第207話 クオルタ



「クオルタだ」

「は?」

「私の……名前だよ」


アルフの前に立っている青白い顔の男はそう言って自分を指差す。


「せめて……殺す相手の……名前くらい……知りたいだろう?」


そう言ってクオルタは無数の糸のようになった剣、イグリアスを振るう。それに対してアルフはコルガを振り回すことで弾き飛ばす。


「戯言も真顔で言われるとどうしようもねぇな。テメェらが俺を殺せるかよ」


アルフはまるでそれが至極当たり前かのように答える。その答えにクオルタは少し止まったあと薄らと笑みを浮かべる。


「そう言う……君が……あとどれ位で……私の前に……屍を晒してくれるんだろうね」

「ほざくんじゃねぇよ。死ぬのはテメェらだ」


両者一歩も引かないままお互いに剣を振るい合う。その攻防が想像以上に激しくなったきたせいか後ろからついてきていた同じ顔の魔族達が手を出せずにいた。

アルフがコルガを振るえばまともに打ち合うのは危険と判断しているのかその糸のようになったイグリアスで逸らしたり自分の身体を操り離れていたりする。逆にクオルタがその剣を振るえばアルフのコルガに全て叩き落とされる。硬直状態でお互いに動きが取れなくなっていた。


「……(こいつ強いな。アーティファクト任せと言っちまえばそれだけだが使い方が上手い。中々しぶといな)」

「……(白狼族は近接戦最強の種族とは知っているけれどそれでもここまでとは思わなかったな)」

「……ふふ……君のその剣……気になるなぁ……僕のイグリアスと……打ち合って傷が付かない……それだけでも……作成者が……相当の人だと分かるよ……是非とも……お教え願いたいね」

「あぁ?テメェに教えることなんざ一つもねぇよ」

「いやいや……これは一応見た目では分かりづらいだろうがイグリアスという立派なアーティファクトなんだよ?しかも知ってるかは分からないけれど等級六の事実上最強格のアーティファクトだ。それをアーティファクトでもないその剣が打ち合い続けられるというだけでも立派なんだよ?そこの所を間違えて欲しくないね」

「お、おう」


突然饒舌になったクオルタに引きつつも容赦無く睨み付ける。


「……というかアーティファクト作成に使う予定の物に番人が居るのは当然だったのかな?」

「あぁ?」

「いや、何……こっちの……事情だよ」


いきなり言葉数が少なくなるクオルタに若干苛立つアルフだがその心境では少し不味いと感じていた。


「……(何かこいつ、嫌な感じがする)」


アルフは内心で警戒しつつ早くスイが到着するのを待ち侘びていた。



「ん?」


スイがグルムスの屋敷で出された紅茶を飲んでいると凄まじい速度でこちらを目掛けて走ってくる存在を感知した。


「フェリノ?」


即座にその正体に気付いたスイは紅茶を置くと窓から飛び降りる。それを見てグルムスとテスタリカは王にした後はスイの教育はしっかりしなければと決意した。窓から飛び降りてフェリノの方へと向かったスイをステラは少し嘆きながら自分もまた飛び降りた。


「フェリノどうしたの?」


いきなり目の前に現れたスイにフェリノは驚きながらも事情を説明する。するとスイがフェリノを掴んだ。


「え?」

「道案内宜しく」

「あっ、あっち!」

「ちょ、ちょっと、待って」


ステラの静止を聞かずにスイが走っていったのでステラは涙目になりながら必死に走ることになったのだった。



「おらぁ!」


コルガを地面に叩き付けると地面が隆起してクオルタに襲い掛かる。クオルタはそれを見るとイグリアスを振るい何かの建物の壁に突き刺すと反対側にも刺して引っ張られるように空中に飛び出した。その後に更に振るうとまるで蜘蛛の巣のように展開されその上にクオルタが降り立つ。


