第319話 取り返しの付かない出来事



突然帝都の上空から凶獣が降って来た。ダームにあの様な力が無いことは知っているし転移魔法だと言うのならばもっと膨大な魔力が必要になる。ならばあの凶獣達は恐らくずっと彼処に待機していたのだ。凶獣達に指示を出して空で待つようにしていたのだろう。ダームの力であれば隠す事は簡単だ。何せグルムス達ですら騙せるのにただの人族達が気付けたとは到底思えない。


「テスタリカ!貴女は地下に潜りなさい。万が一にも貴女は死ぬことは許されません」

「だけどあれだけの数の凶獣、しかも恐らく知性ある凶獣達です。グルムスといえどあれらを倒すのは難しい筈です。今は私の命を優先する訳には!」

「いいですかテスタリカ。貴女さえ最悪生きていれば計画は続行できます。貴女は私達全員が万が一死んだ時にスイ様……いえ、人造魔族を創れる存在です。ウラノリア様の混沌には劣りますが私達の素因を集めればまだ抵抗は可能でしょう。ですから貴女がこんな所で死ぬ事だけは許されません。分かってください」

「……っ!わ、かりました。ですが死なぬように、こんな所で死ぬならば私は貴方を永劫馬鹿として語り継いでやりますから」

「それは怖いですね。では頑張ってきましょう」


グルムスはテスタリカに笑顔を向けると店から一目散に出て行く。


「どうか無事に帰ってきてください」


テスタリカはそう呟くと指輪から羽の形の魔導具を取り出すと何処かへと消えて行った。





「クソがっ!てめぇらどっから湧いてきやがったんだよ!」


アルフが巨大な猿に見える凶獣と戦っている。猿はかなり賢いようでアルフの振るうコルガを器用に躱す。とはいえその回避はかなりギリギリであり猿がずっと冷や汗を流している。


「逃げんじゃねぇ!」


アルフはスイを見付けて少しでも会話してしまったことから己の内の感情を抑えきれなくなっていた。しかしそれは少し前までの憎悪や憤怒といった感情だけでなくスイを愛おしいと思う気持ちもまた噴き出していた。それが故に抑えきれない感情が苛立ちとなり結果として冷静で居られなくなっていた。もしも冷静であれば猿は既に死んでいただろう。


「鬱陶しい!」


とはいえそれもそう長くはなかった。アルフは魔闘術を使うと一気に距離を詰めて猿を頭から股先まで真っ二つにしたからだ。猿を殺したことで少し冷静になったのかアルフは息を吐くと何体も降り注いだ凶獣達の場所を近い順番から殺していくことに決める。猿と同じような凶獣ばかりならばアルフならば殺せる筈だ。


「……ムカつく」


アルフは酷く不機嫌なまま近い凶獣の方へと駆け出して行った。





「ディーン様いけません!まだお身体は良くなっていないのですよ!?」

「だけど……さっき凶獣の……気配がいきなり現れた。何か起きてるんだ……行かなきゃ」

「駄目です!今のディーン様が行かれた所でむざむざ死にに行くような物です!それはご自身が一番お分かりのはずでしょう!」


ディーンの身体はここ数ヶ月の出来事と未だ幼い身体を酷使したことにより体調を崩していた。ディーンはその年齢にそぐわない程の知性の持ち主ではあるが身体は至って普通、いや同年代と比較すれば寧ろ小さい部類である。そんな身体で大人顔負けの仕事をすれば負担があるのは当然の事だった。

それでいてディーンは顔色を隠すのが得意過ぎたせいで周りの亜人族達は全く気付かなかったのだ。そもそも亜人族は元々身体的に優れた種族であるが為に身体を心配するという習慣自体そうあるものではないというのもそれに拍車をかけた。


「だけど……」

「だけども何もありません!大人しくここで休んでいてください!この建物は私達がお守りしますから!」


ディーンは目の前で怒る亜人族をどうにか説得しようとするが当然成功する訳もなく最終的にはベッドに縛り付けられそうになって諦めたのだった。






「グルムス、早いね」

「ダーム……スイ様に何をした」

「いきなりそれかい?まあ良いけど。グルムスは僕の基幹素因が何か知ってるよね」

「記憶の素因」

「そう、それでスイ様の記憶を抜いた。一番いいのは消すことなんだろうけど出来ないんだよね。頑張ったんだけど記憶というのはそう簡単に消せるものじゃないって事かな?」

「スイ様の記憶を……」

「うん。そしてスイ様はそこで眠っている。その魔法陣グルムスなら何か分かるかな?」


グルムスがダームに言われて改めてスイの居る場所を見る。ダーム達が居たのはそれなりの高さを持つ建物の屋上でありそこにかなり複雑な魔法陣が描かれその上にスイが横たえられていた。


「見たことの無い魔法陣だな」

「そりゃそうだよ。その魔法陣は僕が改変した物だからね。でも見て本当に分からないかい?」

「どこかで見た事が……まさか」

「勇者召喚の魔法陣、それを改良して送り返す物にした。勇者召喚ならぬ勇者送還の魔法陣かな?」

「スイ様を地球へと送り返すつもりか!?」

「勿論、それはさっきも言っただろう?」


ダームはそう言うと手に筆を持つと魔法陣に少し書き加える。その瞬間魔法陣が輝き始める。


「ダームやめろ!」

「無理だよ、僕にはもう止められない。魔導王の力を持つ君なら魔法である以上止められるだろう。発動が完了するまでおよそ一時間という所かな?さあ、お互いの信念を掛けて命の奪い合いをしよう」


