第329話 パパ



「どうして此処に……」

「お前が海の中に潜ったのは映像とかで分かったからな。この辺りで張ってたんだ」


私の問いにパパが応える。


「……そういう意味じゃない」

「まあそうだろうな」


パパは少し笑って近付いてくる。その足元にある血溜まりでぴちゃっと足音を立てる。それにパパは少しだけ嫌そうな顔をしてすぐに気にしないことにしたのか歩みを進める。


「……パパ、近付かないでって言ったら離れてくれる?」

「断る」

「パパって頑固だよね」

「それはお前もだろう?みどり」


元よりそれほど入口から離れていなかったこともありすぐにパパは私の目の前に立つ。パパの目の前に立つ私は一体どういう風に見えているのだろうか?右手を少し上げるとそこからボタボタと垂れる血の塊が見えた。服も元の色が何だったのか分からないくらい赤く染まっている。


「みどり」

「私はみどりじゃない」


パパの呼び掛けに反射的にそう答えてしまった。


「いいや、お前はみどりだ。俺と千恵子の娘で幸太の妹で花奈の……花奈はどっちになるんだ?」

「……分からないけど花奈の方が大きいから一応姉で良いんじゃないかな」

「じゃあ花奈の妹だ。みどり、お前はもう俺達の家族なんだよ」

「……四十七、十八、七、二、十万以上、何の数字か分かる?」


パパはいきなりの問いに戸惑う。


「私ね、この身体になる前この世界に住んでたんだ。この世界で生まれてそして死んだ。普通……かは分からないけど特殊な力も無くてまあ至って普通の人間だった。パパは知ってるよ。パパの部屋に新聞の切り抜きがあったもの。知らない訳がないよね」


私の言葉にパパは目を見開く。


「名前も苗字もそれを見ても思い出せなかったけど確かにあれは私のものだった。私の弟の拓也、幼馴染の湊ちゃん。事件扱いされてるとは思っていなかったけどね」


パパの顔を見たくなくて背中を向ける。


「私はまあ天才っていうやつなんだろうね。こんな思いするなら要らない才能だけど。産まれた時からずっと気持ち悪かった。私のことを理解出来る存在は絶対に居なくて私もまた彼等を絶対に理解出来なくてどうしようもなくなった。自分がおかしいことなんて最初から分かってた。だから最初から理解されることは諦めた。理解させることにしたんだ。私の考えが分からないなら私の考えに近づけさせれば良い。私のことを理解出来ないと言うのならばその身に染みさせて覚えさせれば良い。私のことを拒絶するのならばそんな考えが生まれないほど壊してあげれば良い。そうしたらきっと……友達になれるって思ってた。ううん、今でもその考えは変わってない」


私の独白にパパは何も言わない。軽蔑されているだろうか。怖がられているだろうか。分からない。分かりたくない。


「四十七人、そうやって私が心を壊した人達、クラスメイトだったり近くに住む子だったりだよ。口止めはしたから話さないんじゃないかな?十八人、良い感じに壊せたんだけどいまいち足りなくて結局捨てちゃった子達。七人、壊した後何かフラッシュバックでもしたのか自殺しちゃった子。転校してからだからアフターケアが間に合わなかったんだよね。二人、湊ちゃんと気付いていないみたいだけど拓也の二人、小さな頃から居たから壊された事には気付いてないみたいだけど。十万以上はこの世界じゃないけど私が殺した人の数、街を幾つか壊してるからそれぐらいは居たと思う。流石に建物の崩壊に巻き込んじゃった人なんて何人居たか分からないから曖昧だけど」


私は喋りながらパパから遠ざかるように歩いていく。暫く歩いてから振り返らずにパパに声を掛ける。


「そんな化物を娘だなんて言っちゃだめだよパ……田崎さん」


私はそう呼び掛けるとこの場から去る為足に少し力を入れる。その瞬間私の背中がドンッと押されて倒れてしまう。私の事を仰向けにしてパパは叫ぶ。


「馬鹿娘が!俺はそんな事聞いてねぇ!良いか!良く聞けよ!例えお前の過去にどんなものがあってもお前が俺の娘であった事実までは消えないしこれから先もそれは消えないんだよ!お前は俺の娘で俺はお前の父親だ!そこは間違えるな!」

「でも私は……!今だってここに居る人達を殺した。見てたでしょ。来ている事に気付いていたもの。私は化物だよ。人を殺す事に躊躇いなんてない。そんなのと一緒に居たら……」