「不思議な剣だ……肉体強化と……地面の操作の……二つが付与されているね……そんなことが出来る……鍛冶師が居るとは……思わなかったな」


クオルタは心底不思議そうな表情でそう呟くと指輪から毛糸玉の様なものを取り出す。


「普段は……重いからやらないんだけどね……君は強いから……使わせてもらうよ」


毛糸玉をイグリアスに近付けると剣が取り込み既にかなりの数であった糸剣が更に膨大な数に増える。その数を見て冷や汗を流すアルフ。


「……(不味い。あんな数捌き切れねぇな。どうするか)」

「……イグリアス……演奏の時間だ」


次の瞬間爆発するかのように膨れ上がったイグリアスが魔族の男達に向かって突き刺さる。


「ぎゃああああ!?」

「ぐぅおぁぁ!!??」

「ぐぁぁ!う、裏切るつもりか!」

「裏切る……?何を言ってるのか……分からないな……そもそも……味方だったのかい?」


そう呟いたクオルタは酷く冷めた目を向けていた。


「良く分からない戯言を……吐いて……教祖……とか言ったの……君達じゃなかったか?……私は一度も……やるなど言っていないのに」

「だまれぇ!わざわざ使ってやったのに!恩を仇で返すとは!殺してやる!」


アルフは突然の仲間割れに戸惑いながらも戦況を見るため周りを見渡す。数人アルフ達から離れた場所で幻石ルテナフォムを回収しようとしていた者が居たがそれもまたクオルタの操るイグリアスによって貫かれて既に絶命していた。言い合っていたクオルタと魔族の男もクオルタがその右手に持ったイグリアスを少し揺らすとその首を跳ね落としていた。


「これで……邪魔は入らないね」


その瞬間イグリアスによって死んだ筈の魔族の男達がアルフに向けて殺意を露わにする。一瞬怯んだがすぐにアンデッドの様なものだと理解した。しかもクオルタの命令通りに動く傀儡だ。


「魔闘術……コルガ」


アルフの身体に魔闘術のオーラが纏われるとそこにコルガの肉体強化が合わさる。二重に強化を施したアルフは自分から攻めていく。待っていれば数による圧殺を受ける可能性が高いからだ。


「あぁ……そう来ると思っていたよ」


途端凄まじい悪寒がアルフに襲い掛かる。咄嗟に避けたがアルフの首に一筋の傷が浮かび上がる。


「糸のような剣……確かに打ち合うのは……苦手なんだが……こういう場面では……通常の剣より……厄介だと思うよ」


いつの間にかイグリアスによる包囲が完成していた。無数に張り巡らされたそれはコルガを叩き付けるよりも前に別方向から襲い掛かる事だろう。


「詰みかな……?まあ……強かったよ……ただ……私の方が……上手だったというだけだ」


次の瞬間包囲が一気に縮みアルフに襲い掛かる。アルフはコルガを盾にしながら周りに振るうが焼け石に水という感じでその身体に無数の傷を付けた。しかし二重の強化で何とか耐えたのかアルフは未だに五体満足の状態で膝を着いていた。


「……驚いたな……細切れになっても……おかしくないのに……よく耐えたな」


本気で驚愕の表情を浮かべているクオルタはすぐに隣に居た魔族の男を操ると自爆させ自分は待避した。突然の凶行にアルフは驚いていたが爆発によって起こった煙の中に自分の愛しい女の子の気配を感じて安堵した。同時に自分の不甲斐無さに悔しい思いでいっぱいになる。


「私のアルフに何してるの?殺すよ?いや殺すね。死ねよ」


酷く冷たい声が響くと煙の中から膨大な魔力が溢れ出す。それらは炎となり荒れ狂いながらクオルタへと襲い掛かる。しかしそれらをクオルタは冷静にイグリアスを振り回して霧散させる。


「……これは驚いたな。凄く強い子だ。しかも可愛いね。素晴らしい」


クオルタはそう絶賛するがその最中もイグリアスを振るいスイへと攻撃を仕掛けていた。スイはそれをほぼ無防備の状態で受けその上で近付く。クオルタは驚愕の表情を浮かべると苦々しそうに離れる。


「逃げるな!」

「逃げさせてもらうよ……幻石ルテナフォムが回収出来ないのは残念極まりないけれど命の方が大事だからね……」

「逃がさないよ」


クオルタが背後から来たその攻撃を咄嗟に避けるがその足元がふらつく。しかし即座に驚いた表情をしている小さな可愛い女の子を蹴り飛ばす。


「毒か……」


ガクガク震える足にそう結論づけるとイグリアスを自分の身体に刺して操作して飛び込んできたスイからの追撃を避ける。そのまま走り去ろうとしたクオルタの前には無数の黒が空に浮かんでいた。その黒は短剣の形をしていて一つの黒の上にエルフの女の子が立っていた。


「あぁ……今度は私の詰みか」


突っ込んできたスイの攻撃を半身で避ける。が、スイは無理矢理攻撃の軌道を変えるとクオルタの顔面を掴む。


「無茶苦茶だ……」

「そう……褒め言葉だよそれは」


スイによってクオルタは地面に叩き付けられその意識を暗転させた。

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