第86話 シャトラ
「さて……事情はまあ分かりました」
屋敷内の応接室のような所に入るとシャトラは何処かから茶菓子としてクッキーのようなものを持ってきて紅茶もまた何処から取ってきたのか入れて二人の目の前に置くとそう言葉にする。しかし二人はまだ一言も話していない。なのに事情は理解したと言う言葉に拓也が疑問を浮かべる。
「ああ、すみません。私の素因は読心というものでして読ませていただきました。普段は使わないのですが状況が状況ですので見逃していただけると幸いです」
「大丈夫、気にしてない」
「僕も特に気にしてないから頭を下げないでください」
スイは紅茶を飲みながら顔も見ずに答え、拓也は頭を下げたシャトラに慌てて頭を上げるように言っていた。
「……シャトラ」
スイの呟きにシャトラは顔を上げると何処かに歩いていく。スイもまた紅茶を飲み終えるとさっさと歩き出す。拓也は事情が全く分からないまま慌てて追い掛けていく。そのため拓也は気付かなかった。シャトラが少し寂しそうにしていてスイが沈痛な表情を浮かべていたことに。
「……ここ?」
「はい。この先がそうなっております」
スイの簡潔な問いにシャトラが頭を下げながら応える。スイ達の目の前に存在するのは屋敷の奥にあった無骨な扉だ。鍵は掛かってこそいないようだが魔法が掛けられているらしく開けることが出来ない。
「……」
「……」
開けられないことを確認するとスイはシャトラを見つめ見つめ返される。無言で見つめ合う二人に拓也が声を掛ける。
「えっと、この扉は?何かがあるの?」
「この扉の先には私の主の遺したアーティファクトが存在しております」
「……アーティファクト」
「はい」
「……シャトラ、条件は」
スイの呟きはこの屋敷に来てから何故か簡潔な問いのみになっている。確かにシャトラが読心という素因を持っているのならば必要最低限の問い掛けだけで良いのだろうがスイの話し方はまるで口も利きたくない相手に仕方無く話し掛けているようにしか聞こえない。
拓也はそこに違和感を感じたのだがスイが何か言うことは無さそうだしシャトラもそれを受け入れてしまっているので訊くのも躊躇われる。
「……はい。私との戦いです」
なのでシャトラが出した条件に反応が一瞬遅れた。
「え?」
「そう、それは……?」
「はい。私の主からの命でございます」
「え、いやいやちょっと待って、二人は知り合い……会ったことはなさそうだけど少なくとも知らない仲じゃないんだよね?なのに何で?」
「何故かと問われましてもそれが私に課せられた最後の命ですので。如何なる相手であろうとも決して加減はせず叩きのめせと」
「そんな」
「少年、それで良いんだよ。気にしちゃ駄目」
拓也は呆然とした。はっきり言って意味が分からない。何故そうまで頑なに渡すのを拒むのか、そして何故それを当然のように受け入れるのか理解出来ない。
「じゃあやろうか。シャトラ、貴方の技全て見せて。そして私は更に強くなってみせるから」
「分かりました。全身全霊を掛け貴女様に私の全てを与えましょう」
拓也が呆然としている最中にスイとシャトラは向かい合う。途端に先程まで廊下であった筈の場所は広がる荒野となり障害物が一切存在しない場所へと変化する。そして突如として戦闘が始まった。
「ルールは?」
「己の武のみであります」
つまり肉体戦での勝負のみということだ。はっきり言ってスイにとって苦手な勝負だと言える。しかしこれがウラノリアの残した試練だというのならばどれだけ傷付いてもどれだけ無様であろうとも勝ちに行く。
そう決めたスイは一気にシャトラに肉薄する。そして拳がまだ当たらない距離で急停止し半回転するように左を軸足に右足による廻し蹴りを繰り出す。
