第152話 術式解除
「ということで連れ帰ってきた。此処に住まわせてあげてね」
「流石にこの数の人を泊められるスペースは無いのですが……」
あれから私達は血の誓約を済ませた後さっさと城を後にしてグルムスの屋敷に戻ってきていた。あのまま残っていたら兵士達が来て面倒だろうし何より私が帰りたかった。だって彼処崩れたせいか埃っぽくてしんどかった。
「大丈夫。何なら地下室を作って住まわせるから。出来るだけ一纏めにして管理したいの。お願いグルムス」
彼等をバラバラの場所に泊めるとか絶対何かしらの面倒事が起こる。ただの恋物語なら構わないが貴族との敵対とかされたら普通に頭を抱えたくなる。いやしない可能性も勿論あるが彼等は現代日本からやってきた者達だ。異世界転移物の創作物にどれだけ触れているか分かったものじゃない。私にとっては何をしでかすか分からない危険物だ。爆弾を至る所に分散するとか絶対したくない。
「……ふむ。まあ良いでしょう。ただしこの屋敷内では彼等の位置は使用人として扱います。構いませんね?」
「……ん、わ…かった。言い聞かせておく」
客人として扱えば余計な事をしそうにないので私としては嬉しいがそれが出来ないなら仕方ない。この屋敷内で問題を起こす程度なら許容しよう。
「分かりました。では彼等の泊まる場所は離れになります。では少し拡張してきますので」
グルムスは少し頭を下げると離れがあるのであろう方向に歩いていった。
「使用人っていう事はメイドと執事みたいな事をすれば良いの?」
先程まで話を聞いていた稲坂が話し掛けてくる。その言葉に対し私は少し悩んでから頷く。
「多分、ただこの屋敷には既に使用人達が居るからそうなるのか分からない。数人はメイドと執事に割り振られるとは思うけど残りはどうかな?庭師とかならまだ良いけど警備用の人員に配置される可能性もある。まあどちらにせよそこまで変な事はしないと思う」
「分かったわ。とりあえず皆には私からもしっかり言っておくからそんなに不安そうにしないで」
稲坂がそう言いながら私の頭を少し撫でる。撫で方がお母さんに似ていて少し気持ち良い。
「ん、ありがと。それと後で皆庭の方に集めておいてくれたら嬉しい。掛けられている術式を解く」
名残惜しいが頭を撫でる手を止めさせて頼む。その言葉に稲坂は分かったと頷き彼等の方に戻っていった。とりあえず私はルーレちゃんを呼びに行ってこよう。あの術式は私にとっては解くのはかなり簡単な術式になるがルーレちゃんにとっては良い魔法体験になるだろう。
稲坂に集めてもらった彼等の元に向かうと一気に視線がこちらに向かう。中には稲坂を使っていたせいか少し睨みが入っている者もいる。まあ術式を解けばそこまでの敵愾心は無くなるだろうし解けたと分かり易いサンプルになる。
「ルーレちゃん彼等の胸の内にある術式が分かる?集中したら複雑に絡まりあった毛糸玉みたいなのがあると思う」
ルーレちゃんの素因はかなり強力な物のようで素因などが見えないらしいが流石に魔法は見えたらしい。しっかり肯くルーレちゃんに彼等の中で比較的ゆったりこちらを見ている女子を連れて来る。
「じゃあ彼女の術式に干渉してみよう。魔力を細く編んで少し硬くしてそれを彼女に入れて。術式が反応してきたらそれを避けながら術式の端から魔力で解いていくんだよ。外側を全部解いたら内側にある丸い玉を魔力でくるんと隙間無く包んでそのまま取り出す。ね、簡単でしょ?」
ルーレちゃんに指導しながら彼女の術式を解く。ルーレちゃんは今の一回でコツを掴んだらしく連れてきた子達をどんどんハイペースで解いていく。
「ねぇ、スイはどれ位で解けるの?」
ルーレちゃんが疑問に思ったのか問い掛けてきた。
「ん、まあ残っている人達全員を相手に一瞬で解けるかな?術式は分かったし今すぐにでも解けるよ」
「嘘でしょう?一人一人見ないと流石に分からないわよ」
ルーレちゃんが疑いの目で見てきたので実演してみることにした。ルーレちゃんも問題なく解けるようになったし別に良いだろう。私は魔力を細く編むと全員の身体の中に一気に入れる。防衛反応をすり抜けて最小限の動きで外側ごと包むと圧縮して潰す。
「え?あれ?潰しちゃったわよ?」
「ん、あれでもいけるっていう実演だよ。ただし相手の力量が高ければ逆に侵食されるからやるときは慎重にね。まあ外側剥がすのも精々一秒未満で出来るからあんまり労力も必要無いけど」
やっても構わないがそもそもルーレちゃんのように力ある魔族にとっては一々あんな術式を解くのに繊細な技術は必要ない。力業で消してしまえば良いだけだからだ。むしろ繊細な技術が必要なのは本来力が無い魔族である私の方である。
