第312話 勇者と法王と兎と霊姫



「やあ、こんにちは。ここに姉さんが居るだろう?会わせてよ。あ、大丈夫。眠っているのは知っているよ。それと正体についても。僕は敵じゃないから安心してね。というかそんなことより早く姉さんに会わせて欲しい。そろそろ姉さん成分が不足してきたというか……じゃなくて姉さんが危機的状況?に陥っているって見えて……じゃない。風の噂で知ってね。少しでも手助けになればと思って飛んで来たんだよ」


以前スイが敵対するどころか味方の様な発言をしていた事からディーンは急な来客である勇者タクヤと法王レクトという特大の存在を迎え入れる事に決めた。そして通した応接間にディーンが入って来ると早速とばかりに勇者が捲し立てるように話し始める。所々怪しい発言こそあったがスイの事を真剣に思っているという感情だけは無駄に伝わった。


「……あはは、君は姉さんに随分と好かれているようだね。凄いね。僕の事を見極めようとした人は何人も居るけど君程姉さんに近い者も中々見ないや。その技術は姉さんから教わったのかい?」


タクヤは感情が抜けた声色で話し始める。先程までディーンに読み取れていた感情や思考が一気に消え去り何も分からなくなる。


「……何の事?技術って僕は何もしてないけど……それよりスイ様の事を姉さんって呼んでいるの?どう見ても……勇者様の方が大きく見えるけど」

「隠さなくて良いよ。怯えなくても良い。僕達は同じ技術を使ってるんだからバレて当然だし隠せて当然。さっきも言ったでしょ?僕は敵じゃない。それと姉さんは姉さんだからね。というかその反応だと聞いてないのかな?僕と姉さんは同じ世界で育った姉弟きょうだいなんだよ」


サラッと言われたその事実にディーンは驚くがすぐに気を取り直す。スイ自体転生してきた事は全く隠していないのでそういう事もあるかと思ったのだ。珍しい確率だとは思うがそれを言うなら幼馴染らしい存在が同じ魔族として転生して来ているのだ。もう既に一度同じような事が発生している以上驚きも少ない。


「……そっか。まあ良いけど」


ディーンは会話していてもタクヤを読み取れない事から無駄に会話していても自分から情報を抜き取られるだけだと考えた。抜き取られて困る情報があるかは別としてまだ完全に信用出来ない以上あまりボロは出したくない。


「そもそもスイ様にどうして会いたい?眠っている事を知っているなら余計に分からない。会っても仕方ない事は分かってるでしょう?」

「ううん、それもそうなんだけどね。単に会いたかっただけというか姉さんの寝顔を眺めたかったというか姉さんって可愛いでしょう?でも姉さんは僕が近くに来るとすぐに起きちゃって中々眺められないんだよね。でも今はそういう普通の眠りじゃないだろう?じっくり眺められるじゃないか!っていうのは置いとくとして……姉さんが心配になっただけだよ」


途中からディーンの目線が冷たくなってきている事に気付いたのかタクヤは勢い良く話していたのを抑えて小さな声で話す。


「僕が何か出来るなんて思ってはいない。けれど何か出来るかもしれない。なら姉さんの為に僕が出来ることは何でもしてあげたかった。それに色々と教えておきたかった事もあるしね。まああの白狼族の男の人かエルフの女の子が君達の中のブレインかと思ってたらまさかの君で驚いているんだけどね」


タクヤはディーンを見て笑う。


「まあ話が早そうだから言ってあげる。魔導王グルムスを解放したのは僕だよ。彼は敵じゃない。これで君の懸念は少し解消出来たかな?」

「……どうやって?」

「あはは、兎人族ウェアラビットである君を騙せるなら僕の魔法も捨てたものじゃないね。覚えてないかい?姉さんが眠る原因となったヴェルデニアとの邂逅で起きた不可思議な存在を。ほら、いきなり現れたもう一人の魔族が居ただろう?」

「……バーツ」

「そうそう、そいつだよ。僕が遠くから魔法を使って生み出した幻影さ。いやあ。あれは苦労したよ?何せバーツってやつの事を僕はあまり知らなかったからバレないか冷や冷やしたよ。魔族が魔力の塊で出来ていたからこそ魔法の幻影であるとバレなかったんだから使い勝手はあまり無いけどね。多分人族とかを作り出しただけならすぐにバレるんじゃないかな?あの後暫くバーツの真似をして南の魔王様の姿を真似して付き従う魔族の姿も適当に真似して……凄くしんどかったなぁ。まあその成果はあったと思うよ。南の魔王フォルト様と交流も出来たし何より魔導王グルムスの解放も出来たからね。まあ代償としてセイリオスにあった魔導具や魔力を貯蔵していた物は壊れたし僕自身の魔力も底を尽きたせいで暫くこっちに来れなくなったけど」


