第309話 消えた少女
「ディーン様、大丈夫ですか?」
「何が?」
「いえ、こうなってしまったことを後悔はなさってませんか?」
「してないよ。大丈夫。僕がした事は決して間違えていない。だから大丈夫。それよりアイ、君は他の皆としっかり連携を取って万全の体制でスイ様を守るんだ。分かったね」
「はい。差し出がましい事を言いました。お許しを」
ディーンはその言葉には返事を返さずただ一つ頷きを返してアイを下がらせると椅子に腰掛け深く息を吐く。急遽使う羽目になった場所だが事前に準備していた事もありスムーズに移動する事に成功した。
「…………ふぅ、あぁ、分かってたんだ。だけど結構効くなぁ」
ディーンは一人呟く。自らの手で目を隠すように覆って深く座り直すと椅子が抗議の声をあげるかのようにギシッと音を立てる。
「……僕はどうしたら良いんだろうね。スイ姉」
ディーンの声には泣きそうな雰囲気を感じさせた。
「スイが居なくなった。見付からん。どうなっている?」
ドルグレイは突如気配が消えたスイを探す為遠見の魔法を使っていた。それでも一切の痕跡が無く見付ける事が出来ない。アルフ達は見付けたが近くには居ないようで慌てている姿が見える。ただ近くにディーンの姿が見えない事からドルグレイは誰がそうしたかを把握した。
「むぅ、我さえ欺くか。本気を隠していたな?」
今までのディーンの
「普通なら痕跡を消せばその分不自然さが目立つのだが……全く分からんな。いやはやこれ程までとは凄まじいと言わざるを得んな。まあディーンがやったのであればスイの身に危険が及ぶことはないだろう。となるとどうしてそうなったかを知りたいが……まあ、原因など一つしかないな」
ドルグレイは虚空を見ることを辞め息を吐く。
「幾人もの愛が巡り帰結した先が憎悪と憤怒か。何ともままならないものだ」
ドルグレイは目を閉じる。
「願わくば終わるその時には幸福が巡る事を」
「…………」
「スイを見付けた?」
「いいえ、見付けられなかったわ。魔法も使ったけど痕跡も……」
「……そっか。匂いも駄目だった。スイの匂いが不自然な位綺麗に消えてて全く追い掛けられなかった」
アルフ達は屋敷の一部屋に集まってそう声を掛け合う。お互いにその顔には見付けられなかった事の後悔が滲んでいる。
「……ディーンが連れて行ったんだよね」
「状況証拠的にそうでしょうね。寧ろそれ以外は考えられないわ」
そう断言するステラの表情には信じたくない思いが滲み出ていた。恋人となったディーンが自分からも隠すように連れて行ったのが意外とショックが大きかったのかもしれない。
「でも幾らディーンでも協力者が居る筈。そいつを捕まえればスイの場所も分かるかも」
フェリノがそう口に出すと全員の意見が定まる。ディーン本人を見付けるのは困難でもその協力者ならばまだ見付けられるかもしれない。そこから芋づる式に場所が割り出せる可能性はある。
「……残念ですけどそれは駄目なんです」
突如として割って入ってきた見知らぬ声の主にアルフ達が警戒する。すると部屋の扉を開いてまだ幼いと言える少女が入ってきた。黒色のワンピースを着た見慣れぬ少女がアルフ達を見つめる。
「スイ様の場所を私達の誰かを見付けても決して吐きませんよ。スイ様の為ならば死ぬことも厭いませんから」
「誰?」
フェリノの問いに少女は微笑むと綺麗なお辞儀をする。
「お初にお目にかかれてうれしく思います。私、名をユエと申します。スイ様の忠実な下僕でディーン様の直属の部下となります。以後お見知り置きを」
ユエは最後の言葉と共にニコッと微笑む。
「貴女が出て来たのは貴女以外の人を捕まえさせないため?」
