第46話 剣国の勇者



「ご主人様、勇者様が起きられました」


スイ達がノスタークをまだ出ていなかった時、剣国アルドゥスでは召喚された勇者を看病していた赤髪のアイリスが執務室にてアルドゥスの王、アレイド・グイ・アルドゥスに報告していた。近くには武聖と呼ばれる人災中最強の呼び声高い初老の男イーグが控えている。


「そうか。ようやく起きたか。では明日会いに行くと伝えよ」

「それは難しいかと思われます」


伝えた瞬間アイリスに止められたアレイドは少し不機嫌そうに尋ねる。


「何故だ?」

「勇者様は起きてすぐに舌を噛みきって自害なさろうとしたからです」

「何!?どういうことだそれは!」

「言葉通りです。起きておよそ二分後に勇者様は舌を噛みきりました。今は治療中です。なのですぐに会うのは止めた方がいいかとアイリスは愚考します」


アイリスが伝えた内容にアレイドは頭を抱える。イーグも普段と違い少し表情を険しくしている。


「それは止められなかったのか?」

「流石に予想外でしたので申し訳ありません。次は止めます」


アレイドの質問にアイリスはほんの少し悔しさを滲ませたように言う。アーティファクトであるアイリスであっても出来ることは限られているのだ。いやむしろアーティファクトだからこそか。本来ならアレイドのためにしか動けないのがアイリスだ。それを無理矢理解釈を変えることで城内で働いているのだ。やれることに制限が付くのは仕方無い。それでも悔しいものは悔しいのだが。

しかしこの状況はこれから複数回発生する。それを知らないこの時はまだマシだったのかもしれない。胃が痛くなる日々がこれから続くのだから。


「ご主人様、勇者様が三階より頭から飛び降り重傷を負いました」ある時は飛び降り自殺。

「ご主人様、勇者様が何処からか手に入れた毒を飲み意識不明です」またある時は服毒自殺。

「ご主人様、勇者様が……」またある時は……。

「ええい!何故あいつはそうまでして死のうとする!?幾らなんでもやりすぎだろう!」


アレイドがキレた。



「直接会いに行くぞ。というかまだまともに会えていないのが意味が分からん。未央と晃も連れてこい」

「畏まりました。ご主人様」


アレイドは苛つき混じりにアイリスに告げると勇者が眠る部屋に歩いていく。勇者召喚されてから既に三ヶ月以上経っている。普通ならあり得ない。だが召喚された勇者はどうやってか警備の目を抜け出し部屋を飛び出しては死のうとして発見されるのだ。そのため今のところ勇者は意識不明の状態か起きたが隠れている状態しかない。アレイドが会えないのだ。

一度だけ意識不明の状態で会ってみたが美しい少女だった。あれだけ美しければ人生もそれなりに華やかであったと思われる。妬みや嫉み、そういったものがあったかもしれないが此処ではそんなことはない。なのに何故彼女をそこまで死に駆り立てると言うのだろうか。

アレイドは考えながら勇者に割り当てた部屋に入る。一応ノックはしたが今は意識不明の状態だ。返事は返ってこない。なのでそのまま部屋を開けた。しかしアレイドはそこで止まった。意識不明の重体で寝ている筈の勇者がベッドの縁に腰掛けていたのだ。


「ん?あぁ、王様か」


勇者は気怠そうにアレイドを見て、そしてすぐに目を離す。鈴が鳴るようなと表現されそうな位美しい声だが心底どうでもいいと思っているのが良く分かる。アレイドが少し止まっていると一緒に連れてきた前勇者の未央と賢者の晃が部屋に入っていく。アレイドもすぐに部屋へと入る。


「ねぇ、大丈夫?」

「何が?」


未央が勇者に対して心配そうに話し掛けると勇者は素っ気ない態度で返す。


「えっと……」

「何を心配してるのかは分からないけど凄くどうでも良いからさ。僕の邪魔しないで欲しいんだけど?」

「邪魔ってのは自殺か?」

「分かってるんだね。なら邪魔しないでよ」


晃が問うと勇者は不機嫌そうに睨み付ける。


「いやあ流石に俺の人生の半分くらいしか生きてないだろう子供が死のうとするのを許容するほど人間辞めてないんだわ俺」

「そう、良い大人だね。だったら余計にやめてよ。おじさんに比べたらそりゃ生きてないけどさ。僕にとっては既に未来なんて真っ暗なんだよ。生きている方が辛いんだ。頼むからやめてよ」

「未来なんて分からないものだろうが」

「分からないけどどう感じるかは個人次第だよね」

「どうしても死にたいのか?」

「賢者よ。不穏な会話はやめて貰えるか」


晃と勇者の会話がどんどん不穏な方に向かっていくので思わずアレイドが止める。


「分かった」

「空気かと思ってたけど違うんだね」


晃はすんなり下がったが勇者はさらっと毒を吐く。


「勇者よ。君にどんな理由があるのか……」

「煩い。黙ってなよ。貴方達の都合で呼び出した人間が貴方達の都合通りに動く人形だと思うなよ。人形遊びがしたいならそこのメイドさんとやってなよ」


アレイドが話し掛けた瞬間勇者が蔑むような目で言い返される。思わず反射的に反応しようとしてそれが勇者の狙いなのだと感じて口をつぐんだ。


「ふぅん?まあ頭は多少回るんだ」


恐らく勇者はアレイドを怒らせ殺させるつもりだったのであろう。例え怒ったとしても殺すつもりはなかったがその行動がこれから先にどのように影響するか分からない。敢えて危険を冒す必要もない。