ダームはそう言うと床に置いていた剣を拾いながらグルムスに向かって駆け出す。


「チッ!舐めるなよ!」


グルムスは咄嗟に身を翻すとその両手に膨大な魔力を巡らせる。


「あまり時間も無いことだ。本気で潰す」

「そうか。それは怖いな。だから僕も本気でやろう」


グルムスの言葉にダームは少し笑うと真剣な表情に切り替わる。


「我は魔の現象の王、瘴気統べる王である。従え、魔導王ガザルヴァイン


グルムスの背中に膨大な魔力により光輪が生まれる。全部で八つあるそれらはグルムスの身体に纒わり付く。右手、左手、右足、左足、胴体、頭、そして前面と背面に来るとそれぞれが暴力的な迄の魔力を吹き出す。


「我は記憶紡ぎし語り手、記憶剥ぎし語り手、記憶は此処にある、現象再現、記憶アラウクエル


それに対するダームは同じように言葉を紡ぐとその身体から凄まじい程の冷気が発生する。水蒸気が凍ったのかダイヤモンドダストが生まれる。その光景にグルムスが驚く。ダームにそんな力は無いはずであり、しかも先程使った物は記憶の素因だ。どう見ても今の現象とは程遠い。


「ふふ、驚いたかな?僕の記憶の素因はこういう事が出来る物じゃないからね。だけどこの千年僕だって何もやってこなかった訳じゃない。それを今見せてあげるよ!グルムス!」


ダームが一気に近付くと纏ったその冷気によりグルムスの周りにある光輪が少し凍り始める。それを見て瞬時にグルムスはその場を離れる。ダームが移動した場所は空気が凍りまるで回廊のようになっていた。その威力にグルムスは意識を切り替える。先程までは制圧して何とかスイを助けようと思っていた。だけどそれでは足りないと判断したのだ。ダームを殺すつもりで行かなければ助ける事など不可能。

グルムスは少し悲しそうに顔を俯けるとすぐにいつも通りの表情に戻る。そして鋭い目付きでダームを睨み付ける。


「お前を殺しスイ様をお助けする事にしよう」

「ああ、それで構わない。僕も今ここで君を殺して障害を無くすことにしよう」


お互いに魔力を高め合うとどちらからともなくぶつかり合う。既にお互いの意見は分かっている。そしてそれらが相容れない事も。ならばお互い間違えていても既に止まる段階には無いのだから突き進むしかない。

言葉は無い。そんな物は既に要らない。グルムスが腕を振るうと魔法が幾つも押し寄せる。その全てをダームは同じように腕を振るって凍らせる。幾度そうやってぶつかり合っただろうか。百ではきかない数の応酬の後に片方が倒れる。


「はぁ……はぁ……私の勝ちだダーム」

「負け……か」


元々の地力の差かグルムスにはまだ余裕がありそうだがダームは既に動ける様子がない。


「グッ……スイ様の魔法陣の解除方法は……知らないんだったな。ならば、解析して……発動を止めるしか……」

「……ふ、ふふふ、グルムスごめんよ」

「何がだダーム」

「……僕は君を騙していたんだ」


ダームはそう言うと身体を起こす。見るからにボロボロでまともに動けそうもないのにその表情は誇らしげだ。


「確かに僕は負けた。けど勝負そのものに負けたつもりは無いよ」

「何が言いたい」

「そのままさ、僕は君を騙した。それだけで分かるんじゃないかな?」

「……」

「言葉で、行動で、そして僕の持つ記憶の素因で、それだけの条件が揃えば君を騙すのはそう難しい事じゃない。もう騙す必要も無いし見せてあげるよ」


ダームの身体にどこからか魔力が戻り傷口を塞ぐ。それはつまりグルムスと戦いながらも何かに気を取られていたという証明だ。そしてこの場合のそれは考えるまでも無く。


「スイ様!?」


振り返ったグルムスの目にスイの姿は見えなかった。先程まで眠っていたというのに。


「ごめんね。グルムス。僕は最初から君と戦って勝てるなんて思ってないんだ。だから策を練らせてもらった。本当なら君と戦わずとも良かったけどそれは流石に僕の良心が痛むしそもそも主義主張をぶつけずに勝手な行動をするというのは有り得ない。だからこういう手を取らせてもらった。魔法陣が発動するまでの時間の誤認、僕自身に集中させる為の戦闘、そして記憶の素因による誤魔化しと、種を明かせばそんな所さ」


グルムスが愕然とする。


「……グルムス、これでスイ様を巻き込む事は出来ない。諦めてくれ。僕は何度だってこの命ある限り同じことを繰り返すよ」

「貴様ぁ!!」


グルムスがダームに向かって魔法を放つが既に離脱していたのかダームの身体は揺らめくだけで攻撃が当たった様子はない。


「さようならグルムス、そして新たな生をスイ様」

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