第160話 ある女性の物語
お金が無い。はっきり言って明日の金すら怪しい。切り詰めればいけるだろうがこのままだと遠からぬうちに身売りしかねない。
「それは嫌だよ」
私はまだ若いのだ。それに自慢ではないが顔だってスタイルも良い方だと思ってる。自分の身体を安く売るつもりはない。まあそんな矜持すら今は邪魔にしかなっていないのだが。
「はぁぁ、お金が欲しい」
そもそも単独で冒険者をやっている私が珍しくパーティを組んでしまったのが運の尽きだった。Bランクまでとんとん拍子に上がってしまって調子に乗っていたのも理由かもしれない。
Bランクに上がって少しした時に四人組のパーティに誘われた。内容はAランクの魔物の討伐。これだけなら同じBランクパーティの四人と組めば十分に討伐可能だ。ただその四人組の中でまともにBランクとしての実力を持った者が一人しかいないという事実さえ無ければだが。
Aランクの魔物である番のギガントベアの討伐中にまさかの三人が逃げ出した。仲間の一人を囮にして私すら置き去りにしてだ。三人はキャンプに置いていた私達の持ち物の大半を持ってさっさと逃げ出したのだ。こうなってくると普通に死ぬかと思った。
だが偶然が重なり合って何とか私ともう一人はギガントベアを倒して帰路に着く事が出来た。だが悪い事というのは立て続けにやってくるもので私達は死んだ事になっていて三人は街から逃げていた。
死亡証明の撤回に手間が掛かった上冒険者カードの再発行に何故かお金を取られ散々な目にあった。終わった時にはもう三人を追えなくなったし。とりあえず三人には指名手配が掛かったからそれで満足することにする。したくないけど!
その仲間の一人も私と一緒で持ち物を取られてるから金欠だ。一応私もその子もギルドにお金を一部預けていたから何とかなっているだけだ。
「お金が欲しくてもどうも出来ないでしょ。だって高額な依頼には保証金が必要なのにその分無いんだもの」
Bランクの冒険者カードは既に使えない。一度再発行手続きをしたらその再発行したカードに記載されているランクの依頼しか受けれない。つまり今まともな依頼など受けれない。ランク外依頼もあるから高額依頼を受けようと思えばやれる。Bランクのカードなら実力がはっきりしているから保証金も安く済むのだが。目の前のリンと名乗った少女の言葉を聞いて溜息を吐きながら私はぐでっとしていた身体を起こす。
「分かってるわよう。けど愚痴りたくもなるの」
「はいはい。私だって愚痴を言いたいわよ。あんなパーティだとは思わなかったわ」
リンも同じく単独の冒険者だ。つまり私と同じ実力者。まあそのくせ三人組にあっさり騙されたんだけど。思い出したら腹が立つ。
「そんなお二人にギルド職員からの提案ですが受けますか?」
テーブルで愚痴を言い合っていた私達に職員の女性がやってきて一つの依頼書を置く。内容はこの街の領主の屋敷のメイド。一日当たりで払われる金額はかなり高い。メイド業務をしながらの護衛だからかもしれない。割と面倒な依頼だ。だってこの街の領主に見染められようものなら手籠めにされかねない。されかけたら逃げるけど。
「うわっ、私パス。ここの領主の姿はちょっとやばいのよね。あんまり近寄りたくない」
リンは嫌そうに顔を顰めて依頼書を遠ざける。
「うぅん、でもお金欲しいしなぁ。期間短めで良いなら受けたいかも」
私は逆に依頼書を引き寄せて悩む。この金額なら一週間もあれば他の街に行っても大丈夫だろう。そこでならもしかしたらBランクのカードが復活するかもしれない。
「構いませんよ。元々短期のご依頼ですから」
「理由は?」
「……女漁りでしょうか?」
「逃げても良いのよね?」
「ええ。大丈夫ですよ」
「なら受ける」
「正気なの?」
リンの言葉に一週間だけだと返す。それで納得したようだ。まあその後ちょっとだけ後悔した。
