第320話 記憶の無い少女
「…………っ?」
何処からか波の音が聞こえて来て目を覚ます。空は暗く夜であることが良く分かる。辺りには人の気配は無い。どうやら崖のような所で寝転がっていたようだ。どうしてこんな所に居るのだろうか?
分からないけれどここに居ても仕方ないと立ち上がる。地面が凸凹していた割には背中は痛くない。寝転がってそう時間は経っていないのかも。歩き始めてすぐに気付いたが靴を履いていない。それほど痛くはないから今の所は大丈夫だが早めに靴を用意したい所だ。
歩くと建物を見付けたがどうも人の気配は無い。鍵も掛かっているので入る事も出来ない。残念だが離れる事にする。しかし何という建物だったのだろうか?全く読めない文字だった。というより……私はどんな文字なら読めるというのだろうか?
歩いて行くと建物が複数立っていて人の気配がする。住宅街に辿り着いたようだ。とはいえ店という訳でもないのだからいきなり入ると驚かれるしそもそも中の人に存在を知らせる方法が分からない。仕方ないからもっと奥の方まで歩いて行こう。この場所がどういう場所なのか分からないと話にならない。
そう思って歩き続けたがはっきり言って良く分からないとしか言いようがなかった。金属らしきもので出来た箱型の何かがかなり早い速度で走り回っていたり偶に聞こえる空からの轟音は恐ろしい物にしか見えなかった。建物も住宅街は分かったが首が痛くなりそうなほどの巨大な建造物には驚かされた。
時折金や茶色の髪をした男に話し掛けられたようだけど何を喋っているかさっぱり分からなくて無視をした。中には無理矢理肩を掴む人も居たのでその手を掴んで肩を外したりした。
朝になって昼になって夜になって、これを二十回は繰り返した所でその人に出会った。その人は私がまた黒髪の男に話し掛けられて無視をしていた時に話し掛けてきたのだ。初めてのパターンだったので少し見ていたらその人は服の内側から何かを取り出して話すと話し掛けてきていた男が首を振って逃げるように走って行った。
「☆♡@#&&#♡☆$?」
相変わらず何を話しているのかはさっぱり分からないけれど助けてくれた事は分かったので頭を下げる。ああ、あと私に返事を期待しないで欲しい。私がどんな言語を話していたか私にも分からないから返せない。もしかしたら元から言葉を知らなかった可能性もあるけれどどちらにせよ今は返事出来ない。
「@&¥$℃¥$♡☆?」
それでも根気よく話し掛けてくるその人は優しい表情でけれど少し困ったような表情で頬をかく。何故かその仕草が懐かしいと感じた私はその人の服を摘んでいた。
「それで?先輩あの子は何なんです?まさか誘拐とか拉致とかじゃ」
「そんな訳あるか!事情があるようだったから仕方なく保護したんだよ!」
後輩に不名誉極まりない勘違いをされかけて慌てて訂正する。ったく何て事言うんだ此奴は。
「どうも言葉が通じてない感じがするんだよなぁ。まあどう見ても外人だから仕方ないと言えば仕方ないんだが」
「白髪の女の子なんて初めて見ましたよ俺。ネットとかならアルビノだったり銀髪の女の子とか出て来ますけど」
「お前そんなの調べてるのか?」
「彼女がコスプレイヤーでして付き合いで知るんすよ」
「へぇ、まあいいがお前外国語とか出来るか?」
「出来ないっす。自慢じゃないすけど最後に受けた英語のテストは十三点っすね」
「お前よく卒業出来たなぁ……」
っと、此奴と馬鹿話してたら女の子がこっちを見ているのに気付かなかった。しかし綺麗な女の子だな。こっちを見ている女の子の吸い込まれそうな程綺麗な翠色の瞳が一番目立つがそれ以外の目鼻立ちも綺麗だと言える。こんな幼い女の子相手に思うことじゃないが美しいと言っても過言とはならないだろうな。
「……ぁ、ぅ、ぅぃぇ」
何かを話そうとしているようだが言葉が通じてないせいか何を言っているのか全くと言っていいほど分からない。
「自国語……あぁ、普通に話しても良いんだぞ?分かるかどうかは断言出来んが」
「……?」
言葉が通じない事がこれ程厄介なものだとは思わなかった。
「おい、写真持ってこい。とりあえずあるだけ全部」
「了解っす」
写真を指して言葉にしてもらえば会話が成り立つ……と思いたいな。つうか思わんとやっていられん。
「持って来ましたよー」
「おう、適当に何枚かくれ」
「ほいっす」
車とイチゴと鹿と家……此奴のセンスが心配になるな。まあいいけどよ。車の写真を置いて少女に見せる。
「……?」
ん?あれ、おかしいな。車が分からないのか?仕方ないのでイチゴの写真に切り替える。
