第226話 悪意の洗礼
「ふぁぁ……ぅん……」
部屋で寝ていたけどどうやらアルダは帰って来なかったようだ。ベッドの中心で起きた私は手を伸ばして身体を伸ばす。魔族はあくまで魔力で出来た生命なので筋肉痛等が起きないのだが伸ばした時の快感が無いのも少し残念に思う。あのピキピキした感覚はそこそこ好きだったのだが。
身体をベッドに腰掛けさせると服を脱ぎ始める。昨日は疲れ過ぎてて服を着替えていなかったのだ。淡い水色のドレスに着替えて食事を作り始める。偶にアルダは夜中帰って来ないので多分メルちゃんとやらの所に行っているのだろう。
ちなみにメルちゃんはファミレスみたいな所で働いている看板娘らしい。アルダと良い仲だそうでウェズから良く話を聞くのだ。ただまだそういう関係ではないようだ。泊まったりするくせに。
「ご飯は何にしようかなぁ?朝だから軽めかな?それともアルダだから重ための方が良いのかなぁ?」
献立を考えていたら荒々しく扉が叩かれて鍵で動きが止まる。苛ついているのかその相手は無理矢理鍵を壊して入ってくる。余りの暴挙に呆然としていると私の前にやってきたウェズが料理を作っている私の顔を見ていきなり拳を振るってくる。
「うあっ……!?」
そのまま倒れ込んだ私の髪を右手で掴んで無理矢理立たせてくる。
「なっ、何っ!?ウェズ…!?」
「うるっせぇ!!付いてこい!!」
昨日までとは違い過ぎる急激な豹変に意識が全く付いてこれず体制を崩しながら無理矢理連れて行かされていく。
「痛っ!痛いよ!?ウェズ!!?」
「黙ってろ……っ!!」
それ以降何も言わずに髪を引っ張られて休憩所まで連れて行かれる。休憩所は宿舎内部にあり食堂から少し離れた場所だ。そこに何故か朝早くにも関わらず他の魔軍の兵士達が立ち竦んでいて一方向を見ている。何人かは私に気付くと憎悪の目を向けてくる。
理由が分からず戸惑っているとウェズに背中を蹴り出されるようにして前に出される。転びながら前に出ると優しかった兵士達に力強く肩を握られて押し出されていく。中には殆ど殴っているのと変わりない威力で押し出すものも居てかなりきつい。
「……っ!!」
痛みを堪えながら転がり出るとある一定の場所からは兵士達が居なかった。どうやら何かを囲んでいたようだ。そちらを見て……。
「えっ……あれっ…………なん、なんで?」
自分の目で見た物が信じられない。ありえない光景を前に思考が停止する。どうして?何で?有り得ない。おかしいでしょ?どうして、どうしてここに《隠蔽》の素因があるの?
