第48話 夜の帝都にて
スイはイルゥの頬をつまむ。柔らかい。むにむにして遊んでいるとルゥイに止められた。
「とりあえず私のこと言って欲しいのだけど?じゃないと拘束されたままじゃない」
「ん、トリアーナ解いて良いよ。ルゥイは私が誰か知ってるみたいだし」
そう伝えるとトリアーナは少し悩んだ末に解いた。スイが解いても良かったのだがトリアーナ達が納得しにくいと判断したのだ。トリアーナ達がルゥイのことを訊きたがっている雰囲気だったので教えてあげることにした。
「えっと、この子はルゥイ。かくかくしかじかで味方だよ」
「それで分かったら心を読めているのかと疑うわね」
説明が凄く面倒だったので良くある方法で伝えようとしたらルゥイに呆れられた。解せぬ。物語では良く伝わったりするのに。
「な、なるほど?」
…………アトラムにはノリで言わなくて良いよと伝えた方が良さそうだ。
「えっと、説明が面倒だなぁ。とりあえず
スイが眠る、というか失神する前の話をトリアーナ達の記憶じゃない、素因に転写しておいた。魔族だからこそ出来る無茶だ。普通の人にやれば頭が溶けるか発狂して狂人になるかだろう。説明が面倒だからと言って人には絶対使わない……。
すぐに理解してくれたトリアーナ達はルゥイに血の誓約を迫るがルゥイはやってくれた。意外な顔をしたのかそれとも雰囲気でなのかルゥイが私に問い掛けてくる。
「意外かしら?私も状況くらい理解しているから必要ならやるわよ。それに味方になるのに敵になる可能性を匂わせるとか馬鹿らしいじゃない」
「そうかもだけど誓約を違えたら死ぬんだよ?」
「違えるつもり無いから別に良いわよ。それより貴女達はこれからどうするのよ?スイが学園に通うのは何か理由があるの?」
「無いよ」
「え?」
「無い。母様に言われたから通うだけだよ。今ヴェルデニアに挑んだところで勝てないから」
「勝てないの?」
「ん、勝てない。間違いなく瞬殺される。私の素因も足りないし父様のも今は本調子じゃない。ヴェルデニアは魔神王の素因に任せて多分三十近く持ってるから余計に勝てないかな」
「素因……魔族の核だったかしら?」
「それは基幹素因だね。それが多少なりとも傷付いたら勝手に魔族は自壊しちゃうよ。それ以外は外部装置みたいなものだから壊されても出力が減るだけだよ」
「だから命が複数ある魔族達が居るのね」
「複数?それは間違いだよ。魔族も命は一つしかないよ。それは経験から来る話?それとも魔族が実際に言ってたの?」
「経験からね。何回も核っぽいの破壊したのに生きている魔族が居たから」
「……あぁ、そういうことか。何となく分かった」
「?何が分かったのよ?」
「多分ヴェルデニアは他の魔族に粗悪な素因を下賜してるんだ」
「つまり?」
「素因だけ多くてスカスカな魔族が量産されてる?」
「それをしてどうするのよ?」
「魔族にとっては素因の数=強さなんだよ。だから若い魔族のやる気を高めて自分を支持させてるんだよ」
「つまり馬鹿を集めて身の回りを固めさせてる?」
「そういうこと。大して強くなくても肉壁ぐらいにはなるから」
そう言ってスイは苛立たしげにベッドでぼふんぼふん跳ねる。他に苛立ちを表す方法はなかったのだろうか。跳ねながら器用にイルゥの頬をぷにぷにしてるのが余計に何とも言えない。まあルゥイも止めるどころか二人してイルゥの頬をぷにぷにし始めたので同類だが。ちなみにそれだけされてもイルゥは起きなかった。
「まあヴェルデニアの話は良いよ。どうせ今すぐ消しに行けるわけじゃないし今は学園の事でも話そう」
スイが話を切り替える。
「良いわよ。と言っても私も大して知らないから話すことあんまり無いけどね」
そうして二人がイルゥの頬をぷにぷにしながら学園について話し始めるとトリアーナ達は一礼して部屋から出ていった。
「もう遅くなっちゃったわね」
暫く二人で話していると既に夜の帳が下りていた。
「ん、ルゥイは何処に泊まってるの?」
「学園前に宿があってそこに泊まってるわ」
「そこまで送る」
「良いわよ。一応こんな見た目でも剣聖って呼ばれる程度には強いんだからね?」
「ん、知ってる。ただ送りたいだけ」
「そう?なら話しながら行きましょ」
