第311話 来客



「次に知るものを好きになればいい……」

「はい♪」


フェリノの呟きにメリーが笑顔で答える。その笑顔に癒されたのかフェリノの表情から怒気が消え柔らかな笑みを浮かべる。


「うん。そうだね。ありがとメリー」

「いえいえ、私がしたくてした事ですから」


メリーはそう言ってフンと鼻息荒く答える。


「……それでメリー、貴女はどうしたのですか?用事があったのでは?」

「あ!そうなんです!大変なんですよ!」


メリーは一転して焦りを浮かべてテスタリカに詰め寄る。


「落ち着きなさい。何が大変なのですか?」

「えっとですね。この屋敷にあるお方がやって来まして」

「はぁ、誰なのです?」

「それは……」

「そこから先は私が言いましょう」


その声は本来聞こえる筈の無い声で全員が驚愕の表情を浮かべる。テスタリカはそれに加えて信じられないと言わんばかりの表情と少しばかりの涙を浮かべている。


「まさか……そんな筈は……信じても良いのですか?幻覚や敵の攻撃などでは無いと信じても?」

「ああ、私自身信じられない思いだが今見えている事が事実だ。それよりテスタリカ貴女も泣くのですね」

「な!?泣いてなんてないですよ!何言ってるんですか!」


その声の主は声を抑えて笑う。そしてその後にアルフ達の方を見ると厳しい目付きで睨み付ける。


「まあそれは後で弄るとしましょう。さて君達は一体何をしているのですか?よもやスイ様を害そうなどと考えてはいませんよね?だとしたら……」


その声の主の低い声にアルフ達は条件反射的に首を横に振る。今やアルフ達の心に憎悪や激怒の感情は浮かんでいなかった。完全に躾られた動きである。


「ふむ。ならば結構。一年も此処を留守にしてしまいましたからね。色々と会いに行く必要がある人も居るので此処でお仕置きをする必要が無くて良かったです。ではまた後で会いましょう。私も話したい事が色々とありますので。お土産もありますしね」

「……ふ、ふふ、そうですか。楽しみにしておきましょう。グルムス」


テスタリカの言葉にグルムスは微笑みを浮かべてその場を後にした。


「メリー、貴女」

「いや私もその、亡くなったものだと完全に思っていましたしどういう状況か分かりませんでしたから。ただ一応私なりに調べはしましたよ?魔力反応がどうだとか本人しか知らないであろう事柄の確認とか素因も見させてもらったんです。あ、でも入れたのはまずかったですか?私も分からない方法で騙している可能性も」

「いいえ、あれは間違いなくグルムスです。把握したので間違いありません。確かに入れたのは少し早計ではありますが」


テスタリカは小声で「確かに死ぬ未来が見えていた訳では無いけどあの状況で何で生きて?」と考えに耽ける。そしてそこでアルフ達の存在を思い出したのか顔を上げるとアルフ達が先程までとは違い怒気どころか怯えた表情を浮かべていて息を吐く。


「結局私が舐められていたという事でしょうか?いえ、彼等の躾をグルムス一人に任せていたのが悪いのでしょうね……」


テスタリカは幼女らしからぬ笑顔を浮かべるとその背後にまるで鬼が見えそうな程の怒りのオーラを出し始めるとアルフ達に近付いて行った。その後部屋から出てきたアルフ達はあからさまに憔悴した表情を浮かべていたという。真相は誰も口に出さなかった。





「スイ姉の様子はどう?」

「依然眠っております」


ディーンは部下の報告を聞きながら書類を書いていく。今書いているのは特に自分がやる必要の無い書類だが現在隠れている状態である事を考えるとそこまで派手な動きは出来ないので翠の商会の書類や貴族達の情報が書かれた書類などを仕上げているのだ。


「そう。やっぱりあと三年は眠るとみた方が良いのだろうね」


ディーンが宗二から聞いた情報はスイが眠ってから四年後の冬になる前に起きるというものだ。後はゼスがどうやら死にそうだという事。ゼスが死ぬ事をスイが許容するとは到底思えない。となるとその四年の間の何処かでゼスが死ぬのだ。しかも恐らくはここ帝都で死ぬ。何故ならゼスがこの帝都から出る必要が無い。ならば死ぬ理由など帝都が襲われる事による死亡としか考えられない。

