第221話 魔軍宿舎・アルダの部屋
魔軍内部の宿舎の記憶は殆ど無い。建物内に父様が入った事が無いからだ。正確にはその中の訓練所と中庭等は分かるがそれだけだ。設計したのは誰だったかな?テスタリカじゃないのは間違いないんだけど。まあその辺りはどうでもいいか。
なのでこの宿舎が何処にあるのかは分からない。入口から直接宿舎の部屋に来ていたなら何となくで分からなくもないけど寄り道してから来たから把握出来ていない。まあ見えてなかったしね。
そしてこの部屋の主であるアルダは今はいない。私にこの部屋から絶対に出ないように念押ししてから部屋から何処かに向かったからだ。念押しされなくても出るつもりなど毛頭無い。今はヴェルデニアが近くに居ないからこの場に居ても大丈夫だけど一応敵地のど真ん中だ。騒ぎを起こす事に何のメリットも無いのだから。
ベッドに横になろうとしてふと部屋の中を見回すと部屋の散らかり具合が気になった。流石にベッド等は清潔にしているようで気にはならなかったがそれ以外の場所がそこそこ汚い。一応掃除道具は備え付けの物があるみたいだが使った様子が無い。
「……暫くお世話になりそうだし」
そう呟いてから掃除道具を手に取る。確かこれって一部の人達が自費でも構わないから掃除道具を備え付けさせて欲しいって頼んで許可されたものだっけ?残念な事に今はあまり活用されてないらしい。まあこの部屋だけかもしれないけど。
暫く掃除していたら部屋の外から話し声が聞こえてくる。アルダの声ともう一人の声だ。もう一人の声は隣の部屋に入ったようだ。廊下の声は聞こえるけど隣の部屋の音は聞こえない辺りしっかり防音はされているようだ。アルダが部屋に戻ってきた。
「あぁん?てめぇ何してんだ?」
「ん、掃除」
「ぶっ倒れてた癖によくやるぜ」
「気になったからね。それにこの程度なら大丈夫だよ」
アルダがぶっきらぼうにそう言ってから机の上に夜食を置く。
「ほら、持ってきてやったんだから食べろ」
「アルダ」
「だから呼び捨てをやめろって」
「どう言って持って帰ってきたの?」
「あぁん?そりゃ部屋で食うからって」
「なら食べなよ。それはアルダのでしょ?それに私は食べる物あるよ?」
軍人がいきなり二人分食べるのは理由無しじゃ難しいだろうからと案の定聞いてみたらアルダのものだった。口悪いのに自分の夜食を怪しさ満載の女の子に渡そうとするぐらい良い人とかどんなギャップ狙いかな?
「……マジか?」
「ん、マジ」
指輪から屋台で色々買ってた物を幾つか出す。パンは当然メリーのものだ。後はスープにサラダ、メインのおかずは綺麗な照りがあるお肉です。うん、屋台飯だね。一応備え付けで簡易キッチンがあるから今日は無理でも明日からはご飯作れるよ。確かこの簡易キッチンも掃除道具と同じ自費でのお願いだったかな?夜中は食堂閉まっちゃうしね。
食材はとりあえず見付ける度にその店の在庫分まで買ってたからかなりの量がある。肉系は少量しか買ってないけどね。お肉になる魔物いっぱい指輪の中で眠っているし。代わりに魚系はいっぱい買ってる。そういえば鯨の魔物どうしよっかなあ?
