第206話 修行パートのその前に



「……私から〜何か言う事は〜ありませんね〜。ドルグレイ様に〜判断を委ねたいと思います〜」


テスタリカはそう言うと私を見つめる。


「それと《超越者の理》は〜急激に効果を発します〜。今現在生きている人には〜情報を統制しながらでも〜教えないと〜人死にが〜出ますよ〜?」

「そこまで急激に出るの?」

「出ますね〜。今の人族が〜あの時代の人族に〜近付くとなれば〜多分身体が耐えられないですね〜」

「……大体どれ位の強さなの?父様は人族と戦った経験があまり無いからどの程度なのかは伝聞でしか伝えられてない。だからいまいち分からない」

「一言で言うと化け物です。今で言う凶獣より強いです。神々の大戦時の人族などただの大量殺戮兵器でしか無かったです。魔族ですら逃げ惑う存在でしたね」


グルムスが真顔で恐ろしい事を平然と言う。その声音からそれは間違いなく正しい評価なのだと理解してしまう。


「……作るとしても同一の物じゃなくて効果自体は下げようか」


《超越者の理》の効果は人族に主に働き次いで亜人族に効果が発生する。魔族に対しては全く効果を発さない。つまり神々の大戦時のような人族が生まれてしまうと止められる存在が居ない。後そもそも人族や亜人族は一部とはいえ父様を裏切った存在だ。スイがその事を知っている時点で魔族より強くする理由など何処にもない。

魔族一強にするつもりまでは無いが優遇される存在にはするつもりなのだ。父様の願いは三種族の友好関係であってその力関係までは言わなかった。まあ例え言われていたとしても一度裏切られているのだからそれを盾に優遇されるようにはするつもりだ。


「平凡な魔族より弱い程度の力加減に……出来る?」

「出来ますね〜亜人族の方も〜同じように?」

「そう。あくまでも最も強い種は魔族。二度と裏切らせないようにしっかり超越者の理は管理する」

「もしもなのですがスイ様」

「何?」

「裏切られた場合はどうなされますか?」

「……裏切った種に奴隷契約を結ばせる。それを一度でも拒んだ人は例外なく全員殺す」


そう語ったスイの瞳は何処までも澄んだ翠で濁りすら感じなかった。それはスイにとってあまりにも当然の返答であった。それを感じ取ったグルムスは一瞬怯んだかのように身を竦ませたがすぐに口元に抑え切れない程の喜悦の感情を滲ませる。横で聞いていたテスタリカもまたその笑顔に曇りはなくスイの返答を受け入れている証拠だった。


「ドルグレイ様が受け入れなければどうなされますか?」

「ん、その可能性もあるよね。だったらドルグレイを殺しに行く。混沌も使って全力で、それで死ねばドルグレイの力を私が奪う。死なずに私が殺されればドルグレイ達が望むヴェルデニアの消滅を成し遂げる人材を失う。だから多分殺されないと思うんだよね」


スイの言葉に多少予想していたのかグルムスは頷く。どちらにせよ《超越者の理》が無ければスイが安全にヴェルデニアの元に辿り着くなど不可能に近い。ならば今命を懸けても何もおかしくはない。


「まあドルグレイの事だから普通に受け入れてくれると思うけどね。あくまでも万が一だから」


スイの言葉に二人は頷く。ドルグレイについては二人も知っているしその人柄?神柄?も良く理解している。


「ドルグレイの所には数日後かな。体育祭の後片付けが終わった辺りで向かおうと思う。今は皆慌ただしく動いていて中々集まれないからね」


そこで言葉を区切るとスイは窓から外を眺める。そこからは天の大陸が朧気ながら空に浮かんでいるのが見える。


「でも暫く暇になるんだよね」


この辺りには新規で素因が生まれる要素がないしそもそも弱い素因ばかり集めても仕方ない。どうせその大半は修復に使われてしまうのだから。


「でしたらスイ様、ダンジョンに向かってみてはどうでしょうか?あの中には魔素が溜まっているのか比較的弱いものではありますが素因が生まれやすくなっています。深い階層のダンジョンであれば魔物も強くなり実戦経験もある程度稼げるかと」

「ダンジョンって要は異界でしょ?」

「ええ、ですが中々面白いものですよ。それに宝箱などもあって暇潰しにはなるかと」


ダンジョンか。アルフ達も誘って一回行ってみようかな。面白いようなら暇潰しに向かってみて良いかもしれない。


「どんな感じなの?」

「どんな感じ……洞窟の中に草原や地底湖、果ては火山がある謎過ぎる異界ですね。どう作ったのか皆目見当が着きません。環境による邪魔に多数の罠、多い魔物に入り組んだ通路、条件を満たさないと開かない扉など様々ですよ。隠し部屋などもあり娯楽としてはそこそこの物ですかね」