二人は最後にイルゥの頬をぷにぷにしたり少し持ち上げて抱き締めたりしてから部屋を出る。というか何故これだけされてイルゥは起きないのか不思議である。
宿から出て少し経つと二人の気配が苛立たしげに変化する。
「帝都にも居るんだね」
「居るみたいねぇ。ゴミが」
「ゴミより屑の方が正しい感じがするよ」
「じゃあ屑で」
二人の会話がどんどん何かを貶していく。二人の周囲で二十人以上の男達の気配を感じ包囲を狭めてきているのだ。明らかに不自然な動きである。そもそも夜に二十人以上で街の中で団体行動する者達などそうそう居るわけがない。何より二人に対して感じる視線は下卑た視線だ。どう見ても悪意がある。
そして二人がわざと包囲をさせてあげると満を持してと言った感じにスイ達の周囲にザッと男達が姿を表す。
「話聞く前にどっかんやったら駄目だよね?」
「言い逃れ出来ないようにしたいわねぇ」
二人が小声で言い合うと目の前の男が二人に対して話し始める。
「よぉ?嬢ちゃん達夜に出歩いちゃ駄目だって聞いたことがなかったのかい?」
話している内容こそ普通なのだがスイやルゥイの身体を舐め回すかのように見ているため普通に気持ち悪い。二人の視線が絶対零度の冷たさになっていることにも気付かずに話し続ける。
「どいて」
「邪魔ね。さっさと消えなさい」
二人が男のいつまでも続く会話を切る。明らかに時間稼ぎなのも分かる上に二人の足元で魔法を封じる結界が構築中なのも分かるので鬱陶しくなってきたのだ。
ちなみに結界自体はルゥイにはそもそもあまり関係がなくスイに至ってはショボい結界など魔力による圧だけで吹き飛ばせるので意味はない。身体能力が高いので吹き飛ばす必要性すらないのだが。
「聞いていたかい?」
「うざい」
「消えなさい。じゃないと斬るわ」
「そっか~。ならお仕置きだ。やれ!」
男の雰囲気が変わった?ようで結界が発動する。ちなみに雰囲気が変わったことについて疑問系なのは二人がそもそも男を全く相手にしていなかったため元の雰囲気が思い出せなかったからだ。
結界が発動すると男達が口々に自分勝手な欲望を言いながら突っ込んでくる。
「へへへ、上玉だなぁ。俺のやつで孕ませげぷっ!?」や「売りとばしゃ暫く遊べごぱぁ!?」等言いながら男達は吹き飛んでいく。勿論最後の言葉は二人が殴り飛ばしたことによるものである。決して最初からそんな言葉は言っていない。
二人が殴り飛ばしている理由は単に剣や魔法だと力加減を間違えて殺しそうだったからだ。ルゥイは生かさず殺さずの剣は使えるが余りに弱いためどれぐらいで死ぬか予測が付かなかったために素手に、スイは単に殴りたかったからである。
二人的には殺しても良いのだが幾らなんでも二十人以上の殺害は正当防衛であってもやり過ぎかなと思ったのだ。正直殺したいが天の瞳がある以上最悪スイはバレかねない。なので気絶に収めたのだ。まあ骨はかなり折れているが死にはしないだろう。
「ひっ!?な、なんなんだこいつら!?」
最後に一人だけ残った話していた男に二人が近付くと怯えて尻餅をつきながら後ろにじりじり下がっていく。
「人を化け物みたいに扱わないでくれるかしら?貴女達的に上玉の少女二人なのに」
「ん、孕ませたかったり売りたかったりする程度には良い筈なのに酷いね」
「ば、化け物め!く、来るなぁ!?」
男が走って逃げていく。二人がすぐに捕まえようと踏み込んだ瞬間、男の前に一人の青年が何処からか出現する。
「どけぇぇ!!」
男が持っていた短剣で青年を刺そうとすると青年はすっと避け男の腹に拳をめり込ませる。ゴキっと明らかに骨の折れた音と共に男がスイ達の目の前まで吹き飛ばされる。
「ん、ありがと」
「…………」
スイが青年に礼を言うとルゥイが何故か固まっていた。
「いや良いよ。帝都に巣食う屑達を一掃している最中でさ。これも仕事の内だからね」
「じゃあ戦っているのも見てた?」
「いや?これでも結構急いで走ってきたんだよ?帝都は広くて広くて移動が辛いよ」
青年の言葉に嘘はないと判断したスイは何故か固まっているルゥイを見る。ルゥイはぽーっとしていた。
「ルゥイ?」
「え?どうしたの?」
呼び掛けるとすぐに反応を返したが頬が微妙に赤く染まっている。
「何か変」
「へ、変じゃないわよ!失礼ね」