「んな事どうでもいいんだよ。今の俺は警察官の田崎仁じゃなくて家出娘を連れ戻しに来たどこにでも居る中年の父親なんだよ」

「どうでもいいって……!」

「ああ、どうでもいいさ!娘が間違った道に進んでたら止めるのが親ってやつだ。けどもうやっちまった事は仕方ねぇ。なら次にやるのはもう二度と間違えないように引っ張り戻してやることだろ。みどり、お前この人達の事最初から殺そうと思ってたか?」

「……違う」

「ならどうして殺そうと思った?」

「それは腹が立って」

「嘘を付くな。職業柄お前みたいに無表情なやつとかも見てきたんだ。嘘付いてることぐらい流石に分かるぞ」

「……戻せないから。彼等は元の人間に戻せないから殺した。そこのぐちゃぐちゃになったやつは腹が立ったのもあるけどもう人じゃなかった。他の人達はそいつに血を吸われた時点で多分死んでた。加減も知らない吸血行為なんてただの殺しと変わらない。血を吸い切ることで眷属に無理矢理にしてたみたいだけどそれは死体を操る行為と何も変わらない。だからそいつのすることには絶対服従だった。蘇生は神の御業であって私には出来ないから」

「…………思った以上に混乱する内容だがみどり、もしかしてお前記憶が戻ってるのか?」

「さっきね、そこのやつに記憶の悪夢を見せられて無理矢理思い出させられた。それと……流石にこの体勢はどうかと思うから離れて欲しいんだけど」


今の私はパパに馬乗りにされている状態だ。パパからしたら私を動かさない為の苦肉の策なのだろうけど一応仮にも乙女である私からしたら複雑な気持ちだ。私の言葉にパパは少し悩むがすぐに離れてくれた。私は立ち上がらずに魔法で適当に作った石の椅子に座る。


「全部戻ったわけじゃない。アルーシアに行かないと私の記憶は多分全部は返ってこない」

「アル?」

「アルーシア、私が居た世界、異世界の名前だよ。地球みたいな意味だと思えばいいよ」

「そうか……戻るのか?」

「いずれは戻らないといけないね。戻る術が今の所無いけど。今は無理でも時間を掛ければ無理矢理壊して移動する事も出来るんじゃないかな。だから私一人で行動する。田崎さんに迷惑……」

「パパで呼んでくれ」

「……」

「何か言葉にしたら恥ずかしいなこれ。だが俺の偽りない気持ちだ。田崎さんなんて呼ばないでくれ」

「……迷惑掛けちゃうよ」

「みどり、今更だろ?」

「え」

「いや正直俺には良く分かってないんだが同僚達が言うには巨大化生物を作ってるのはみどりじゃないかって」

「……………………」

「もしかして当たってるのか?」

「故意では無いとだけ言っておくね」


私の言葉にパパは苦笑いを浮かべる。確かに迷惑という意味ではあれほど迷惑極まりないものも無いだろう。弾薬や爆薬を作るのもかなりの金額が動くのは間違いない。単純な人件費だけでも馬鹿に出来ないし他の署とも連携を取っていたのは間違いないから時間という意味でもかなり迷惑を掛けている。怪我をした人も居るだろうし一度だけ遠目で見たのが対物ライフルの一撃だ。あんなもの放つ時点でかなり苦戦していたことは分かりきっている。


「……流石にもう生まれないと思うから」


記憶がある程度とはいえ戻ってきた事で魔力の扱い方を思い出せた。魔力が漏れることはないだろうし巨大化生物は生まれることは無いだろう。


「とにかくだ、俺はお前を連れ戻しに来たんだ。大人しく家に帰らないか?」

「でも」

「ええい、面倒くさい!みどり!正直に答えろ!俺達のことは嫌いか?」

「そんな事無い」

「俺達と居るのは嫌か?」

「嫌じゃない……」

「なら俺達の家族になってくれるか?」

「…………」

「みどり」

「……………………私、悪い子だよ?」

「悪い子なのか、なら良い子にしてやらないとな」

「パパは私の前世を知ってるでしょ?それでも?」

「前世は前世で今世は今世だ。俺は気にしないな」

「パパって……馬鹿だよね」

「おう!?」

「パパ…………色々と迷惑を掛けちゃうけど大丈夫?」

「親は子供の面倒を見る義務がある。無くても見るが。迷惑だなんて思わないから幾らでも世話になってくれ。遠慮されるのが一番迷惑だからな」

「パパ…………馬鹿なパパ」


そう言いながらパパに抱き着く。


「パパ、私なんかを受け入れてくれてありがとう」

「ああ」

「それと……」

「うん?」

「服を血だらけにしてごめん」

「……お、おう」


私が抱き着いたせいで服が血だらけになってた。早速迷惑掛けちゃった気がするけど……許してくれるよね?パパ。

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