫。暫く動けなくなるとは思うけどそれだけだから」
その程度であれば別に幾ら使っても問題は無い。この世界にスイの身体を傷付けることが出来るものなどありはしないのだから。
少しだけパパから離れると改竄の素因を使う。以前使ったように混沌の素因から引きずり出さなくても数回に分けて使うつもりなので、ほんの少しだけ能力を使える程度に引き出して使う。改竄の能力により一部の人間は事故で死んだことになった筈だが流石に目の前で使ったこともありパパには影響がないようだ。
「ふぅ……やっぱりこの力は疲れるなぁ」
足に力が入らなくなりその場にぺたんと座り込む。世界全体に対しての修正なので想像以上に負担が大きいのだ。こんなものをぽこぽこ使っていたリュミは本当に凄かったのだと思う。
「何をしたんだ?何かピカピカ光ったと思ったら座り込んだが」
「改竄っていう素因の能力を使ったの」
「改竄?素因?」
「んー、要は事実を違う事実に置き換えたの。死んだということはそのままにして死因だけ変えたって事。まだ一部しか出来てないから誰かに見付かったらおしまいだね」
「良く分からんが誰かに見付かったらまずいってことだな。上司に電話してこの辺りを封鎖してもらうか?」
「いや、封鎖まではしなくていいよ。というかすると私への負担が大きくなるから遠巻きに人が来るのを邪魔する程度でお願いしたいな。万が一見られても数人程度なら記憶を弄れるから」
「記憶を……中々凄い事が出来るんだな」
「まああっちの世界だと上から数えた方が早い程度には実力があったと自負してるよ」
常に素因の制御をしたりそもそも素因の大半が傷付いていたりと全くと言っていいほど本来の実力を発揮する事は出来なかったが、こちらの世界に来て素因の吸収こそしていないが辺り一面には濃密な魔力が漂っているお陰で素因はほぼほぼ全回復している。今ならば本来の実力を発揮する事も出来るだろう。まだ力の大半を空気中かあるいは吸血鬼としての特性を奪った男のように誰かに取られているが。
「あれ?私まともに本気で戦えたことない?」
「いきなりどうした?」
パパの問いになんでもないと言って首を振る。スイがまともに力を使えたのは……虫食い記憶の中にあるようで思い出せない。リュミの死以降の記憶が殆ど残っていない。最新の記憶の方から消えているということだろう。誰がスイの記憶を奪ったのかは見当がついているが間違えていたら嫌なので今は確定させない。
「ん、とりあえず私の力を奪った人達から力を回収してくる。パパも来る?」
「この廃工場の死体はどうするんだ?」
「結界でも張って入れなくしておくよ。そもそも改竄の素因を使ったばかりだから似たような改竄は使えないんだよ」
リュミは関係ないとばかりにぽこぽこ使っていたが本来であれば似通った改竄であればあるほど消耗も大きくなるし効果も薄くなる。時間を置いて発動するのが普通なのだ。
「そうか。まあ理屈は分からんが今は無理ってことだな。なら一緒について行く。みどりを一人にするわけにはいかないからな」
パパの言葉に少しだけ笑みを浮かべながらもパパの腕を取るとジャンプする。軽く廃工場の天井まで届くとパパが目を点にさせていたけどこの程度で驚かれていたらパパの心臓に悪そうだ。早めに終わらせることとしよう。
天井やビルの屋上などにぴょんぴょん飛び乗りながら移動していたら私の接近に気付いたのか全力で逃げようと動く人の気配がした。気配察知に長けた能力を持っているのかもしれない。当然だが逃がすわけもないので少し本気で走るとあっという間に追い付く。
「ヒッ、やめ、やめてくれ!この力を奪わないでくれ!俺はこの力であいつらのことを!」
路地裏で震えながらも私にそう声を掛ける中年のおじさん。吸血鬼の男と違い人間を辞めているわけではなさそうだ。
「なあ、みどり」
「言いたい事は何となく分かるけど、そもそも私の力って普通の人には猛毒の有害物質でしかないんだよね。それに適応するような人がまともな人なわけない。ねえ?貴方はどんな罪を犯したの?」
「つ、罪!?そんなの知らない!何もしてない!」
「嘘つき。私の力は肉体的に適応出来るわけが無いから精神面が適応するしかないんだよ。"魔"力って言われるだけあって悪人にしかまともに使えないんだよ」
パパは難しい顔をしている。実際犯罪を犯した訳では無い以上殺すのはと思っているのだろう。ならば現実を見せるしかない。
「正直者の独白」
私の言葉と同時に紫色の靄という普通に毒にしか見えないそれが中年の男に纏わりつくと男は豹変したかのようにニコニコ笑顔を向けてくる。
「貴方が犯した罪を言って」
「はい!私は自分の娘を犯しました!十三歳の娘です!可愛くて仕方なくてついやりました!後は援助交際も何回かしました!大体は中学生です!一人だけ高校生もしましたがやはり少し大きくなった女性よりも未熟な中学生以下が良いですね!後はこの力を使って女性を脅して無理矢理レイプしました!興奮しました!もっとやりたかったのですが舌を噛み切って死んでしまったので残念です。他には」
「あ、うん。もう良いよ。死ね」
「はい!喜んで!」
男は自分の腕を使い首をギリギリと締めていく。私の力を持っているからか中々しぶとい。数分ほどそうしていて最後に首をゴキっとやって倒れた。苦しかったのかかなり苦悶の表情を浮かべているがはっきり言ってどうでもいい。
「分かった?パパ。私の力を使えるのはそいつがどうしようもないほどのクズだってことだよ」
パパには刺激が強かったのか顔を青ざめさせているがやがて顔を振ると気持ちを切り替えたようだった。
「ああ、みどり。警察官としてはどうかと思うんだが……あんなのばかりならそのまま殺してくれ」
パパのその言葉に私は笑みを返した。
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