第153話 ディーンの決意



「ん、何か忘れてる気がする。何だろう?」


徹夜で服を作ろうかなと思っていたけどふと何かを忘れている感じがして手を止める。暫く唸っているとようやく思い出した。


「あっ、ティモ君」


そういえばジアの住む屋敷に放置したままであることを思い出した。既に辺りは暗くなってきているが放置し続けるのはどうかと思うので出していた裁縫道具を手早く片付ける。


「スイ姉どうしたの?」

「ティモ君忘れてた。とりあえず行って考えようかなって」

「ああ、それなら大丈夫だよ。僕この屋敷に来てすぐあっちに行って夢幻ファンタジアでティモの記憶誤魔化しておいたから。後五回位夢幻を掛けたら記憶消せるとは思うよ」

「好き……!」


思わずディーンの小さな身体をギュッと抱き締める。ディーンは少し照れながらも頭をポンポンと撫でてくる。何だかディーンが将来女泣かせな男の子になりそうで複雑。


「あっ、でもあくまでも夢幻は記憶を消す魔法じゃないから何かの拍子で思い出す可能性はある。本気で消したいなら違う方法を試した方が良いと思う」

「ん、分かってる。ありがとディーン」

「それと事後報告になっちゃうけどあの城に置かれていた魔導具の回収もしてきた。代用品に適当な魔導具置いてきたからすぐにはバレないと思う。持ってきたやつは壊れてるから役に立つかは分からないけど何が行われていたかぐらいは分かるかなって。あと勇者召喚の術式についても調べたよ。三百年くらい前に剣国の戦力が著しく落ちた時期があってその時にイルミアが援軍として派兵してる。その際に第一王子が率いていたみたいだから多分その時の交渉で見返りに貰ったんじゃないかな」

「……ディーン、あの短時間で良く調べたね」

「それっぽい記述を探しまくっただけだから大して分からなかったけどね。少なくとも公式には勇者召喚の術式は手に入れてなかった。可能性としてはその時ぐらいだと思う」


うちのディーンが優秀過ぎる。これでまだ九歳とか何の冗談かと思う。大人びてるのは分かっていたがここまでとは思わなかった。


「……ね、ディーン。色々調べてくれたからディーンにご褒美をあげたい。何が欲しい?」


その言葉にディーンは戸惑ったが私があげると決めている事に気付くとすぐに悩み始めた。人の顔色を読める九歳って凄いなと思う。


「……スイ姉は僕にどんな役割を求める?」

「え?」


ん?役割?突然の質問に戸惑う。


「……ん、と、言っては悪いけどディーン達にそこまで何かを求めてはいない。一番最初なんか奴隷だから安心して血を吸えるぐらいしか考えてなかった。むしろ今手伝ってくれている事に私は驚いてるくらいだから」

「そっか。分かった。スイ姉僕は自分の役割を決めたよ」


今の返答で何故役割?を決められたのか分からない。


「スイ姉、ううん、主人あるじ様僕は貴女の影となります。貴女の道に翳りが生まれぬよう全ての影を引き受けます。日照らす道を優雅に歩けるよう一切合切の穢れを引き受け貴女を支えます。宜しければ僕の忠誠をお受けください」


思わずビクッとした。これ亜人族の中でも数種の亜人族がやっている忠誠の儀式だ。これ確か命や魂さえも掛けるとかいうやつじゃなかったっけ?重いよ!九歳が何してるの!?


「……えっと……」


どうしよう。物凄い困る。流石に九歳の少年の命や魂を背負うのはちょっと辛いところがある。断りたいけどディーンが物凄い泣きそうな目でこっちを見てくる。精神的にきつい。後回しにしたいけど流石にそれは駄目だろう。いや一生に一回しかしないとされている儀式を私にしてくれたのは凄い嬉しい。好かれてるんだなぁって思うから。アルフくらいの年齢ならまだしも九歳から受けるのは何か違うと思う。


