第367話 黒い影と巨人の王



黒い影は五つ、感じられる魔力的に創命魔法に近い存在と思われる。つまり操っている本体が何処かに居る。しかし先程から周辺を探っているが一向に見付からない。しかも黒い影の攻撃はかなり苛烈でスイですら攻撃を捌くので精一杯だ。


「ゼブル!貴方これを操っている本体の場所分かる!?」

「分からん!私も探っているのだが見付からん!ついでに言えばこやつらの攻撃を捌くので精一杯なのでな!あまり話しかけないでくれ!」


ゼブルはそう言うが見る限りでは上手く影達からの攻撃を捌いている。ゼブルは素因数的には魔王にはなっていないはずだが長く生きた魔族として戦闘経験が多いのか捌きながら周辺を探れている時点で余裕があるということだ。

それに比べて黒い影達からの攻撃は苛烈で反撃こそ出来ないが何処か単調に感じなくもない。勿論捌くので精一杯な時点で何を言っても仕方ないが連携しているからこそ反撃出来ないだけで恐らく一体一ならばそれほど強くは無い。


「…………」


そしてずっと見極めていたスイは黒い影達の攻撃には特徴がある事にも気付いていた。見た目は全て同じで何も持っていないように見える影達だがやはり同一の存在という訳では無いようでそれぞれ攻撃の種類が違う。

素手の個体に剣らしきものを持っている個体が二体、棒?らしき物で殴りかかって来る個体に何か小さな物で攻撃してくる個体の五体だ。

攻撃の当たるギリギリに影が伸びて武器に変化しているようなのだがあまりに短い時間過ぎて見極めるのに時間が掛かった。しかもどうやらこいつらはお互いの位置を交換出来るのか剣の個体から棒の個体や素手の個体に切り替わったりと面倒さに拍車をかけていた。

しかし全個体の攻撃パターンを覚えれば反撃出来るタイミングがある筈。そう思いながら攻撃を捌いているとそのタイミングが来た。スイはグライスで黒い影の一体の腕を切ろうとして咄嗟に背後に飛んだ。次の瞬間に横から氷槍が飛んでくる。着地したタイミングで二度目の氷槍、それも避けると三度目の氷槍、避け切れないと判断してグライスで氷槍を切り払う。


「……チッ。新手か」


氷槍が飛んできた場所を見るとそこには更に三体の黒い影が立っていた。ゼブルの方を見るとゼブルの方にも黒い影が増えているようでこれで十一体の黒い影が集結したことになる。


「ゼブル、大丈夫?」

「ふぅ、多少は辛いが今の所は何とも言えん。増えたこやつらがどの程度の実力かは分からんのでな。持たせるだけならばできるとは思うが……」

『しつこい半端者共が。いい加減に死ぬが良い』

「このノイズが掛かったみたいな声がひたすら気持ち悪いんだけど何処からの声だろうね?」

「分からん。それと半端者というのはどういう意味だ?」

「さあ?」

『貴様等では一生掛かっても辿り着けない領域に辿り着いた我々だけの特権とでも言おうか』

「……返答があるとは思わなかったな」

「辿り着けない領域?」


私とゼブルが首を傾げているとノイズが掛かったみたいな声の主は気分が良くなったのか話し始める。


『そうだ。貴様等半端者共よりも我々は一歩先の存在。そう!真の魔族とでも言おうか。そういった存在なのだよ。分かるか?分からんだろうなぁ?貴様等半端者共ではなぁ!ハハハハハ!』

「イラってするなこいつ」

「落ち着くといい。私も非常に苛つくのは同意するが」

『貴様等は疑問に思ったことが無いのか?何故我々魔族だけ衝動などという謎の現象があるのかと。そしてそれらの大半は人に迷惑をかける物が多数だ。おかしくないか?我等魔族が作られた最初期の理由は神々の戦争によって消耗される人族や亜人族の命の数を調整する為だったはずだ。それが人族や亜人族に迷惑を掛ける衝動などという意味の分からん現象が存在する事の矛盾!これは一つの事実を証明しているのだ!』


私とゼブルはお互いに顔を見合わせる。ノイズの声は苛立つが言っている内容は少し興味がそそられる。


『そう!その事実は我々魔族は生まれた瞬間は半端者だという事実だ。未完成品であるという事だ!我らの存在に本来必要な物が欠落しているが故にそれらを補おうとする行為、それこそが衝動だ!』

「欠落しているが故に補う行為……」

『では衝動によって補い続ければ何時か完成するのか?否!否!否!断じて否だ!これらはあくまで我等のその場凌ぎの行為だ。数百年、数千年経とうとも我等の衝動が治まることは有り得ぬ!ではどうするのか!簡単な話だ。衝動を抑え込んでしまえ。決して抗えぬ衝動に抗い続け暴れ回っても更なる力で抑え続けた先にそれはある。衝動の完全制御。それを成し遂げた先に我々は居る。つまり貴様達では決して辿り着けぬ』


