第219話 託されたもの



「なるほど、グルムスの野郎がか。転移なんていつ使えるようになったんだあいつ?」


私の目の前に胡座をかいて座っているのは着物を着崩した大柄な鬼だ。鬼族は基本的に身体が大きくなるのが特徴だがその中でも更に大きい。恐らく2メートル半近い巨体だ。その男の名前はアガンタ……その分体だ。正確には依代と言うらしいがその辺りは詳しい情報が無い為分からない。

アガンタの種族は鬼族であっているのだが何故城が本体なのかとかは正直良く知らない。父様が何かしたということだけは分かっているが何をどうすればそんなことが可能なのかさっぱり分からない。


「全力で来るように言われたけど何の為か分かってない。アガンタ様とミュンヒ様に会うように言われたけど」

「あぁ、そうだな。まあそういう事なんだろうなぁ。仕方ねぇ。多分そういうってこたぁ時間が大してねぇんだろう。来な。ミュンヒの所に連れていくぜ」


アガンタ様は胡座の状態から立ち上がると歩き出す。私もそれに付いていく。来たのはさっきの場所より更に上に上がった最上階だ。そこに居たのはベッドの上で横になっている小さな少女だ。私よりも更に小さくまるで人形のような可愛さを持っている。彼女がミュンヒ様だ。


「ミュンヒ、時間だそうだ」

「あら、貴方。そうなの?寂しくなるわね」

「そうだな。まあ俺達は元々死んでるんだ。後は次代の連中に任せろってことなんだろうさ」

「そうね、後は次代の子達に……その子が?」

「ああ、ウラノリアの娘だそうだ」

「初めまして、ミュンヒ様。魔王ウラノリアの娘で名をスイと申します」

「そんなに畏まらなくて良いわ。気楽に接して頂戴」

「ん、分かった」


私が頷くと二人は少しだけ目を丸くした後笑い始めた。


「なるほど、こりゃ確かにウラノリアの娘だ」

「そうね、ここまでだとは思っていなかったわ」


二人が笑っている内容がいまいち分からなくて首を傾げる。そうしていたら二人から手招きされた。


「ったくよお、ウラノリアのやつ。変な術式教えやがってとか思ってたのに結局使うことになっちまうとはな」

「そうね、まあこの子なら良いかなと私は思うわ」

「だな」


二人に頭と胸を触られる。頭はアガンタ様で胸に手を当てているのはミュンヒ様だ。そして二人の声が重なる。


「「贈り物ギフト」」


その言葉と共に刻まれた術式に驚く。


「あっ、これって……」

「知ってたか。まあそういう事だ」

「私達あんな若造に使われるなんて嫌よ?」


二人が笑って言っているがそんな簡単に割り切れるものでは無い。だってこの術式は自分が死んだ時の魔法だ。この二人は死ぬ気だとそう言ったのと変わらない。


「勿論簡単にやられるつもりなんざ毛頭無いがそれでも色々あるんだよ。戻ってグルムスの野郎に聞いてみな。どうしてってさ。まああの性悪が簡単に吐くとは思えんがな」

「ええ、もし性格が変わっていたらそれは別人だもの。きっと性悪のままでしょうね」

「それとだ。スイ。俺とウラノリアの馴れ初めとかの記憶はその素因にしか刻まれてない。だから全てが落ち着いた時に歴史にでも刻んでくれや。俺らが生きた証をな」

「私の記憶もその素因にしか無いです。お願いしますねスイ」


そう二人が言った瞬間外壁の方で巨大な音が鳴り響く。音を聞いた瞬間窓へと向かう。有り得ない。どうやって、と頭の中で考えが巡るが分からない。ただどうしようもないほど時間が無いことだけは良く分かった。


「あら、貴方、私の迷路が壊されちゃったわ」

「あっはっはっは!あの若造そんな化け物になってたか。仕方ねぇなぁ。ちょっくら出るか!」


アガンタ様の分体の姿が消える。その瞬間城が動き始めたのが分かった。


「スイ、あちらの方へ走り抜けなさい。細く狭い道ではありますが海の方まで逃げられます。海まで逃げればこの笛を吹きなさい。そうすれば人族の大陸まで送ってくれるでしょう。分かりましたね」


