第289話 アンデッドの男
「帝都に向かうのか?」
「そのつもりだけどお前も来るつもりか?」
庭で会ってから翌日まで部屋から出て来なかった男は食堂でアルフ達を待っていたのか座っていた。アルフとルーフェ、オルテンシアは未だ警戒しておりアルフ達の話を聞いたフェリノ達も警戒の色が濃いというのに男はまるで気にしないまま話し掛けてきた。
「当然だろ?あんたらのところの姫さんに死なれたら困るんだよ。強いのは知ってるよ?だけど今の姫さんじゃ不慮の事故ってので死にかねないじゃねぇか。そんなので死なれたら後悔しかしねぇよ。表舞台には出るなって姫さんに言われてるからこうして出てくるのも駄目かもしれねぇけどよ。やべ、怒られたらどうしよう。流石に痛いのはもう勘弁だぞ」
男は身体の震えを抑えるかのように身体を抱き締めるがどこかシュールである。震えてもいないのにやっているから当然だが。
「その事なんだがお前とスイの関係性が分からない。眷属ってのはそんな簡単に作れる筈無いんだ」
「知ってるよ。危うく死にかけるところだったってのも。ま、安心しろよ。眷属だって言っても殆ど力なんざ貰ってねぇよ。それに死にさえしなきゃ姫さんは良い雇用主だ。実は姫さんから宝石やら金貨やら貰っててな。いやあ、気前が良い女は最高だな。まあ俺にはもっと良い女が隣に居るけど」
男はそう言うと何故かくねくね動き出す。
「あ、悪ぃ。この身体は俺が直接遠隔操作してるから本体の動きと連動してんだわ。今の凄い気持ち悪かっただろうけど本体の方でイチャイチャしただけだから」
男は左手で空を撫でてそう言う。気味の悪い光景ではあるがその言葉通りなら恐らく恋人か何かの頭を撫でたのだろう。
「接続切ると俺死ぬからさ。いきなり死体になって欲しくはないだろ?」
その言葉にルーフェとオルテンシア、ディーンが驚く。ステラも遅れて理解し、フェリノとアルフは特に驚いてはいない。
「やっぱり死体操作の魔法か何かか?」
「ま、そんなとこだ。あんたとそっちの女の子は死体だってのは気付いてたのか?」
「まあ明らかに生きている人の匂いじゃなかったしな。ただ人形とかの可能性も否定出来なかった」
「残念だが人形じゃないんだわ。そうだな。名前とかコードネームなんかは表舞台云々に引っ掛かりそうだし能力も伝聞でも残れば厳しい感じもするけどあんたらだけなら許して貰えるかな?」
「それならスイの所で話せばいい」
「?それは構わねぇけど」
「スイはずっとって訳じゃないだろうけどある程度外の状況が分かるらしいからな」
「お兄ちゃん私それ聞いてないよ?」
アルフの何気なく言った一言にフェリノ達の顔が引き攣る。実は起きてアルフと会った後個人的にスイの所に向かい謝罪したり誓いを立てたりと少し恥ずかしくなる事をしていたのだ。
「まあ言ってないからな。どうせフェリノ達の事だしスイの所で色々言ったんだろうけど本人に聞かれてるって分かれば一層頑張れるだろう?だから言わなかった」
フェリノ達の事だから誓いなどを立てれば違えるとは思わないが本人が知っていると知れば余計に違えられないだろうという判断からアルフはフェリノ達に一切それを伝えなかった。結果としては間違えて居ないのだが自分が衝動の方のスイに恥ずかしい思いをさせられたというのが理由にありそうだ。
「姫さん起きてんの?」
「いや起きてはいないけど指先だけ動かして反応してくれる」
「……言っちゃ悪いがそれってただの反射行動じゃねぇ?」
「いやその直前に魔法なのか分からないけど普通に話し掛けてきたから間違いない」
「ま、良いや。魔法のことは大して分かんねぇしなぁ。そういう事もあんだろ。んじゃ、飯食った後にでも話そうか。勿論姫さんが話してもいいって思ったらだけど」
男はそう言ってハーブティーを一口飲んで噎せた。
「うげっ、ハーブティーってこんな味すんのな。俺苦手かもしれねぇ」
どこか締まらない男に若干警戒が緩みかけるのを締め直してアルフ達は食事をし始めた。
「ここが姫さんのいる所?」
「ああ、言っとくが必要以上に近付くなよ。原型留めない程度にぶん殴るからな」
「過激すぎじゃねぇ?しかも白狼族の原型留めないパンチってほぼ間違いなく身体が木っ端微塵になるって意味での原型だよな?安心しろよ。そんな事しないしあんたも分かってる通りこれの実力は大したものじゃない。近付いたとしてもすぐに対処出来るよ」
男はひらひらと手を振った後部屋の扉を開く。そして驚いた。どこか飄々としていた男の額に冷や汗が流れており死体とは思えないくらいだ。
「へ?な、なんで身体起こせてんの?」