最後の最後で嘲笑混じりに言われた言葉に苛立つがゼブルと私は顔を見合う。


「ゼブル、貴方衝動ってどうしてる?」

「私か?私の衝動は大食らいの衝動なのだがな……この大陸にまず食料が少ないだろう?魔物も大して食えんし衝動は放置していたな。そういえばかれこれ放置して数百年は経つが今では衝動など起きないな……」

「そう、私も原因は分からないけどここ二年は間違いなく起きてないんだよね。それともあかが抑えてるの?」


心の中であかに話し掛けると「多分そう」という曖昧な感想が返ってきた。ゼブルやノイズの声とは違う方法だろうが一応衝動の完全制御とやらをしていると言っても過言じゃないのではないだろうか。


「「…………」」


二人で顔を見合せた後ノイズの声に話し掛ける。


「へえ、衝動の完全制御とは凄いね。でもそれだけで魔王クラスの実力になれるとは思えないなぁ。何か魔導具かアーティファクト辺りで実力の底上げでもしてるんじゃないの?」

『……何だと?』

「だってこんなに黒い影を創って襲わせているのに私達は無傷だよ?底上げでもしてようやく渡り合えているとしか思えないじゃない?」

「確かにな、こやつらの攻撃は単調で飽きてきた所だ。これだけの力に慣れていないと見える。私が操っていたら既に私達は満身創痍であってもおかしくない。いや倒していたな。所詮貴様の力など仮初でしかないという証明だ。おや、もしかしたらそれこそ貴様の言う半端者というものかもしれんな」

『き、貴様等!我々を侮辱するか!半端者共の癖に!』

「だって事実だし」

「まあ事実しか言っていないな」

『糞がぁ!!貴様等半端者共は我々がどれ程の偉業を成したのかも知らんからそう言えるのだ!!』

「偉業も何も……衝動の制御は私達も出来ているし……」

「恐らく無理矢理抑え付けた貴様よりも我らの方が上手く抑えているぞ?」

「いやごめん、それに関しては私は言えないから」

「……何かすまんな」


二人で何か謝ってたらノイズの声がキレ始めた。


『衝動の制御ぐらいならば誰でも出来る!』

「いや出来ないよ」

「出来ないだろう。何を言っているんだ貴様は」

『糞がァ!!良いか!衝動の制御をした後に羽化する事が大切なのだ!それすら出来ない貴様等に半端者などと言われる筋合いは無い!』

「羽化?」

『そうだ!殻を打ち破り自らの存在を昇華させるのが羽化だ!』

「虫じゃあるまいし」

『貴様等は文句を付けないと気が済まないのか!?』


そうは言うが羽化って表現が気持ち悪い。昇華だけで良いのに何故羽化というネーミングにしたのか非常に気になる。


「何故羽化なのだ?昇華でいいではないか」

『ぬぐぐぐ……!見た目が羽化と言うしかないからだ』


何だかノイズの声が可愛く思えてきたがそれでも追求はやめない。


「そもそも羽化の説明がどう聞いても虫にしか聞こえないのが悪い」

『仕方ないだろう。見た目的にも羽化というしかないのだ』

「それなんだが何だ……繭にでも籠るのか?」

『……そうだ』

「えっ」

「本当に籠るのか……」

『自らの魔力によって編んだ繭の中で一月の間籠るのだ。決して外に出てはいけないし何かを食べても飲んでもいけない。指輪などの魔導具も一切持たず服すらも着ていてはいけない。生まれたままの姿で繭の中に籠り眠りにつくのだ。それが羽化だ。目覚めた時存在の昇華が起こる』


随分と詳しく教えてくれたと思ったが確かに一月も掛かるならそう簡単にはなれない。それと話している最中に黒い影達が更に増えて今では周囲を全て黒い影に囲まれている。まあ間違いなく生かす気が無いからこその情報の開示ということだろう。


『とりあえず……もう良いだろう、死ね』


ノイズの声が死を宣告した瞬間私は身体の内側に眠る娘を呼び出す。


「出番だよ、ユミル」


そこに現れたのは最早幼女と呼んだ方が良い程の小さな女の子。


「わえがすたんほろぼろええ?」

「何を言っているのかいまいち分からないけどやっていいよ?」

「わかん、ちちとまとれ、そくさんしと」


何を言っているのか本当に分からない幼女ユミルは黒い影に向き合うとただ一言呟く。


「だえにぶいむこうとん、さんすぞごろが」


次の瞬間何か途轍もない力で黒い影達が地面に潰される。一瞬だけ見えたそれは正しく巨人の足だった。それは前方に居た黒い影を潰したあと即座に二撃目で後方の黒い影達を潰した。


「かあ、はっとかったんいえ、あとめえろし」


とりあえず私は一時的に危険から守ってくれたのでこの幼女ユミルに何かしてあげたいが何を言っているのかを理解しないといけない。仕方ないので私はバウちゃんを呼んで通訳させることになったのだった。

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無情な吸血姫 クリューネ @kuryune_sui

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