痛みとぐるぐるする思考でふらつきながら一歩ずつ近寄る。違う、ちがう、違う筈だ。だってそんな筈がない。そんな事があっていい訳がない。触れるか触れないかの所でふと立ち止まって後ろを見る。そこには私を見つめる幾つもの憎悪の視線があった。息が詰まる。足が絡みそうになりながら慌てて前に出て抱き締めるようにその素因を抱え込む。
「なんで、なんで、なんで、なんで、なんで」
どうしてこうなった、私が何かを間違えたのだろうか、味方の筈の兵士達から睨まれているのは何故だ、アルダが……死んだのはどうしてだ。理由が分からない。困惑と焦燥と恐怖から周りを見て……理解した。
言葉の意味を理解するのに時間が掛かったけど理解した。理解したくなどは無かったけれど。壁に貼られた一枚の紙に事の顛末が書かれていた。アルダが私を庇った事を。ただそれだけだ。だがそれで十分だ。アルダは魔軍の中で色んな人と関わりを持っていた。その関わりが私を今包囲しただけだ。
「……ころ……すの?」
上官とやらが何を考えているかは分からない。けれどこの状態に追い込むのが目的ならばこれ以上無い程に効果的だろう。だってあの紙には私が敵であると書かれていて洗脳されたアルダを殺したと書いてあるのだから。勿論そんな事はしていないけれど否定出来る証拠も無い。
「私のせいで……アルダが死んだのだものね……」
何処かで私の事がバレたのかもしれない。だからアルダが殺されてしまったのだろう。上官はヴェルデニア派だろうしアルダを殺す事を厭いはしないだろう。万に一つもアルダが生き延びた可能性は無い。
だけどそれなら私も死んでやる訳には行かない。アルダは最後まで抵抗したという事だ。ならその忠義に私が応えずにいられるだろうか。だけど実際はかなり厳しいと言わざるを得ない。指輪から素因を出すにもまずお腹の中にある指輪を取り出さなければいけない。そして取り出せても完全回復している訳じゃない。逃げ切るのは困難だと思う。
「…………けど……」
ウェズ達が剣を抜いて近寄って来る。余りに憎悪に満ちた表情は恐らく何かで誘導されてもいるのだろうがそれを解く時間など無い。そして此処で手をこまねいていればいるほど私にとって危険な状況となる。
「…………けど……諦めるわけにはいかないの!!」
ウェズに体当たり気味に突進すると予想外だったのか剣を取り落とさせる事に成功する。その剣を走りながら取ると横向きに兵士達の群れに投げ付ける。その剣では数瞬しか稼げなかったがそれだけあれば兵士達の間を抜ける事ぐらいは出来る。小さな身体を最大限利用して押し退けるように進んでいく。
手を伸ばされるが即座に抜けていく私には追い付けずに手だけが空を切る。抜けた!此処からは全力で走り抜けるしか……っ!!!??
足がガクンと力が抜けて倒れ込む。顔から床にぶつかり凄く痛い。けれどそれ以上にお腹に凄まじい痛みが広がる。うつ伏せの状態で血反吐を吐きながらゆっくり見下ろすと殆ど胴体を真っ二つにされた身体が見えた。少し離れた場所に私の下半身がある。
「うあああぁぁぁあっ!!!!カッ…ハッ…!!ああぁぁっぁぁぁぁっ!!!!」
痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!????!?!!???!?
発狂しそうになるほどの激痛が私の脳内を占める。叫ぶ私の前に誰かの足が見えた。その足の主を見ようとした瞬間振り下ろされた剣が私の首を落とした。
「ふん、所詮は小娘か。魔玉になるかも怪しい程の雑魚だな。まあアルダを殺す理由にはなったのだからそれだけでも構わんか」
私が首を切り落とした娘は意識を完全に失ったようで煩かった悲鳴も聞こえなくなった。アルダは何を思ってこのような娘を庇ったのか理解出来んな。まあどうでもいいか。私は意識を前に向けるとそこには兵士達が立っていた。その瞳はアリアという娘の方に向いていて私の方へは見向きもしない。誘導の素因はやはり使いにくいな。
「おい、この小娘から素因を抜き出す際にしかと身体の魔力を集めておけ。私は部屋に戻る」
兵士達にそう告げると私は踵を返して戻る。最後にもう一度小娘を見る。素因には傷一つ付けていないから献上品にはなるだろう。ヴェルデニア様は喜んでくださるだろうか?下らない事を考えながら部屋に戻ろうとしてふと違和感に気付いた。この小娘の頭はこれ程までに身体に近かっただろうか?それなりに遠くに飛ばした記憶が……。
【…有者の意識の…失を確…。現…の状…では生命維持…困難と…断。繋がりを利…し一部の権限…掌握。これより…裂…グライ…。所有…の力、及…内蔵魔…を使い危険地…より離脱する。また所有者の害は極力排除する】
何か聞こえたと思った瞬間私の身体は小娘の腹より飛び出した小剣によって切り刻まれ…?素因が粉々に砕かれたと理解した瞬間私の意識は途絶えることになった。
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