第290話 それは慢心ではなく油断でもなくただの事実



フェリノ達が動けるようになったのはあの時の会話から二日後だった。鍛練の成果かそれとも眷属となったお陰かは不明だが早く動けるのならばそれに越したことはない。だが一日早く移動するのもどうかとは思ったので予定通り四日経ってから移動することにした。その際にしっかりとルーフェから食料や衣服、非常時用の魔導具にあると便利な細々とした道具類を渡された。そして渡したその日にルーフェは居なくなった。

そして現在、ガタガタと耳障りな音を立てて街道を行く馬車が一台のんびりと移動していた。それなりに大きな馬車でありそれを引く馬もまた三頭も居る。そんな馬車でアルフ達は休んでいた。


「……あいつ意外に優秀だな」

「張り切ってたからね。まあ最初だから印象付けたくて頑張ったんじゃないかな?」


アルフの言葉にディーンは冷たく返す。別に怒っている訳ではなく宗二と名乗った男の使い方を考えているだけだと知ってはいるがその思考はまだ十歳の少年とは思えないなとアルフは苦笑する。

そうこの馬車を用意したのは宗二が、正確には宗二が操るアンデッド達によって用意されたものだ。御者を務めるのは最初に会った男で馬車を用意したのが壮年の男性、値段交渉の時に活躍したのは老女とその時々でアンデッド達を使っていた。


「というかアンデッドというより蘇生された人達みたいだよな。それぞれで出来る事が異なっているみたいだし」

「その人の能力を上手く利用しているみたいに感じるし普通のアンデッドでないことは間違いないだろうね。まあそもそもアンデッドを意図的に作る能力とかふざけてるとしか思えないけど」


ディーンは隣で眠る大型の犬のアンデッドを見る。犬のアンデッドは全く動かない。死んでいるのだから当然といえば当然だが馬車に乗り込む際には元気に鳴いていた事を思うと違和感しかない。他にも馬車の屋根には鳥型の魔物のアンデッドが複数匹掴まっていたりする。時折飛び立っているみたいなので魔物を見付けて迎撃しているのかもしれない。


「ん?あ〜、兄さん達この先で盗賊が居るらしい。今誰かを襲っている訳じゃないけど割と近くにアジトがある。ただそっちに寄ったら今日中に街に着くのは無理だな」

「寄ってくれ」


男の言葉にアルフは微塵の躊躇いもなく答える。盗賊程度恐れる必要は無いというのもあるがそれ以前にスイの目的を考えると盗賊を見過ごすなどということは有り得ない。


「寄るのは良いけど俺後ろで下がっとくからな?この身体じゃ戦えないし」

「構わないよ。馬車で引きこもっててくれ」

「魔物アンデッド達居る?」

「要らない。寧ろ居たら巻き込んで殺しかねない」


男の言葉にアルフが返す。魔物アンデッドが味方だと分かっていても咄嗟の時に切り伏せないとは断言出来ない。そもそも魔物が味方になるなど常識的に有り得ないのだからアルフの判断はおかしくない。


「分かった。えっと、後十分ぐらいかな?用意しといてくれ。抜け道の類は無さそうだけど人数が多そうだから気を付けてな」


その言葉通り十分程進むと前方に天然の洞窟を整備したらしきアジトが見えてきた。進んでくる馬車を見付けたのか見張りの一人が洞窟の中に入っていく。


「行くぞ」


アルフはコルガを握り締めると馬車から飛び降りる。減速し始めていたとはいえそれなりの速度がまだあった馬車から飛び出したアルフを見てアンデッドの男は羨ましそうに見ていた。

飛び出したアルフは残っていた見張りに向かって駆け出す。その後ろにフェリノが着地したのが分かった。ステラとディーンも飛び降りて来れるだろうが決して身体能力が高い訳では無いのでもう少し時間が掛かるだろう。

アルフは引き攣った表情の見張りの男に袈裟斬りを繰り出す。見張りの男が掲げた剣は何の抵抗も出来ずに折れ男の身体は真っ二つにされた。それを見たもう一人の男は何かを言おうとして即座に接近したフェリノによって首を跳ね飛ばされた。

少し待つとステラとディーンがやってきた。その後ろから少し目を輝かせたオルテンシアが気になるが人の骨も好きなんだろうか。シェスはどうやら一応らしいがディーンの指示で馬車に残ったらしい。男を守る為と言うよりは馬車を守るためらしいが。


「うん、えっと、こいつら紋章があるね」

「紋章?」

「大規模な盗賊団になると身体の何処かだったり武器だったりに共通したシンボルマークを入れてることが多いんだよ。そしてこの紋章はガリッツ盗賊団かな。貴族とも繋がりがあるって言われてる大きな盗賊団だね。懸賞金の類もそれなりに高額だったよ。翠の商会の二月分位のお金かな。幸いガリッツ盗賊団は身体に紋章付けてるからとりあえず全員殺して憲兵にでも教えれば良いよ」


ディーンはそう言うとにこにこしている。翠の商会の二月分のお金となるとかなりの懸賞金だ。恐らくディーンの事だから眠っていた時に使うことになった商会のお金をこれで賄おうとするんじゃないだろうか。ディーンはお金に関してはかなり厳しいのだ。


「……ということは骨は食べない方が良いですわよね。ふにゃふにゃになった人を人と認めにくいですものね」


オルテンシアはそういうとしょぼんとする。やっぱり人の骨も好きだったのだろうか。それとも骨を食いたいという衝動に近い物が発生しかけているのだろうか。


「スイ姉の指輪の中に骨が幾つかあったはずだからそれでも齧る?」

「いいえ、あれはスイ様から直接お口に放り込んで貰いたいので我慢します。何故かお口に放り込んでもらうと凄く甘美な味わいになるんですよね。骨も上質なものですしそう簡単に味わえないでしょうから最高の味で食いたいのです」