「ようこそ……あの時以来……かな……そろそろ……来ると……思ってたよ」
スイではなく衝動の方のスイが身体を起こしたようだ。
「こうして……身体を……起こしていたら……起きてると……思いやすいでしょう……無駄に……力を……使うから……やりたくないけれど」
「スイ!?」
フェリノが驚いて近寄ろうとするがアルフがそれを無理矢理止める。
「懸命な……判断……私は……あくまで……防衛魔法……突進されたら……殺しかねない……身体は……寝かせておくけど……とりあえず……起きてる……証明は……出来たよね?」
相変わらず瞳は開かないが心配そうな声色でスイが首を傾げる。アルフが頷くとスイは身体をベッドに倒す。
「じゃあ……そういう事で……話してもいいよ……ここに居る人……限定で」
スイはそう言い残すと完全に沈黙した。フェリノが足早に近付くがスイは起きそうもない。そして小さな手を握って少し驚く。恐らく指先だけに力を入れたのだろう。フェリノは次第に笑みを浮かべて指を絡ませ合っている。
「尊いなぁ……これが百合ってやつか。まあお互いそんな気はなさそうだけど」
「スイは俺のだからな」
「……まあ、とりあえず話しても良いって許可は得たし話すかな。ここで話すのか?」
「ここなら誰も来ないように言ってるからな。椅子は……」
椅子をどうしようかと周りを見渡すとタイミング良くディーンが椅子を持ってきた。何処のタイミングで離れて椅子を持ってきたか分からなかったが有難い。椅子を並べてテーブルを真ん中に置くとその上に小さなお菓子を並べていく。
「ディーン?」
「あ、ごめんごめん。最近ずっとルーフェさんのお茶会とかで執事の真似事してたからつい」
その言葉にルーフェを見るがルーフェは気まずそうに頬をかく。
「最初は断ったし普通に二人でお茶でもってつもりだったんだけどディーン君が遠慮してしかも楽しそうに給仕とかするものだから止めづらくて」
「好き好んでやってるから気にしなくていいよ。椅子に座ってるより立ってる方が楽なんだ」
そう言っているがほぼ間違いなく男の事を警戒しているからだろう。その証拠に全く笑みを浮かべていないし瞳の中に疑念が渦巻いている。
「ま、俺としちゃどっちでもいいけどな。っていうか気になってたんだけどよ?あのシェスって子は何処だ?一緒に行動してた筈だけど宿で全く見ない。もしかして離れたのか?」
「いや宿に居るよ。ただ部屋から全く出てこないだけで」
ディーンはそう言ってほんの少し溜息を吐く。シェスはどうやら最低限の食事だけ取ると宿どころか部屋から一歩も出ないんだそうだ。落ち込んでいる様子も無く、ずっと何かに集中しておりこの宿屋に来て以降一切部屋から出ないらしい。
「まあそういう事だから居るよ」
「なら良いか。ま、とりあえず名乗るか。え〜と、まず俺の名前は吉川宗二だ。真達と同じやつだと言えば分かるかな?能力は死体に関係するものだ。まあアンデッドを作ったり出来る。この身体もそうやって作った。間違えて欲しくないのは俺が作るのは悪人のアンデッドと魔物のアンデッド、死にたくないって叫んだやつのアンデッドだけだ。それ以外は作ってないって断言する。拷問に掛けられても同じ事が言えるぞ。もし言ったら多分冤罪だ」
男、いや宗二が作ったらしいアンデッドの男はそう言う。
「ただ俺が出来るのはアンデッド作成、こうやって操作する遠隔操作に情報共有、魔力の共有と正直アンデッド以外役に立たない。俺が使えるのはそこそこ多いらしい魔力での魔法だけだな。まあ俺が魔法を使う状況ってだけでかなり危機的状況だけど。って事で最初に言った通り俺を一緒に連れて行ってくれ。まあ嫌だと言っても帝都のアンデッドを使うだけだけどよ」
「アンデッド同士の情報共有能力はどの程度有効なの?」
これまで黙っていたディーンが男に問い掛ける。
「そりゃどこまでもだ。少なくとも剣国のアンデッドと帝都のアンデッドが即座に情報共有出来る程度には範囲は広い。とは言ってもこの世界凄まじく広いらしいから端から端までとはちょっと断言出来ないな」
「アルフ兄、こいつ僕の指揮下に入れてもいい?」
アルフは苦笑しながら頷く。
「お?というか良いのか?自分で言うのも何だがかなり怪しいぞ俺?」
「嘘を付いてない事ぐらいは分かるからな。その代わりしっかりと役に立てよ」
「へぇ?まあ良いや。それに役に立てば追加給金位なら姫さんくれそうだし頑張らせて貰いますよ。つー事でよろしくな」
男はそう言うとにこやかに笑った。
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