第218話 西の魔王アガンタ
概念迷路をクリアした後目の前に広がったのは巨大な外壁だ。外壁の高さはおよそで二十メートルといった所か。出てきた場所はその外壁唯一の門の前だ。衛兵などの兵士達は立っていない。これは怠慢とかではなく外壁の上でこちらを見下ろしているからだ。
「止まれぇ!それ以上近付くのならば即時攻撃を加える!」
外壁の上で声を張り上げる男性の顔を見て私は指輪から箱ごと買った果物の箱を出してその上にハンカチを敷いて座る。地面に座ることを期待していたのか男性が虚をつかれた様な顔をしているが仮にも私は魔王の娘だ。そんな事をして後にバレようものなら彼が危険になりかねない。
「こちらから近付くが決して抵抗するなよ!抵抗の意志を確認すれば即刻排除の為の行動に移させてもらう!」
これだけの警戒はやはりヴェルデニアが攻め込んできているからだろう。どうやらまだ概念迷路にすら辿り着いてはいないようだがそれも時間の問題だろう。魔王であるアガンタ様に関してはこの土地を離れることすら出来ないのだから。
外壁の門から飛び降りてやって来たのは声を張り上げた男性と副官らしき男性、兵士達が三人の合計五人だ。それぞれそれなりの素因を複数個持っているようだ。声を張り上げた男性は五個位かな?副官が四個、兵士が三個とみた。素因の強さは上から二番目程度だと思うから素因数で判断したら怪我するね。
「貴様は何者だ!何が目的でここまでやって来た!嘘偽りを申すことは許さぬ!」
かなり警戒しているようで今にも腰の剣を抜き放ちそうだ。多分近くに来た事で私の素因を確認出来てしまったのだろう。兵士達の顔から冷や汗が垂れる。副官もかなり挙動不審で逃走経路を探しているのか頻りに辺りを見渡している。だが自分が助かるためではなく上司らしい男性を守る為の様なので寧ろ微笑ましいとすら思える。
「……可愛いね」
思わず壊してしまいたくなるくらい素敵な間柄だ。この衝動に似た感覚を抑えるのに掌を血が出るくらい握りしめる。幸い呟いた言葉は聞こえなかったようでまだ男性達に反応は無い。
「私の名前はスイだよ。西の魔王アガンタ様と妻ミュンヒ様に会いに来た。
「魔霊(シェルジェ)?分かった。貴様は動くなよ!」
そう男性が言うと一人の兵士に伝えに行くように促した。兵士は頷くと即座に反転して外壁の方へと向かって走っていく。残りの四人は警戒体勢のままだ。私はずっと箱の上に座っている。
少し身動ぎしただけでビクッと四人が震えるので楽しくなって無意味に動いていたら慌てた様子で戻って行った兵士の一人が走って来た。到着するや否や跪いて兵士は男性に話し掛ける。兵士の言葉を聞く度に男性の顔が蒼褪める。
「申し訳ありませんでしたスイ様!アガンタ様がお会いになるそうです」
「ん」
頭を下げながらそう言った男性に対して鷹揚な態度で頷く。指輪の中に箱とハンカチを直してしまうと案内するように促す。男性は震えているけど別に何かするつもりは無いんだけど。彼等は職務に忠実だっただけだし。
「そう怯えなくても構わない。私が貴方達の処分を求めたりとかはしないから」
そう口に出すとほっとした様子でありがとうございますっと返された。お礼を言われても困るのだが。
「とりあえず案内してくれる?」
そう言うと男性が先導して外壁の内側へと案内してくれた。外壁の内側にあったのは和風建築に近い建物達だ。その中心部にあるのは五重塔みたいなお城だった。この世界ではかなり珍しい、というか多分この世界ではここにしか無いであろう建物だ。何でこんな形にしたのかはさっぱり分からないが中々しっかり作られていて面白い。
道中では普通に魔族の人達が商売をしていた。恐らく既に避難勧告は出されているのだろうがそれでも逃げなかったのだろう。もしくは逃げても行先が無いのかもしれない。いつも通りを意識しているのかヴェルデニアが攻めてきている街だとは思いにくい。私はその光景をしっかり見て覚えていく。ヴェルデニアが来ればこの景色は消えてしまうのだろう。その時この光景を覚えておかないと復活させる時に困ってしまうからね。
ヴェルデニアに攻められているこの街は恐らく無くなってしまう。魔神王の素因には魔族は逆らえない。それは魔王であろうと関係は無い。抵抗出来るだけだ。抵抗の為に力をそれなりに使うからどれだけ強かろうがアガンタ様がヴェルデニアに勝つ方法は無い。これが南の魔王であるフォルト様であれば話は変わったかもしれない。彼は唯一父様が勝てなかった魔王だから。今言っても仕方ないのだけど。
和風建築が並ぶ道を歩いて進み五重塔に到着する。流石にここには衛兵が居るみたいで一瞬止められたが男性が何かを言うとすぐに通された。男性の立ち位置がいまいち分からないがそれは気にしない。彼等は恐らく死ぬかヴェルデニアに支配されるかのどちらかでしかない。生きていれば助け出した後に名前を聞こう。死ねばその記憶を覚えるだけにしておこう。
だから名前は聞かない。この人の死を背負う覚悟までは私に無い。私がやれるのは死を無駄にしないことだけだ。だから顔だけはしっかり覚えておく。それが分かっているのか男性は名前を語る事はしない。
申し訳ないとは思うが流石に出来ない。ここには多くの魔族達が居る。何人が死ぬかは分からない。その人達一人ずつの名前を覚えるなど苦行だしそれ以上に覚えていくだけで胸が苦しくなる。必要以上に知り合いにはなりたくない。
五重塔の内部はまさに和風のお城といった感じだ。まあ実際に行ったことが実は無くてイメージでしかないのだが。何となくそうっぽいなとしか言えない。別に私の世界の誰かが知らせたとかではなくて自然にこの形を作っているのだから驚く。
内部の階段を上がっていくと最後の部屋はやたら頑丈な鋼鉄製の扉だ。いきなり和風から飛び出たが仕方ないだろう。ここにあるものは厳重にしなければいけないのだから。
「アガンタ様、スイ様をお連れしました」
男性がそう言うと後ろに下がっていって見えなくなる。返事がまだ無いのだが良いのだろうか?まあ下がったということは良いのだろう。鋼鉄製の扉を両手で開けていく。中々重いが重いだけだ。ゆっくり開いていき人一人入れる程度まで開くと中に入る。そこにあったのは光り輝く素因だ。けどこの素因はアガンタ様のものだ。というかこれがアガンタ様の基幹素因なのだ。無用心に見えるがそれは違う。
「アガンタ様、私は中に居ますよ?」
『あーはっはっはっはっは!!知っていたか!驚かせようと思ったのになぁ!!』
声が五重塔全体に広がる。いやそれは間違いだ。五重塔からその声が広がっているのだ。
『ようこそ!ウラノリアの娘スイよ!少しの間となるだろうが話をしようじゃないか!』
五重塔、もといアガンタの声が街に響き渡る。特殊誕生型の魔族、それがアガンタの正体だ。
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