「こいつは何か分かるか?」
「………………………………………………」
さっきとは違う反応だが変だな。イチゴが分かっていない訳じゃ無さそうなのに言葉にしない。いや勿論俺の言葉が分かってないから話さなくてもおかしくは無いんだが。
「文字は無理なんです?」
「署に来る前にそれは試して無理だった」
最初から外人だったのは分かってたし言葉も理解している様子は無かったから文字での対話は試みている。まあ伝わらなかったんだけどな。
「先輩、この子記憶喪失とかって感じですかね?」
「そういうのは言葉や文字も忘れるのか?」
「さあ?専門じゃないっすから知らないすけど可能性としてはあるんじゃないっすか?」
「そうだよなぁ……仕方ない。明日病院に連れて行くか。流石に……眠そうな女の子連れて今から行く勇気はねぇわ」
話していたら眠たくなったのかふらふらしている少女を肩を少し叩いて仮眠室に連れて行く。女性陣に伝えておけば何かなることも無いだろう。
「先輩あの子事件にでも巻き込まれたんすかね?」
「分からん。だが発見した時あの子の服は汚れてはいなかった。けど素足で歩き続けたんだろうな。足は見るからに汚れてた。髪とかにも葉っぱやら土埃やらが付いてたから舗装されてない山道でも歩いたのかもしれん」
「山道って……ここから結構遠いっすよ?」
「知らねぇよ。付いてたからそう想像しただけだ。署に連れてきてすぐに風呂に入れたから分からんかったかもしれんがな。あの子の髪今は白髪って分かるが土埃とかで茶色くなってたんだぞ?地べたで寝てたとしか思えん」
「マジっすか……その風呂に入れたのは」
「俺じゃねぇからな。柏木に入れて貰った」
「そりゃそうっすよね」
「……疑われたことに俺は怒るべきじゃねぇかと思うんだがどう思う?」
「……許すべきかと」
「明日飯を奢れ、それで許してやる」
「ちぇっ、了解っす」
「もちろんあの子の分もだからな」
「うっ、了解っす……」
馬鹿話をしていたらいきなりドゴンっというかなりの轟音が響き渡る。その音の方向は先程行った仮眠室の辺りだ。
「……」
「……先輩行かないと」
「くそっ、俺が行かないと行けねぇのか。他にもこっちをチラチラ見てるやついるのに。別に俺は部屋に近い位置には居ねぇのに」
「諦めましょう。先輩と組み始めた時から分かってたっすよ。ごく普通の出来事なんて一月に二回あれば良い方だって」
「あぁん!?」
「ほらほら、早く行くっすよ」
背中を押されて仕方なしに歩いて行く。仮眠室にはあの子しか居ないはずだ。それは間違いない。怖がる事なんて何も無い。意を決してドアを開ける。そしたら化け物が居た。いや女の子じゃなくて比喩表現抜きにあんな馬鹿でかい蜘蛛がいたら気付かない訳が無い。
「ギチュシャァァァァァ!!!!」
「何だこいつは!?」
咄嗟に後輩の身体を巻き込むように横に向けて飛ぶと廊下の壁に蜘蛛の吐いた糸が槍のように突き刺さる。意味が分からん!だけど蜘蛛の大きさ的にドアから出ることは出来ないだろう。だがそれは少女を見殺しにするという事だ。少女は余程疲れていたのか轟音を聞いても眠りから覚めてはいなかった。
「くそっ、仕方ない、誰か銃を持ってこい!今すぐだ!」
発砲許可とか知らん!そもそも蜘蛛の糸らしいものが廊下に突き刺さるんだぞ!?何だ突き刺さるって!そんな化け物相手に俺は少なくとも銃無しで相対したくねぇぞ!?
幸いというのかそれとも不幸にもというのか蜘蛛は俺達よりも少女の方に意識が向いているようでゆっくりと近付く。そして足の一本をゆっくり持ち上げて少女の身体に振り下ろ……すのかと思ったら少女が寝返りを打つ。すると蜘蛛は怯えるかのように身体を全力で壁際まで反転させる。そして再び遠巻きに少女を見始めた。
「……よく分からんがあの子のことを怖がってるのか?あんな馬鹿でかい蜘蛛が?」
蜘蛛の大きさは成人男性より少し小さい程度の大きさだ。いやそんな蜘蛛がいてたまるか。B級映画も真っ青なレベルだろうよ。
「持って来ました!」
銃を早速受け取ると狙いを定める。蜘蛛は未だ怯えるかのように壁にくっつきながら動かない。動かないのなら狙い撃つのはそう難しくない。蜘蛛の目に向けて撃つ。
甲高い発砲音を鳴り響かせると運が良かったのか蜘蛛は撃たれた瞬間身体がずり落ちて床に転がる。動かなくなったそれを見てようやくほっとした。とりあえず……上司にどう報告するかなぁ……それが今の俺の心配だ。
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