第85話 深き道・深淵



「さてと、土壁ウォール


辺りに魔物が居ないことを確認してから土壁をドーム状に作り上げていく。最初は少女がやっていた通りに岩のドームを作り上げようかと思っていたのだが壊れそうになったり安定しなかったりと想像以上に難しかったので大人しくやり易い方法に変えたのだ。耐久性が大きく変わるのでやりたくなかったのだが出来ないものは出来ないのだから仕方ない。

ちらっとそれをいとも容易くやってのけた少女を見る。今は先程の魔物との戦いで消耗が激しかったせいか気を失っている。まだ出会って一日も経っていない拓也の隣でだ。これを何もしないと信頼されていると取るかしても対処できるから大丈夫だと思われているかはたまたする根性が無いと見なされているかだ。個人的には信頼されているからだとみたい所である。

信頼には応えたいと思うので何もすることはないが……というか元から何かするつもりもないが少しだけ思うところはある。


「…………顔ぐらいは見たいな」


呟いた言葉は誰に届くわけでもなく虚しく響いた。



「ん……」

「起きた?」


スイが目を覚ますと少年の声がしたのでそちらを振り向く。相変わらず声は分からないので少年の声かどうかは判別しづらいのだが。周りを見渡すとどうやら土壁か何かで区切ったドームの中に居るようだ。

少年は壁際で何故か離れるように座っていた。疑問に思ったがまあ起きたときに離れていただけだろうと結論付けて思考の奥底に沈めた。

実はこの時少し追求したら焦る拓也の姿が見られたのだがスイは気にしなかったのでその機会は訪れることはなかった。


「……(つ、追求されなくて良かった。まさか……寝返りやら何やらで顔が見えたうえにし、下着まで見たと知られたらどうしようかと)」


内心の動揺は鋼の心……かどうかはともかく押し隠しきったことに拓也は安堵の息を吐いた。単に影の衣の効果で顔が見られなかったことで感情が読まれなかっただけなのだがそんなことは知らないのでギリギリの状況だったことには気付かなかった。まあ顔が隠れていないならいないで拓也の存在に気付いてそれどころではなかったのだが。


「ん、状況は?」

「特に何も変化はないよ。あの魔物を倒した後君が倒れて僕が運んで陰まで連れてきて土壁でドームを作って中で休憩中って所。多分予想はしてただろうけど」

「そっか。迷惑掛けてごめんね。ちょっと魔力を使いすぎちゃった」

「良いよ、あの戦いで僕は役立たずだったからね。これくらいはしないと」

「ん、でも引き付けてくれて助かった。だからありがと」


スイがそう言って頭を軽く下げる。その際にティルのフードが外れる。元々寝ている最中に外れかけていたし影の衣と違いティルには認識阻害の能力など備わっていない。なので頭を軽くとはいえ下げれば外れるのは道理とも言えた。


「あっ……」


スイがそれに気付いてすぐに戻そうとするが既に顔を見られていることに思い立ちその手を元に戻す。


「隠さなくて良いの?」

「もう見られてるしそれに……貴方なら何もしないかなって思ったから」


スイがそう言い小さく笑みを浮かべる。それは信頼の笑みだ。それを受けた拓也は自分の中の良く分からない感情に突き動かされるように自らのフードも外そうとする。しかしそれはスイ自身の手によって止められる。


「駄目だよ。貴方は私と関わりを持たない方が良い。出来る限り人族との関係は少なめにしたいの。危険に晒したい訳じゃないから」


スイの事を知る者は共犯者のような関係のガリア達のような者か魔族の状況を知っている者、スイが創られた魔族であることを知る者にしか教える気はない。なので少年、拓也はそれには不適格だ。あくまでもこの深き道の同行者であるということでしかない。


「それは……」

「……そろそろ深き道も終盤だね。空気が変わってきた」


拓也が何か言おうとしたのを露骨に話題を変えることで止める。拓也もこれ以上は踏み込ませてもらえないと思ったのか口をつぐんだ。


「……そうだね、終盤はどういうのが出ると思う?」

「見てはいけない系」

「それは嫌だな」


スイの即答に拓也は苦笑しながら応える。表面上は先程までと何も変わらないのに何処か溝が生まれたような気がしたのはきっと気のせいじゃないのだろう。スイは少しだけ寂しく思うと同時にこれで良いのだと自分を慰めるように心の内で呟いた。



――深き道・深淵――

二人で時々休憩を挟みながら少しずつ降りていく。進むにつれて空気が徐々に重苦しくなりなかなか思うように身体が進まなくなってきたのだ。物理でも精神的でもなく身体が鉛のように重くなっていくような錯覚といった方が正しいかもしれない。

どちらにせよ一歩動こうとするたびに体力が削られていくので休憩を挟まないと動けなくなってしまうのだ。魔物自体もあまり居ないが強い個体は残っているので少ない戦闘でも全く気が抜けなくなってきていた。

お互いに体力が削られているので少なくない休憩中も身体を休めるのに精一杯で口数はかなり少なくなってきていた。


「……ここは厄介だね」

「そうだね……辛いかな」


道中の会話はこれくらいのものでいつまでこの道が続くのか二人して暗い気持ちで歩いていた。暗くなるとより気持ちが落ち込むというのは分かっているのだが全く先行きが見えない状態では致し方ないだろう。