タクヤがやれやれとばかりに首を振るが仕出かした事は中々大きい。


「まあそんな訳だから敵じゃない……って三回目かな?流石にしつこいかな?」

「……タクヤ様、貴方のご助力により私達は命を救われました。先程までのご無礼をお許しください。言い訳になりますが現在の状況はあまり良くはなく警戒しない訳にはいかなかったのです」

「ううん、大丈夫だよ。君みたいなのが姉さんの近くに居てくれるなら僕は……完全に安心とまでは行かないけどある程度は安心出来る。これからも姉さんの為にその力を奮ってくれると嬉しいな」

「勿論です。この身も心も魂もスイ様の為に捧げております。命尽き果てるその時までスイ様を影よりお守り致します」

「あはは、よろしくね」


ディーンの中でヴェルデニアとの邂逅は凄まじく大きな出来事でありその時助けてくれたあのバーツの幻影がタクヤによる遠隔の援護であったならばスイの味方であると信じられる。何より先程までの話では隠さずに話してくれたお陰か感情や思考がディーンにも伝わったのだ。勿論それがディーンを騙す為の別の技術である可能性は否定出来ないが、それならそもそもあの時の出来事をどうやって知ったのかという別の疑問が残る。


「えっと、僕達は会えるのかな?」


ディーンとタクヤの話が一段落したとみたか先程まで黙っていたレクトが話に入る。ディーンはレクトがどういう立ち位置なのか分からない為どう答えたものか迷うがタクヤが「少なくとも僕の味方ではあるよ」と声を掛けると頷く。


「着いてきてください。案内します」


ディーンが先導するように歩き始めるとタクヤとレクトは共に立ち上がり後ろを着いていく。ディーンが先導しながらも時折すれ違う亜人族達に何かを伝えながら暫く進むと一つの部屋の前で止まる。


「此処です」


ディーンが開けた扉の中には一つのベッドと椅子が一つだけ置いてある簡素な部屋だった。明かりは最低限のみらしく少し薄暗い。だがスイの顔を見るだけならば十分すぎるほどだ。


「姉さん……」


タクヤがその姿を見るとふらっと近付くとベッドの中で眠るスイの手を握り締める。


「冷たい……」

「スイ様の身体は現在全力の治癒をする為か体温等の調整も一切せず必要最低限の維持だけをしているそうです」


レクトも同様にスイに近付きその額に触れて驚く。


「ほ、本当に死んでないんだよね?」

「魔族は死んだら消えますし何よりアルフ兄達が死んでないから間違いなく生きてます。ただ見た目が凄く心臓に悪いだけです」

「……これって僕達が魔力を送っても意味が無いのかい?」

「……異物となる魔力を送ればその処理の為にスイ様が起きる可能性が高く起きれば逆に危険な状態になるとだけ聞いています」

「分かった。輸血みたいに送れたら良かったのだけど……」

「やめた方が良いわねそれは」


ディーン達しか居なかったはずの部屋の中から女性の声が響きタクヤは指輪からイグナールを出すと警戒心を一気に高める。しかしディーンは驚きはしたもののそれだけでありすぐに息を吐く。


「居たのですねオルテンシア様」

「ええ、居たわ」


ディーンの言葉でようやく敵などではないと分かったのかタクヤが指輪の中にイグナールを直す。ちなみにレクトは状況が分からなかったのか困惑している内にさっさと終わった。


「初めまして、勇者様。私の名前はオルテンシア。白き霊姫等とも呼ばれております。まあ一言で言うなら凶獣となるのでしょうが」

「初めまして、大丈夫。君の事も見ていたから知っているよ。白き霊王トナフの娘だろう?」

「あら、知ってましたのね」


オルテンシアはそう言って近付いてきて薄暗い部屋の中から明かりの届く範囲に入って来る。そして即座にレクトの元へとやって来る。


「……?僕に何か?」

「ええ、単刀直入に一目惚れしましたので押しかけようかと」

「へ?」


レクトの間の抜けた声が静かな部屋に響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る