第47話 新たな味方と真実の声



「お姉ちゃん!」


ルゥイと話しながら歩いていると目の前から小さな白い髪の少女が出てきてスイに飛び付く。かなりの勢いで飛んできたがスイはそれをふわっと受け止めるとそっと地面に下ろした。


「ん、イルゥお疲れ様」


飛び込んできた少女、イルゥを労うと満面の笑みで返してきた。可愛い。イルゥはスイ達とは別に学園に通うことになっている。スイ達と別視点で過ごして情報を集めてもらうためだ。今一緒に居たら意味がない感じがするがイルゥの改竄で幾らでも記憶は誤魔化せる。

スイはルゥイの存在はスルーしたが一人が知っていたところで大して変わりはしない。思わずスイはイルゥを撫でる。えへへといった感じでイルゥが笑うのでそのままそっと持ち上げた。

自然にされた行動にアルフ達は苦笑いの表情を浮かべたがルゥイは驚いていた。見た目が十二歳程度の少女が小さいとはいえ幼女を持ち上げたのだ。違和感が半端ないだろう。


「お姉ちゃん降ろして欲しいです」

「えっ、やだ」


イルゥの抗議を無視してまるで人形でも持つかのように抱き締めて歩き始める。イルゥは足がぷらぷらしている。ルゥイはその可愛さに一瞬悶えそうになったがそれをしたが最後戻れなくなりそうだったので必死に堪えた。スイはそれを横目で見るとそっとイルゥをルゥイの方に差し出す。ルゥイはその欲求に負けた。



二人してイルゥを撫で回していると担当の男性がやってきて呆れ顔で帰れと言われてしまった。二人は流石に居すぎた事に気付いて学園から出ることにした。


「イルゥは本当に可愛いわね。ねぇ、私の妹にならない?」

「駄目、私の妹だもん」

「でも本当の姉妹じゃないでしょ?」

「それでも駄目」

「あの……イルゥの意見は無視です?」

「「イルゥはどっちの妹(がいい)?」」

「えっと……イルゥは二人の妹じゃ駄目です?」

「「…………それで」」


二人の妹ということに何故かなった。


「まあ良いわ。そういえばスイ?私貴女に訊きたいことがあったのよ。だから会いに来たの」

「ん?何?」

「ここじゃ話しづらいから貴女の宿に行っても良い?」

「ん、分かった」


ルゥイの言葉に頷くと一緒に歩いていく。ちなみにアルフ達はいつまでも戻らない二人を置いてさっさと宿に帰っていた。凄いスルースキルである。

宿に戻ってきたスイはルゥイを連れて部屋に入ると静寂の箱を使った。ルゥイはその間に部屋にあったベッドに腰掛ける。いや普通部屋の主がベッドではないだろうか。スイはそう思ったがすぐにどうでも良いと判断して椅子に座った。


「それでどうしたの?あの魔族のこと?」

「いいえ、あんなのどうでも良いわ」


ルゥイが本気でどうでも良さそうにしているため違ったようだ。


「じゃあ何?あっ、私そっち系じゃないからね」

「違うわよ!そんなことが訊きたいわけじゃないの」

「?」


本気で分からないのでスイはルゥイが話すのを大人しく待つことにした。


「そうね。何から話せば良いかな。ローレアって知ってる?」

「知ってる。というか私の母様だよ」

「ああ、そうなのね。じゃあウルドゥアというのはどう?」

「ウルドゥア……?」


スイは内心で驚いていた。北の魔王ウルドゥア、それはローレアの本名である。だがウルドゥアの名は北の魔王としか資料に残されてはいない。間違ってもルゥイが知れる筈が無いのだ。


「北の魔王ウルドゥア、こう訊いたら誰か分かるかしら?ねぇ、魔王ウラノリアの娘スイちゃん?」


瞬間スイの表情が消え指輪からアーティファクト、断裂剣グライスを取り出しルゥイに迫る。ルゥイはそれを見つめて何も抵抗せずにそのままベッドに倒れ込んだ。スイはルゥイの首にグライスの刃を当てる。


