第172話 体育祭二日目を楽しんだ



「……ん、えい」


手に持ったダーツを的に向かって投げ付ける。ダーツは見事に先に投げたダーツに突き刺さる。周りからおぉっと驚く声が聞こえた。横に居る母様は呆然としている。


「母様?」

「え?あぁ、スイ凄いわね」

「ん、これくらいならあと二回なら行けると思う。それ以上はダーツが重みに耐えられずに折れそうだけど」

「……今ダーツ五本連なって刺さってるけど?」

「ん、そうだね。でもあれ位なら凄い人なら出来るでしょう?」


私の言葉に母様は首を振る。出来ないのか。元の世界より全体的に身体能力が高い人が多いから居ると思っていた。まあコントロールの類だし案外出来ないのかもしれない。ダーツもわざと安定してない形にしているみたいだし。

ダーツで手に入れた一等の私と変わらない大きさの熊のぬいぐるみを抱きながら母様と手を繋ぐ。母様は終始笑顔で私も嬉しくなる。グルムスは後ろでひたすら尊いとか言って会話に参加してこない。別に良いけど周りの人が止めた方が良いのか迷っているみたいだから会話ぐらいしないと多分いつか連行されると思うよ。

屋台でチョコバナナに似た物を買ったりストラックアウトで三個ボールを余らせたり金魚掬いもといオルトラ掬いなる謎魚を五十を超えたあたりで強制的に止められた。六匹ほど貰って後は返したり投げ輪で最高得点出したら等身大の兎のぬいぐるみを貰った。


「スイ凄いわね」

「ん?何が?」

「いえ身体能力が高いのは分かっていたのだけど何というか身体の使い方が上手いという感じかしら?オルトラ掬いなんて二匹取れたら良い方なのに」

「ん、前の世界でもあれくらいなら出来たよ?体力は無かったからそう多くは出来なかったけど」

「そ、そうなのね。やっぱりスイは凄いわね」

「ん、母様の方が凄いよ。私はまだ国を変える事なんて出来ないもの。表と裏両方から切り崩している母様にはまだ及ばないよ。私ももっと頑張らないとね」

「……いつ気付いたの?」

「母様が表で活動しているのは周知の事実だから良いとしても母様がそれ程多くの面倒事を解決するにはこの国の膿だけじゃ足りない。だから燻っていた火種を燃え上がらせたんでしょう?扇動したり状況を作ったり偶然道具を掴ませたり証拠を見付けさせたりしてそしてそれを解決する事で母様は表での活動が楽になるようにして裏側にも顔を売った。凄いと思うよ。私ならそんな面倒な事やろうと思わないもの」


私だったら全部捻り潰す。勿論私がしたという証拠なんて残しはしない。何だったら誤解させて別の方向に誘導する。


「まあ私に出来る事なんてそう多くはないからね。決して私は優秀な部類じゃない。だから遠回りでも足場を固めないと動けないのよ」


そう言って母様は私の頭を撫でる。


「それにそのお陰で今貴女とこうして触れ合える。頑張った甲斐があったわ」


優しい笑顔で母様は撫で続ける。私を目を閉じて母様に撫でられるままにする。優しい手、暖かい手だ。慈しむように微笑む母様に私は抱き着く。暫くの間そうやって過ごした。

どちらからともなく離れると少し照れながらまた歩き始める。ぎゅっと握った手は先程よりもしっかり握られていた。


「ああ、楽しい時間ももう終わりみたいね」


母様の言葉通り二日目の体育祭は終了が近付いているようで幾つかの店は閉店作業をしていた。一日に使える量は限りがあるので無くなれば閉めるしかないのだ。


「母様また来れる?」

「すぐには無理だけど出来る限り早く来るわ。中々抜け出せないのよね」

「そっか。分かった。母様頑張ってね。何だったら私も手伝う?」

「大丈夫よ。難しい案件は体育祭前には終わらせているのよ。ただ量が多いだけなの」


そう言って少しだけふぅっと息をわざとらしく吐く。


「終わったらマッサージでもするよ」

「そう?ならお願いしちゃおうかしら」

「ん、それなりに出来ると思うよ」

「楽しみね。じゃあ私はもう行くわ。スイまたね」


母様はそう言って私の額にキスを落とす。お返しに私も母様の頬にキスをする。母様は少し驚いた後輝かんばかりの笑顔で私を抱き締める。


「じゃあ行くわ。スイ愛してる」

「私も。母様の事愛してる」


最後にもう一度額にキスを落として母様は帰っていった。グルムスは……見なかったことにしよう。放置していたらすぐに帰ることだろう。私はずっと付いてきていた暇な人に話し掛けることにしよう。