「……」
「何だかごめんね?でも気持ちは凄く嬉しかったよ」
そう言うとアルダはチッと舌打ちした後なら食べろって一言言うと持って帰ってきた食事を自分で食べ始めた。見た感じその食事はあまり美味しそうには見えない。確か食堂は行きたい人が行けばという感じで別に外で食うのは大丈夫だったはず。
「アルダ」
「あぁん?」
「私が居る間位は私が料理作ってあげるね」
アルダは私の身体をじっと見てからどうでもいいって言って食事を再開した。ん、許可が下りたものだと勝手に思っておこう。というか本当に美味しくなさそう。オートミールポリッジだったかな?粥だけのやつで味があるとは正直思えない。栄養価だけは高いらしいけどかなり質素と言わざるを得ない。甘味とか味付けされているなら美味しくなるかもだけどこれに殆ど味はないだろう。まあオートミールとか食った事ないけど。
少しだけ申し訳なくは思うけど私も自分の物を食べる。やっぱりメリーのパンは他の屋台飯に比べて別格だ。まあ元々屋台じゃなくて正式に店として認められていた程度には美味しいわけだから当たり前か。食事を終えたら押し入れから毛布を出してアルダはさっさと床に寝転がってしまった。何も言わさずに問答無用でベッドに寝かさせようとするその態度に何となくほっこりする。
私も疲れたのか欠伸が出てくる。魔族は眠らないように頑張ればひたすら起きられるらしいけどそれを証明しようとは思わない。アルダに小さくおやすみの言葉を告げた後私もベッドで包まって寝る。夢も見ないぐらい熟睡した。
翌朝起きたらまだアルダは寝ていた。時間を見たら狙い通りかなり早朝だ。何となく起きる時間とか狙えるかなと思っていたけど本当にその時間に起きれるとは思わなかった。少し背伸びした後キッチンに向かう。エプロンは適当に布を裂いてササッと作る。
そうしてから暫く料理をしていたらアルダが起きたようだ。もぞもぞ動いているみたいだ。毛布に包まっているから蓑虫みたいになってる。蓑虫状態から脱出したアルダが起きる。起きてすぐベッドを見て居ないことに驚いてすぐにキッチンで作業している私を見付けてムスッとしている。背を向けているからって分からないわけじゃないんだよ?
寝る前に脱いでいた軍服をもう着始めているアルダの前に朝ご飯を並べる。それを見てアルダが固まっている。そんなにおかしなものを並べたつもりは無いんだけどね。魔の大陸に来る前に居たダンジョンで手に入れた魚の魔物、多分太刀魚のやつをいっぱい使ってみた。刺身に炙り、塩焼きと魚尽くしだ。白子とか卵もあったから煮付けしてみた。魚を捌いた経験とか無いけどお母さんが偶にやっていて覚えていたから出来た。中々使う機会が無いと思っていたけどあったね。
ご飯もしっかり炊いているよ。どれだけ食うか分からなかったからとりあえず三合分炊いた。軍人は身体が資本だからね。まあ朝から食うかは分からないけど。太刀魚の味噌汁というかアラ汁かな?も作ってるから本当に魚尽くしだね。炊き込みご飯とか出来たら良かったんだけど炊く前に気付かなかった。
もしこれで魚嫌いならどうしようもないことに今更気付いたけど大丈夫かな?アルダの顔を見たらポカーンとしていた。
「食べないの?」
「あぁん?てめぇのじゃねぇのか?これ」
「アルダのも含んでるけど……もしかして魚嫌いだった?」
「いや嫌いじゃねぇけどよ」
「良かった。なら食べよう」
今度から嫌いなものがあるかしっかり聞こう。まあ昨日はさっさと寝ちゃったから聞けなかったんだけど。
「あっ、そうだ。アルダって食べられないものはある?嫌いなものとか」
「いや特にはねぇな」
「そっか。分かった。後部屋に戻ってくるのは夜中かな?」
「そうだな。昼に戻ってくることはまず無いな。忘れもんでもしたら違うだろうが」
そっかと一言呟いた後お茶碗にアルダのご飯をよそう。このお茶碗はノスタークでぶらぶら歩いている時に見付けたものだ。大量に売っていたので大量に買っておいた。それが今役に立っているんだから人生何があるか分からないものだ。
「……」
「どうしたのアルダ?」
「何でもねぇよ」
じっと見ていたのでアルダに問い掛けたけどぶっきらぼうに返された。まあ良いか。中々美味く出来ていたみたいで美味しい。頑張ったら屋台で食っていけるんじゃないだろうか?いやお店出してもいけるかな?なんて下らない事を考えていたらアルダがぼそっと呟いた。
「……こういうのも悪かねぇな」
やめてほしい。少しだけ顔が赤くなったのは仕方ないと思う。あっ、でも好きなのはアルフだけです。アルダはなんというか……ね?
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