「……い、命や魂を賭ける事をしないのならそれを受ける。私の負担になりたくないならその提案を受けるよね?」


ちょっとへたれた。いや流石に命、魂はちょっときつい。けど受けなかったら泣いちゃうかもしれないから受けるだけはしてあげる。


「……分かりました。不服ではありますが更なる精進を重ねて再びお受けしていただけるまで励みたいと思います」


不服に思わないでほしい。というかディーンってこんなに丁寧に喋れたんだね、私はそこに驚いたよ。


「うん。じゃあスイ姉僕もう寝るよ。流石にちょっと眠たくなってきちゃった」


切り替え早いなあ。ディーンって実は凄いんじゃないだろうか。


「ん、おやすみディーン」


ディーンが戻っていった後とりあえず私は部屋で寝た。何か疲れたから服とか作るのは明日からで良いや。そして私は眠った。



翌日私達はグルムスの屋敷から学園に向かう事にした。


「それであの人達は学園に通ってくるのよね?」


ルーレちゃんが私に話し掛けてくる。


「ん、そうだよ。ただ編入の手続きとか色々あるから入ってくるのは後一ヶ月くらいは掛かるかも。何せ数が多いから」

「一クラス丸々あるものね。むしろ一月であの数を編入出来るなら十分だと思うわ。権力って偉大ね」


仮にも王妃からの命令だ。下手をすれば一月どころか一、二週間で入ってきてもおかしくない。まあゴタゴタが激しいことになるから多分もう少しゆったりと入ってくると思うけども。


「それにしてもあの人達って多分高校生よね?年齢とかいけるの?」

「それを言ったら私やアルフが凄いことになっちゃうよ。一応学園には何歳からでも入れるよ。過去には七十を超えたお爺さんが入っていたこともあるみたいだし」

「それ何勉強したの?」

「薬草学と調薬についてらしいよ。何でも孫のために薬を作ってあげたかったんだって。沢山作るだけ作ってあげた翌年に亡くなったらしいよ。孫が冒険者だから怪我をして欲しくなくてっていう理由らしい。聞いた時はちょっとうるってしたよ」

「私もちょっとうるってきたわ。ちなみにそのお孫さんは?」

「後にSランク冒険者の柱みたいな存在になって晩年に凶獣からの襲撃を村を守って死んだらしい。凶獣の首にはその人が使っていた剣が刺さっていてその巨大な身体に倒れ込むようにもたれ掛かって亡くなっていたようだよ。その人の手には空っぽの薬瓶が握られていたって」

「何か妙に感動的な話なんだけどそこまで行くと嘘臭く感じるわね。それって実話?」

「実話」

「ごめんなさい、お爺さん、お孫さん。疑った私を許して頂戴」


ルーレちゃんが遠くの方に頭を下げる。この話を聞いた瞬間は私も同じ反応をした。実話に聞こえないのが悪すぎる。調べたら本当にあった話で思わず近くに居たステラに抱き付いた。ちなみにこれでも大分簡略化した話で実際にはもう少し壮大だったりする。ただ教師達の話し合いでその辺りの一部は意図的に流さないようにしたらしい。理由は私も感じた通りちょっと嘘臭く感じてしまうからだ。流石に実話を嘘に思われたくなかったんだろう。内容が良いから余計に。


「まあとりあえず彼等は入ってくるのが確定してるよ。イジェが無理やりねじ込むって言ってたし」

「まあいいわ。ところでスイ。私気になってたんだけどスイってこっちの世界に来てからそう経ってないのよね?なんで知り合いが多いの?」

「私の父様が残した記憶があるからかな。何なら後で見せようか?ちょっとだけ頭が痛いけど魔法の使い方とかはより理解しやすいかも」

「……ん〜、そうね。また後でお願いするわ。とりあえず今夜もグルムスの屋敷に行く感じかしら?」

「そうだね。寮だと流石にやりづらいし」


大量の服を作るのもついでに手伝って貰うことにしよう。私一人で三十人近い人の服作りなど殆ど拷問に近い。ルーレちゃんなら手先も器用だし何なら半魔導具にも出来るだろう。二人で徹夜頑張ろうね!

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