第291話 制圧



「証拠というか……うん、貴族本人が来るのはどうかと思うんだよねぇ」

「まあ良いではないですか。楽ですし」

「……まあそうだけど。というか結局ずっと骨齧ってたね」

「これを一時でも口から離すなんて考えられませんわ」


ディーンとオルテンシアは中に居た貴族をその場に居た盗賊と合わせて捕縛した。殺そうかとも思ったが仮にも貴族である以上面倒な事にならないとも限らなかったので一応生かしておいたのだ。念の為に捕縛前に盗賊と貴族の会話は録音しておいたが。


「けど弱かったなぁ。僕に誰一人として気付かないんだもん。あっさりし過ぎて逆に罠かと思ったよ」


ディーンはそう言いながら木で出来た机の上に座る。椅子もあったが汚かったので座りたくなかったのだ。机に座りながら足をプラプラとさせる。遊んでいるようにも見えるがその実ボラムから無色無臭の麻痺毒を洞窟の奥に貯まるように流していく。気体としての重さを変えたり指向性を持たせると楽に洞窟内に蔓延させることが出来るのでディーンにとってボラムに刻まれた万毒ヒュドラの魔法は欠かせない。


「この魔法ってオルテンシアさんは使える?」

「……無理ですわね。魔法ではありますがどちらかと言うと力ある言葉に近しいものですもの。勿論それなりの時間を掛ければ使えるようになるとは思いますけれども最低でも十年は欲しいですわ。それで最低ラインは越えると思います」

「へぇ、やっぱりこの魔法凄いんだね」

「その魔法も凄いですけどそれは完璧に使いこなす使い手が居てこそですわ。その点ディーンさんは十全に使いこなせていると言えるでしょうね」

「ありがとう。まあ僕にはこれぐらいしかないからね」

「……もう一つ違う術式も見えますけれども?」

「そっちは僕もあまり使えないからね」


オルテンシアの言っている魔法は当然ディーンも知っているが万毒と違いかなり使い所も難しくそもそも制御もかなり厳しい。アルフ達の武器にも同様に制御の難しい魔法が内蔵されているがこちらはその比ではない。

コルガの大地の統率者ガイア、フィーアの大気の支配者エア、ヴァルトの大海の守護王アクア、そしてボラムの無貌の主#$&、これらは恐らく成長してから使う事を前提としているのか他の魔法と違い制御が厳し過ぎる。他の魔法がフライパンに卵を落とす程度の制御に対しこちらは針の穴に百回連続でフリーハンドで糸を通せと言われているレベルで違う。片鱗を使うだけなら今でも出来なくはないが自由自在に使うにはかなりの年月が必要となるだろう。


「……私が皆様に魔法を教えてあげましょうか?」

「魔法を?」

「正確には力ある言葉をではありますが。それらを少しでも知る事が出来たならばその魔法も多少は使いやすくなるかと」

「それってデメリットは?スイ姉が僕達にその提案を一度もしなかった以上それなりにデメリットがあると思うんだけど」

「ええ、あります。下手に知ると魔法自体が使えなくなる可能性、力ある言葉の中で危険な言葉を組んでしまって身体が持たずに死ぬ可能性、絶対的に足りない魔力を補おうとして身体を犠牲に使ってしまう可能性とそれなりの危険が。ですが私の見立てではありますがこのままであれば貴方達の強さは頭打ちとなることでしょう。少なくとも今後予想される激戦に連れて行かれることは無いでしょうね」


オルテンシアはディーンを真っ直ぐな瞳で見つめる。その瞳に嘘の色は無くまた嘘をつく理由もない。


「……少し考えさせてくれる?」

「ええ、構いませんよ」


夢幻ファンタジアを失うとディーンは存在意義がかなり薄れる。ディーンが皆に付いていけているのはこの魔法のお陰である以上これを失う可能性は極力排除すべきだ。ディーンのこの魔法は少なくともヴェルデニアを欺ける程度には完成度が高い。勿論それだけであり見抜ける者もそれなりには居ると思うがその数はそう多くない。


「……まあ後で答えるよ」

「はい」


そう言いつつもディーンの中では既に答えは出ていた。だが今話すことでもないと思考を切り替える。


「それよりこの洞窟の内部かなり広いな。ダンジョンって訳でもないのに」


ディーンがボラムによる毒を送り出してから既にかなりの時間が経っている。流石に洞窟の全てを覆えるとは思っていなかったが七割程度はいけると思っていた。だが現実にはかなり広く感知している限りでは未だ二割程度しかいけていない。まあ盗賊の気配はその二割以内にかなりの数が居たので恐らくまだ残っているとしても少数だとは思うが。


「まあ全部埋め尽くす必要は無いか。戻ってアルフ兄達を連れてこよう」


ディーンはそう言うと万毒を更に発動して送り出しておく。これでまだ居たとしても恐らく全員範囲内に入るだろう。入らなければ入らなかったで全員で探せば残りの少数位は見付けられるだろう。

