第59話 アルフの実力



「ルゥイむにむにしないで」

「頬を良くつまんで遊んでくる貴女に言われてもねぇ……まあやめてあげるけれども」


試合後の結果ルゥイによって何故かスイの頬が引っ張られて遊ばれていたのをスイが止める。スイと違ってルゥイはすっと止めた。スイの場合は言われても相手が本気で怒ると分かるまでなかなかやめない。


「さて、ルゥイの力は大体分かった。人族にしてはやっぱり強いね。人災ってルゥイ位の人ばかり?」

「そうね。相性があるから一概には言えないけれど大体は私位だと思うわ」

「ん、でもやっぱり魔族には敵わないね。ルゥイの力を魔族の素因数で表すなら三、魔王の足元位かな。強い魔族には一蹴されちゃう」

「……素因数とか言われてもいまいち分からないわね。魔王がどれくらいか分からないし」

「そっか。その辺り分からないよね。素因数一~二までが生まれたばかりの魔族って言われたりするくらいで魔物で表すならB~Aランク、三から四までが中堅、Sランクか意思を持たない凶獣位、そこからは一個増える毎にランクが一個ずつ増えると思ったら分かりやすいかな?魔王は最低素因数が十以上だね。まあ素因数が多ければ良いっていうわけでもないけどね。人災の人達に相性があるように素因にもあるから」

「……魔王が途方もない強さに感じるのだけど」

「それでも力を得た古い凶獣に比べたら負けるんだからこの世界って本当強者がありふれてるよね」


ルゥイが遠い目をして呟いた言葉にスイは至って普通に返す。人族からすればルゥイの反応が正しく魔族にとってはスイの反応が正しい。価値観が違うため微妙に噛み合わないのだ。

ちなみにここまでの会話は演習場内でしているが中に居た他の人はスイとルゥイの試合に巻き込まれては堪らないとさっさと居なくなっている。万一戻ってきたとしてもスイが結界を張っているため会話を聞くことは出来ない。


「ん、話がずれたね。とりあえずルゥイの力を把握したから明日辺りから鍛練してみようか。今日は流石に暴れすぎたし此処じゃ人が来る。先生に頼んで別の静かな場所借りてみよう」

「二回の試合で力を把握されるというのも何だか悔しいけれど分かったわ。人が居ない場所に行くのには賛成するわ。誰か巻き込まないかとひやひやしていたもの」

「じゃあ職員室でオルケンリッツ先生に訊いてこよう。先生なら私達の実力を知ってるから融通してくれるかも」

「そうね……ところでアルフさんはどうして私達の試合をずっと見ていたのかしら?」

「ああ、アルフがしていたのは多分だけど見稽古ってやつだと思うよ。試合を見たりして動きを覚えるんだって。実際それをしてからアルフの動きがどんどん良くなってるから今回のでまた強くなるかもね」


フェリノやステラがそれぞれ思い思いの鍛練をしている中、アルフだけは少し離れた所で私達の試合をずっと見ていた。一片たりとも見逃さないと言わないばかりに真剣に見ていたので私は何回もそれを見ているから気にはしなかったがルゥイには気になったようだ。


「へぇ……そういえばアルフさん達の実力を知らないわね。どれくらいなのかしら?」

「やってみる?」

「ちょっと気にはなるわね」

「なら……アルフおいで」


私が手招きすると駆け寄ってくるアルフ。何だか犬のように見える。狼だが。


「どうしました?」

「ああ……アルフやっぱりその口調やめよう?何だか変な感じがする。誰かに何か言われたら私が許可したことにするから元に戻してって話がずれた。ルゥイと試合をしてみて。どれくらい戦えるか知りたいんだって」

「分かり……分かった。でも人災相手だもんな。勝てるかなぁ」

「ふぅん……勝つ気なのね。意気込みだけは良いけど負けたら恥ずかしくならない?」

「言うじゃねぇか……負けるのはあんただ」


何故か突然二人の間に火花が散り始めた。面白いから放置するが。


「ん、ルールは……全力で。何でもあり。死にそうになったりしたら回復させてあげるから頑張って。もう演習場もかなり被害が出てるしここから増えても大した手間にはならないでしょう」


