第30話 恋
「……どうしたの?」
スイは少女と言い争っているアルフに話し掛ける。その声にアルフがこちらを向き一瞬訝しげな表情を浮かべたことでスイは成長したままだったことを思い出す。
「……(あっ、失敗した)」
しかしアルフは訝しげな表情から何となくでも理解したようで問いに答える。
「いやあ、この女の子を助けたら懐かれたみたいでさ。どうしようかと困ってたんだよ」
「助けた?」
「うん。暴漢ってやつだな」
「その人は?」
「ああ……腹を蹴っ飛ばしたけど意外にしぶとかったみたいですぐ逃げていった。この子を置いていくのもどうかと思ったから追い掛けなかったんだ」
アルフの説明にスイは先程走っていった男の姿を思い出す。路地から出てきたあの男は確か右の腹を若干痛そうに抑えてはいなかっただろうか。
「ん、正しい判断だね。相手との力量はちゃんと考えてたみたいだし合格。でも可能なら取り押さえるのも同時にやらないといけないからあくまで及第点かな」
そこまで言うと少女がキッとスイを睨む。何故睨まれたのか分からずにスイが見返すと少女はアルフの右腕を取りスイに向かって話し掛ける。
「先程から王子様に向かって何なんですのあなた!上から目線で採点するなんて!はっ!まさか貴女が王子様の主人ですの!?」
「えっと、うん。私がアルフの主人だよ」
「やはりそうですのね!貴女!私と勝負なさい!そして負けたら王子様を解放なさいませ!」
「えっ、やだ。あとさっきから王子様ってアルフのこと言ってるんだよね?何かしたのアルフ?」
間髪入れず断りアルフに問うと少女は顔を赤くする。アルフはふるふると首を振って何もしていないと言う。
「貴女!」
「結構近いんだしわざわざ叫ばなくても聞こえてるから。それで何?」
「王子様を解……」
「やだって言ったよね?そもそも何で解放しなきゃいけないの?貴女の我儘?だったら適当に他の奴隷でも買えば良いんじゃないの?ああ、でも後ろにいてる子達は駄目だよ。私の奴隷だからね」
そう言うとアルフはするっと少女に組まれた腕を解くとハルテイア達の方に向かう。腕を解かれた少女は悲しそうな目でアルフを見つめた後すぐにまたスイを睨む。
「貴女……王子様だけでなくこれだけの奴隷を……何て酷い人」
どうやら少女は奴隷制度を嫌っている人らしい。スイもあまり奴隷は好きではない。本来なら仲良くなれそうだが出会いが悪かったために難しそうだ。
「酷い人……ね。まあ確かに私は酷いね。だから?私は私の目的のためならどんな汚いことだろうが平気でするしどんな物も使うよ。それで最後に笑えるならね。だけど今解放しても意味が無いからしない。デメリットだけを抱えるなんて冗談じゃない」
スイは目の前の少女を見つめる。綺麗な目をしている。きっと少女が正しいのだろう。けどそれは正しいけれど間違っている。少女の言葉には未来がない。奴隷を今解放したとしてもここはイルミア帝国。違法奴隷として再び捕まるだろう。そして今度こそ見付けるのは不可能に近いだろう。今は奴隷でいた方が危なくないのだ。主人のいる奴隷には主従契約を結ぶことが出来ない。まあ出来なくても捕らえられる可能性はあるのだが少なくとも危険は減る。
「ふん。どうせその目的とやらもろくなものではないのでしょう」
少女のその言葉にアルフが顔を蒼白にする。スイの目的に対しての異常性を知っているからだ。最悪少女が殺されてもおかしくない。だが、その予想に反しスイは何もしなかった。
「まあね。ある意味じゃろくなものじゃない。何せ世界を変えようとするものだし。だけどそれが出来る可能性はもう私とか一部の者だけだから。だから止まらないし止まれない。元から止まる気もないけど」
何を言っているか分からないのか少女はきょとんとしている。当たり前だ。まさかそんな回答をされるとは思ってもいなかっただろう。
「気にしなくて良いよ。貴女には関係無いから。じゃあね」