ディーン達が外に出た時真っ先に感じたのは凄まじいまでの血の匂いだ。出てくる気配を感じていたのかアルフが軽く手を挙げる。


「そっちはどうだった?」

「証拠どころか貴族本人が居たよ。一応捕縛して放置してる。毒を奥にやったから多分もう出てこないよ」

「あぁ、さっきから全然出てこないと思ったらディーンがやったのか。んじゃそろそろ中入るか?」


アルフ達と合流すると再び中に入っていく。


「うん。ただこの洞窟感知してるだけでもかなり広いんだよね。もしかしたら洞窟じゃないのかも」

「人工的な物だったか?」

「流石にそこまでは分からないかな。でも多分繋がっては居るけど気付けないように閉じられてるか近いだけで実は繋がってないかって感じたから作られた可能性は高いね」

「昔の遺跡とかだったら金になるかもな」

「ダンジョン探索とかになったら嫌なんだけど?」


フェリノが以前のダンジョンの事を思い出したのか少し嫌そうだ。まあ前回のダンジョンは水が多く尻尾やら耳やらが濡れて不快感が半端じゃなかったので仕方ない。


「流石に同じようなダンジョンということは無いでしょう。警戒するとしたら罠だけよ」

「まあ半端な罠だったら叩き潰せばいいし滅茶苦茶な罠があるならその時点で撤退すれば良い。そもそも探索するかも怪しいしな。それに今から移動しても大して移動出来ないし効率も悪いからこの洞窟内で今日は泊まるだろ。盗賊を殺すか適当に縛るかしたら暇になるしその時の時間潰しとでも思えばいい」


最初の目的は盗賊の殲滅であり洞窟探索などする必要はない。なのでそれもそうかと皆納得する。


「盗賊はどうする?貴族は面倒だし殺さずに置いておきたい感じもするけど」

「懸賞金があるんだよな?面倒だけど縛っておこうぜ。目の前で何人か殺せば従順になるだろ」

「後どうも捕まえた貴族以外にも繋がりがあるっぽいんだよね。街で引き渡すとしても釈放されるかも」

「引き渡さねぇよ?」

「え?」

「いや生かす必要ないだろ。憲兵を呼んで目の前で殺してやれば良い。数が多くても憲兵が止めるまでに全員殺すぐらいは出来るだろ。貴族は……証拠があるならその場で殺せば良いんじゃねぇかな?」


アルフの言った言葉を少し考えてディーンが頷く。


「それ採用で。万一数人残ってもそれだけの事をすれば盗賊に戻る事も無いだろうし」


ここに他の人間が居れば目を疑うような会話をしているがアルフ達の顔は真剣だ。本気で生かす必要が無いと思っているのだ。


「生かしておけば奴隷にしてお金を貰えるだろうけど少しの金を貰うよりかはそっちの方が後腐れ無さそうだしね〜」


フェリノもその意見に異論は無いのか軽い口調で答える。ステラは何も言わなかったが特に疑問には思っていないようだ。


「じゃあ適当に縛って街の入口で殺すって事で、証拠関連は多分残ってるよな?」

「一人も動けないようにしてるから破棄も出来ないはずだよ。あまり時間掛けていると流石に起きるだろうけどまだ数時間は起きられないね」

「……その毒俺達にも効かないか?」

「皆多少の毒なら耐えるでしょ?」


しれっと言ったディーンに対してアルフは少し頭を押さえる。人族より亜人族の方が確かに身体が頑丈だし毒に対しても多少の物なら耐えはするが耐えられるだけでわざと毒を浴びに行きたい訳がない。


「冗談だよ。近付いてきたら毒は解除するよ」


ディーンが笑みを浮かべてそう言う。


「限定的な毒の操作も出来るようになったのか?凄いな」

「いや流石にそれは無理かな。単にその場の毒を無毒化する毒を出すだけだよ」


アルフの言葉に苦笑しながら答える。万毒は毒を出すだけであり毒を操作する魔法ではない。勿論出した毒がどのように動くかはある程度決められるが最初に設定した動き以外は不可能だ。なので戦闘で動き回りながら毒を当てるのはかなり至難の業なのだ。大型の魔物ならまだしもスイのように戦いながらそこに誘導して毒を喰らわせるなんて真似はディーンには流石に厳しい。


「そろそろ近くで倒れている奴と出会い始めるから無毒化毒を出して行くね。出来るだけ倒れてる奴には当てないようにするけど多分暫くしたら動けるようになるから早めに縛ってね」


ディーンの言葉に頷くとアルフ達は適当な縄を指輪から取り出すと駆ける用意をする。


「無毒化には十秒の猶予があるからよろしくね」


ディーンがそう言ってからアルフ達は一気に駆け出した。駆け出したアルフ達が洞窟内の盗賊達を全員縛るのに掛かった時間は僅か三十分程度であった。

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