「何処でそれを?」

「言うからやめてくれない?私スイに何かするつもりないわよ。スイのことは気に入ってるしむしろ味方になろうと思ってる位なんだからね?」


スイはその言葉に裏がないことを感じて少し警戒しながらもグライスを離した。しかしマウントポジションのようになった状態からはどかない。流石にジェイルの時のように無条件で信頼するには人災というのは強すぎる。スイだけなら気にはしないがすぐには倒せないためアルフ達に害が及ぶ可能性がある。


「この体勢……まあ良いわ。知ったのは単純に貴女の生まれ故郷?と思う塔に行ったからよ。ほら迷いの森中心部にある塔よ。そこでスイを作る……?みたいなことが書かれた資料が沢山あったわけ。量は沢山あったけど指輪に入れたら良いしそれで持ち帰って色々と調べたのよ。そうしたらその中に北の魔王ウルドゥアの情報もあったのよ。名をローレアに変えたっていうのもね。当然スイについても調べたけどすぐに分かったわ。だって貴女普通にノスタークにいるんだもん」


ふふふっと笑いながらルゥイはスイに話す。その言葉には何処までも裏がない。


「ということは私に会ったのは偶然じゃない?」

「ええ、貴女がシェアルの街を滅ぼしたのも知ってるわ。だって私尾行してたもの」

「……シェアルの街については良いの?」

「知ってるのは私だけだろうしあの街はどうせすぐに終わってたわ。槍聖と壊拳、あと教授にも目を付けられてたからね。遅かれ早かれあの街は地図から消えてたわ。だから私はそれについて何も言わないわ。私もあの街消えて清々してるぐらいだし。あっ、今言ったのは人災ね。大体ろくなやつじゃないわ、私は例外よ」

「守らなくて良かったの?」

「守る?何で?私にそんな義務も権利もないわよ?人災っていうのはあくまで冒険者の中でSランクより強いっていうだけだから言われても守らないわよ?」


先程からルゥイは本気で言っているため味方になろうといっているのも本気なのだろう。スイは警戒するだけ無駄と判断してマウントポジションを解除してベッドに一緒に横たわった。


「あっ、警戒解けたと思って良いのかしら?」

「ん、警戒する意味無いと思ったから。それより気になるんだけど尾行に私気付かなかった。どうやったの?」

「ああ、それはシャイラの副次効果ね」

「シャイラ……天剣?」

「そうよ。天剣シャイラ、アーティファクトね」

「確か所有者に無限に力を貸し与える最強の剣の五振りの一つ?」

「ええ、でも少し訂正よ。無限に力を貸し与えるけれど適格者じゃないと与えられる力に呑まれて破裂して死ぬわ」

「へえ、私のグライスにも似たようなものがあるから安全装置なのかな?」

「グライスって断裂剣だっけ?そっちも五振りの一つよね」

「ん、断裂剣グライス、空間の切断と再接続をする能力。再接続は切断した箇所同士でくっつけて擬似的な空間移動が出来たりするよ。あと綺麗な切り傷ならギリギリ治せる。痛いけど。それで安全装置?は人格保有かな。認められないと使えない。そして私はまだ認められてない」

「えっ」

「無理矢理魔力で捩じ伏せただけだからね。でも認められる時間が惜しかったんだもん」

「認められるにはどうしたら良いの?」

「ん、グライスが与える試練をクリアすることだね」

「じゃあ今しちゃいなさいよ。学園に入ることになったらまともに時間取れないわよ?」


スイはルゥイの提案を受けてグライスの試練を受けることにした。グライスを持ち試練を受けたいと告げると頭の中に不思議な感覚が出てきた。


<……%/>$%&%##?>

「ん、何言ってるか分からない」

「いや諦めちゃ駄目よ」

<……聞こえる?>


何か調整されたのかグライスの声が聞こえた。その声はどうも何処かで聞き覚えがある。


「……私の声?」

「何?どういうこと?」

<……貴女の前世の声だよ>


グライスにはっきりと返された。そうこの鈴の鳴るようなと表現されそうな美しい声はスイの密かな自慢だった声だ。魔族になったときに可能な限り声帯を弄って再現しようとしたが結局出来なかった声。