スイがそう言うとアルフは私が作った破断剣コルガを構え、ルゥイは天剣シャイラを取り出す。二人が少し離れて用意が出来たことを確認するとアルフに対して声を掛ける。


「……アルフが勝ったら何でも言うこと聞いてあげる」


アルフは少しだけ何故か顔を赤くして頷く。次に私はルゥイの元に向かって声を掛ける。


「……ルゥイが勝ったら魔力が必要ない魔導具でも作ってあげる」


それを聞くとルゥイは目に見えて戦意を漲らせた。魔法が使えないと聞いたときから恐らく魔導具を使ったことがないと判断していたので正解だったようだ。それを確認すると私は二人の中間辺りに立つ。


「じゃあ試合……開始!」


私が言うとルゥイから駆け出していく。素人目から見てもかなりの素早さだ。そしてその勢いのままシャイラを左から右に振り抜く。しかしアルフはそれをするっと後退して回避するとルゥイの足元を払うように……ってあれは私がルゥイにされた技?

ルゥイは横に避けようとして咄嗟にシャイラで防御する。アルフがコルガをそのまま横に薙いできたからだ。私とルゥイの試合に使われた技を使うと見せかけて使わずにそのまま薙いだのか。

見た目にも分かるくらいの重量級の一撃を防御したといえ受けたルゥイは自らその方向に飛び退ることで吹き飛んだ。アルフはコルガを地面に叩き付け細かい石などを浮かび上がらせるとコルガを素早く振り上げ石に当てるとさながら散弾銃のようにしてルゥイの元へ向かわせる。ルゥイはシャイラを二回だけ振り石を叩き落とす。たった二回で大量の石を全て叩き落としたのか。

アルフはそれを見て少し驚いたように目を見開き次の瞬間に不敵な笑みを見せる。ルゥイはルゥイで思った以上に動けるアルフを警戒しているようだ。私もここまで動けるとは知らなかった。どうも鍛練の時と実力が合わないような……?

私のそんな疑問には応える声はなくアルフはルゥイに向けて駆け出していく。アルフはコルガをルゥイの手前で地面に叩き付ける。


「コルガ!」


その瞬間コルガに刻まれた術式のもう一つが発動する。コルガに刻まれた術式は二つだ。一つは肉体強化。魔闘術を見て思い浮かべた魔法だ。そしてもう一つは「大地の統率者ガイア」。その名の通り大地を扱う魔法だ。具体的に何かをする魔法ではなく発動者の意図するように大地を操るのだ。

ちなみにこの魔法はアルフの持つコルガだけだ。フェリノには「大気の支配者エア」、ステラには新たに作ったヴァルトに「大海の守護王アクア」、ディーンのは「万毒」で良いかと思っていたが流石に可哀想なので「無貌の主#$&」を加えた。ちなみにディーンの無貌の主の呼び名は呼べない。SAN値的にきつそうだからだ。使おうと思えば使えるが使わないようには言っている。

アルフが叩き付けた場所から深淵の峡谷アビスキャニオンに似た感じで岩が飛び出していく。ルゥイはそれを避け時に斬り縦横無尽に駆け抜けていきアルフに向かって走っていく。その瞬間アルフはコルガを引き抜くと振り抜かれたシャイラと合わさる。

甲高い音を立て一瞬の停滞。しかしすぐにルゥイはシャイラによる連撃が始まる。アルフはそれを重たいであろうコルガで捌いていく。攻めあぐねているようでルゥイの顔に苛立ちが混ざる。

アルフ……やっぱり鍛練の時に手を抜いていたね。明らかにアルフの実力は私との鍛練の時より高い。フェリノ達は鍛練をやめて二人の戦いに目を向けている。フェリノはアルフの実力に驚いているようで目を見開いていた。妹ですら知らないって逆に凄い。