スイはそう言うとさっさと歩いていく。アルフやハルテイア達、トリアーナ達が慌てて付いていく。少女は良く分からないままにその場に取り残されることになった。
「ん…それで買った。だからこの子達どうしよう?」
「俺に訊かれてもな……」
スイはアルフと合流した後歩きながらハルテイア達の事情を説明する。奴隷商を殺害したことは道端でもあるため言わなかったがアルフは察した。
「……(アルフって戦い方はかなり大雑把な感じだけど結構考えて行動するよね。何だか変な感じ)」
スイがそんなことを考えているとアルフが何故かじとっとした目で見つめてくる。
「何か凄い失礼なこと考えなかったか?」
「…そんなことないよ」
「脳筋じゃないのか変なの」みたいなことを考えた瞬間だったためにほんの一瞬だけ間が空いたが顔には出さずに答える。アルフには気付かれたみたいで更にじとっとした目で見られたが。
「……とりあえずどうしたらいいと思う?」
「俺だけじゃ判断出来ない。カレッドさん達にも訊こう。何人かで話し合えば良い案も出てくるかもしれないし」
「ん。参考までにアルフの考えは?」
「そうだな。一番無難なのが何かの店をやらせることだと思う。ギルドで護衛の依頼を出してノスタークに送ればガリアさん達も頼れるし何より奴隷を禁止しているセイリオスだから無理矢理捕まるってことも無い訳じゃないだろうけど少なくなると思う」
「確かに無難」
「他は俺達と付いていく、かな?途中でやらせたいことややりたいって言いたいことが見付かったらそこで別れる。一人じゃ危ないからやっぱり護衛を置いていく。これは問題の先送りだけどな」
アルフの考えを聞いていると宿に到着する。すると馬車を置いていた所にカレッド達がいて話し合いをしている。疑問に思いそちらへと向かう。
「どうしたの?」
スイの声を聞いてカレッド達が振り返りそして全員が訝しげな表情を浮かべる。道端だったために退化で元に戻れなかったためだ。そしてスイを再度見つめて全員が見惚れた。
「えっ、あっ、あの、スイちゃん…よね?」
レフェアが
「ん、それで皆で集まって何してるの?」
もう一度問い掛けるとカレッドが宿の部屋に入ろうと促す。スイも頷いて全員で移動する。その際にハルテイア達の部屋も取る。大きめの宿だったために部屋が余っていたのだ。とはいっても一部屋に四人ぐらい詰めたが。
部屋に入るとスイは退化で元の姿に戻る。成長の時とは違い光を発さず逆に光を吸収するかのように周りの空間が黒く歪む。黒に塗りつぶされたようなその空間がベキっという感じにひび割れると中から元の少女の姿のスイが出てくる。スイがそのまま部屋に置かれたベッドに腰掛けるとカレッドが言葉を発する。
「えっと、まず俺達はスイちゃんを探してたんだ」
「……?どうして?」
「はぁ、街中でも護衛依頼はあるから、かな」
「……ごめんなさい」
「まぁ、次からは気を付けてほしいかな。それで手分けして探しに出掛けて戻ってきたらジェイルさんが子供を捕まえてた」
「……えっ?」
「いやジェイルさんが誘拐したとか拉致したとかじゃない。単に取り押さえてたんだ。その子供はもう衛兵に渡したけどな。えっと、馬車を盗られたんだ」
「……」
「複数人、何人居たかは流石に分からなかったみたいだけどその場で馬車は分解されたみたいで持っていかれたんだ。ジェイルさんが慌てて捕まえたけどバラバラに逃げていったみたいで五人しか捕まえられなかったらしい。大人三人子供二人だな」
「……この街本当最悪だね」
「まあ、あんまり良い街ではないね。だから最初は城塞都市に行こうとしてたんだろう?」
「ううん、ガリアさんにその道が良いって言われたから。治安的に良いって意味だったんだね。それにしても馬車が無くなったのか……どうしよう」
スイは悩む。馬車が無ければ流石にスイ達もハルテイア達も移動するのに困る。何せスイ達五人、カレッド達も五人、ハルテイア達十六人、トリアーナ達五人、ジェイルと計三十二人の大所帯だ。移動手段無しは辛い。