シャトラはそれに対して半歩下がりスイの足を掴もうとする。スイはそれにわざと捕まると身体毎ぶつかるようにして右肘をシャトラの喉元に突き出す。しかしすんでのところでスイが離れようとする。
「……あっ」
理由は簡単。単に反撃を食らったからだ。シャトラは右肘による攻撃を意識もせず最短で左手による正拳突きを繰り出してきたのだ。それに気付いたスイが離れようとしたが最短で打ち込まれたその突きはスイの右腹部に突き刺さる。
「ごふっ」
しかしそれでは終わらない。未だ足は掴まれており逃げ出せないのだ。スイは痛みを我慢しながらシャトラの顔に裏拳を叩き込むが頭突きを合わされスイの拳が破壊される。シャトラに傷はない。
「うっ、あぁぁ!!」
そのままシャトラは足を掴み小柄とはいえ少女の身体を右手だけで持ち上げると地面に叩き付ける。
「あぐっ!いっ!ごほっ!」
三度も叩き付けてから高く飛び上がるとそのままスイを地面に向かって投げ付ける。地面に当たろうとする身体を何とか軌道修正しようとした瞬間腹部に強烈な一撃を受けて内臓に甚大な被害を受けながら地面にぶつかる。シャトラが落ちるスイより早く落ちその腹部に強烈な蹴りを与えたのだ。
「あっあぁぁ!?」
かつて無い程の経験したこと無い傷みにスイの頭の中が弾ける。手足は折れ腹部はべこりと凹み後頭部が割れ脳症が溢れ出ている感覚がする。血反吐混じりの絶叫を上げながら転がる。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛い!!??あぁぁあぁぁぁぁぁぁだぁぁぁぁぁぁ!!!!!!?!
ごぶっと口内から溢れる血塊に魔力生命体である魔族もこんなにも血はあるのだなと考えたところであまりの痛みに意識を失うこともできず益体もないことを考えて痛みを意識しないように頑張るけどそれこそが痛みを感じる要因になっていてどうしようもないなと考えながら魔法で治せば良いと考えたけど今の自分が治せるわけないなと冷静に考える自分がいて魔法も便利じゃないななんて下らないことを考えている自分に苛ついて誰かに助けてなんて頼めないし辛いなぁなんて現実逃避気味に考えて血を失いすぎたのかようやく意識が消えそうだなんて有り難く感じてる自分に苦笑しながら意識を失わそうと考えてシャトラが近付いてきてるなどうしようとか考えると私の身体が意図に反してシャトラに潰された拳でシャトラの頬を殴っていてシャトラが驚いたような顔をしてしてやったなんて考えたらシャトラがにやって嫌な笑みを浮かべたと思ったら遠くで少年が助けに走ってきてるのが見えて危ないよって声を掛けようとしたけどその前にシャトラの拳が見えてあぁ殴られたんだって思ったら頭に凄い激痛と共に何も見えなくなって意識を失った。
目の前で数時間一緒に居た少女の顔面が砕け散った。文字通り比喩でも誇張でもなくシャトラによって既にボロボロだった少女の顔面が熟れた果実の様に血潮をばら蒔きながら飛び散る。
「うっ、うあぁぁ!?」
あの少女の無警戒な寝姿が、信頼の笑みが、警戒しながらも裾を掴んでくれた姿が零れ落ちていく。
「お前ぇぇ!!」
自分でも制御出来ない怒りに突き動かされるままイグナールを掴んでシャトラに斬りかかる。
「凍てつかせよ!イグナール!」
「不変の身体」
イグナールが極寒の世界を作り上げる。少女の身体には影響がないように隔離したまま。シャトラは呟くと自らの身体に不思議な魔法を唱える。するとイグナールの極寒の世界にありながらシャトラには全く影響が与えられていない。その事に気付いたが拓也はそのまま斬りかかる。凍れば御の字だと考えていたからだ。
「転曲剣!天炎!」