<……貴女が望むなら私のこの声を貴女に返すわ>


グライスに言われた言葉をスイはどうするか迷う。ぶっちゃけ返して欲しい。今の言い方だと恐らく声帯の再現が出来なかったのはグライスに取られたからなのだろう。どう取ったかとかはこの際気にしない。今の声も可能な限り再現しただけあって割と好きな声ではある。だがあくまで劣化してるのは分かるのだ。


「……はっ、こうやって悩ませるのが試練?」

<……いいえ、違うわ>


何か呆れた感じに返された。スイはちょっとだけ恥ずかしそうに笑う。


「ルゥイ?私の声変わったら驚く?」

「いきなり変わったら誰でも驚くとは思うわ。まあ声変わりってことにしたらそうでもないんじゃない?魔族の貴女に声変わりがあるかは知らないけど」

「無いね。まあ良いや。返してグライス」

<……分かった。その代わり貴女の今の声を頂戴?>

「じゃないと喋れない?」

<……そう>

「なら良いよ。交換だね」

<……交換。空間の切断……成功、再接続……成功>


その瞬間強烈な痛みがスイを襲う。喉元をチェーンソーで切り刻まれたかのような激痛だ。声帯の交換だから痛いのは分かっていたが想像を遥かに超えた痛みに涙が浮かぶ。

ルゥイは痛みに堪え震えているスイを心配そうに見つめるしか出来ない。ルゥイは剣聖と呼ばれるまでに至った者だがそれは魔法が使えないからこそだ。ルゥイは生まれつき魔力をまともに保有できない体質だった。そのため剣に特化したのだ。まあそのお陰か天剣シャイラの適格者となったので気にしていない。


<……試練クリア。だから私を使って良いよ>

「……っ!」

<……おやすみなさい。主様>


痛みに耐えているとグライスが試練クリアだと言ったのでどういうことか訊きたかったが次の瞬間にあまりに唐突かつ強烈すぎる痛みがスイの全身を襲い声帯が定着していないのか悲鳴をあげることも出来ずにそのまま意識を落とした。



目を覚ますと心配そうにこちらを見つめるルゥイと目があった。何故かルゥイは後ろ手に縛られていてミティック達がその後ろに立っていたり座っている。アルフ達はどうやらグラフに連れられて鍛練中のようだ。そしてイルゥも座って……はなくスイの横で一緒に寝ていた。


「えっ、何これ」

「とりあえず説明するとスイが意識を失った時に食事ですよって呼びに来たトリアーナさんが勘違いして私に体当たり。私は思いっきり頭を壁にぶつけてふらっとしてたらトリアーナさんが作った魔力の縄みたいので縛られたのよ。そのあとすぐにミティックさん達が飛び込んできたわ。アルフ君達は来た瞬間グラフさんに大丈夫だからって言われてそのまま連れていかれた。イルゥはミティックさん達が来た時に一緒に来ていつのまにか横で寝てたわ」

「分かった。トリアーナ」

「はい」

「……助けてくれたのは嬉しいけどちゃんと周りを見ようね?」

「分かりました」


トリアーナが素直に頷いたので良しとしておく。ちなみに声は既に変わっていた。ミティックは驚いているがアトラムは気付いていなくてトリアーナはまだ混乱しているよう。ルゥイは最初から声が変わることを知っているため無反応。強いて言うなら少し良い声だと思っていそうな位か。ダスターはこの場に居ない。探した感じ街の中に居るようなので情報収集中だろう。


「ん、とりあえずお帰り?私の声……かな?」


少し満足気にスイは呟くと微笑んだ。

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