「馬車を調達出来る?」
「悪いが出来なかった。馬車をまず売ってくれなかった」
そう答えたのはデイド。
「売ってくれない?どうして?」
「何でも貴族様が使うからだそうだ」
そう言い捨てるデイドを見て交渉がかなり険悪になったことは良く分かった。
「ん、じゃあ私が作る。大きめの馬車を三台でいけるよね」
「作れるのかぁ……凄いなスイちゃん」
カレッドが驚いているとウォルが疑問に思っていたことを訊く。
「それよりあの人達は誰だよ?」
「ハルテイア達?私の奴隷だよ。一時的に買ったの」
「奴隷か。十六人も買ったら金銭的には大丈夫なのか?」
「ん、結局お金払わなかったしね。あっ、でもちゃんと払うつもりだったんだよ?」
「何で払わずに済んだんだ?」
ウォルが訊く。カレッドは訊かなきゃ良いのにと思いつつも止められなかった。明らかに後ろ暗いことが行われたことは明白だからだ。
「殺したから」
「……」
「あの人トリアーナ達を捕まえてたんだよね。酷いよね。だから殺したの」
そう答えるスイに変わった様子はない。いつも通りの無表情なスイだ。そのあまりに変わらない様子に薄ら寒いものを感じてウォルは引く。全員が少しの変化を見せる中変わらないのはアルフだけだ。
「とりあえず作ってくるよ。馬車置き場で作業してくる」
そう言ってスイはベッドから降りると部屋から出ていく。アルフも何か手伝えるかもと一緒に付いていく。その場に残ることになったカレッド達はスイの異常性を改めて知り動くことが出来なかった。
「ん、じゃあ作ろうか」
スイはそう言うと指輪から大量の鉱石などを出していく。本来鉱石などで馬車を作ればまともに動かなくなるがそこは異世界。不思議な力を持つ鉱石達はそんな常識さえも打ち壊す。
まずはどこを作ろうかと迷ったスイだが元々馬車の詳しい構造など知らない。面倒になったスイが全てをくっつけて作りグラム鉱石で重さを軽減するのはある意味当然だったかもしれない。車輪だけは繋げたら動かない模型になってしまうため別に作ったが。そうして出来たのは岩の塊のような馬車?らしきもの。当たり前だ。
「ん、何か違うなぁ。仕方無い。錬成」
スイが馬車?に錬成のために魔力を送る。まずは見た目の改造だ。岩の塊にしか見えないのをどうにかして馬車っぽく変える。少し変えただけでは印象が変わらないためスイは所々の色を変える。
ある程度変えたら少しマシになったので適当な宝石を付けたりして装飾する。ちなみに適当な宝石と書いたがあくまでもスイにとっての適当でありこの場合は貴重な宝石類と書くべきだろう。王族ですら多くは持たない宝石で至る所を飾り付けると取れないように錬成でくっつける。
そして最後に魔力回路を形成して外部衝撃から守る機能を追加する。この間なんと十分である。作業時間があまりに早すぎてアルフは目を丸くしていた。
そしてスイが二台目に取り掛かると声を掛けられた。スイが作業を中断して振り返るとまるで少女のような男の子とその護衛らしき五人の男性と一人の女性、それと陰から見守るように見る黒服の男性が七人いた。アルフは既にスイの隣にいる。
「この馬車は貴女の物ですか?」
男の子がスイに問い掛ける。年齢は十四から十五歳と言ったところか。身なり自体はどこにでもありそうな服だが使われている素材や糸が明らかに高価でありかなり手間が掛かっている。お忍びの貴族といった感じか。
「ん、そうだよ。さっき作ったの」
スイの作った発言に驚く男の子。何だか弟の拓也の存在を思い出して少しだけ見る目が柔らかくなる。スイのその変化に気付いたのかアルフは何故かほんの少しだけ機嫌が悪くなったようだ。見てもあまり分からないが。
「それは凄い!こんな綺麗な馬車を私は見たことがないです!貴女はまだ小さいのに凄いのですね!」
「ん、まあ、それで用件は何?」
少しだけ照れたスイは用件を促す。照れたスイを見て更に不機嫌になるアルフ。
「えっと、見に来ただけと言ったら怒るでしょうか?」