「肉当ておじさん何してるの?」

「に、肉当ておじさん?」


肉当ておじさんは見た目は二十代後半といった所か。まあ私からしたら十分おじさんの範囲だ。そんなおじさんは話し掛けてきた私に驚いている。


「私はまだ二十七なのだが」

「私からしたらおじさんだよ。それでさっきから追い掛けて来てたけど何か用でもあるの?」


そう問い掛けるとおじさんは少し居住まいを正す。


「先に私の名前から言おう。私の名前はトットと言う。この帝都の商業ギルドの魔物肉販売員というまあ極普通の職員だよ」

「ん、私はスイ。それで用件は何?」

「……まあ話が早いのは良いか。そうだな。君は魔物肉がどういう位置にあるものか知っているかな?」

「ん?さあ?普通の肉より高いとしか」


魔物肉は手に入れるのに多少なりと危険があるので通常の牛や豚よりかなり高めの価格設定で売られている。その分美味しくはあるのだが高級肉といった立場か。


「そうだ。高いのだ。だけど味は高級な牛や豚よりほんの少し良いだけというのは知っているかい?」

「知らない。魔物肉買ったことないし」

「そ、そうか。まあ私が知る限り少しだけ良いだけなのだ。少なくとも価格と合っていないとしか言い様がないくらいには!」


突然叫んだトットさんは頭を抱え嘆き始める。


「そうだ!冒険者達はとりあえず狩ってくれば良いと言わんばかりにズタズタに切り裂かれた魔物を持って帰ってくるのだ!何と嘆かわしい!味は最低品質、その他の売却出来るものも決して良くはない!冒険者達の質が落ちているのだ!それが長く続いたせいか今では魔物肉はちょっと美味しい肉の立ち位置を得てしまった!魔物肉はもっと素晴らしい物なのに……っ!」


トットさんはそう叫ぶと次に私を見る。ちょっと怖い。


「その点君が出した一日目の屋台の魔物肉!素晴らしかった……もう二度とあの味を味わうことは出来ないのだとそう本気で思っていた私にもう一度あの感動を思い出させてくれた。あの味は今の私を形作る程素晴らしかったのだ。その味を私は帝都の人達に教えたいのだ。頼む!あれだけの魔物を一撃か二撃で仕留める技量を持つ冒険者を私に教えてくれないか!」

「ん、私だよ」

「勿論謝礼は払おう!交渉に失敗したとしても……ってうん?」

「ん?」

「君?」

「ん、私。魔物って一撃とかで殺したら良いの?」

「え、ああ、痛みを感じると肉が締まりすぎるから痛みを感じないならどんな殺し方だろうと大丈夫だと思う。流石に毒は駄目だが。後魔力残留量が多い程旨味があるから長く戦っても良い肉にはならないな」

「ん、じゃああげる。指輪とかあるなら移すよ?」


魔物肉という点ならまだ大量にある。ニードルレインに至ってはまだ1割も使ってない。ずっと使ってるのに。ヴェルジャルヌガとかも巨体だからか中々減らない。というか狩りすぎた。屋台で適当に使ってみたが全然減らない。このペースでの消費なら二週間休まず開いても今の三割くらいしか使わない。

ずっと指輪の中に入れていても仕方ないのでお金に変わるなら変えたい。お金に変えたらハルテイア達のお小遣いにしよう。グルムスの屋敷からあまり出ていないみたいだから要らないかもしれないがまあ要らないなら真達に渡せば良いか。


「今は指輪が無いからちょっと困る。え、というかそんな簡単に良いのか?」

「ん?要らないし良いよ。取ろうと思ったら異界に潜れば良いだけだし。お金に変わるなら変えたい。お小遣いにする」

「そ、そうか」


何でそんな変な顔をしているのだろうか。とりあえず商業ギルドとやらにさっさと行こう。あっ、要らない鉱石とか宝石も売ってしまおうかな。どうせ使わないし。試作で作った魔導具とかも売ってしまっても良いかもしれない。どれくらいになるかなぁ?

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