拓也の持つイグナールがぐにゃりと曲がりシャトラに襲い掛かる。それと同時に白炎が辺りに現出しシャトラの動きを止めるように周囲に出現する。しかしそれに対しシャトラがしたことは地面を足で踏み鳴らすことだった。すると白炎はその衝撃だけで消されイグナールもまた地面に叩き伏せられていた。
「づっ!」
拓也も突然襲い掛かった圧力に地面に伏せさせられていた。
「これは深き道の圧力!?」
「あれは元々私のものですので。それより何故貴方がいきなり激高なさったのかそれが良く分からないのですが?」
「何を言って!?お前がさっきの子を殺したからだろう!?」
「殺し……?私は意識を刈り取ったに過ぎないのですが?……あぁ、そうか。人族は頭が無くなれば死ぬのでしたね。魔族は素因が壊されない限り死ぬことはありませんよ。常識だったのですが外では既にその知識は失われてしまったのでしょうか?」
「死ぬことはない……?」
「はい。私達魔族には貴方達人族や亜人族にとって心臓や脳のような代わりとなるものとして素因と呼ばれるものがあります。場所は千差万別あり何処というのは決まってはいませんがこの方の素因は心臓の位置にあります。故に頭を潰されても何なら素因の場所以外の全てを失ってもいずれ回復します。ですが頭は意識や思考を司る場所であることは変わらないので潰すことで意識を刈り取ったのです。理解されましたか?」
「……理解はした。けど感情が付いていけない」
「まあ仕方ありません。では私は少し離れています。貴方も離れていた方が良いと思いますよ。再生する姿はあまり気分の良いものではありませんし見られたいものでもないでしょう」
「……分かった」
拓也は渋々その場を離れる。再生する姿を見ても拓也は何も思わないだろうが少女が嫌がるかもしれないと考えると無理に残るのもと考えたのだ。拓也は少女の身体を覆い隠すように土壁を出して部屋のようにすると自分はその場から少し離れた。目覚めた時に近くに居てあげたいと思ったのだ。何が出来るわけでも無いが。自分の無力さを理解して拓也は悔しげに空を見上げた。その気持ちを嘲笑うかの様に空は暗く淀んでいた。
「ん……?」
目が覚めると見覚えのない景色にスイは不思議に思う。どういう状況なのかを思い出そうとし直前までの光景を思い出して自分の身体を隠すように抱き締める。
「……はぁ……はぁ……はぁ」
震えが止まらない。やられたことは至極簡単だ。手足が折られ内臓を潰され最後に頭を潰された。字面にすればたったそれだけ。悲惨さで比べればアルマにやられたことの方が酷い。しかしアルマの時には痛覚自体を消していたためどれだけのことをやられようとも何処か他人事のように感じていた。今回は痛覚を消していなかったというだけのこと。それがどれ程のことかを理解していなかったのだ。
「うっ……っぷ……うぇぇ……」
吐き出すものなどないと言うのに胃液が逆流してきて吐きたい気持ちで一杯になる。指を口の中に無理矢理入れて吐き出そうとする。涙が出るがお構い無しにやり続け地面に吐く。胃液だけがびちゃびちゃと出てくる。吐いたことにより少しだけ気分がましになった気がする。
そうすると次に起こるのは恐怖だ。シャトラは戦いの全てを教えようとしただけだ。何も怖くない。だというのに歯の根が合わず思い出そうとするだけでガタガタ震えてしまう。まさかこんな痛みや恐怖と戦いながら最後にはヴェルデニアと戦わなければいけないのか。シャトラよりも強いヴェルデニアと?
考えただけで涙が溢れ出す。怖い、死にたくない、何処か他人事のように感じていた戦いというものにはっきりと恐怖を感じたスイは幼子のようにくるまり嗚咽をこぼしていた。それは部屋の外に居た拓也の耳に入ることもなく静かに、だがしかし少女の心にどこまでも深い傷を残したのであった。
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