第220話 最悪のバレーボール



何故か人族の大陸が見えてきた瞬間にロフトスの動きが止まった。ロフトスなら殆ど目と鼻の先と言っても過言では無い距離なのだろうが私にとってはそこそこ遠い距離だ。


「どうしたの?」

【ん〜とね、ごめんね、スイ?どうやら私の行動は駄目だったみたい】


ロフトスの急な謝罪に疑問符を浮かべる。何に対しての謝罪なのだろうか?さっぱり分からない。


「えっと、何に対しての謝罪?」

【私人族の大陸に近寄るなって言われちゃったしどうもスイをこのまま人族の大陸に乗せるのも駄目みたい?まあ何か色々あるんでしょうけど私にはよく分かんないかなぁ。ただ覚えておいてね。多分これには理由があるんだ。だからごめんね?頑張って生き延びて。あと笛は返してもらうね】


ロフトスが良く分からない事を言い始めたと思ったら私の手から笛を回収する。それと同時に私の身体に触手が巻き付く。凄く嫌な予感がする。


「ロフトス何をするつもり?」


若干震えた声になってしまった。だってロフトスが私に触手を巻き付かせた後私の身体を覆うように泡が発生する。空気の玉のようだ。ただそれに包まれているというのが凄まじく怖いのだが。


【えっとね、どうやら飛ばす場所の指定もされているの。力加減が出来ないのを分かっているから多分ここまで何も言ってこなかったんでしょうね。だから此処から魔の大陸東方まで飛ばすね?頑張って生き延びて、ふぁいと!】


ロフトスがそれだけを言った瞬間空気の玉に入った私を海面から出すとまるでビーチバレーか何かのように上に投げる。サァッと顔が蒼褪めるのが良く分かった。何でロフトスは触手を海面から出して振り被ろうとしているのか。私を上に投げた理由は?


「い……やぁ」


物凄くか細い声が出た。無理無理無理無理。死んじゃう。耐えられるわけない。こんな空気の玉程度でロフトスの触手打撃耐えられるわけない。絶対死ぬ。多分見るも無惨な死体となることは間違いない。あまりの恐怖に身体が動かない。魔力も練れない。いや練れたとしても結界ごときじゃ叩き潰されて終わりだろう。逃げるのも出来ない。空気の玉はそこそこ頑丈には作られていて振り被られたロフトスの触手よりも先に脱出出来る気がしない。


「あっ……」


そんな事を考えていたら目の前にロフトスの触手があった。早すぎて笑えない。そう思った瞬間凄まじい衝撃が私を襲う。


「きゃぁぁあ!!」


あっ、初めて悲鳴らしい悲鳴が出た気がする。そんな下らない事を考えて分かった。あれ、打たれたのに死んでない。

目を瞑っていたのをゆっくり開くと周りの景色がビュンビュン加速して消えていく。何かのテレビで見た監視カメラの映像の倍速映像みたいだ。あの車のライトがビュンビュン移動するやつ。自分がそれを体験するとは思わなかったけど。というかやっぱり生きてる。空気の玉は無くなっているけど。絶対破裂したよねこれ。


「これこの速度で地面に叩き付けられたら間違いなく死ぬよね」


多分想像もしたことないような痛みと悲惨な死体が出来上がるだろう。素因も絶対に無事じゃ済まない。というか済むわけがない。身体の原型が残るか怪しいレベルなのだから。

慌てて魔法を飛んでいる方向に向けて打つ。獄炎や天雷では無理だ。爆発のエネルギーで軌道を変えるしかない。しかも継続的爆発。継続的爆発って何だ。


「んと、爆発、エクスプロード?いやそんなもの撃ったら私ごと爆散しちゃいそうだし……とりあえずやってみよう」


頭の中に存在する力ある言葉を練り上げる。難しいけど通常の魔法の方が難しそうだから仕方ない。幸い飛ばされた場所が場所だからかすぐに着地はしない。まあ数分でぐしゃってなりそうだけど気にしていたら先に死ぬ。


我が道をヴェン・ルーヌ染め上げるは・グィリーオルト・連鎖の道ラクラムファル幾多の戦場にログ・ボル・アイオコ・響くは怨嗟の音スーティル・エイオン掛けよ駆けよジス・レグ・煉獄の橋ダールマス猛々しく吠え上げよゼイ・ゴン・ユグトス・その身は炎鎖の柱ダーイ・オイグ!」


出来た。そう思って目を開けたらほんの十メートル程下に地面が迫ってた。ギリギリ間に合った!