依頼で来た屋敷はかなり大きめではある。悪趣味感満載だけど広さだけはかなりのものだ。悪趣味だけど!!その金の内の一割を街のために使えば良いのにと思う。
ハッグと名乗った男は元Aランクの冒険者らしい。なのだがなんだろう。こう…素手で倒せそうなレベルに弱そう。Aランクなのにそもそも名前が知れ渡っていないことで察した方が良いかもしれない。
領主は……うん。やばい。リンが嫌がった理由が良く分かる。私も嫌だ。じろじろと見られて気持ち悪いことこの上ない。一週間だけやったらリンも誘って街から移動してみよう。元々この街にも立ち寄っただけだし。
そうしてメイドとして私はなんとか夫人の方に付けた。流石に夫人のメイドを横から掻っ攫おうとする程領主も私に興味を示していなかったのかそれとも地味目に見えるようにした化粧のお陰か。嬉しいけど複雑な気分で働き始めた。僅か三日の職場となったけど。
領主が何かしでかしたらしい。結構な頻度でやらかしている感じがするから何をしたのかさっぱり分からない。夜中に理解したけど。
夫人がいきなりやってきて私に護衛を頼んだ。屋敷内で護衛?誰から身を護ると言うのだろうか。あと夫人怒っているのは分かるけど叫ばないで。煩いし襲撃者に場所ばれるから。それともわざとなの?死にたいの?私を巻き込まないで?
そんな風に呆れているとシンと静まり返った廊下を見て急に寒気が走る。何かがおかしい。不自然過ぎる。廊下の距離はこんなに長くなかったし部屋の位置も違う。そもそもさっきまで人の声が聞こえていた筈。気付いた瞬間理解した。これは相対する事すらおこがましい程桁の違う敵だ。
「私は冒険者です。依頼で居るだけです。殺さないでください。私は冒険者です。依頼で……」
死にたくない思いから立ち止まって呟き続けた。怖い、死の恐怖がひたひたと寄ってくる。
「分かったよ」
答えなど期待していなかった。けれどその声の主は確かに返した。ならば問答無用に殺されることはない。静かに私は壁の方を向いて座り込んだ。助けてくれそうなのに顔を見たせいで口封じされるなど嫌過ぎる。すると声の主は苦笑したような雰囲気でそっと近寄ってきて優しく首に手刀して気を失わせてくれた。ああ、よかった。助かったと安心した。
目が覚めた時私は屋敷の外に放り出されていた。目の前で屋敷が轟々と燃えていた。あの綺麗な声の襲撃者が燃やしたのだろうか。だったらあの中に居た者は大半が死んだという事か。
「逃げよう」
何故かは分からないけど強烈にそう思った。私は全力で宿まで戻っていくと寝ていたリンを叩き起こして持ち物を纏めると街の外まで一直線に逃げた。その瞬間街に火が放たれた。
リンは呆然としていて私もまた呆然とした。Sランクの魔物?凶獣?いやそんなものじゃない。あれはそんな生易しいものじゃない。あれは別の何かだ。三つの頭を持つその獣はその全てから極大の炎を吐き出し街を燃やし尽くしていく。良く見ると他の場所からも炎が飛び出していっている様に見えるがあちらは見ない。きっと見てはいけない。リンと二人で走って逃げた。
暫く走っていたら何か後ろから複数人が付いて来ている。街で会った良心的だった人達だ。これで分かった。領主は決め手だっただけだ。あの街が多分気に障ったのだ。だから気に入らなかったものだけ焼き払われていったんだ。
それに気付いても正直どうでも良い。あの街はそんなに好きだったわけでもない。噂では人災の何人かに目を付けられているらしいし同情も出来ない。
「……」
あとお金の問題があったけど何か服の中に宝石がゴロゴロ入ってた。これなんだろうか。貰っても良いのかな。とりあえずリンに相談しよう。はぁ、ちょっと気が重い。あとメイド服のままだ。めっちゃ恥ずかしい。
「おぉ……やるね。それ使って色々揃えようか。私鑑定出来るから誤魔化されたりしないよ。高く売り付けてやろう」
リンの事凄いなぁって思った。
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