「……?」


スイが歩いているとふと何かの違和感を感じた。足を止めると少年もそれに気付いたのか立ち止まる。


「どうしたの?」

「……ん、分からない」

「?」

「何か変な感じがしたんだけどそれが何か分からない」

「……そう、少しこの辺りを捜索してみようか?」


少年の提案で周りを見渡しながら違和感の正体を探っていく。そして十分ほど探してそれを見付けた。


「……剣?」


それは玩具のような石の剣だ。これが小さな村辺りにあるのならば子供の玩具で済むのだがここは異界、深き道の奥深い場所だ。そんなものがそうそうあるとは思えない。勿論異界化した際に取り込んだのだと言われたら否定は出来ないのだがそれも深き道が蛇の凶獣の上でなければの話だ。どうしてそんなところにあるというのか。


「魔物の武器?」

「可能性はあると言えばあるけどこの異界の魔物は全種異形だよ?手を使うかな?」

「手があるやつはいる」

「けど殴りかかるぐらいしかしないじゃないか」


お互いに意見を言い合うと結論をさっさと出す。


「恐らくこれは魔物の武器ではない。まず一つしか見付けられなかったから。この異界の性質上単独行動を取る魔物がそんなにいるとは思えないから複数個似たようなものがないとおかしい。次に何故石なのか。魔物が作るなら自分の爪なり牙なりを加工すると思われる。最後綺麗に作られ過ぎている。魔物にとっては加工しやすい石とはいえここまで綺麗に作られているのはおかしい。だからこれは何って話なんだけどね」


結論を告げても結局これが何なのかは分からないのでスイ達は困惑する。スイはこれが異界中にあると思われるウラノリアの建造物の何かだと思うがそれが分からない。ついでにそれを少年に言うのも躊躇われる。

拓也もまたこの石の剣がウラノリアに関係するものだと思ってはいるが先程事情から遠ざけられたばかりだ。訊くのも躊躇われるし何より知っていると言うことで今の状況がどうなるか分からない。


「……とりあえず持っていこうか」


なのでスイは見付けたし持っていこうと言わんばかりの無関心を装った態度で指輪の中にさっさと入れてしまう。しかし拓也はスイがウラノリアの娘だと殆ど確信に近いものを持っているのですぐに見抜いた。


「……そうだね」


しかし拓也はそれに対して何も言わず歯痒い気持ちで見つめるのであった。



しかしそれはすぐに意味の無い行動となってしまう。二人の前に大きな屋敷が門扉を開けて出迎えてきたからである。


「これ何だと思う?」


拓也は知らない振りをしたがスイには分かってしまったらしい。恐らく拓也に驚きの感情があまり感じられなかったことからだろう。拓也の事を少し警戒の視線で見ている。それに気付いた拓也は少し寂しく思いながら見つめ返す。


「……何故?」


限定的とはいえ誓約を交わしているので目的等が訊けない。そのため不思議な問い掛けとなったスイの言葉に少年が手を上げる。


「その前に訊いても良い?」


思わず問い掛けたスイに少年が逆に問い返す。


「……ウラノリアと関係はある?」


脆い関係性を壊しかねない一言を発する。それに対しスイは何も答えられなかった。そしてそれが分かりやすい答えとなってしまっていた。


「そっか」


少年のその一言にどんな思いが込められているのかはスイには分からない。けれど何故か今離れてはいけないと思ったスイは警戒しながらも少年に近付く。少年はそれに驚きながらも何もしない。やがて手が触れ合える距離になるとスイは徐に手を伸ばし少年の裾を握る。

それが拓也にとっては信頼してくれたのだと分かり嬉しくなりその手を優しく包むように握り返した。スイは少し震えたがその手を剥がしはしなかった。


「行こうか」


事情こそ話しはしないようだがスイは拓也を連れていくことを決めたようでそのまま前を向いて歩き出す。その拓也への実質無警戒に近い態度にこの信頼を壊さないようにしようと拓也は決意を露にした。



屋敷の門扉こそ開いてはいたがその奥の屋敷の入り口自体は開いてはいないようだ。そのためスイは指輪から石の剣を出すと適当に振る。何か反応があるかと思ったからだ。そしてそれは正しかった。突然屋敷の入り口が開くと中から大柄な男性が現れた。かなり老年に差し掛かっているようで髪は白く染まり顔も皺が多い。しかしその鍛えられた身体は服の上からでも分かるほどはち切れんばかりに自己主張が激しい。


「……おぉ?おおお!貴女様は!」

「……シャトラ」

「そうです!私はシャトラです!覚えていてくださっていましたか!」

「……」

「……なるほど、ところでそちらの方は?」


拓也を見て訝しげに問い掛けるシャトラに拓也は頭を下げる。


「今は名を名乗ることは出来ませんが決して敵ではないと言っておきます」

「ふむ、何やら複雑な状況のようですな。立ち話もなんですので屋敷内にて続きを話し致しましょう」


シャトラが開けた扉に続いて中へと入る。扉が閉じるとその場にあった筈の屋敷の存在が無くなった事は誰も分かりはしなかった。

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