「とりあえずその屑達は引き取っても大丈夫かな?勿論君達は正当防衛ってことにしとくからさ」
「ん、よろしく」
「あはは、そんな固くならなくて良いよ?君が魔族なのは知ってるから」
さらっと混ぜられた爆弾に二人がビクッとする。
「あれ?気付いてなかった?」
二人が青年を見ると不思議そうな顔で逆に見つめ返してくる青年。
「あぁ、そう言えば僕が誰か言わないと分からないか。失敗したよ。じゃあ改めて…僕の名前はゼス。スイ、君の兄だよ」
そう言って笑顔で自己紹介した青年にスイはとりあえず兄のイメージとしてひょろっとした虚弱眼鏡男を想像していたことを心の中で詫びることになった。
「あはははは!ひょろっとした虚弱眼鏡…っ!僕のイメージ悪すぎでしょ!あっはははは!お腹痛い…!」
どうやら心の内が読める素因を持っているようで青年がお腹を押さえながら爆笑する。イメージとは全然違い青年、ゼスは健康的なイケメンだ。髪は淡い茶色で瞳は綺麗な金の瞳をしている。優しげな表情で今は快活そうな笑顔に変えている。
「まあ確かに?戦闘面に関して言えばあながち間違いじゃないけどさ。流石に見た目もそうはいかないよ」
笑い過ぎて浮かんできた涙を指で拭いながらゼスは告げる。魔族にとっては素因の強さで大体の力が出来上がるため心の内が読める素因ということは確かに余り戦闘面は強くはないのだろう。そしてそれが原因で魔国ハーディスの王位も諦めたのだろう。強さがなければやっていけない地位だからだ。
「そうだよ。あと出来たら僕と話す時は変なことは考えない方がいい。僕は目の前の対象一人に限っては常時思考が読めて他の人は時々読める程度だけど常時発動だからさ。相対するときは気を付けてね」
「ん、分かった」
「……いやあ凄いなぁ。スイの心の声が聞こえなくなったよ。そんな簡単に心の声を制御出来るものなのかな?」
「出来る。元から結構出来てたのもあるけど制御の素因を手に入れてからはよりそれが顕著になった」
「凄いなぁ。僕も制御したいよ」
「私がやろうか?抵抗されなければある程度は出来ると思う」
「本当に?ああでも貴族と会う時は使いたいな」
「ん、なら切り替えられるようにしてみる」
「助かるよ」
「気にしなくて良い。お兄ちゃんのためだから」
「…………ああ、何か良いなぁ」
「お兄ちゃん?」
「ああ、うん。それ。言われるのがこんなに良いものだとは思ってなかった」
「お兄ちゃん終わったよ」
スイがそう声を掛けてトリップしかけたゼスを止める。ちなみにこの間ルゥイは心が読める辺りから慌てて隠そうと何か色々やっていた。髪を手櫛していたり顔を押さえたりと可愛いので放置していた。
「これは良いね。初めて制御出来たよ。スイありがとう」
「ん、どういたしまして。それでルゥイは何してるの?」
「うえっ!?な、何でもないわよ!?」
「あぁ~、ごめんね。ルゥイちゃん。もう読んでるんだ」
「読んで……!?」
「うん」
ルゥイが真っ赤になったので何となくそっとスイは離れる。それにルゥイは気付いてこっちを見るがすっとスイは建物の陰に隠れる。隠れると言ってもそろっと顔を出して見ているが。
「えっ、えっと……」
「う~ん、その前に僕で良いのかな?」
「貴方が良いの!」
どうやら二人は既に知り合っていたようだ。しかもルゥイはゼスの事を想っていた様子。頑張れと心の中で応援しながら二人を見つめる。
「僕は魔族だよ?」
「関係無いわ。貴方が良いの。貴方じゃなきゃ嫌なのよ」
「魔王の息子だけど弱いよ?」
「力なんかに惚れたりしてないわ」
「……惚れてるんだぁ」
小さくぼそっと言った筈なのに風下だったのか聞こえたようで耳まで真っ赤になるルゥイ。
「そうよ。惚れてるの。私はゼス、貴方が好きなの」
真っ赤になりながらも告白するルゥイ。ゼスは困ったような表情を浮かべる。何となく理由が分かったスイは建物の陰から出ていく。
「お兄ちゃんの悩みは受け入れるか否かじゃなくて寿命の問題?」
そう言うとゼスは困ったような表情を浮かべながら頷く。ルゥイは寿命の問題に気付いて俯いたが諦めはしないようだ。
「なら眷属にしてあげようか?ルゥイ」
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