第288話 庭での出来事



スイの部屋から出たアルフは庭の方まで歩いていく。庭にはオルテンシアとルーフェが優雅にお茶を楽しんでいた。それ程長く居たつもりではないアルフとしてはこの短い時間でまるで貴族のような休憩が出来るなと感心していた。良く見ると飲んでいるものは恐らくは宿で出しているらしいハーブティーと思われるものだし食べているお菓子等も店で売ってそうなクッキーだ。


「あら?もう良いの?」


ルーフェの問い掛けに頷く。スイが見ていると思えば弱音なんて吐けない。そう思っているのが分かったのかルーフェは小さく苦笑する。


「それでこれからどうするの?貴方達も起きた事だしそろそろ私は帰るつもりなんだけど」

「帝都に向かおうと思ってます」

「帝都に?」

「はい。強くなる為に」


アルフが思い浮かべているのは以前一度だけ行った天の大陸。亜人族の神ドルグレイが修行の場を用意して待っている筈だ。勿論主目的はスイの修行であってアルフ達では無かっただろうしスイが目覚めていない現状で向かうのもどうかとは思う。だがアルフは自主的な鍛練だけでは強くなるのにも限界があると知っている。スイを守る為には今の自分では敵わない様な相手との修行こそが一番早い。

ドルグレイは竜族を集めると言っていた。それは亜人族の最強種、恐らく今のアルフでは手も足も出ないだろう。だからこそやる価値がある。魔族に対してもアルフは手も足も出ないのだから予行演習に近い。


「分かったわ。じゃあ何時頃の出発を考えてるの?」

「フェリノやステラが今どれだけ動けるか分からないから何とも言えないですけど……多分三日後くらいにはある程度動けるようになってそうだから四日後で」

「そう。それじゃそれまでに必要になりそうなものを揃えてあげるわ。一緒に付いていけない代わりにそれ位はさせてね」

「ありがとうございます」


アルフが頭を下げるとルーフェは微笑む。そしてそのままアルフの頭を撫でる。突然撫でられたアルフは困惑しているのか戸惑いの表情を浮かべた。


「あの子の事宜しく頼むわね。本当なら私がずっと傍に居てあげたいけれど私にもしなきゃいけない事があるし何より私が近くに居たらあの子が危なくなる。だから一緒にいれないの。本当なら今も早めに離れなきゃいけないのだけどね」


そう言ったルーフェは少しだけ寂しげに微笑む。しかしそれはすぐに掻き消える。


「私は二日後に離れるわ」


ルーフェはそう言うとクッキーを一つ摘むと口の中に放り込む。そしてもう一つ摘むとアルフへと差し出す。少し躊躇ったあと受け取ったのを見てルーフェはハーブティーを飲む。


「オルテンシアちゃんはアルフ君達と一緒に向かう事になってるわ。帝都に入るなら一旦別れてテスタリカ様に連絡しなさい。そうしたらオルテンシアちゃんも問題無く入れるようになると思うから」


ルーフェの言葉に頷くとオルテンシアはにこにこと笑っていた。これだけなら笑顔なだけなのだがその口に小さな骨が見えているので台無しどころかただただ怖い。恐らくは少し前に噛みちぎった自分の人差し指の骨を齧っているのだろう。凄まじく恐ろしい光景である。ちなみに既に人差し指は元通りになっている。


「あ、あと道中で魔物を狩ったりすると思うのだけどその際はオルテンシアちゃんに骨を渡しなさい。どうせ骨なんて大した役にも立たないから構わないでしょう?」

「まあ、それは構わないですけど」


ちなみに魔物の骨は例外を除けば殆どは無価値に近いものだ。そもそも基本的に魔力で身体を強化する魔物にとって骨というのはただ身体を支えるという意味以上になり得ない。勿論大型の魔物にとって骨は強靭でなければ駄目なのでそういったものの魔物の骨は強い。だがどちらかと言うと魔導具の材料としての側面が強く加工されたりすることは無い。

例外の魔物は骨を主武器とするものだ。自身の体内から骨を出したりして攻撃をする魔物やそもそも骨が魔物となったもの等の骨はかなり丈夫で一部は武器にすら加工できる。とは言ってもそういったものも粉末にして魔導具に加工した方が有意義なのだが。