理由を暫定的に考えるだけならばスイの存在がバレた事による襲撃だがこれは現実的ではない。眠り続けていて魔力の反応も極微弱なものしか出ていない今のスイを見付けられるとは思わない。そもそも同じ建物内に居るスイの反応を感知能力に長けている筈の亜人達ですら同じ部屋のしかも間近に行かなければ分からないのだ。幾ら優れた魔族といえど無理だろう。

次の理由として襲われるに足る条件が揃ってしまうこと。この場合ヴェルデニア達にとって邪魔な存在が居ることだ。該当する人物は幾人か存在する。ゼスは恐らく対象外だ。ヴェルデニアにとって取るに足らない存在だろう。見付けたら殺すだろうがそれだけだ。脅威となり得ない。予知は強いがそもそもそれを持っていることを知っているか怪しい。

該当者はウラノリアの妻である北の魔王ウルドゥア、知識量的にもアーティファクトの製作者的にも厄介なテスタリカ、人災をどう見ているかは分からないが対象にするのだとしたら王騎士のリードか剣聖のルゥイとなるだろう。他の魔王達が帝都に来たならばそれも対象だろう。


「ディーン様、報告です」


ディーンが考えに耽っていると扉をノックする音と共に声が聞こえる。


「入って」


扉を開いて入って来た部下は少し困惑しながらも報告の為の書類を持ちディーンに手渡す。そしてその上で自らも聞いた報告を口頭で説明する。


「つい先程グルムス様が帰還なされたとの事です。見た目魔力共に本人のものと断定されました。成りすましの可能性は一パーセント以下です」

「はぁ!?」


思わず声を上げたディーンに部下の男は「間違いの無い情報です」と返す。


「え、えぇ……」


ほぼ間違いなく生存が絶望的とされていたグルムスが生還したという謎過ぎる情報にディーンが頭を抱える。


「……本人が裏切った可能性は?」

「あるでしょう。ですがそれを確かめる術が御座いません」


そう、そこなのだ。グルムス程の強者であればたとえ敵になっていたとしてもヴェルデニアは隷属させられるのならばそうするだろう。グルムスは素因の数こそ魔王とはなっていないがその実力は本物だ。以前現れたヴェインの様に味方であった者が裏切っている可能性も有り得ない訳では無いのだ。


「……直接会って確かめるしかないか」

「危険です!おやめ下さい!」

「僕以外に誰があの人から確かめられるって言うんだい?」

「それは……ですがやはり危険です!幾らディーン様といえど相性が悪すぎます」

「……そうだね。グルムスさんに僕の夢幻ファンタジアが効くとは到底言えないね。魔導王なんて素因を持ってるグルムスさんなら所詮魔法である夢幻ファンタジアを無効化出来てもおかしくない」


魔導王の素因の効果までは知らないが魔力そのものに関して絶大な影響力がある素因だとは聞いた事がある。はっきり言って魔力に頼らずにグルムスから情報を抜き出すのは限りなく不可能だと言ってもいい。スイならばある程度は抜き出せるかもしれないが少なくともディーンにそれは出来ない。


「どうすれば……」

「ディーン様!」

「今度は何!?」


ディーンが悩み始めた瞬間扉を開けて入って来たアイに驚く。何時もは冷静な態度のアイがこんなに焦っている姿は初めて見る。


「来客です。それも特大の」

「来客?」


それだけでこれ程までに焦るとは思わない。まさかと思いディーンは声を上げる。


「もしかしてグルムスさんが来た?」

「え?あ、いいえ、違います」


アイが一瞬何を言われたのか分からないとばかりに困惑した後に即座に否定する。


「なら誰が来たって言うの?アルフ兄達がこの場所を見付けたとでも?」

「いいえ、そうではないのですがここにスイ様がいらっしゃる事を何故かご存知の方が会わせて欲しいと」

「だから誰なの?」

「えっと、現勇者のタクヤ様です」

「はぁ!?」


ディーンがまたしても声を上げて驚く。どうやって此処を突き止めたのかそもそもスイが居ることを何故知っているのかいやそれ以前に勇者が何でこんなとこに居るのか思考がぐるぐると回るが一向に分からない。


「それともう一人来ていまして」

「え、だ、誰が?」


動揺しているのかディーンが声を掛けるとアイは非常に言いにくそうにした後意を決して話し始める。


「セイリオスの法都ヘラムの中央神殿の法王レクト・リヅ・オルテンス様です」

「はぁ!?!?」


ディーンの特大の驚愕の声が上がった。

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