ミュンヒ様は私に何も言わせずに無理やり送り出そうとする。だから私は少しだけ無理やり立ち止まるとミュンヒ様の小さな身体を抱き締めた。ミュンヒ様は驚いたようだけどすぐに慈愛の笑みを浮かべて私の背中を優しく叩く。


「スイ、私が産んだわけでも無いですがウラノリアとウルドゥアの娘ならば私達の子供も同然。そう思っていても良いですか?」

「ん」

「ありがとう。私達には子供が結局出来なかったから嬉しいわ」


ミュンヒ様は少しの間抱き締めてくれた後私の頬を拭う。


「ほら、泣かないの。大丈夫よ。私達は貴女の中で生き続ける。それに私達の生きた証も記してくれるのでしょう?なら良いわ。思い残す事なんて無いの」


私の額に小さくキスを残すミュンヒ様。


「さあ、行きなさい。貴女の道が光り輝くものであらん事を」

「ん、行きます」


それ以降振り返らずに走り続けた。声は聞こえ続けた。ヴェルデニアとアガンタ様が戦っている声が。勇ましく雄々しいその声が最後に消えていくその瞬間も。けれどヴェルデニアにもダメージを与えた事だけは分かった。アガンタ様は最期に傷を付けたのだ。それが分かっただけでも私にとっては充分だ。

海まで出られるとは言っていたが本当にただの海だ。別に港のように整備されているわけでもなく船の一つもない。正直言って大丈夫か心配になるけどミュンヒ様から貰った笛を吹く。笛の形はどう見てもオカリナで吹きづらいことこの上無かったけど頑張って吹いた。

十分ほど無心で吹き続けたが何かが起こる様子は無い。これは厳しいんじゃないかなと思い始めて海を覗くと本気で死ぬかと思った。そこに居たのは一つの大きな目だ。有り得ないほど大きな目。それが此方を見ていた。しかもこの目を私は知っている。


「あ」


怖くて怖くて膝が震える。目が離せない。その場に座り込んでしまう。失禁だけは耐えた。その目は私を見ると海面からあまりに巨大な触手を出す。私は何も抵抗出来ないままその触手に包まれる。触手に包まれたまま私はその目の主の口に放り込まれた。



水の都ロフトス、海中に唯一存在する不思議な街。どうやって海中に街を作ったのかをそこに住む住人すら理解していないという意味の分からない経歴を持つ街だ。しかしてその正体は海のロフトスというイルナと並ぶ三匹の内の一匹の身体の中に出来た街だ。

ロフトスは中に入る全ての生物に干渉出来る。まあ体内なのだから当たり前と言えば当たり前だが。その干渉能力を使い記憶の操作をしているのだ。というか万が一それをしなければ全員恐慌状態となって暴動が起きることだろう。誰が好き好んで凶獣の腹の中に入りたいのかと。

どういう経緯でロフトスの中で住むことになったのかは知らないがロフトスは他の二匹に比べて戦闘意欲は殆ど無い。無いだけで戦えない訳ではない。元々海月の魔物というのもあって基本的に浮かんでふよふよしているだけのようだ。街が出来て人が住むようになってからは更にそれが加速したらしい。


【だって浮かんでいるだけでこの人達私に捧げ物って形で祭壇にいっぱい食べ物を置いてくれるんですよ?しかも私とかじゃ出来ない料理した物を。普通にお魚食べるよりも美味しいんだからそりゃもう守りますよね?大事な住人ですよ?】

「あっはい」


ロフトスの声的にどうやら雌?のようだ。甲高い声で男性らしくないからそう判断しただけだが。というか海月の雌雄判別なんて出来るわけない。というか雌雄あるの?


【貴女を人族の大陸まで送ればいいのね?】

「あっ、うん。お願いします」

【分かったわ。私の中の住人は世俗に疎いけれど魔族の脅威は残念な事に私の中でも広まってしまっているから暫くの間住人と接触せずに待っていてね。すぐに送ってあげるから】


ふよふよしている海月の魔物に急ぐと言われても凄い違和感があるがその速度は侮れない。というか普通に早い。一度だけ乗った船の三倍程度だろうか?体感ではそれくらいだが多分本気を出したら中の住人が吹き飛ばされそうだから速度を緩くしているのだろう。それでこれなら凄まじいと言わざるを得ないが。三匹怖い。


【なにか失礼なこと考えなかった?】

「考えてないよ」


三匹怖い。アルフに早く会いたいです。

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