連なる煉禍イグトース!」


唱えた瞬間途轍もない熱量が私の手から発生して身体を跳ね飛ばす。目を回すような衝撃にきゃうんって変な声出ちゃった。けど手だけはしっかり地面に向けておく。じゃないとこの衝撃で地面に押し付けられる。多分すり潰される。

少し速度が緩く……といっても全然緩くなったようには見えないけどそうなってから結界を自分が張れる限り張っておく。これで万が一失敗しても結界の外に出している腕が犠牲になるだけで済む。いや腕を犠牲になんてしたくないけどさ。死ぬよりかはマシだろう。


「ぐぅ……!」


地面が近付いてきている。最初の衝撃でほんの少し猶予が貰えたけどゆっくり近付いてくる。つまり結界の外で地面に向けている腕が地面に当たるということだ。痛覚は消したからまだマシだが地面に削られる自分の腕というのは視覚的暴力過ぎる。仕方ないので自分から切り離した。私の腕を構成する魔力をそのまま魔法に転換して爆発させた。暫く腕が無い生活になるけど多分あの速度で結界が地面に接触したら一撃で壊れて私も死ぬ。いやここまでやったのにまだ死ぬ威力って三匹怖い。

腕を犠牲にしたお陰かようやく目で見て分かるレベルに速度が落ち着いた。そのまま結界が地面にぶつかると一回目はバキャッて音が響いたけど何とか耐えて跳ねた。二回目でぶっ壊れた。三回目で咄嗟に張った結界が壊れた。四回目は間に合わなかった。息が詰まるような衝撃が私の身体に響く。


「ごふっ……!」


痛い、痛い、痛い、痛い。何度も跳ねてようやく止まった。素因だけは何とか死守した。けど痛過ぎて動けない。足も変な方向に曲がっていて立ち上がれない。まあ痛過ぎて立ち上がる気力も無いんだけど。


「ぅ…ぁ……」


痛いなぁ。絶対ロフトス許さない。次に出会ったら殴りまくってやる。


「ティ……ル」


ティルを動かして身体を起こす。痛覚を消したのに痛みを感じるとは何事かと思うけど今更分かった。これ消しているんじゃなくてかなり鈍くしているだけなんだ。気付いて良かったのかな?

息がかなり切れ切れだけど治癒魔法を掛ける。暫く動けないかなこれ。魔力を使い過ぎた。何で生き残るのに魔力全消費で微妙に追い付いてないのかな?ロフトスどれだけ本気で叩いたのあれ?絶対許さない。


「この状態で襲われたら不味いかなぁ」


抵抗出来る気がまるでしない。今なら素因一つの魔族に負ける自信がある。あとこの辺り何処なんだろうか。魔の大陸東方にってロフトスは言ってたけど東方の何処?分かんないんだけど。範囲考えて?海が見えない辺り中央側の東方なのだろうけど。


「あぁん?何だこのガキ」


もたれかかっていた小さな岩の後ろから声が聞こえた。寧ろ声が聞こえる近くまで近付かれた事に気付けなかった。どれだけ弱ってるの私。後ろを振り向くと粗野な感じの男が立っていた。しかも良く見たら複数人見える。男の後ろには指揮官らしき男だ。魔軍だこの人達。


「あっ……」


この場を切り抜けられる自信が無い。というか魔軍という事は東方まで飛んでない。多分私の魔法のせいでそこまで飛ばなかったのだろう。いや私のせいにしないで欲しい。生き残るのに必死だっただけだから。