そう言って男の子は少し上目遣いでスイを見る。
「怒らないよ。欲しいとかって話かと思った」
「確かに欲しくはありますがかなり高そうです。流石に怒られそうですから遠慮しておきます」
スイは男の子を見て感心する。こんな小さな子ですら自制心があるのに奴隷を買おうとしたあの男は大人なのになぁと思った。後で考えを改めさせよう。
「そう……欲しいならあげようか?」
スイはほんの少しの打算を持って男の子に言う。少なくとも護衛が居る以上それなりの貴族だろう。間違えて冒険者だとしてもこういう子には恩でも売っておけばある程度は力を貸してくれるだろう。そう考えてスイは言ったが男の子に逆に不思議に思われたようだ。
「見返りは何なのでしょう?」
そう訊かれてスイは素直に言った。
「恩を売りたいだけ」
「…ふ、ふふっ。そうですか。恩を…あははっ。なら恩を買わせて貰っても良いですか?馬車がなくて困っていたのです」
「ん、分かった。いつか会えたときに恩を返してくれたらそれで良いよ。二台目を作るから要望があったら言って」
スイは中断していた作業を再開する。男の子は要望として降りる際に階段が欲しいとか揺れを軽減するものが欲しいと言ってきた。なのでそれも考慮して作っていく。ついでに最初に作った方にも付けていく。作り終えた時に護衛の一人の女性が使われた鉱石や宝石の大体の値段を計算して青ざめていた。
「ありがとうございます。これで故郷に戻れます」
男の子はにこにこと笑顔を浮かべる。その笑顔を見てスイは思わず手を伸ばし頭を撫でていた。
「あっ……ごめん」
スイが謝りすぐに手を引くと男の子は一瞬驚いたようだがすぐに笑顔を浮かべて逆にスイの頭を撫でる。
「ではこれでおあいこさまですね。そうだ。名前を教えてはくれませんか?お礼がしたくても名前が分からなければしづらいです」
スイは初めて撫でられてほんの少しだけ顔を赤らめる。その様子を見てアルフは自分が不機嫌になっていることに気付く。
「……(何で俺こんなに苛ついてるんだ?)」
アルフが自問自答しているとスイが名前を言う。
「スイ……私の名前はスイだよ」
「スイ……ですか。良い名前です。私の名前はレクトです。この恩は必ず返しましょう」
「レクト……うん。分かった。きっとまた会えるよ。だからその時はよろしくね」
スイはそう言って少しだけ微笑む。演技ではない普通の微笑みを見てアルフは酷く苛つく。レクトはスイの微笑みを間近で見て顔を赤らめる。
「レクト、そろそろ……」
護衛の男性が話し掛けてきてレクトは少し残念そうな表情を浮かべる。
「どうやら時間があまり無いようです。スイ、セイリオスに私は居ますので立ち寄った際はよろしくお願いしますね。これを渡しておきますので会えると思います」
そう言ってレクトは銀の杯が描かれたコインを渡す。既に男性の一人が馬を連れてきて馬車に繋いでいた。レクトは名残惜しそうにスイを見て馬車へと向かって乗り込む。
「必ずですよ。また会いましょうスイ」
男の子はスイに手を振って去っていった。スイも見えなくなるまで手を振っていた。アルフはその横で行き場の無い苛立ちで拳を握りしめていた。
「スイ……可愛かったですね」
「レクト様、出来たら軽々しくコインを渡しては欲しくなかったのですが」
男性がレクトに苦言を呈する。
「良いじゃないですか。私が渡しても良いと思ったのです」
「しかし……」
「あまり小言は聞きたくありません。それにもう渡してしまいました。どうしようもないですよ」
そう言ってレクトは窓から外を眺める。あり得ないほど透明な窓は薄く見えるがしっかりと風を防いでいる。熱も逃がしている様子はない。素晴らしい出来にレクトは喜ぶ。
「…可愛かったですねスイ。早くまた会いたいです」
窓の外を見るレクトの目は恋をする者の目だった。
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