「結構頑張っていたのに最後にもやっとする終わり方されたわね。ちょっと悔しいわ」
「ごめんね。でもルーレちゃんに繊細な技術は難しいと思うよ。だって最低限の出力がかなり大きいもの。それだったらその力で術式ごと握り潰した方が上手く使えるよ」
さっき魔力を細く編むところでかなり手間取っていたし難しいと思う。最初に出した魔力なんてあのまま普通に攻撃魔法として使えるレベルの魔力量だった。あれが通常なら解除系の魔法とは相性がかなり悪いかもしれない。まあ悪くてもごり押しで突破出来るから大丈夫か。
「皆これで解けたのよね?」
稲坂が少しだけ心配そうに声を掛けてくる。私はそれに対して首を横に振った。
「彼だけはまだしてない」
そう最初に私に対して睨んだ男の子だ。まああの茶髪男なんだけど。
「天道君だけ?どうして?」
「ん、睨んでるから?解けたらすぐに分かるかなって」
この術式の面倒なところは普段はあまり悪さをしてこないところか。そのせいで見付けるのが中々困難だ。まあ違和感を見付けられたらすぐ分かる程度には拙い術式ではあるが。後隠匿術式自体はこの術式とは別の誰かが掛けていた事も良く分かった。隠匿術式を掛けた誰かに会いたいものだ。まず間違いなくかなり強い。肉体面は強くないかもしれないが魔法面ではかなり高い技術を持つ者だと思う。
まあそれは置いといて天道の術式を解く。けど睨まれているのが変わらない。
「……あれ?」
予想と違う反応に首を傾げる。何故まだ睨まれているのだろうか。
「俺達をどうするつもりなんだ。戻りたくないなんて言われるなんて思わなかった。お前が何かしたのか?何かしたなら何でそんなことしたんだ」
静かに問い掛けるように言葉を紡ぐ天道。その瞳は冷静で的外れな事を言っている事を自覚している。それでもほんの少しの可能性を捨て切れなかったのだろう。何となく天道の性格が分かった感じがする。きっと彼は皆に責任を感じているんだ。もしかしたらこちらに来た最初の頃から彼がリーダーとして全員を引っ張っていたのかもしれない。そしてリーダーとして皆を地球に帰すため奔走していたのだろう。だってこの子だけ明らかに他の子と一線を画すほどの実力を持っている。
「何もさせるつもりはないよ。私は何もしてない。彼等は彼等の意思で残りたいと言ったんだ。そこに私は介入してない」
だから少しだけ近寄ると天道の頭を撫でる。
「皆を引っ張っていくのは辛かった?苦しかった?自分のした事で皆に術式が埋められていると知って悔しかった?もしかしたらしていた事が結果的に何人かを苦しめていたかもしれないと分かって泣きそうになった?」
頭を撫でる。いつしか天道の頭が下がってきていて撫でやすい位置になっている。稲坂が何となく察して皆を移動させていく。私も認識阻害と記憶誤認の魔法をばら撒いて結界も貼る。
「今は泣いても良いんだよ?貴方は頑張ったのだから」
撫でた頭を抱き抱えるようにすると声はあげないが涙を零しているのが分かった。私は泣き止むまでずっと抱き締めてあげた。
暫くした後涙を流し切ったのかもぞもぞ動く。私は抱き締めていた頭を離す。天道の顔は真っ赤で何故か視線がうろうろしている。
「熱でも出た?回復させようか」
「い、いや、大丈夫だ」
「でも顔真っ赤」
「あ、えっと、と、年下の女の子の前で泣いたから恥ずかしいんだよ」
何か誤魔化された感じもするがまあ大丈夫だというのならば別に構わない。
「天道は抱え込んじゃう癖があるみたいだからこれからは皆と相談するようにしなさい。些事は別に構わないけど皆の未来に関しては必ずね。そうじゃないと今回みたいなことになりかねないよ」
「分かった。これからは皆と良く話し合うようにする」
「ん、それで良い。ああ、後天道に」
「あの」
「何?」
「俺の名前、
「?分かった。私のことはスイで。苗字で呼びたいならハーディスになるけどこっちでは呼ばないで。魔国の名前だから勘付かれる」
「分かった。スイ」
「ん、真にとりあえず魔導具を渡しておくよ。神癒が込められた魔導具だよ」
以前カレッド達に渡した自作魔導具だ。人数分用意出来て良かったと思う。それと一緒に紙も渡した。
「魔導具は分かったけどこの紙は?」
「彼等の身長とか体型とかなるべく正確に書いて。後で半魔導具の服を作ってあげるから」
作り上げたらとりあえず不意を突かれて死ぬことは減るだろう。私の庇護下に入るなら死ぬ事など絶対に許さない。今日から徹夜で作り上げてみよう。
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