第347話 ケルク



「あれは街?」

「建物の残骸だね。人の気配はしないし棄てられたのかも」


決壊を抜け出た後暫くして瓦礫の山が現れた。一部はまともなものもあるが瓦礫の量からして元あった数の二割程度だろう。人の気配は無く誰かが住んでいるというのは考えられなかった。

恐らく元々街壁だったのだろう瓦礫を乗り越えて中に入るがやはり何も無い。魔物による襲撃で壊れたようにも見えるが風化しているようにも見えるので経年劣化で壊れていったのかもしれない。

見た限りではそれ程広くないので田舎町と言った感じだったのではないだろうか。建物の隙間からは瓦礫を抜けて育ってしまったが故に歪になった木や草花が所々で生えている。


「あ、珍しい。冷花リファなんて育ててたんだ。元々この辺り暑い気候だったのかな?」


私の言葉に皆が冷花リファを探すが分からなかったようだ。悠久大陸では育てられていないようで見かけることも無かっただろうから仕方ない。私は足元に生えていた小さなタンポポにしか見えない花を摘んで根っこごと引き抜くと指輪の中に入れた。

それ以外にも幾つか悠久大陸では見かけない花や薬草を引き抜いていく。こちらの大陸の物は濃い魔素に晒され続けているせいか明らかに異常発達しているようなので何かの役に立つかもしれない。立たない可能性の方が高いがどちらにせよ今のような機会を除けばこちらの大陸に来る事など滅多に無いだろうし取っておいて損は無い。精々瓦礫の中に手を突っ込むので偶に腕を引っ掻く程度だ。それも大して痛くはない。

とはいえそこまで広くない街ということもあり道草を食っていても半日も経たない内に全体を把握出来た。一部残っていた建物や看板からこの街がシェグーラという街だったことは分かった。スイの記憶の中にはシェグーラという街の名前が全く出てこなかったのでやはり田舎だったのだろう。

建物の中には特に何も残っておらず魔物からの襲撃で逃げたというよりは計画的に街を放棄したのだろうと分かった。恐らく砂漠の進行によりこの街で行われていたらしい林業に壊滅的な打撃が与えられたのだろう。それで近場の街に移動したと見られる。

近場の街を探すのもいいがそろそろ辺りが暗くなってきたので無事だった建物の中で一休みしてから移動することにした。今までは砂漠に無理矢理作った砂の家で休んでいたが足場や周りがしっかりしているだけで気分が大分変わるのだなと改めて感じた。

翌日その建物を出て近場の街を目指して歩くことにした。建物には周辺地図が壁に貼り付けてあったのでそれで把握した。壁と一体化していたようなので持って来れなかったが周辺の環境さえ分かればいいので気にしない。昔の地図より向かった先の街で地図を買った方が楽だし。

砂漠では使えなかったが昔作った馬車もどきを出して走らせる事にした。動力はどうしても漏れる微弱な魔力で動くので非常に楽だ。流石に道は整備されていなかったが馬車の前面に整地グラウマという魔法を展開させたら楽になった。方向転換には向かないが別に曲げる必要も無いしこのままでも大して問題は無い。

馬もいないのに走り続ける馬車は普通に気味が悪いのか遠目から魔物が見えたが襲いかかってくることは無かった。まあ見た目は四角い何かがひたすら走り続けるというもので中身も見えないからある種の魔物にも見えたのだろう。ましてや中に居る者達の魔力は控えめに言っても多い。感知できる存在からしたら見た目気持ち悪くて異常な程の魔力を保有する魔物としか感じないだろう。

その日は街に着かなかった。馬車を止める必要が無いので走らせたままだが、馬車の中はスイが改めて空間拡張の結界を張ったので全員で横になってもまだまだ余裕があるし揺れたりもしないのでそのまま馬車の中で休む事にした。





「……んぅ?」


外でガヤガヤと何かが聞こえてくる。スイ以外の三人は既に起きているようで警戒しているようだ。馬車は何かに突っ込んだようで動く様子が無い。


「あ、起きた?」

「……ん、何があったの?」

「えっと、私達も詳しく分かってる訳じゃないんだけどどうも街に到着してそのまま街壁に突撃したみたい。無駄に速度出てたみたいで街壁の半ばまで突き刺さってた。今外には街の住民が居るんだけど遠巻きに見るだけで近づいてこようとはしてない感じかな」