「まあどうでも良いんだけどさ?名前も言わないってのはどうなんだろうね?」


勇者の言葉にハッとしてアレイドが名乗ろうとした時にいつの間に来たのか勇者が目の前に立っていてアレイドの口に指を当てる。


「どうでも良いって言ったよね?名前なんて聞かなくていいよ。貴方はただ王様としか覚えないから」


晃と未央が驚いていることから二人も反応出来なかったのだろう。勇者の実力はかなり高いということだ。控えていた筈のアイリスが動く素振りがあったことから何とか見えはしたのだろうが動き出すまでは出来なかったようだ。


「分かった……では勇者の名前を聞きたいのだが宜しいか?」

「あっ、わ、私は未央だよ!貴女の前の勇者」

「俺は晃だ。未央の二個前の勇者で賢者でもある」

「未央と晃ね。僕は……いや面倒だし名乗らない。死ぬ人間の名前なんて覚えておきたくないだろうし」

「勇者よ。君を死なせるつもりはない」

「だろうね。でも僕は死ぬよ。どんな手を使ってもどれだけ時間が掛かってもね」


勇者は酷く歪なそれでいて美しい笑みを浮かべてアレイドに返す。その表情は深い悲しみに彩られているようにアレイドは感じた。



「ふぅ、アイリス。アーシュに勇者の現状を伝えろ」

「よろしいのですか?」

「構わん。勇者に誰かを傷付けることは出来ないと判断した」

「畏まりました。アーシュ様にそれとなく伝えておきます」


アレイドは自らの年の離れた妹であるアーシュを思う。誰にでも心優しく親身にする妹に勇者がほだされることを願いながら執務室にて書類の消化に勤めた。



「勇者様。勇者様の世界のことを教えてくださいな」

「未央や晃に教えて貰いなよ」

「教えて貰ったのですが二人の話では時間軸?というものが違うようでどうも良く分からないのです」

「ならなんで僕に?結局は時間軸が違って分からなくなるだけじゃないか」

「そうですね。でも私は勇者様が居た時のことが知りたいのです。だから大丈夫ですよ」

「ふぅん、まあ良いけどね。どうせすることはないし話してあげるよ」


そう言ってアーシュに勇者は話していく。その姿は中の良い姉妹のようだ。アイリスはその姿を見て頬を笑みの表情にした。しかしその表情は次第に強張ってくる。いや別に大した理由ではない。単にいつまでも勇者が褒め称える姉の自慢話にひきつってきただけだ。

既にもう二時間は経っているというのにいつまでも続くそれにアーシュはにこやかに聞いている。アイリスのようにはならない。


「まあ!お姉様はとても凄い方なのですね!」

「うん!姉さんは凄いんだよ!可愛いし綺麗だし何でも出来るし料理だって上手。もう完璧なんだよ!」


最初の方は渋々だった筈の勇者が今ではノリノリで話している。アーシュが聞き上手すぎたようだ。


「でもね……そんな姉さんは死んじゃったんだ」


しかしそんな勇者が突然落ち込んだ。アーシュも流石に驚いている。


「……どうしてなのですか?」

「父さんと母さんが亡くなったから……かな?姉さんは大好きだったから」


そうして語られたのはその後どうなったかの顛末。アーシュもいつもの明るさは鳴りを潜ませ静かに聞いている。勇者の語ったものはあまりに理解しづらいものだ。しかしアーシュはしっかり聞く。アイリスなど理解出来ずに蚊帳の外だというのに。


「だから僕は姉さんの元に行きたいんだ。邪魔しないでくれる?アーシュ」


今にも泣きそうな表情で彼女、いや彼である勇者として呼ばれた拓也はアーシュに問い掛ける。


「いいえ、それは出来ません。勇者様」

「……どうして?」

「だって貴方のお姉様が生かしたように私は感じるからです」

「生かした……?」

「そうです。あれだけの重傷を負いながらも生き永らえた貴方はきっとお姉様が助けたからです。でなくば貴方は死んでいた。お姉様は一緒に死のうと言いながらも心の中では死んで欲しくないと、生きていて欲しいと願ったのかもしれません。本当のところは分かりません。だけどもしそうなら私は貴方を死なせるわけにはいきません。それがお姉様の願いの可能性があるのですから」


アーシュは拓也の手を取り言葉を紡いでいく。


「僕を……姉さんが……」

「ええ、お姉様の真意は分かりません。私は神ではありませんから。ですが、だからこそ私はそう願います。お姉様が勇者様、いいえ、拓也の事を死の間際に思ったのだと。だからこそ私達はこうして会い、話すことが出来るのだと」


アーシュの言葉をゆっくりと理解したのか拓也の目に涙が浮かぶ。


「だからこそ生きましょう?この先勇者として生きろと私達は強制したりしません。ですがそうして生きてもいいと思えたならその時また考えてくださいませんか?今は返事は要りません。ただお姉様を思いましょう?」


アーシュの目にも涙が浮かんでいる。アーティファクトであるアイリスには理解出来ないがアーシュはどうやら拓也に共感したようだ。二人は暫し静かに涙を流していた。アイリスは自らの主であるアレイドに報告しようと動いた。勇者はもう自殺しようとすることはないかもしれないと、アーシュが根気強く一月近い時間を掛けて心の傷をほんの少し癒したお陰だとも。ただこうして二人が泣いていたことだけは報告しないでおこうとは思った。

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