「あぁ〜、チッ」


粗野な感じの男は私の所まで近付くと何処から出したのかマントのようなものを出す。指輪から出てきたようには見えないしそもそも指輪をしていない。マントで私を包むと抱き上げる。連れて行かれるみたいだけど抵抗出来ない。というかまともに動けないのだから当然だ。


「何かあったか」

「何もねえよ」

「そうか。なら良い。先程の爆音の正体を見付けねばいけないのだからさっさと行くぞ」


どうやら生き延びようとしたあれのせいで魔軍が来たらしい。どうしろと?しかし何で私の存在に気付かないの?抱き上げられているからすぐに分かる筈なんだけど。変な違和感を感じつつ男に抱き上げられるままにする。恐らく魔力枯渇気味のせいで力が戻るのに数週間は掛かるだろう。腕も吹き飛んでるし。

その日一日見回りをしたみたいだけど何も見付からずに宿舎に戻ってきたらしい。まあ見付けていないと言ったら嘘になるけど。どうやら持ち回りで別の小隊に受け継がせるらしい。次に見回るのは二週間は後らしい。

そんな事を聞いた後ガチャっと扉が開く音がした。そこでようやく担ぎ上げられていた私の身体が降ろされる。ベッドに降ろされたみたいで下が少し柔らかい。硬めのベッドのようだ。マントが取られて宿舎内の部屋に居ると分かった。まあ声などからそうだろうとは仮定していたけど。

そして当然のように私の前に立つのは粗野な感じの男だ。厳しい目付き…というより元からかな?で私を睨んでいる(ように見える)。その男は何も言わずにベッドに腰を下ろす。まさか私こいつに襲われるのだろうか。


「んで?」

「え?」

「あん?聞こえなかったか?何であんなとこ居たんだてめぇは」

「襲わないの?」

「はぁ?てめぇみたいなちんちくりんを襲うような事しねぇよ。俺の好みはもっと大人の女なんだ。色気のある女だな。成長してもてめぇはちんちくりんから可愛い系になるだけだろ。俺の好みじゃねぇな」


何か凄く腹が立ったので成長してみた。鼻で笑われた。


「やっぱそうじゃねぇか。俺の好みからは外れてんな。つかそんな事どうでもいいんだ。質問に答えろ」


初めて私の容姿をどうでもいいという人に会った気がする。何だかんだ可愛いって皆から言われていたからね。自慢じゃないけどさ。


「色々あるんだよ」

「そうか、色々か。まあ良いか。言いたくねぇならそれで構わねぇし。尋問とかしたい訳じゃねぇしな」

「それで良いの?」

「聞かれてぇのか?」


その問いに私は首を振る。


「なら気にすんな。言っただろ。まあ良いって。どうでもいいんだよそんなの」

「変な人」

「あぁん!?馬鹿にしてんのか!?」

「そうじゃないけど……」

「てめぇが敵だろうが味方だろうが俺にとっちゃ気にしてねぇんだよ。魔軍は弱いやつの味方だ。それだけで良いんだよ」


その言葉に驚いた。魔軍は弱い人の味方。それは父様が魔軍という組織を作り上げた当初からの理念だ。その理念は長い年月の間に失われたと思っていた。実際魔軍の何人がその理念を覚えているだろうか?


「貴方の名前は?」

「アルダだ。なんだ惚れたか?確かに格好いい事言ったと思うけどよ」

「あっ、それは無い。恋人居るから」

「チッ、まあ良いか。てめぇは?」

「ふふ、私の名前はスイだよ。アルダ」

「気安く呼ぶんじゃねぇよ。アルダさんって呼びな」

「アルダ」

「聞いてんのかてめぇ?」

「ありがとう」


私のお礼の言葉にアルダは目を瞬かせる。その後ぶっきらぼうにどうでもいいと口にする。まあ良いとどうでもいいが口癖なのかな?


「スイ、てめぇは暫く部屋から出んじゃねぇぞ。どっかで出れるようにはしてやる。分かったな」


口の悪さに反して良い人なアルダに思わず笑ってしまう。何笑ってんだとアルダが怒る。


「分かった。ありがとうアルダ」


笑顔を見せてお礼を言うと今度もアルダは目を逸らしてどうでもいいと呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る