「それもありますね。いくら吐かないとはいえ何人も無駄に捕まえられて精神的にやられるのはどうかと思いますしそんな事をアルフ様達がしたという事実が残るとスイ様が悲しみそうです。だから私がやって来たという感じですね。あぁ、あと単純に他にも仕事があるので捕まえられたりなんてしたら困るというのもありますね」
「なら貴女が教えてくれるって言うの?」
フェリノの問いにユエは困ったような笑みを浮かべて首を横に振る。
「私が教えることはありません。ただ捕まえられるとスイ様にとって不都合が起きるのでやめて欲しいって言いに来ただけですから」
「今の私達なら貴女を捕まえて拷問するとは考えないの?」
「いいえ、考えましたよ。捕まる可能性は高いだろうなと。それでも今他の者が捕まるよりは私が捕まった方が良いかなと判断しただけです」
ユエはそう言うと抵抗などしないと言わんばかりに近くの椅子に座り寛ぎ始める。
「どんな拷問であろうと私は口を割りません。それでも宜しければどうぞ」
「……ならこれだけ答えてよ。どうして私達からスイを離すの?」
「それは……私から答えても良いものか……判断しづらいですね」
ユエは先程までとは違い妙に口篭る。迷っているという感じの状態でフェリノが食い下がろうとするとまたしても部屋の扉が開く。全員の視線がそちらに向かうとそこにはテスタリカが立っていた。
「……こっちに〜来るのですよ〜」
有無を言わさないとばかりにそれだけを告げるとテスタリカはさっさと部屋から出て行く。慌ててアルフ達がついて行くとユエもまた一緒について行く。
ついて行った先は地下にあるテスタリカの研究室だ。良く分からない図形やら数字やらが描かれた紙が恐らく何らかの規則によって並んでいて総合的に見れば散らかっている筈なのに何処か整然としているように見える。その中に埋もれるようにある椅子にテスタリカは座る。
「彼処で〜話すのも〜良かったんですけど〜暴れられると〜困りますし〜メイドさん達は〜詳しいことは〜知りませんからね〜」
テスタリカはそう言ってからアルフ達を見る。
「まず始めに〜何処まで〜認識してます〜?」
テスタリカの問いの意味がいまいち分からず全員で顔を見合わせる。
「あ、はい。理解しました〜。なかなか〜面倒ですね〜」
テスタリカは目を伏せると立ち上がる。
「多分何の事かは分からないと思うのですけどまずは謝罪を」
テスタリカはアルフ達に向けて頭を下げる。突然の行動にアルフ達は戸惑うがテスタリカは気にした様子も無く下げたままだ。
「待って、確かに何か分からないけどとりあえず頭を上げてよ。じゃないとちゃんと話も出来ないでしょ?」
フェリノの言葉にテスタリカは頭を上げる。
「分かりました。それでは……えーっと、何処からお話しましょうか。迷いますね」
テスタリカは少し悩んだ後、話す内容を決めたのかアルフ達をしっかりと見る。
「ではまず最初にスイ様を引き離したのはディーンです。ですけどこの判断は良かったと思います。なので責めないであげないでください。行き先に関しては私も知らないのでそこはご了承ください」
テスタリカはそう言ってからまるで身構えるかのように少し身を硬くすると更に口を開く。
「そしてディーンがスイ様を貴方達から引き離したのは簡単です。身の危険を感じたから。ただそれだけです」
「私達の近くに居たらスイに身の危険があるっていうの?」
「ええ……というより貴方達が身の危険なんです」
そう語るテスタリカの瞳に嘘の色はなく真実そう思っているということが良く分かった。
「私達が身の危険?」
「貴方達は全く身に覚えがないんでしょうね……ですけどそれが事実で変わることの無い真実です」
テスタリカはそう言うと突然結界を張る。
「意味は無いかもしれませんけど暫くはこの結界内で大人しくしていただければ幸いですね」
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