グルムスにとっては娯楽の一種のようだが一応人族の認識では高難易度の異界と思われている。少なくとも娯楽感覚で道を行く者は誰一人としていない。


「へえ、面白そうだね。皆を誘ってみようかな」


けれど感覚が違うのはスイも同じであった。そもそも異界自体を大した脅威に見ていないスイにとっては言葉通りただのアトラクションにしか感じていなかった。尚この言葉を聞いていたテスタリカは非戦闘員である事もあり感覚の違いを如実に感じていたが面白そうだったので敢えて黙った。


「ん、分かった。じゃあ後片付けが終わるまでにダンジョンクリアしてくる。幾つかあったけど……全部終わるよね?」


終わらなければたまに遊びに行けば良いかと特に気にする様子もなくスイは頷く。


「ダンジョンを全てクリアするのは難しいかと。単純に数だけで三十はありますので。長いダンジョンは普通に何時間単位で掛かりますから」


長いダンジョンは何時間所か何ヶ月単位での攻略が人族にとっては当たり前なのだがグルムスの感覚はおかしかった。


「それは面白そうだね。何時間かぁ。皆の集中力も試されるね」


それを聞いて面白そうに笑うスイを人族が見れば狂っているとしか見えないだろう。魔物や罠がある場所に数時間単位で潜れば普通警戒する筈なのだが残念ながらスイにとってそんなものは障害たり得ない。知性ある凶獣であるヒヒの様な存在でないならば凶獣ですら片手間に殺せてしまうほどの強者であるスイを魔物が脅かそうとするのならそれこそイルナなどの化け物でしか不可能だろう。罠に至っては万が一直撃しても死ぬ事などまず無い。壁に挟まれたとしても耐えた挙句グライスで脱出して終わりだろう。


「とりあえずアルフ達がこっちに来たら皆でダンジョン向かおう。オススメとかある?」

「そうですね……ダンジョン名、蒼龍の祠とかどうでしょう?ここから大体三十分程度で向かえますが場所は言いません。冒険者ギルドで訊けば面白いでしょう?」

「……分かってるね」


グルムスの言葉ににっこり笑顔で返したスイは今度こそテンプレが来るかなぁと少しワクワクしながらアルフ達の到着を待つのであった。ちなみにずっと隣で黙って聞いていたステラは生きた心地がしなかった。



その頃アルフとフェリノは呆然と突っ立っていた。雑貨店でディーンが聞いた丸い石の採取場所に向かってきたのだがそこにあったのはあまりにも膨大な数の幻石ルテナフォム。単純に数えるだけで百は優に超すだろう。


「え、これ全部持って帰るのか?」

「それは……無理じゃない?」


コルガを持つアルフであれば重量的には持てるかもしれない。まあ数が膨大過ぎて持つ事がまず無理なので考えるだけ無駄だが。


「指輪の中に入る?」

「入らないだろ。数が多過ぎる。俺達の指輪程度じゃ無理だ」


作成するのにスイですら今は不可能に近いと言っていた筈なのに逆に多過ぎて困る事になるとは思っていなかった。


「フェリノ悪いけどスイを呼んできてくれないか?スイの指輪じゃないと多分入らない」

「お兄ちゃんは?」

「俺は……何か来た敵をぶっ倒す」


そう言ったアルフ達の前に青白い顔をした男が現れる。男の背後には以前学園を襲撃してきた同じ顔の魔族達が居た。


「……君達は……誰かな?……まあ……良いか。……魔族の……尊き御方が為に……贄となってもらおう」


そう言った男の手にはアーティファクトと思われる細剣が恐らく指輪から現れてその手に握られる。


「さあ……操演の剣……イグリアスの……糧となれ」


男がイグリアスの剣を振ると一気にそれがバラけて無数の糸に変貌する。


「……面倒そうだな。フェリノ任せたぞ」


アルフの言葉にフェリノは頷くと一気に加速して一目散に駆けていく。その速度は尋常じゃなく男達は目で追うことしか出来なかった。


「速いねぇ……まあ……僕達の目的は……その後ろの石なんだ……大人しく……死んでくれ」


その言葉にアルフは嘲笑するかのように鼻で笑うと指輪からあまりにも巨大な大剣コルガを取り出す。


「馬鹿じゃねぇの?」


コルガをぶん!と一振りして凄まじい風圧を発生させたアルフはそう言いコルガを構える。


「テメェら如きに負けるような鍛え方はしてねぇんだよ。あんまり舐めんな屑共が」


普段言わないあまりにも暴力的な言葉遣いでアルフはニヤッと凶悪な笑みを浮かべて男達に向けて駆け出した。

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