「ん……」

「もしかしてまだ眠い?」

「物凄く眠い」


ルーレちゃんの問いにそう答えるとルーレちゃんが私の頭を抱えて膝枕の状態にする。


「まあまだ人が来ないみたいだからしっかり目が覚めるまで寝てなさい」

「ん……」


ルーレちゃんに甘えて少し頭の位置を調整してから目を閉じた。普段なら寝ている最中にも馬車を走らせるなどしないのだがルーレちゃん達はそれをどう思っているのだろうか。もしかしたら私の凡ミスのように思っているのかもしれない。地図に残っていた街の名前はケルク。ウラノリアの記憶の中で最も苦い記憶として残っていた街。


「……(ケルクの街。かつて……父様を裏切り親友であった西の魔王アガンタを殺した罪深い街)」





西の魔王アガンタ、魔の大陸で会った時は城そのものが魔族という不可思議な状態となっていた。しかしそれはおかしいのだ。魔族には人型以外の形態が存在しないとされている。ましてや無機物の塊のような城が魔族となるなど有り得ない。勿論無機物等を媒介にして生まれる魔族も居るが形態はあくまで人型だ。

アガンタに何かをしてあの五重塔のような姿になったのだがウラノリアはその時の記憶を残さなかったようで何をしたのかまでは分からない。とはいえウラノリアが出来る事などを考えていくと恐らく創命魔法だろうなというのは分かる。まあそれをどう使えばそうなるのかはさっぱり分からないが。

創命魔法をどう使ったのかは分からないが何故使うことになったのかは記憶として残っていた。その時ウラノリアが感じたのは凄まじいまでの憎悪。そしてそれは今スイが思い返してもずっと感じている事だ。それはつまりウラノリアはこの街のことを許すつもりは無く機会さえあれば恐らく自らこの街を破壊しに来ていたのだろうと思わせた。


「……(父様、私はケルクの街に来ています。私もまたこの街を見て回ってみようと思います。どう変わったのかは分からないけどもしもあの時から変わっていないのであれば……)」


ルーレちゃんの体温を感じながら私は意識を落としていく。


「……(もしも変わっていなければその時は……この街を殺します)」





あれから一時間は経ったらしい。ようやく兵士が来たようでガヤガヤと騒がしかったのが静まり返っている。兵士達は警戒しながら一番歳若い亜人族らしい男性だけ近付いてくる。

拓達は警戒しているようだがこの街から感じる魔力量的に一番戦闘に慣れていないルーレちゃんでも勝てそうな相手ぐらいしかいない。肉体的な強度は知らないが今近付いてきているような亜人族程度なら勝てるだろう。警戒する必要が特に無い。

私はルーレちゃんの膝に頭をぐりぐり押し付けながら待っていると兵士が馬車のドアを開ける。そこには膝枕の状態のルーレちゃんとルーレちゃんに頭をぐりぐり押し付けている私、警戒しながらも羨ましそうにルーレちゃんをチラチラと見る拓と大して警戒する必要が無いと分かっているシェスが拓から出してもらったのだろう串焼きを美味しそうに頬張っている。


「…………」


それを見て言葉を失った兵士は私達を見て後ろに居る兵士の方を見て私達を見てと忙しなく辺りを見渡した後、意を決して私達に話し掛けてくる。


「お前達は誰……」

「お兄さんは誰?」


シェスは恐らく意識しないまま無邪気に兵士の勇気を挫くかのように言葉を被せてしまう。言葉に詰まった兵士を見てにこにこ笑顔のシェスを手招きで近寄らせると横になったままシェスの頭を撫でる。シェスは嬉しそうに笑うとごろんと横になったので私も抱き締めながらシェスの頭を撫でる。


「……あぁ〜、うん、まあ特に敵ではないよ。それより街壁に突撃したようで悪いね。この魔導具がどうも暴走しちゃったみたいで止まれなかったんだよ。申し訳ない。弁償はさせてもらうので安心して欲しい」


拓がそう言ってさりげなく降りながら兵士を連れて行く。まあ確かに今は敵ではない。数時間後に敵になってる可能性もあるが少なくとも今は大丈夫だ。拓が離れたのも私が少し殺気を漏らしてしまったからだと思う。気を付けないとね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る