「魔物の骨は強い魔物の骨であればあるほど凄く美味しいんですよ♪」


その情報は大して要らなかったが嬉しそうに語るオルテンシアを見ていると何とも言い辛い。


「と、とりあえず魔物の骨を渡せば良いってことですよね?」

「ええ、そうよ。寧ろやらないとその子は暴走しかねないから気を付けてね。暴れたりというよりかは魔物を狩りまくって骨を貪る感じだけど。見た目に悪いからね」


確かにそれはあまり見たくない光景だ。普通に話していたら可愛らしい女の子と言った感じのオルテンシアが禁断症状のように魔物に襲い掛かりその体内から骨を引きずり出して齧っている姿を思い浮かべる。中々グロテスクだ。


「スイ様には負けますよー。私は衝動だけで大暴走スタンピード叩き潰したりしませんもの」

「え、あの時近くに居たのか?」


オルテンシアの語るそれはノスタークで起きた事だ。しかしその時近くにオルテンシアが居たとは知らなかった。知っていても何かしようとは思わなかっただろうが気付けなかったというのは少し悔しい。勿論あの時のアルフの実力的に気付くのが難しいとは分かるのだが。


「ええ、居ました。大暴走スタンピードに釣られまして迷いの森の方面から追い掛けてたのですけどそこに居たのが普通に戦ったら殺されそうな魔族でしかも衝動による暴走中となったら……ふふ、逃げますよね♪」

「あの後ろに居たのか。というかスイに良く見付からなかったな」

「いえ、見付かってたと思いますよ?ただ衝動中は理性的な判断がしづらいので恐らく私よりも量を選んで大暴走スタンピード中の魔物に向かい私はその隙に逃げたというだけです。あ、あと勘違いされたら困りますので言いますけどあの大暴走スタンピードに私は関係ないですからね。私が着いた時には既に始まっていましたもの」

「そうか。まあ大暴走スタンピードを起こしたとは最初から思ってはいなかったけど」


アルフの人を見る目が酷くない限り少なくともオルテンシアは関係無いだろう。勿論何か無自覚にやった出来事が原因というのは有り得るがそれは責めても仕方ないだろう。


「そうですか?そう思っていただけているなら安心ですわ。まあ、そういう事で少し前にスイ様に出会った時は実は少しビクビクしてましたの」


衝動中のスイは少し怖いので仕方ないと思う。アルフが知っているスイの衝動はかなり激しい。少量の血をアルフから貰うだけで満足する位なのに馬車を破壊して怪我人を多数出したり、血を飲まずに放置していたら大暴走スタンピードを鎮圧する位の大暴れをしてみたり、血を飲んでいても多量の素因を受け取った瞬間に大暴れしてみたりと良く死人が出ていないと言いたくなるレベルだ。


「いや、死人なら出てるぜ。今回のはだけど」


横合いから突然声を掛けてきた男にアルフは振り向く。まるでアルフの思考を呼んだかのようなタイミング且つそもそも気配を感じさせなかった事にアルフは驚くがすぐに身体に魔力を満たしすぐにでも戦闘出来るようにする。オルテンシアやルーフェも気付かなかったのかその瞳を驚愕で彩らせている。


「おっと、悪い。気配が無い事つい忘れちまうんだ。別に敵じゃないぞ。というか敵になったりなんてしたら俺はすぐに死んじまう。あんたらの所の姫さんに脅されてっからな」


そう軽い口調で言った男は目の前に居るというのに全く気配を感じさせない。いやそもそもこの男の言葉通りなら気配自体が無いということになる。


「まあ警戒は良い事だよな。してても突破されて喉元に刃を突き付けられる事もあるけど。つうかあんたらの所の姫さんどうなってんだよマジで。何であの警戒網を薙ぎ払ってこれんだよ。普通の魔族位なら追い返せる筈なんだけどなぁ。まあ良いや。あ、あとこの身体は連絡用の名前も知らないやつだから何か危険があっても放置して良いからな」

「いやそもそも誰なんだよ」

「ん?あ〜、どうするかな。名乗った方が良いとは思うんだけどな?あんたらの所の姫さんに表舞台には出んなって言われてんだよ。名前が残る可能性があるから名前は言えない。存在を仄めかすようなコードネームなりも言えない。だけど味方だ。具体的にはあんたらが知らない眷属の一人だ。それでその眷属は遠くからあんたらの所にこれを送って会話出来る。それだけ覚えときゃいい。で、出来たらこれをあんたらと一緒に行動させたい。戦闘能力は皆無だけど死んでも大丈夫だから守らなくていい。というかあんたらに拒否されても別のやつ送るだけだけどな。万一にでも姫さんに死なれたら俺まで死ぬから」


そう早口に言った男は「じゃ、そういうことで」と言うと宿の中にさっさと入っていく。良く分からないその男に俺達は呆然とするしか無かった。

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