骨を食うというのはさっぱり理解出来ないが美味しい物を最高の味でというのは分かる。しかしオルテンシアに暴走されても困るので何か無いかと探していたらオルテンシアの足元がボコっと浮き上がる。


「あら?何かしら?」

「フゴッ?」


オルテンシアがその場を退くとそこから何故か豚が出てきた。豚はフゴフゴ鳴くとその身体からにゅっとした感じで骨が突き出てきた。


「え、何こわ」


ディーンの思わず出たその言葉に激しく同意したい。地面から豚が出てきた時点で思考が停止しかけたがその豚が何事も無かったかのように骨を出している光景が非常に気持ち悪い。しかしオルテンシアはその豚を見て目を輝かせている。


「ま、ま、ま、まさか……こんな、嘘では無いですわよね!?あ、アルゴドル!?まさか、食べても良いと言うのですか!?」

「フゴッ」

「あぁ…感謝します!スイ様一生付いていきますわ♪」


何やら感動の言葉をあげた後に豚から出てきた骨を掴んで引き抜くと齧り出した。その瞬間凄い笑顔になったオルテンシアに全員引き攣った表情を浮かべているとようやく洞窟の中に状況が伝わったのか洞窟の中の気配が騒がしくなり始めた。

出入口が一つしかないらしいので中で入り組んでいる可能性を考えるとここで待機していた方が楽ということで居たのだが伝わるまでそれなりに時間が掛かった事を思うとかなり入り組んでいると見るべきだろう。


「そろそろ出てくるか。数が多いな。というか足音が変なのが何人か居る?」

「……兵士だねこれ。大当たりだ。貴族連中との取引真っ最中だ。証拠確保出来たら最高だね。という事で僕ちょっと潜入してくるね」

「あぁ、分かった。一人で行くのか?」

「う〜ん、いやオルテンシアさん来て。アルフ兄達は対多数だからって馬鹿みたいに暴れて入口閉めたりしないでよ?」

「そんな馬鹿なことしねぇよ」


アルフはディーンの言葉に苦笑で返す。それを見てディーンも笑うと未だ骨を齧ってトリップしているオルテンシアの腕を掴むと見えなくなった。トリップしながらもしっかりと自分の足で走って行ったのが見えたので大丈夫だろう。

ディーン達が入ってから少しすると盗賊達が大量に出てくる。一気に出てきた数だけでも二十人は居る。まだ後ろからぞろぞろやって来ているので放置すればそれだけで百を超える数に囲まれる事だろう。


「……対多数戦って割にはまだ少ないんだよなぁ。もうちょい待つか?」

「簡単に殺せる今が良いんだけど」

「それじゃ鍛練にならないだろ?せめて一人対二十人位じゃないと」


フェリノに向けたアルフの言葉に盗賊達が殺気を向ける。ただでさえ子供にしか見えないアルフ達の襲撃で苛ついているのに遠回しに二十人は居ないと相手にもならないと言われているのだから当然だろう。


「私としてはあんまり多くない方が良いわね」


ステラもまた決して身体能力が長けている訳では無いので消極的な態度を出す。ステラの言葉に盗賊達はそちらに目を向けて好色そうな瞳を向ける。一部はフェリノの方へも向けていたが大半はステラの方だ。学園ではフェリノの方が少し多そうだったので年齢層によるのかもしれない。


「ん〜。まあ仕方ないか。話している最中に少し増えて……四十位か?まあいっか。じゃあ殺すぞー。あ、でも出来るだけ木っ端微塵とかは無しな。俺も手加減するから」

「お兄ちゃんが一番加減しないとね。という事でコルガ使わないでね」

「うげっ、こいつらを俺素手で殴るの嫌なんだけど。臭いし」

「錬成の仕方は教えて貰ったんだし使えばどう?」

「苦手なんだよなぁ」


アルフはそう言いながら指輪の中にコルガを入れると地面に手を付けてそのまま引き抜くと地面がそのまま剣になったかのような茶色の剣が現れた。


「スイって何で地面からしっかりした剣作れるんだろうな?」

「構成物質云々って言ってたよ」

「……さっぱり分かんねぇ」


完全に無視している現状に盗賊達は流石に苛ついたのか弓を打ってくる。剣で斬りかかってこないだけまだ理性的なのだろうがそれはここに居る者達にとっては開戦の合図でしか無かった。

弓をフェリノは簡単に弾くと即座にトップスピードになって前衛として立っていた男三人の首を一撫でで跳ねる。ステラは指輪から大量の短剣を出すとその内の一つを握って指揮棒のように動かし始めるとそれらが一つの塊のように盗賊達を襲う。瞬く間に十人以上が短剣によって絶命させられた。

アルフは恐ろしい事にただ突っ込んで行くと振り下ろされる剣や斧を素手で全て壊し無造作に先程作ったばかりの剣を周囲に振り回す。それだけで盗賊達の身体が上半身と下半身に別れて地面に崩れ落ちる。そして僅か五秒もしないうちに四十人近い盗賊達はこの世を去った。


「ほら言ったじゃねぇか。やっぱり少ないって」

「そうね。想像以上に弱かったわ」


アルフの言葉にステラとフェリノは頷く。思っていたより自分達が強くなっていたのだとも分かるがそれ以上に敵が弱かった。もう少し抵抗出来ると思っていたのだ。だが結果はろくな抵抗も出来ずに全員死んだ。まさに瞬殺であった。


「次はもう少し集めよっか」


ただ四十人以上の死体が外にあるのを見て盗賊達が出て来ようとするかは別としてだがフェリノはそう提案したのだった。

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