しかもここまでアルフはコルガの肉体強化も使っていない上に魔闘術も使っていない。わざとかは知らないが素手も使用していない。手加減か実力を把握するためかは分からないがまだ全力ではない。


「ああもう!硬いわね!シャイラ、私に力を!」


ルゥイが停滞した現状を打破しようとシャイラの力を使う。シャイラの力は単純明快。肉体強化のみだ。ただし制限が一切無い。実際は耐えられる器以外は使えないがルゥイはその耐えられる器だ。際限無く強くなるだろう。しかしシャイラは一気に強くはしない。段階を踏まなければ耐えられる器だろうが身体が崩壊しかねない。つまり序盤はそれほど強くない。

アルフがその言葉を聞いた瞬間行動を開始した。ルゥイの剣を受けた瞬間身体ごとぶつかるようにしてルゥイの小さな身体を吹き飛ばす。


「コルガ!魔闘術!突き崩せ!天崩てんほう!」


肉体強化を即座に済ませたアルフは着地を済ませたばかりのルゥイに駆け寄り青く光る右拳をお腹に微かに当てる。それだけで充分だったようでルゥイはびくんと身体を震わせるとアルフにもたれ掛かるように倒れる。アルフの一撃は周りの景色を一瞬で変貌させた。奥に見えていた木々は半ばから折れ地面は踏めば割れるほどになっていた。なるほど以前私が言った拳に纏わせる魔法か。威力が思った以上にあるが。


「とりあえず……後で話聞こうかアルフ」


何故鍛練の時に手を抜いたのか聞かなければならない。アルフはやり過ぎたことを今更分かったのか少し顔がひきつっていた。



――とある場所にて――

「やぁ、初めまして勇者殿」


僕にそう声を掛けてきたのは十四から十五位の年齢の少女のような男の子だった。名前はレクトだったか。


「初めまして。勇者って呼ばれたくないから出来たら名前でお願い」


僕がそう返してもにこやかに笑っている。周りの貴族など今にも掴み掛からんばかりに顔を真っ赤にしているのに。ちなみに一緒に来た未央さんや晃さんも似たような態度だが既に実績があるからか特に何もない。


「そっか。なら名前を訪ねても大丈夫かな?」

「拓也だよ」

「タクヤだね。私の名前はレクトだ。よろしく!」


屈託の無い笑顔とはこういうことか。純粋な好意による笑顔。なるほど。案外気持ちが良いものだ。


「レクト様……」


護衛らしい男が耳打ちをする。それを聞くとレクトは少し嫌そうな表情をした。


「私はね。君の実力がどれ程か分からない。だから嫌なんだけど実力把握のために≪海≫に向かってほしい。異界名≪渦巻く黒海≫に向かいランクSの魔物シーエレファントを狩ってきてくれるかい?」

「シーエレファント?ゾウアザラシを狩ってくる?」


僕がそう疑問で返すと晃が返事を返す。


「ゾウアザラシじゃねぇ。そのまんま海の中にいる象みたいなやつだよ。つうか何でシーエレファントがゾウアザラシって知ってんだ。そっちの方が驚くわ」

「ふぅん、まあ良いけど名前って誰が付けたの?」

「エルフのクライオンって人だよ。冒険者ギルドに行けば魔物図鑑って置いてあるだろう?あれを書いたのがクライオンなんだ」


レクトが疑問に答えを返す。


「そっか。とりあえずそのシーエレファント?とやらを狩って来れば良いんだね。≪渦巻く黒海≫の場所だけ教えてくれたら行ってくるよ」

「……本当に行くの?断っても良いんだよ?」


レクトがそう言う。本当に不本意なのだろう。だが別に断る理由もない。多分倒せる。


「大丈夫。Sランクだか知らないけど所詮象だよ。動きなんか予測できる。君は待っていれば良いよ」


そう言って僕は兵士から場所を聞くとさっさと出ていく。後には苦笑いする未央さんや晃さんと少しだけ苦い顔をしたレクトが残された。そうして僕はセイリオス首都である法都ヘラムの中央神殿から出ていった。

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